ものみの塔 オンライン・ライブラリー
ものみの塔
オンライン・ライブラリー
日本語
  • 聖書
  • 出版物
  • 集会
  • 目75 4/22 12–16ページ
  • 他の人びとに仕える特異な家族

視聴できるビデオはありません。

申し訳ありません,ビデオをロード中にエラーが発生しました。

  • 他の人びとに仕える特異な家族
  • 目ざめよ! 1975
  • 副見出し
  • 関連する記事
  • 家族の成員
  • さまざまな職業歴
  • 医学,教育,美術
  • 以前公務員として勤務した人たち
  • 列挙できないほどの他のさまざまの技能
  • ベテル奉仕 ― その重要性と祝福
    わたしたちの王国宣教 1995
  • これはあなたにとって最善の生き方となりますか
    エホバの王国を告げ知らせるものみの塔 2001
  • 質問がありましたか?
    王国奉仕 1973
  • あなたは求めに応じることができますか
    わたしたちの王国宣教 2001
もっと見る
目ざめよ! 1975
目75 4/22 12–16ページ

他の人びとに仕える特異な家族

たぶんあなたはこの雑誌をお近くのエホバの証人からお求めになったことでしょう。では,証人たちはこの雑誌をどこで入手したのか,あるいはこれがだれによって生産されたのかを読者はご存じでしょうか。

この「目ざめよ!」と姉妹誌「ものみの塔」の両誌は,アメリカ,ニューヨーク市にあるエホバの証人の世界本部および他の国々の印刷施設のある16の支部で印刷されています。そして,昨年は4億7,100万部生産され,幾つかの号は1,000万部も印刷されました。現在,「ものみの塔」は79か国語で,また「目ざめよ!」は31か国語でそれぞれ印刷されています。西洋世界のあらゆる定期刊行物中,ほかに発行部数がもっと多い週刊および月刊誌はそれぞれわずか1冊しかないことをご存じでしたか。しかも,それら二冊の雑誌はテレビ番組の予定や他の出版物の記事を要約したものを掲載する雑誌なのです。

また,「目ざめよ!」と「ものみの塔」誌が,いかに安価な雑誌かということにもきっとお気づきでしょう。それはいずれも1部5セント(日本では30円)にすぎませんが,今日他の雑誌は1冊75セント(230円)もするものが少なくありません。なぜそうなのかをご存じでしょうか。なぜなら,「目ざめよ!」と「ものみの塔」誌は,物質上の利得にではなく,他の人びとにとってきわめて重要な事柄であると自分たちの信ずる情報を提供することに関心をいだいている,ある特異な家族によって作られているからです。例えば,その家族の成員はみな,事実上無報酬で自ら進んで奉仕しています。各人には宿舎と食事,それに雑費を補うための月14㌦(日本では5,040円)の手当てに加えて,被服費や交通費を補う小額の手当てが支給されています。

しかし,「目ざめよ!」や「ものみの塔」誌のほかにもさらに多くの出版物が,「ベテル家族」と呼ばれるその家族によって生産されています。(ベテルとは「神の家」という意味です。)昨年,彼らの各地の印刷施設で,堅い表紙で装丁した聖書や書籍を5,100万冊余作りました。時には,1日に30万冊余製本します!

ベストセラーのリストにのぼる本の中には配布総量がベテル家族による書籍の1日の生産にも満たないものがあることを知れば,読者は驚かれるかもしれません。事実,1968年に発行された「とこしえの命に導く真理」と題する,堅い表紙の装丁を施した本は91の言語で,これまでに7,400万部印刷されました。この印刷部数は,聖書を別にして西洋世界でこの本に次ぐベストセラーの発行部数の約3倍に相当します。

ニューヨークのベテル家族の成員は約2,100人で,わずか6年前の人数の2倍に増えました。この家族の約四分の三の成員はブルックリンの施設で起居し,働いていますが,残りの成員は同市から145㌔ほど離れた所にある印刷工場と農場の仕事に従事しています。ベテル家族はまた,他の国々でも印刷施設を運営しています。

施設の拡大について少し知っていただくことにしましょう。ブルックリンでは今生産年度(昨年9月に始まった)の最初の5週間だけで聖書および書籍が597万2,489冊製本されましたが,これは実に1965年の1年間の全生産量を上回るものでした! 1968年から1973年までの間にブルックリン印刷工場の重量40ないし50トンの巨大な輪転機の台数は2倍に増え,今ではそのような輪転機が40台動いており,それに192ページの本を1日に15万冊印刷・製本できる,全長18㍍余の格別に大きな印刷機が発注されています。また,ニューヨーク市の外にある印刷工場では,10台の印刷機が動いており,さらに4台発注されています。

