戦争の用意をしながら平和を語る
緊張緩和ということばがこのところよく使われます。一見,緊張は緩和しはじめたかに思えます。世界の指導者たちの声明にも時々,平和に関する真剣な考慮と思われるものが混じっています。彼らも,彼らの追随者たちも,戦争はもうごめんだ,世界には平和の機が熟している,と言います。
ところが不思議なことに,それと時を同じくして,史上最も激しい軍備競争の一つに一層の拍車がかけられたのです。先進国も発展途上国も,先例のない規模で武器の購入あるいは輸出を行なっています。しかしながら,米ソ間の軍備競争は,両国の科学技術が進歩しており武器が大きなものであるだけに,残りの世界の不安をかきたてます。この競争において優位にあるのはどちらでしょうか。
どちらが優位にあるか
中立国と考えられている国々の間でさえ,意見はまちまちです。しのぎを削る二大国は両方とも,その多くの武器の数量,大きさ,性能については秘密にしています。ソ連側は自分たちの持っている武器のほうが大きいと誇り,アメリカは自分たちの武器のほうがより正確だと言います。アメリカは,ソ連の140機に対し496機と,ソ連の三倍以上の長距離爆撃機を保有すると言われています。
一方,ソ連はアメリカを上回るミサイル搭載潜艦を有しています。しかしアメリカの潜水艦のほうが音が静かで発見しにくく,搭載されているミサイルの多くは,10個から14個の弾頭を装着していると主張されています。1950年代の半ばから,ソ連はアメリカよりも多くの艦艇を建造してきました。現在ソ連は,アメリカの174隻に対し,221隻の大型水上戦闘艦を有しています。
最近は両国とも,ミサイルの研究と開発に多くの力を注いでいます。しかし,戦略兵器制限交渉(SALT)や他の協定は,これら二大国間のミサイル建設にストップをかける役割を果たしたのではありませんか。そうではありません。SALTが非としたのは主として防御用ミサイルでした。しかし,攻撃用ミサイルはどうですか。
1972年5月に調印されたSALT協定では,アメリカは1,054の陸上ミサイル発射装置と,656の海上発射装置の保有が許されました。ソ連は,海上ミサイル発射装置を950まで建設したならば,陸上ミサイル発射装置1,618を持つことが許されました。なぜソ連のほうが数が多いのでしょうか。それはアメリカが,MIRVを持っているためにミサイルの分野で明らかに優位にあると考えたからです。
MIRVとは『多弾頭各個目標再突入ミサイル』という意味です。一個のミサイルが幾つかの弾頭を積載していて,大体の地点まで来たならは各弾頭を異なる目標に向かわせることができるのです。アメリカはすでに,弾頭を積載したMIRVを約7,000基保有するといわれています。しかし,SALT協定が調印された時にはアメリカが優位にあるように思われましたが,アメリカは意外のことに非常に驚きました。
1973年,ソ連はソ連自身のMIRVのテストを開始し,アメリカに追いつくかもしれないという恐れを抱かせました。しかしアメリカはそれに対抗しました。どんな方法で?
MaRV ―『機動核弾頭』を登場させたのです。これの場合も,MIRVと同じく,一個のミサイルに複数の弾頭を積載して別々の目標に向かわせることができます。しかし,MaRVの弾頭は,飛しょうの最終部分で,目標に照準を合わせてコースを変えるように操作できるのです。
しかし,二大国が蓄積しつつあるのは核兵器だけではありません。通常兵器も急増しています。最近の小さな戦争から,東西両勢力は,その種の武器の必要を知りました。
非核戦力競争
たとえばアメリカはベトナム戦で,破砕の型をコントロールすることを学び,ボール爆弾を改良しました。ジェット戦闘機から投下され,高度約180メートルで爆発したボール爆弾一個は,殺人破片を900メートルにわたって飛び散らせました。F4ファントムはこの爆弾を8個運ぶことができ,特別の装備があれば,15個から20個運べます。
ベトナム戦で部分的にテストされた別の武器は,「グライド爆弾」もしくは「スマート爆弾」です。従来,飛行機からの爆弾の飛しょうは重力だけに頼っていました。しかしこれらの新型爆弾は,レーザー・ビームやテレビに誘導されるので正確に命中します。控えめな専門家でさえ,誘導爆弾ができたために,戦争に「革命」が起こることを語ります。
