教える技術を向上させる ―「見よ!」のブロシュアーの効果的な用い方
1 現在わたしたちにとって挑戦となっているのは,どうすれば家の人の関心を持続させるような仕方で,「見よ!」のブロシュアーでの研究を司会し,『永遠に生きる』の本へ移行したらよいかという点です。このブロシュアーを比較的短期間で学ぶ目的は資料の徹底的な研究ではなく,聖書の真理を単純明快に教えることにあります。しかし,特に初期の段階では家の人の境遇や立場に普通以上の思いやりを示す必要があります。
2 例えば,「研究」という言葉の代わりに「話し合い」という表現を用いるなら,家の人に難しいといった印象を与えずにすみます。また警戒心を抱いていたり,答えることを恥ずかしく思っている様子が観察されたりするなら,自分で提起した質問に奉仕者自身が答えてゆくという方法で話し合いを進めてゆくことができます。
3 このブロシュアーを通して学ぶべき聖書の基本的な教えは副見出しごとに取り上げられており,30ページには12の項目にまとめられています。わたしたちは,創造者エホバ神の考えが人間の伝統や考えと比べ,はるかに優れていることを示し,研究生の思いに新しい考えを植え込んでゆかねばなりません。(イザヤ 55:9)そのためには研究司会者自身が,聖書の教えに精通すると共にそれらを分かりやすく説明する方法を知っている必要があります。各節の印刷された質問は,その節の要となる部分を引き出すためのものです。したがって,大抵答えは一つの簡潔な句,時には一つの単語の中に見いだすことができるでしょう。しかし,司会者がそれ以外の部分を長々と説明してゆくなら,基本的な真理を強調できないまま研究が終わってしまうことになります。
4 それで,副見出しごとに二,三の要点を中心にして討議を進め,まとめに特定の聖書の真理を明解に説明できるよう工夫してみてください。「聖書 ― 東洋の本」の部分では,聖書は西洋の宗教の本,単なる人間の書いた書物に過ぎず,その記録は不正確で信用の置けないものといった世の人々の見方や批判に対して,事実や証拠を挙げて家の人に考えさせ,聖書が神からの啓示によるものであることを強調しています。討議の後,次のような例えを用いて聖書が神からの本であることを家の人に得心させることができるでしょう。「子供の父親となりながら,子供を遺棄する父親をどう思いますか。その父親が子供たちに自分のことを何も知らせず,自分の名前さえ伝えずに去ったとしたらどうですか。そのような人に対して憤りを感じるのではありませんか。そうであれば,愛ある創造者がわたしたち人間に何らかの方法でご自身を啓示されると考えるのは道理にかなったことではありませんか」。
5 次に,「聖書の神」の資料についても考えてみましょう。人々は自分の崇拝する神々についてどのような事柄を知っているでしょうか。人間の手による偶像や,人々が考えだした神々について多くの人は具体的に説明することができません。一方,聖書には,たとえ目で見ることができなくても,実在者であられるエホバ神に関する具体的な情報が数多く記録されているのです。まず12節で神に対する人々の考え方を紹介した後,聖書の神を人間の最初の先祖を創造された霊的な父親として説明しています。13節から18節ではエホバが聖書とご自分の創造のみ業を通してご自身を明らかにしておられることが論じられています。そしてキリスト教世界に対する反感を抱く人々への補足説明が19節と20節で取り上げられています。この副見出し全体を討議した後,17節にあるヘブライ 3章4節に基づく家の例えに再度言及し,研究生の心に印象づけるような仕方で取り上げることができるでしょう。
6 「エホバによる創造と奇跡」を討議するときには,神道や仏教では創造者という概念がなく,万物を単に自然現象としてとらえるか,人間としての存在を輪廻の中の一現象としか見ていないことを念頭におく必要があります。それで13ページのさし絵を用いて人間が他の動物とは異なる,『神の像』にしたがって造られた最高の作品であることを強調することができるでしょう。ある司会者は,この副見出しを学ぶ際,エホバ神の創造の順序を表にまとめ,分かりやすく解説しています。また「敵なる死」の所では,聖書の述べる死について家の人にはっきりと理解してもらうために,分かりやすい例えを用いている人は少なくありません。―「ものみの塔」1991年9月15日号29ページ。
7 それで,副見出しごとに内容を分析し,いくつかの要点に整理してみてください。ある奉仕者がしているように要点をページの余白に書き込み,研究司会の際にはそれらを中心に討議を進めてゆくことができるかもしれません。特定の教理を学び終えるときには,主要な聖句と共に適切な例えや事例を挙げて学んだ真理を研究生の思いと心に印象づけるような仕方でまとめてください。このような方法で研究を司会してゆくなら,聖書の真理はやがて学び手の心に達するようになるに違いありません。―ペテロ第一 2:2。
8 「楽園に入るための教育」の副見出しの部分の討議は聖書研究を継続し,何らかの行動を起こすための強い動機付けを研究生に与えるものとなるはずです。経験を積んだ教え手は,『永遠に生きる』の本の研究に移行する際,研究生のこれまでの努力をほめ,研究生の今後の歩みにエホバご自身が強い関心を抱いて見ておられることを励みある仕方で話し合うようにしています。「人生」の本の10章,「神はあなた個人を重視しておられますか」はこうした話し合いの資料として役立つかもしれません。では,「見よ!」のブロシュアーの用い方に関しても教える技術の向上を図り,研究生の速い進歩を目指した研究司会に励んでまいりましょう。