この雑誌に載せられているような健全な情報に関心を持っておられるあなたのような人びとが多いので,印刷施設や生産量はこれほどまでに増大させなければならなかったのです。そのようなわけで,ブルックリンの印刷工場の製本機の台数も近年2倍に増えて,今では10台据えられており,さらに6台発注されています。1台の製本機はベテル家族の成員の手で技術上の特別な改造が施され,一度に2冊の本を製本しています。その結果,その1台の製本機を二交替で運転し,1日に何と最高5万冊余の本が生産されています。

読者はもしかして土地のエホバの証人と親しくしておられるかもしれませんし,ある証人たちがお宅を周期的に訪問しているかもしれません。それにしても,ニューヨークのベテル家族はどんな人びとで構成されているのでしょうか。彼らはいったいどのような人びとでしょうか。

家族の成員

その家族の大半を占めているのは若い男子です。大多数は18歳から24歳の青年で,身体の強健な人たちですから,つらい仕事に従事できます。しかし,300人ほどの女子も働いています。女子はおもに事務や家政に類する仕事をします。また,新しく家族の成員になった人たち全員のため,聖書の教理の復習,公開講演のための訓練,聖書全巻の通読を含む,6か月にわたる晩の教育課程が設けられています。

家族の大半は若い人たちですが,なかには50年余にわたってベテルで奉仕してきた人もいますし,ほかには20年,30年あるいは40年間奉仕してきた人びとが何十人もいます。それでも,最年少者から最高齢者に至るまで成員はすべて,神の王国のための奉仕に献身した人たちなのです。実際,大多数の人たちは,ベテルに入る以前は全時間の王国伝道者として奉仕していました。

大多数の人たちは高校の教育を終了して間もなくベテルの成員になっていますから,世俗の社会での経験はほとんど持っていません。しかし,このことは家族の成員全部に当てはまるわけではありません。

さまざまな職業歴

例えば,この家族の一成員は,セントルイス大学で航空工学の学士号を取得し,後に1950年代の初期から半ばにかけて地上推進技士としてチャンス・バウト航空会社(同社は後日,リング・テムコ・バウト社に合併された)に雇われました。そして,何年間かにわたって無人軍用ジェット推進飛行機の開発に携わりましたが,それは後に今日の高度に進んだ弾道ミサイルに取って替わられました。戦争を引き起こすあらゆる原因を除去する神の確かな目的を正しく認識するようになった彼は,喜んで全時間伝道のわざに携わり,1961年にベテル家族の一員となりました。―イザヤ 2:4。

ブルックリンの印刷工場の事務所で働いている一成員は,別の職業歴の持ち主です。彼はミシガン州立大学で経営学の修士号を得,1961年に公認会計士となりました。そして,ある全国的な経理会社で5年間働いた後,ある共同者と一緒に独自の事務所を設立しました。その事業は伸び,やがて事務所を四つ設立し,従業員を50人使用するまでになりました。

ところが,その間に彼とその妻はエホバの証人とともに聖書を研究し始めました。やがてふたりは,聖書によれば,ほかならぬこの世代のうちに神が現在の腐敗した事物の体制を一掃し,義の新秩序を立てられることを正しく理解するようになりました。(マタイ 24:3-14。テモテ第二 3:1-5。ペテロ第二 3:13)それで,彼は事業をやめ,妻とともに全時間伝道のわざに携わり,1971年にふたりはベテル家族に加わりました。

さらに別の教育を受けた32歳の男の人は,テキサス大学で化学と数学を4年間勉強し,1968年にカリフォルニアのスタンダード石油会社に地球物理学の技士として就職しました。そして,1年半の間,同社のためアラスカで仕事をし,ノース・スロープで石油採掘場探索計画に従事しました。しかし,1969年にその仕事をやめて全時間伝道のわざに加わり,後日ベテルに入りました。

家族の女子成員も職業の面で種々の経歴を持っています。例えば,ドミニカ共和国のサント・ドミンゴ大学に学び,化学と物理学で博士号を得た人がいます。彼女はニューヨーク市に引っ越してから,ある生化学研究所の所長を務め,5年間その地位に留まりました。