中東戦争はアメリカの軍事専門家を驚かせました。アラブ諸国が使っていたソ連製の武器は,アメリカの予想をはるかに超える優秀なものでした。イスラエルの戦闘機を撃ち落とすのに,ソ連製の移動式SAM-7ミサイル発射装置が効果的に使用されました。しかもそれは比較的に安い武器です。
中東での決定的な戦争の多くは,戦車を用いての戦闘でした。しかし,歩兵一人で敵の戦車をやっつけることができることも分かりました。「ヒート」と呼ばれる,爆発性の高い対戦車用火器が使用されたのです。これには一定量の銅がはいっていて,弾頭が戦車の装甲用銅板に当たって爆発するとき,溶けた銅が噴射し,鋼鉄を焼いて穴をあけ,戦車に積まれている爆発物を爆発させて搭乗員を窒息死させます。ヒート弾頭をつけた一部の対戦車火器には誘導装置がついているので,それを発射する兵士は,それを目標まで誘導することができます。イスラエル側の話によると,彼らが戦車を失った最大の原因はこの兵器にありました。
アメリカにとってもう一つの驚きは,ソ連がアラブに供与した大量の,そして多くの種類の夜間戦闘用装備でした。米国防総省は,ソ連が,戦車,対戦車用ロケット,手投げ弾発射装置,軽い銃などのための星の光や赤外線を利用した戦車探索装置を完成しているのを知った今,夜間戦闘の研究に拍車をかけています。ベトナム戦では,同様の装備が,米空軍と海軍によって使用されました。
アメリカでは最近,神経ガスが論議の的になっています。一つの種類は二成分神経ガスで,二つの化学物質から成っています。これらは,別々にされている時には何の危険もありません。しかし,発射された砲弾の中などでいったん混じり合うと,致死的になります。アメリカの化学兵器専門家,ジュリアン・ペリー・ロビンソンとマシュウ・S・メセルソンが,下院分科委員会に報告したところによると,アメリカは,第二次世界大戦終結当時より四倍も多くの化学兵器を蓄積しています。
しかし,武器を売り買いしているのはアメリカとソ連だけではなく,他の小さな国々も関係しています。
他の軍備競争
多くの人々は,核戦力がほんの二,三の大国だけによって蓄積されることを願っていましたが,昨年の五月,インドが核実験を行なった時,その希望は打ち砕かれました。現在あるのは,他の幾つかの小国が,また組織されたギャングたちでさえも,核兵器を作れるかもしれないという心配です。インドが核を爆発させて以来,そうした可能性を一笑に付す専門家は少なくなりました。核爆弾の製造に必要な詳細な事項は,米原子力委員会の機密扱いでない記録文書にのっています。爆弾の燃料として必要な少量のプルトニウムも,手に入り易い状態に急速になりつつあります。
その間も,国際的な取引きによる,多くの国のひそかな武器の貯蔵は進んでいます。一例を挙げますと,ラテン・アメリカ諸国はもはやアメリカのお下がりなどには目もくれず,強力な新型兵器を安く手に入れようとしています。同地域における支出の大部分は,アルゼンチン,ブラジル,チリ,コロンビア,ペルー,ベネズエラの六か国によるもので,1967年と1972年の間に,ラテン・アメリカの重兵器装備に費やされた17億㌦(約5,100億円)のほとんどは,それらの国によって支払われました。そのうちアメリカに支払われたのは13%にすぎませんでした。あとはどこから買い入れたのでしょうか。
イギリスから軍艦とジェット機を(35%),フランスからはおもにミラージュ・ジェット戦闘機と戦車(22%)を買い入れましたが,ラテン・アメリカに武器を供給する国は他にもあり,西ドイツやカナダなどもそのうちに含まれます。そして現在ではソ連がラテン・アメリカに武器を輸出しています。
これは別に新しいことではありません。たとえばキューバなどは,共産圏にはいってからかなりたっており,ソ連のミグ戦闘機を200機以上保有しているといわれています。ソ連は,過去10年にわたるキューバの軍備に,10億㌦以上を費やしたとみられています。しかし最近ではペルーがソ連の顧客となって200余台の戦車を買い入れ,大陸初の軍事顧問団の入国を許可したといわれています。
一方,南米最強の二か国,ブラジルとアルゼンチンは,航空機の製作を開始し,またロケットの実験も行なっているといわれています。
