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目ざめよ! 1979
目79 2/8 21–24ページ

山火事 ― 敵か,味方か

米国では毎年約90万ヘクタールが山火事で灰になります。しかし毎年約100万ヘクタールが林野局の手で故意に燃やされており,それには六つの理由があります。

私が最初に見た時,火事は峡谷の上流8㌔のところでした。それは小さな火事で遠く離れていました。カリフォルニア州南部の山では,乾期になると火事がよく起きました。それで私はちょっとの間,火事を見ていただけで立ち去り,五,六頭のアライグマに晩の餌をやったり,おなかをすかせて翌朝早く目ざめる60羽から90羽のウズラのために穀物を用意したりなどして,火事のことを気にかけませんでした。

次の日の朝,私は火事がどうなったかを確かめました。それは広がっていました。風もありました。二台のトラックに乗った人々が峡谷の上流に通ずる道をサイレンを鳴らしながら消火作業に向かうところでした。もし必要ならば,二台の飛行機を用いて化学消火剤の投下が行なわれるでしょう。私は秋の花を咲かせ始めた,花壇や松葉菊を植えた斜面に水をやるのに二時間を費やしました。二,三日もすれば,100本の松の木に水をたっぷりやらねばなりません。それらの松の木は,ビッグ・ツージュンガ峡谷を見下ろすこの丘の上に妻と住みついた10年間に植えたものです。小道の下の方にある松は,すでに12メートルもの高さに成長していました。ともあれ,私は明日コンクリートを流し込む予定の場所を今,準備しなければなりません。

その晩,妻と私は,丘の斜面に張り出したバルコニーに立って火事を眺めました。それは風にあおられて今ではずっと大きくなり,恐ろしくも美しい光景でした。それはここから5キロのところにあり,今度は無視する訳にはいきませんでした。それでも火事は私たちからは道路を隔てた尾根のはるか上の国有林であり,人家は危険にさらされてはいません。それに大勢の人が消火にあたっています。いずれにせよ,私は雑木林を切り払って家の後方30メートルにわたって空地を作っていました。私たちは床につき,すぐに寝入ってしまったのです。

夜中に私は網戸を乱暴に開けたてする音で目を覚ましました。これは餌のなくなった時に,アライグマがするのです。私は外に出ると,餌を入れるどんぶりを取り,乾燥ドッグフードをそれに入れてやるため納屋に行きました。その間中アライグマは足元にまつわりついているのです。他に二頭のアライグマも来ていました。彼らが食べている時,私は燃えている尾根を見上げました。吹いているのはもはや普通の風ではなく,風力の強い北西からの熱いサンタ・アナでした。それは過剰の酸素を火に与え,炎をあおっていっそう早く燃え広がらせ,火の進む道にある燃える物を前もって熱する役をしたのです。

翌朝早く,私はハチドリの餌箱のひとつに餌を補給しました。とまり木の上に指を出すと,すぐに一羽のハチドリが指にとまり,砂糖水をなめました。火事は,家の周りの松の木の間を吹き抜けてゆくサンタ・アナにあおられて,わずか三キロ向こうに迫っていました。私は仕事にとりかかったものの,大層心配でした。多くの動物が火に追われて逃げ出すことでしょう。しかし今や焦熱地獄と化した,あのけわしい地形の場所で何百という動物が焼死するに違いありません。このすべては峡谷の上流八キロの地点でキャンプをした人々のキャンプファイアの不始末が原因なのです。山火事の90パーセントは,マッチの燃えかす,たばこのすいがら,キャンプファイアの残り火の不始末それに故意の放火など,人間に原因があります。

峡谷の東側の尾根で起きたこの火事は,すでに三日間も手のつけようがないほど燃え続けていました。午後になって家に帰ってみると,火は峡谷を飛び越えて西側の尾根に移っていました。峡谷の中の小さな尾根の頂上にある私たちの家は,今や火にはさまれたかっこうでした。次の日一日中,私は何百人もの人々が火と戦う様子を見守っていました。ヘリコプターは防火線に人員を降ろし,頭上を舞う飛行機のあるものは火の広がり具合いを見て地上の消化活動を指図しています。中には晩のテレビニュースの取材にあたるテレビ局の飛行機もあります。数機のヘリコプターと給油機が水と化学消火剤を投下していました。強風のためにこれはいっそう危険な仕事です。