その研究所に勤めていた時分,あるエホバの証人の訪問を受け,その証人から人類に対する神の目的について聞きました。そして,神がやがてその王国の支配下で人類の苦悩を除き去られることを学び,大きな喜びを得ました。(啓示 21:3,4)後日,彼女はベテル家族のある成員と結婚し,ふたりは今一緒にベテルで奉仕する喜びを味わっています。

もう一人の家族の成員は1940年代の終わりにハーバード大学を卒業しました。彼はニューヨークのある新聞社の普及促進部の部長として実業界で出世し,およそ30人の職員を持つその課の責任者を務めました。しかし,王国を宣べ伝えるわざを促進する上でもっと役立ちたいと願い,その地位を捨ててベテルに入りました。

彼は大学の卒業学位を持つ他の成員の述べた見解を言い表わして,こう語りました。「ここベテルで設けられている教育上の備えを活用して努力を傾ける人は,一般的知識や話す能力や思考能力に関する限り,大学で4年間過ごす人と比べて少しもひけを取りません」。

医学,教育,美術

また,ベテル家族の成員の中には登録正看護婦が4人,正式免許を持つ看護婦が1人,実験化学者が1人,看護婦を助ける人が多数いますし,また医学部進学課程および医学部で14年にわたる研究教育を受けた,経験のある外科医が1人います。

登録正看護婦の一人はまた,スコットランド,グラスゴーで産科学の教育を受け,ロンドン大学で公衆衛生を研究し,熱帯病を専攻しました。その後,英国のシュレー郡にあるらい病患者収容地で働きました。ほかには,コロンビア大学教員養成部で学士号を取得し,トロント大学やピッツバーグ大学その他の大学の教授陣に加わるよう招請状を受けた女性もいます。

また,家族の成員の中には,かつて教職についていた男女成員が何人もいます。その一人はタルサ大学で修士号を得,1961年にベテルに入る前,高校で5年間教鞭を取りました。1966年以来ベテル家族の成員となった一女性は,化学で修士号を得,医師になるため勉強していましたが,医師としての生涯の仕事を追い求めるのをやめて,ニューヨーク市の高校で6年間教えました。

ほかには,美術家としての生涯の仕事を追い求めていた人もいます。その一人はボストンのニュー・イングランド美術学校を卒業し,セント・アンセルメ大学の夜間部に出て美術で学士号を取りました。彼女はニューハンプシャー州のマンチェスター・ユニオン・リーダー紙の美術部職員として働いた後,独自の広告代理店を始めて成功を収めました。

1959年に米沿岸警備隊をやめた,大志をいだく,ある若い美術家は,オークランドのカリフォルニア美術工芸大学に入り,やがてカリフォルニア州サンフランシスコのある広告会社の美術監督者としての地位を得ました。しかし,今ではベテルで鉛管工として働いています。

以前公務員として勤務した人たち

家族の他の成員は以前公務員としての仕事に従事していました。その一人の青年はカリフォルニア州アルハンブラの警察に勤めていましたが,今では印刷工場の製本部門で働いています。別の人はロサンゼルス郡で20年余にわたり消防士として過ごし,そのうち何年かは消防隊長を務めましたが,1969年以来ベテルで奉仕しています。

今はベテル家族の一員となっているもうひとりの人は,他の人びとのために奉仕できるよう備えたいとの考えから,サンディエゴ州立大学に学んで心理学で学位を取り,次いでカリフォルニア州の犯罪者矯正機関であるカリフォルニア・ユース・オーソリティに8年勤務しました。そして,同機関に勤めていた時,矯正施設であるパソ・ローブス少年院に転勤し,そこで麻薬対策計画を指揮しました。1970年から1972年にかけては,サンディエゴにある主要な青少年仮釈放事務所で職員を監督する仕事を援助しました。どんな結果が得られましたか。

彼はその制度をもってしても犯罪問題には全く手がつけられないことを知り,苦慮していました。ですから,神の解決策を学び,今や間もなくエホバ神がこの邪悪な体制を除去し待望の神の政府をもたらすことを知ったとき,どんなにか喜んだことでしょう。(ダニエル 2:44。マタイ 6:9,10)彼はすぐさまとも言えるほどにその後まもなく全時間伝道のわざを始め,1973年にベテルに入りました。

そして,ベテル家族の中の一生懸命に働く何百人ものしっかりした若い人たちのうちに,神のみ言葉が人びとの生活に驚くべき影響を及ぼし得ることを示す証拠を見いだしました。というのは,彼はかなり多くの若者がベテルに来る以前は麻薬常用者だったことを知ったからです。しかし,それら若い人たちは神の目的に関する真理を学ぶに至って,そのような習慣を断つ動機付けを得たのです。彼はそのような動機付けが世俗の種々の機関が与え得なかったものであることを知りました。

