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聖書に対する洞察,第2巻
洞-2 「セイル」

セイル

(Seir)[「おぞ気立つ」を意味する語根に由来し,樹木の茂った丘を指しているのかもしれない。あるいは,「戦りつを覚えておぞ気立つ(身震いする)」を意味しているのかもしれない]

1. 「ホリ人」の一人。その7人の「子ら」はセイルの地がエサウ(エドム)に占領される以前,その地の首長でした。(創 36:20,21,29,30; 代一 1:38。創 14:4-6と比較。)セイルは恐らく死海の南方の山地に住んでいたのでしょう。それで,彼にちなんだ名称がこの地域に付けられたのかもしれません。セイルの7人の「子ら」が直接の子であったのか,それとも後代の子孫もその中に含まれていたのか,定かではありません。―「アナ」; 「ディション」を参照。

2. 死海とアカバ湾の間の山地。(創 36:8,30; 申 2:1,8)アブラハムの時代には,ホリ人がセイルに住んでいました。(創 14:6)後に,アブラハムの孫のエサウはセイルで勢力を確立し,その双子の弟ヤコブのほうはパダン・アラムに住み着きました。(創 32:3)しかし,エサウがセイルへの移動を完了したのは,ヤコブがカナンに戻ってしばらく後のことだったようです。(創 36:6-9)エサウの子孫であるエドム人は最後にはホリ人を立ち退かせ(申 2:4,5,12; ヨシュ 24:4),その地はエドムと呼ばれるようになりました。しかし,セイルという古いほうの名称も,エサウの子孫と彼らが住んだ地域を指して用いられました。(民 24:18。王二 14:7; 代二 25:11と比較。)ヒゼキヤ王の治世中に,シメオンの部族に属する人々がセイル山に行ったようです。その人々がアマレク人の残りの者を滅ぼし尽くした後,シメオン人がそこに住むようになりました。(代一 4:41-43)セイルの地理や歴史に関する詳細については,「エドム,エドム人」を参照してください。

3. ユダの領地の北の境界沿いにあった,バアラ(キルヤト・エアリム)とケサロンの間の山。(ヨシュ 15:10)セイルは一般に,エルサレムの西約15㌔のところにある峰と同定されています。その南側には,ショレシュという村があります。

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