原子力は問題の答えとなるか
石炭・石油・天然ガスなど,現在利用できるエネルギー源の貯蔵量が少なくなってきているため,世界は動力の危機に直面している。なかでも,アメリカの場合は深刻である。解決策はどこにあるのだろうか。
多くの専門家は,その答えは,原子力にあると言う。1971年9月号の「科学アメリカ」誌は,「危機一髪のところ間に合ったと言いうるようなエネルギー源があるとすれば,それは核エネルギーであろう」と述べている。
成長産業
アメリカでは,すでに20の原子力発電所が運転されており,さらに100箇所で目下建設中あるいは注文の段階にある。アメリカの電力総生産量の約2%は,それらの設備によるもので,1980年までに,その比率は10%から25%に達するものと予測されている。他の国々でも,核エネルギーが発電に利用されている。1970年に,アメリカ以外の国で電力を生産した原子力発電所は90以上にのぼる。
原子が膨大な力を内蔵していることには疑問の余地がない。それは,1945年に広島で証明された。比較的小さい1個の核装置が同市を爆破し,9万2,000人以上の人が死んだ。さらに,人びとの記憶に残っているのは,その後二,三十年の間に,爆発の起こった場所の近辺に住んでいた人たちの多くが,放射能によるガンのため引き続き病気になったり,死んだりしたことである。
そのため,人びとが次のような不審をいだくのももっともな話である。原子を分裂させて,それから生じるエネルギーを発電に利用するのは安全か。発生する放射能は人体に害を及ぼすのではないか。
矛盾する報告
アメリカの原子力委員会と電力産業は,原子エネルギーは安全だと人びとが信じるよう望んでいる。テレビのコマーシャルや他の宣伝は,いつもそのような印象を与えている。あるものなど,燃えているマッチを見せて原子力発電所による汚染はそのマッチによる汚染より微量である,という主旨のことを宣伝している。
しかしながら,報道によっては,そうした主張がどれほど正しいのか不審に思わせるものがある。たとえば,アメリカのミネソタ原子力発電所は,原子力委員会から運転許可書を得たが,それによると,1日に総量41,400キュリーの放射能を出すことができる。しかしミネソタ公害規制委員会は,放射能の量を860キュリーにとどめたい考えである。一部の科学者たちは,放出される放射能の量がそれ以上になると,人びとの健康が危険にさらされることを恐れている。ジョン・W・ゴフマンとアーサー・R・タンプリンのふたりの科学者は,「科学アメリカ」誌で次のように述べている。
「原子エネルギーの施設が,急速な勢いでできつつあるが,それらから放出されると予想される放射能は,以前に考えられていたよりもはるかに危険であると,わたしたちは自分たちの調査から確信している…
「またわたしたちは,一般の人びとが財政的援助を受けた巧みな宣伝運動 ―『きれいで,安くて安全な原子力』という文句にだまされていると信じている」。
こうした非難には真実性があるのだろうか。原子力発電所はどのようにして電気を起こすのか。放射性廃棄物が出るのはどうしてか。
原子力はどのようにして生ずるのか
一般の考えとは違って,電力は,原子炉の中で原子分裂することから直接得られるのではない。原子炉の中における核分裂は,むしろ熱源を生み出すに過ぎない。したがって,それは従来の発電所の窯炉に取って代わるものである。原子炉の熱が水を沸騰させ,水蒸気をつくり出す。その水蒸気がタービンを回転させ,次いでタービンは発電機を動かして電気を起こさせる。
原子炉の大量の熱は,金属をかぶせた細長い燃料棒の中で発生する。それらの棒には,小さな粒状の二酸化ウランが満たされていて,それは各の棒に6,000㌧の石炭に相当するエネルギーを与える。大型の原子炉になると,100㌧以上の粒状のウランを含む,40,000もの燃料棒の取り付けられたものがある。それは,100個以上の原子爆弾に含まれるウランの量を上回る。原子炉の熱は,ウラニウム同位元素(U-235)の原子の分裂から発生する。
その核分裂の過程で,1個の中性子はU-235に当たり,たいていそれをさらに小さい2個の原子に分裂させる。この分裂の結果,熱が生じるばかりでなく,二,三個の中性子が作られ,今度はそれがぶつかり合って他の原子を分裂させる。こうして,核分裂の連鎖反応が生じる。大型の原子炉の中では,毎秒実に1兆の1万倍の数の原子が分裂している。