これと同時にアジアでは,“小さな軍備競争”なるものが速度を増しています。アジア諸国の「最新のステータス・シンボルは,自国の武器製造工場を持つことである」と,ロサンゼルス・タイムズは報じています。フィリピン,シンガポール,そして韓国は,U.S.M-16ライフル銃を製造しているか,またはまもなく製造を始める計画です。マレーシア,インドネシア,ビルマなどは自動小銃や軍需品を生産しています。米国防省の認めるところによると,アメリカは,韓国,タイ,南ベトナムなどの関係する戦争が生じた場合にそれらアジアの盟友に供与するため,10億㌦相当の武器を蓄積しています。
武器の売買は確かに,平和が語られているにもかかわらず,国際的な取引きとなっています。南米,ヨーロッパ,アジア,アフリカなどにおける武器の取引きの増大を見て,一ニュース雑誌は,『銃砲が世界的に増加している』と述べています。
競争が続けられる理由
もし本当に平和を望むのであれば,軍備を持つ世界の大国はなぜ軍事機構の拡充を続けるのでしょうか。
ひとつには,こちらがそれをやめても敵は軍備を継続するかもしれない,という恐れがあるからです。もし軍備をしないなら,相手はこちらが弱くなったとみて攻撃することを考えるかもしれない,と思うのです。たとえばアメリカのジェームス・R・シュレジンジャー国防長官は,「われわれは,人類がもうすぐ完全になるという,クモの糸のように細い希望ではなく,むしろ国際環境の厳しい事実の上に平和を築き上げねばならない」と言います。同長官はクレムリンが膨大な核力を蓄積することを非難します。
相手はどうですか。ソ連の陸軍参謀総長,ビクター・G・クーリコフ将軍は,「主要な資本主義諸国における新しい戦争のための物質面の準備の過程,兵器の蓄積と質の改善,そして何よりもまずすべての核兵器の蓄積と質の改善が続けられており,かえってその度を増し加えたくらいである」とやりかえします。
どちらの側も相手を信用しません。それでどちらも最も性能の優れた兵器を持つことを決意しています。アメリカの将軍,故ツーイ・スパズはこう言ったことがありました。「二級の飛行機は,ポーカーをする時のかんばしくない持ち札のようなものである」。そういうものは役に立たないというわけです。それで「最も優秀なもの」を持つために,ますます多くの費用が兵器に注ぎ込まれています。アメリカのB-1爆撃機一機の価格は今7,600万㌦(約228億円)です。つまりここ数か月のうちに2,000万㌦(約60億円)上がったということです。F-15超音速戦闘機は1,200万㌦以上になるでしょう。
しかし多くの人は尋ねます。「双方とも敵を抹殺するに余りある火力をすでに保有しているのに,なぜそのように多額の金をさらに多くの兵器を作るのに費やすのか」と。
軍事専門家に言わせると,『この軍備競争は異なっているから』です。どういう点で異なっているのでしょうか。戦闘に臨んでいろいろな手段を選択できるようにするには,新兵器が必要である,と彼らは主張します。最初のころの軍備競争は,『相互の確実な破壊』をねらったものでした。言い換えれば,当時の戦争の恐怖といえば全面戦争,国際的な大惨害を意味しました。ところが現在では軍部は,同程度の報復をするための,小さな戦争のボタンを押せるようにすることを望んでいます。たとえばもしソ連がアメリカの基地を攻撃するなら,アメリカはソ連側にある同様の目標を破壊することによってその攻撃に対する反応を制御することができる,というわけです。より新しい,より優秀な武器を得るためには,競争は続けなければならない,と彼らは主張します。
しかし,兵器の研究と開発が続いている理由はほかにもあります。これには国家だけでなく,個々の人が関係しています。敵に弱腰を見せているように見えたり,兵器の生産に反対の色を見せるなら,政治家として人気を失うことを指導者たちは恐れます。一般の人々が持つ何千種もの職業は,軍事予算に依存しています。生産が削減されたり停止されたりすれば,人々は個人的に大きな経済的打撃を受けます。
それでも,正気の人ならば,全面的な国際紛争が起こることを誰が望むでしょうか。それを望む人はひとりもいないはずです。にもかかわらず軍備競争は続いており,人々がその方向に向かっていることを明示しています。なぜでしょうか。軍備競争を続けるよう地の支配者たちとその追随者たちを扇動している者がまだほかにいるのでしょうか。それは妥当な考えのようです。
深い原因