避難を余儀なくされる

次の日,消火隊は西側の尾根の火を消し止めました。しかし東側の尾根では炎が燃え盛り,手の施しようがありませんでした。火事が起きて五日目の晩,バルコニーのひとつから見ていると,燃えている枝が風に吹き飛ばされて山腹に落ち,尾根の上の火元から約800メートルも下があちこち燃え出していました。新たに燃え出したこれらの火の近くには200軒の人家があって危険にさらされているため,20台ほどの消防車が家々のまわりに待機しています。私たちは床についたものの,私はすぐに起きて見張りを続けました。火は1.5キロ足らずのところまで迫っていて,火のついた燃えかすがこちらの方に吹き飛ばされてきています。午前二時までに火はその家々の周辺を燃やしつくし,道路を飛び越えて,私たちの住む高台の方に迫って来ました。

私は妻を起こし,わずかの衣類をまとめてから妻は車に,私は犬を連れてトラックに乗って家を出ました。火は外部に通ずる唯一の道路にまで達しており,消防士に導かれて脱出しながら,溶鉱炉から発せられるような熱気を体に感じました。妻と犬を友人の家に残して,私は友人と一緒に取って返しました。道路を通ることは不可能でした。裏道を登って尾根の頂上に出ると,尾根の一方の端を見ることができました。そこに私たちの家があるのです。大きな炎が燃え上がっていました。松の木が燃えているのです。やぶをかき分けてようやくドライブ道に出たころには,火の大半は消えていました。燃えている約7立方メートルの薪の山の上に,ヘリコプターから約570リットルの水が投下されました。消防車は帰る準備をしていました。家が類焼を免れたことを消防士に感謝すると,彼らのひとりは,「私たちに感謝するには及びません。岩の屋根のお陰で助かったのです」と答えました。

花壇,地表の矮生植物,滝のあるロックガーデン ― そのどこを見ても黒こげの残がいだけです。真っ黒な棒が5,10,15メートルの高さに空に向かってそびえています。その多くは0.9メートルの苗木から私が育てた松の木でした。しかし荒廃のただ中で,私は家が焼けなかったことに感謝しました。チェーンソーを用いて私は50本以上の黒こげの木を切り倒し,次いで100本以上の木を植えました。新しい花壇を作り,かん木も植えました。半焼けになったバルコニーは修理され,滝も修復されました。家にもペンキが塗られて生活は元に戻りました。私たちは生き延びたのです。

野生動物はどうなりましたか。火事の一週間後に網戸をばたんばたんさせる音で私たちは目を覚ましました。動物たちが戻って来たのです。それは午前三時のことでしたが,私はうれしくなりました。アライグマ,ウズラ,ハチドリ,ハツカネズミ,モリネズミそしてコヨーテも餌を求めて戻ってきました。しかし火事の前と比べるとその数は減っていました。全部の動物が火を免れた訳ではありません。

有用な山火事

この山火事が多くの益をもたらしたという事を述べた記事が,火事から一週間後の新聞に出ました。もちろんその筆者の家は火事の被害を受けていませんでした。私は第三者の立場から物を見る気持ちにはすぐなれませんでしたが,それでも数か月後には林野局に手紙を出して「森林解説者による火災管理入門書」と題する政府発行の本を求めました。その本はなかんずく次のような事実を示していました。

米国では山火事で焼失するよりも広い面積の山林が,政府機関の手で故意に燃やされています。1970年について見ると,山火事によって焼失したのは225万エーカー(約90万ヘクタール)ですが,いわゆる人為火災によって250万エーカー(100万ヘクタール)が燃やされました。人為火災を用いる理由はさまざまありますが,林野局のこの出版物では六つの理由が強調されていました。