家族のもう一人の成員は大きな矯正施設であるイリノイ州少年感化院に9年近く勤務し,事務長を務め,同少年院の行なうあらゆる請求や物品の購入および会計を監督し,12人ほどの職員を指揮していました。しかし彼もやはり,ベテルでの奉仕のほうが人類にとって確かにより大きな,より永続する益をもたらすものであることを確信しています。

エホバの証人になる以前軍人として勤務していた家族の成員の場合はそのことを一層痛感しています。次にごく少数の例を上げますが,それらの人たちのなかにはヨーロッパの枢軸国側の領土に対する爆撃飛行に35回参加した飛行士や空軍の飛行教官,海軍将校,また硫黄島作戦に加わった艦隊に乗り組んで同島に最初に上陸し,4年間軍務に服してかなりの勲章を受けた海軍軍人などを含め,第二次世界大戦中従軍した退役軍人もいます。さらに,家族の女子成員の一人は朝鮮戦争中,米空軍の一員として従軍した経歴を持っています。

列挙できないほどの他のさまざまの技能

肉料理にウースターソースを少しかけて食べるのがお好きでしたら,あなたの使うびんを包んでいる紙は,今はベテル家族の成員となっている人が設計した機械で包まれて封印されたものかもしれません。また,レコード盤をお求めになったことがあれば,恐らくそれは,彼の設計した機械で自動的に包装し,宛名を印刷して郵送されたものかもしれません。ベテルに来る以前,この人は特別の包装機や自動装置類の設計者でしたが,今ではブルックリンの印刷工場で働き,製本関係の仕事に使う機械の設計を助けています。

家族の他の成員はベテルに入る以前は電気技士,機械工,大工,塗装工,れんが工,農場経営者,建設請負業者,機械運転者,建築設計者などでしたが,そのような人たちもまた,エホバの証人の本部の仕事を促進させるために自分たちの技術を用いています。かつてシェークスピアを演じた専門の俳優だった人さえ,聖書劇の種々の人物のせりふを演じてその才能を活用しています。それらの劇のセリフはベテル家族の成員によってテープに吹き込まれ,エホバの証人の大きな地域大会で劇の上演のさいに用いられています。

今ではベテル家族の成員となっているそれらの人たちはみな,人びとが神の王国の良いたよりを聞くのは急を要する事柄であるという考えに動かされました。また,それゆえにベテルに入って,そこで宣べ伝えるわざを促進する働きにあずかっているのです。

そうです,とりわけベテル家族を特異な存在にしているのは,神の目的を学ぶよう他の人びとを助けたいという,それら個々の成員の願いです。実際のところ,イエス・キリストの模範に見倣って他の人びとに仕えるこうした歩みこそ,真のキリスト教のすべてなのです。他の何にもまして,献身したクリスチャンの願いは,神のみ子のそうした模範に習ってエホバ神を喜ばせることです。―ペテロ第一 2:21。

このようなわけで,こうしたキリスト教の精神をいだき,かつて一度も印刷機や自動植字機,インキ製造機,製本機あるいは植字装置などに手を触れたこともない何百人もの若い男女が,各自割り当てられたベテルでの仕事に勤勉に励んでいるのです。そして,驚くほどの短期間に熟練した印刷機運転者,植字工,組版工,インキ製造者,製本工になっていますし,その他,王国の音信を広めるわざを続行するのに必要などんな仕事でもこなしています。

日本においても同様の業が,沼津市大塚37-1においてなされています。ここにおいてもベテル家族は忙しく雑誌を準備し,神の王国をふれ告げるのに用いるよう供給しています。ベテル家族は,読者がベテルのホームと印刷施設を訪れてベテルがどのように運営されているかをご自分の目でご覧になるよう心からお勧めいたします。月曜日から金曜日まで,午前は11時まで,午後は4時まで,また土曜日は午前中,無料で見学できるようになっています。

[14ページの写真]

重量40トンの印刷機で書籍を印刷するベテル家族の成員たち。昨年は5,000万冊余の聖書および書籍類が生産された

    日本語出版物(1954-2026)
    ログアウト
    ログイン
    • 日本語
    • シェアする
    • 設定
    • Copyright © 2025 Watch Tower Bible and Tract Society of Pennsylvania
    • 利用規約
    • プライバシーに関する方針
    • プライバシー設定
    • JW.ORG
    • ログイン
    シェアする