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エホバの王国を告げ知らせるものみの塔 1986
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バラム ― 歴史上の人物か 神話上の人物か

聖書の民数記の書によれば,ベオルの子バラムは預言者として雇われました。(民数記 22-24章)事実,その名前は,クリスチャンの筆者ペテロとユダによる手紙を含む,聖書の異なる八つの書に出ています。バラムは西暦前15世紀のユーフラテス川上流の峡谷に住んでいました。彼はモアブの王バラクに雇われましたが,バラクはイスラエル国民に対する呪いの言葉をバラムに述べてもらいたいと思っていました。では,バラムは歴史上の人物でしたか,それともユダヤ人が作り出した想像上の人物にすぎませんでしたか。

「聖書考古学レビュー」誌(1985年9,10月合併号)が伝えるところによると,ヨルダン川中流の峡谷で作業を行なっていた考古学者たちは,バラムが実在したことを示す幾つかの注目すべき証拠を手に入れました。聖書の中ではヤボクとして知られる川の真北にあるテル・デイル・アラで発掘作業を行なっている時に,古代セム語の文字が書かれたしっくいの断片を幾つか発見したのです。ここ何年かにわたって,これら断片の注意深い年代測定と編さん,および判読が進められてきました。

フランスの調査官アンドレ・ルメールは,放射性炭素年代測定法によってそれらの断片を分析したことを説明してから,「分析の結果,それらの碑文は西暦前800年ごろのもので,誤差は前後70年と判定された」と述べています。ではそれら碑文は何と述べているのでしょうか。ルメールが復元した本文の一部は次のようになっています。([]内の文字は,断片の欠けた部分を補ったものです。)

「1. 神々の予見者であった人,[ベオ]ルの[子][バ]ラムの碑文。見よ,神々が夜に彼のもとに来て,彼に[語りかけた] 2. これらの言[葉]によれば,神々はベオルの子,[バラ]ムに言葉を述べた……そして彼は泣き悲しんだ 4. 熱心に彼の民は彼のもとにやって来て,ベオルの子,バラムにこう述[べた]。『なぜあなたは断食し,泣き悲しむのですか』」。

約2,800年前の一般の人々は,この本文を読むことができたと思われます。その本文は,壁に記されたかなり長い碑文の一部だったからです。本文には幾らかの欠落部分があるとはいえ,バラムの名前がはっきりと出ています。また碑文は事件の約700年後に記されたにもかかわらず,バラムを明白に歴史上の人物また預言者として受け入れていました。

壁に記されたこれらの碑文は,現在入手可能な最古の写本よりも,聖書に記されているその出来事に数百年近いものです。これらは,聖書が古代の歴史に関する信頼できる記録を提供していることを示す新たなもう一つの証拠となります。―テモテ第二 3:16,17。

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