核分裂の速度を制御するために,浮遊している中性子を吸収する長い制御棒が炉心に差し込まれる。そのため,炉心におけるそれらの棒の位置によって核分裂の速度が制御される。制御棒を全部そう入すると,すべての中性子が吸収され,分裂はやむ。
放射性廃棄物の放出
原子炉の中で毎秒何十億というウラニウム原子が分裂するさい,さらに小さい他の放射性原子が形成される。大型の原子炉は1年間に,広島に投下された原子爆弾1,000個に匹敵する量の,永続する放射能を放出する。この大量の放射能が燃料棒の中にとどまっていれば,特に問題はないのだが,全部がそこにとどまっているわけではない。
気体性の原子は,燃料棒をおおっている金属の不完全な箇所から外に漏れる。この放射能が蓄積されると,発電所の保守に当っている人びとが危険にさらされる。発電所の煙突からは放射能が大気に放出される。また,原子炉の中で使用される水に放射能がはいり込み,川や湖に排出される。
しかし,大気や水の中に排出される放射性廃棄物は微量で,人体に害はない,と言われている。だが,発電所の近辺の人びとに直接放射能が降ってくることがないにしても,何㌔も離れた所に住む人びとには重大な危険が及ぶ。放射能は食物の中で濃縮されうるからである。たとえば,放射性物質が草の上に降下し,牛がその草を食べる。すると,放射能が牛乳の中で濃縮される。その牛乳を飲む子どもは,危険な量の放射能を体内に取り入れることになる。
何百もの原子力発電所がまもなく放射性廃棄物を排出しはじめることであろうから,多くの科学者は憂慮している。ピッツバーグ大学医学部の放射線物理学教授,アーネスト・J・スターグラス博士は,原子力発電所がすでに幼児の死因を作っていると信じている。同教授の提出した資料は,彼の説明によると,原子炉のある地域の幼児の死が「多すぎる」ことを示している。
事故についてはどうか
そうした,制御されていてもなおかつ放出される放射能に加えて,事故の生じる可能性を多くの人は心配している。たとえば,地震が起きたら,原子力発電所は破裂し,大量の放射性廃棄物が風で空中にばらまかれることになりはしないかと恐れている人もある。また,怠業する者が爆弾を仕掛けたらどうなるのか,考えただけでも,背筋が寒くなる。
しかし,事故は,人間の過失や設備の故障によっても起こりうる。原子力エンジニアによると,発生する可能性の最も高い災害として,原子炉の冷却水が突然減少することが考えられる。それは,たとえば,だれかが違うバルブを閉めたり,パイプが破裂したりしたときなどに起こりうる。温度が上昇するために,燃料が溶解し圧力が蓄積される結果,放射能が遠く広く放出されることになる。
1966年,そうした故障が実際に生じた。アメリカ,ミシガン州のデトロイトの近くにある原子炉のバッフル板がはずれて,冷却水の流れがさえぎられた。そのため,燃料物質が過熱し,燃料の一部が溶けてしまった。関係者はしばらくの間,デトロイト全域の住民が避難すべきかどうか判断に迷った。「我が国が経験したかぎり,ハルマゲドンに最も近いでき事」であったと,ある報道員たちは述べたほどである。
原子炉設備事故のために,すでに相当量の放射能廃棄物が排出されている。英国のウィンドスケールで起きた事故では,放射能の排出量が非常に多かったので,政府は発電所周辺640㌔以内の作物を全部差し押えた。その発電所からアイリッシュ海に放出された放射能も多量で,稚魚の背骨に奇形が認められる。もっと最近の例では,ノーザンステーツ電力会社の発電所で何かの事故があり,放射能を含んだ水が40,000㍑近くミシシッピ川に排出された。そのため,ミネアポリス市は水の取入口の門を閉じなければならなかった。
しかし,さらに重大な危険がひそんでいるのである。
放射性廃棄物の処理
原子炉の中に蓄積される放射性廃棄物は,定期的に除去される必要がある。さもないと,原子炉の出力が低下する。そのため大型の原子炉は2年ごとに閉鎖して廃棄物を除去しなければならない。つまり,広島の原子爆弾2,000個の出す放射能に相当する,半減期の長い有毒な放射能を処理するということであり,これは非常な危険を伴う作業である。
