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聖書に対する洞察,第2巻
洞-2 「テラコニテ」

テラコニテ

(Trachonitis)[「起伏の多い」を意味するギリシャ語の語根に由来。多分,起伏の多い地域]

バプテスマを施す人ヨハネやイエスの宣教期間中,イツリアと共に,ローマの地域支配者フィリポの管理下にあった行政区。(ルカ 3:1)テラコニテはバシャン北東部にあるダマスカスの南東約40㌔の所を北端とし,広さは約900平方㌔の洋梨型の地域を包含しました。

この地方の中央部の大部分は,深い割れ目や穴のあるむき出しの溶岩堆積物で覆われており,ぶどう園以外の耕作に向く土地はあまりありません。人の住まない,荒れ果てた不気味な土地で,逃亡犯のかっこうの隠れがとなることから,今日ではエル・レジャー(「避難所」の意)というアラビア語名で知られています。

そこにある古代の諸都市の遺跡から察すると,テラコニテは一時期,現在をはるかに上回る人口を擁していました。これら諸都市の建設に木材が使われていないことからすると,この地方には今日と同様,古代においてさえ材木がなかったようです。雨は十分に降り,泉もあるので,羊ややぎを飼育することは可能です。

テラコニテは聖書中に一度しか出て来ません。もっとも,ストラボンやヨセフスはこの行政区に数回言及しています。そのような一般の資料から,ローマ皇帝アウグスツスがヘロデ大王に与えた王国の領土にテラコニテを含めたことが分かります。ヘロデが死ぬと,その子フィリポが四分領太守の領地の一部としてテラコニテを得,死ぬまでそこを支配しました。

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