聖書は糸を引いている他の力を指摘します。啓示 16章14,16節には,「悪霊の霊感による表現(は)……全能者なる神の大いなる日の戦争に……王たちを,ヘブライ語でハルマゲドンと呼ばれる場所に集めた」と書かれています。そうです,「地の王たちとその軍勢」は,目に見えない悪霊たちに刺激されて,実際には神と戦うために軍備を整えているのです。―啓示 19:11-13,19。
この世的な考えを持つ人々は,諸国家の背後に悪霊が本当にいて,神との戦いに彼らを集めていることを疑うかもしれません。しかし,大いに平和を語るにもかかわらず,「地の王たちとその軍勢」が何かのために実際に結集しつつあることを,誰が正直に否定できるでしょうか。
もとよりこの聖書のことばは,世界の全部の軍隊が,中東にあるメギドと呼ばれる,昔戦略上重要な道路の要所となっていた文字通りの場所に集められるという意味ではあり得ません。全部の軍隊が集まるにはこの場所は狭すぎます。では「ハルマゲドン」または「アルマゲドン」という聖書のことばは何を意味するのでしょうか。
昔のメギドは,決定的な戦闘が行なわれた場所でした。ですから,聖書がこのことばを使っているということは,一つの問題があるにちがいないことを示すものです。さもなければ戦争はないはずです。ではそれはどんな問題でしょうか。「王たち」が王国を支配しているということです。ですからこれらの王が自分たちの主権を保持することを望んでいるのは明らかです。しかし神も全地に対する目的をお持ちです。聖書の示すところによると,神がイエス・キリストを通して,地に対するご自分の正しい支配に反対する者たちを一掃される時は近づいています。
その時が来たら諸国家は,自分たちの支配権を断念して神とキリストに渡すかもしれない,という考えは妥当なものに思えますか。諸国家の歴史にはそのような行為を示す何かが少しでもありますか。彼らはいつの場合も,一センチの領土をも絶対に手離さない,という態度をとってきたのではないでしょうか。
諸国家は神との戦争を意識的に計画し,“最高指揮指令室”の中でそのような可能性を熟考するというのではありません。しかし諸国家は,神の目的が明示されているにもかかわらず,地の事柄を自分たちの方法で行なう努力をする決意をしているので,対決はどうしても必要になります。諸国家は,自分たちの支配形式を保持しようとして結束してその力を用いるところまでゆくでしょう。神は対抗勢力をもってそれに応じられます。結果はどうなりますか。
啓示 19章は,神のために勝利の戦をするかた(イエス・キリスト)が,地の『王たちや軍司令官たち』を打ち負かすさまを描いています。神はご自分が義とみなす人々を残されます。諸国家がすでに持っているところの,自分の主権を守ろうとする自然の傾向をさらにあおりたてる悪霊たちは,地が毒され,灰じんに帰せしめられるのを見れば喜ぶでしょう。しかし神はそのようなことは許されません。むしろ悪霊たちのほうが除かれます。―啓示 12:12; 19:11–20:3。
したがって,現在なされている緊張緩和へのすべての努力も,問題の実相,すなわち自国の支配権を保持するためには諸国家は出しうるかぎりの最大の力を用いるということをおおい隠すものではありません。彼らは口では平和を唱えるかもしれませんが,戦争は避けられません。しかし,最大の戦争が終わった時には,「地の王たちとその軍勢」は永久に姿を消しているでしょう。その時初めて地球上に真の平和が訪れるのです。
[5ページの囲み記事]
「アメリカは今日,平和を口にしながら,いずれも以前よりさらに高性能でさらに恐ろしい核兵器と輸送システムの新時代を切り開きつつあり,ソ連における状態も大差はない。両国の政策立案者たちは,戦略兵器目録上の既得権を持つ自国内の諸勢力によりますます陥れられ,ざせつさせられ,無力にさせられているようである。全世界の核弾頭の貯蔵量は天文学的数量に達するほどの上昇を続けている」―「原子科学者会報」
[6ページの囲み記事]
「進歩した科学的,専門的な技術がなくとも,ひとりかそれ以上のテロリストたちが,簡単な,しかし大きな破壊力を持つ核兵器を作りうる可能性は十分にある。こう結論する核専門家は増えている」―「タイム」,1974年5月13日号。
[4ページの図表]
(正式に組んだものについては出版物を参照)
増大する“平時”の兵器集積量
アメリカ ソ連
1,710 ミサイル発射装置 2,358
(陸上および水上用)
7,000+ 核弾頭 2,300
496 長距離爆撃機 140
41 原子力潜水艦 42
174 水上戦闘艦 221