この廃棄物の処理方法に関して,それをロケットに積んで太陽に発射するなど,いくつかの提案がなされている。しかし,それは高価につくばかりか,危険度が非常に高い。廃棄物は,海に捨てるにはあまりに危険が大きい。そこで,固体に圧縮して塩層に埋めようという話が持ち上がっている。アメリカの原子力委員会は現在,いろいろな場所に設置されている地下の金属性のタンクに4億㍑以上の液体廃棄物を貯蔵している。
運転を開始する原子炉がふえるにつれて,致命的な廃棄物の量は膨大なものになって行く。将来のことを考えると恐ろしくなる。ニクソン大統領の科学顧問エドワード・E・ディビットでさえ,次のように言った。「あるものを,害がなくなるまで,地下に密閉して25,000年間うずめておかねばならないというのは,いかにも気持ちの悪いことだ」。
熱公害
また,廃棄物の問題には全く別の面がある。それは熱公害である。原子力発電所は,装置を冷やすために,近くの川や湖から大量の冷水を吸い上げ,暖かい水をもとにもどす。普通の発電所も同じことをするが,原子力発電所の熱の温度は,はるかに高い。原子力委員会の一員,ウイルフレッド・E・ジョンソンはこう述べている。「1990年までには,アメリカの川の半分以上が,流れを冷やさねばならないことになろう」。その結果どうなるのか。
このようにして川や湖の温度が上がると,水の酸素含有量が減少する。それは魚を殺すだけでなく,しばしば藻類の成長を促し,藻類は水中で腐る過程においてさらに多くの酸素を吸収する。こうして,水はすぐに臭くなり,味が悪くなる。人びとは,原子力発電所の増加に伴なって,アメリカの川や湖が熱公害でだめになるのではないかと恐れている。
健康と安全に対する障害
原子力は,産業界にあと押しされた宣伝が人びとに信じさせようとするほど安全でないことは明らかである。事実,アメリカ合衆国の最高裁判所の裁判官,故ヒューゴ・ブラックと彼の同僚の裁判官ウィリアム・ダグラスは,この発電手段のことを,「人間の考え出したものの中で,最も恐ろしい,最も致命的かつ最も危険な方法」と呼んだ。
また著名な原子物理学者エドワード・テラーは,原子力発電所を友好的な隣人として見る代わりに,次のように述べた。「有毒な放射能を穏やかにしみ出させる原子炉は,その放射能を強固な反層の下数百平方マイルにわたり,真に致命的な方法で濃縮する。それゆえに,原子炉は地に属するものではない」。
それにもかかわらず,多くの科学者はその有毒物を大幅に制御できると信じており,原子力発電所は危険を冒すだけの価値があると感じている。彼らは,地中から掘り出した燃料を使って発電する方法も,健康や安全を脅かすと指摘する。たとえば,原子物理学者のラルフ・E・ラップは「石炭時代の数十年間」に注目して,「地から360億㌧の石炭を掘り出し,10万人以上の鉱夫を殺し,地方の風景をそこない,肺を苦しめる煤煙で都市を汚す社会的盲目さ」を嘆いた。
汚染物質を出す石炭や重油を燃料に使って発電する結果,何百人もの人が呼吸器の疾患に悩まされてきたことは事実だし,また多くの人が命を縮めたことであろう。それに対し,原子力発電所は普通,見たり感じたりすることのできる汚染物質を排出しない。事実,少量の放射能の場合,害は全くないように見える。しかし,十分の量の放射能にさらされた人びとは後年,致命的ながんにかかる可能性がある。原子力発電所から日々放出される放射能が,将来がんの災害をもたらさないように,また間近に事故によって災害を起こすことのないようにと人びとは望んでいる。
以上のように,原子力は,動力の不足に対する答えとして歓迎する人もいるが,一方では,危険を冒してまで使用する価値があるかどうか,真剣に疑問をいだく人もいる。それにしても,他の方法があるのだろうか。地中から掘り出す燃料が尽きてしまったら,原子力か,それともほかに何も動力源はないというのが実状なのだろうか。
水力発電所を設置する川がまだ残ってはいる。しかしアメリカでは,この動力源はもうこれ以上開発できない所まできていると考える人もいる。さらに,使用可能な地熱エネルギー ― 地下蒸気 ― もほとんどその極限に達したと考えられている。しかし太陽から送られてくるエネルギーはどうなのか。次には,太陽のエネルギーを利用して人間に必要な動力を供給する可能性について考えてみよう。