そのひとつは火事と戦うための火事 ― おそらくもっと正確に言えば,火災を予防するために火を使うことです。森林地帯が火災から保護される時,下生えのかん木が茂りあるいは材木切出し地帯ならば,散乱した枝木がたい積します。そこへ落雷あるいは他の原因で火事が発生すると,地面にたい積した燃料が火勢をあおって木のこずえからこずえに急速に広がる山火事に発展し,大災害にならないとも限りません。しかし人為火災を時折用いるならば,このように危険な燃料のたい積が生ずることもなく,自然に発生するどんな火災も決して大火にはなりません。

第二に,経済価値の高い多くの針葉樹は,苗木が生長するのに十分な日光を必要とします。また種子の発芽にも無機質を含んだ土壌が必要です。森林の中の地面にたい積したがらくた ― 草,針状の葉,小かん木 ― を人為的に燃やすことによって土壌は種子の発芽に適したものとなり,大きな火災の危険も減少します。またある種類の松やトウヒは,熱によって割れて種子を放出する晩生の球果を持ち,人為火災はこのような木の繁殖を助けます。

人為的に燃やす三番目の理由は,病虫害の制御です。松林の場合,菌類に侵された苗木の葉は,地表の小火によって死にますが,頂芽は何ら影響を受けません。樫の木のためには火は心材腐朽という病気の予防にもなります。森林のたい積物の中で冬眠する松の木の害虫キクイムシも,適切に燃やされる火によって死にます。松が販売を目的として植林されているところでは,人為火災によって広葉樹の小さな若木が一掃され,その苗によって光と養分が奪われることもなくなります。広葉樹は樹皮が薄いので火による損傷を受けやすいのに比べ,松は堅い樹皮を持っているので熱に耐えるのです。

人為的に燃やす別の理由は,漿果を結ぶかん木,とくにコケモモの生気を回復させることにあります。これはメーン州で普通に行なわれている事です。これによって古い木質が除かれ,木は元気の良い芽を出すようになります。光をさえぎるものが少なくなって,漿果を結ぶかん木に必要な光が当たるようにもなります。コケモモの野性地では四年目毎の春にこのような野火がすすめられています。多くの実がなれば,人間の利益になるだけでなく,野生動物の得る食物もふえることになります。

事実,野生動物の生息環境の改善が野火の第五の理由なのです。それは草,草本,まめ科植物,新芽の量と質を向上させ,草や若葉を食べる野生動物や,農場主が国有地に放牧する牛,羊,やぎに食物を与えることになります。様々な面で,そしてある状況の下では,これらの野火が色々な種類の鳥を益しています。林野局では野生生物のために毎年およそ2万2,250ヘクタールの森林を指定して焼いています。

人為的に燃やす六番目の理由としてあげられているのは,公園地帯の美観とレクリエーション用地としての価値を向上させることです。野火によって草本や野生の花の生育が促され,また茂った下生えの植物が除かれるので,森を訪れる人々にとって歩きやすくなります。最も印象的な木のひとつはセコイアですが,その木と火災について次のように書かれています。

「カリフォルニア州のセコイアは,火災防止の結果森林にたい積したぼう大な燃料のため,火災管理が最近,実施されるようになるまでは山火事で絶滅する危険にさらされていた。それまでの何千年間,この荘厳な森は,地表に起こる小さな火事によって常に維持されてきたのである。ところが火災防止は,非常に燃えやすい他の種類の植物が森の中にはびこるのを許すことになった。現在では人為火災の使用により,山火事の危険を減少させる努力が成功しつつあり,セコイアは露出した無機質の土壌にいっそう多く繁殖するようになっている」―「森林解説者による火災管理入門書」,46,47ページ。

山火事 ― 敵か味方か。それはどちらの場合もあり得ます。制御されているならば,それは味方となります。私たちの松,花そしてバルコニーを台なしにしたうえ,山に住んで以来私たちを楽しませてきた野生動物の訪問者の数を減少させた山火事のように,手に負えなくなる山火事は敵です。この山火事のため山の分水界が消失しました。雨が降ると,無機質に富んだ表土が侵食され,山腹を下方に押し流されて来る泥流が人家に被害を与えることが少なくありません。山火事の中には有用なものもありますが,この山火事は,私にとって敵でした。―寄稿。

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