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目ざめよ! 1979
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望ましくない習慣やならわしを避ける

北アメリカの,とあるスーパーマーケットで,幼い女の子が,人目を引くように飾られたオレンジを見付けて,『ママ,あれ買って』と言います。みすぼらしい身なりをしたその母親は,娘に多少とも優しい気持ちを示しながら,店員に『このオレンジはおいくらですか』と尋ねます。店員の答えを聞いてから,母親は娘のほうを向いて,『高くてとても手が出ないわ』と言います。女の子はがっかりして首を垂れます。それから母親は,少しためらっただけで,『たばこを一箱ください』と店員に言います。

同様の光景が毎日,幾度となく繰り返されています。たばこやアルコール飲料や宝くじなどは買っても,自分の子供たちに適切な食事を備えていないような男女もいます。そうした人々は,実際には浮かれ騒ぎに外ならない行事に多額の金銭を費やします。麻薬中毒のために,みじめな生活をしている人もいます。

こうした深刻な問題でも,聖書の原則を当てはめれば回避できるのです。聖書は次のように述べています。「肉と霊のあらゆる汚れから自分を清め……ようではありませんか」。(コリント第二 7:1)「酒に酔ってはなりません。そこには放とうがあるのです」。(エフェソス 5:18)「酒にふけ(る)……者と交わってはならない。酒にふける者……は,ぼろを身にまとうようになる」。(箴 23:20,口)「あなたがたは,エホバを捨て去る者……幸運の神のために食卓を整える者である」。(イザヤ 65:11,新)「ほねおって働き,自分の手で良い業を(しなさい)」。(エフェソス 4:28)「静かに働いて,自分の労によって得る食物を食べなさい」。(テサロニケ第二 3:12)「浮かれ騒ぎや酔酒のうちを歩むのではなく,……正しく歩み(なさい)」― ローマ 13:13。

大酒や浮かれ騒ぎを非とする,聖書のはっきりした言葉に注目すると良いでしょう。確かに聖書は喫煙や麻薬の乱用を具体的に挙げてはいません。しかし,これまでにご覧になったことからして,喫煙は不潔な習癖であると言われるのではありませんか。麻薬の乱用もまた,不潔で有害であり,酒に酔った時のような結果をもたらすのではありませんか。同様に,聖書中には賭博に言及されている箇所はありません。しかし,それは幸運と関係したならわしではありませんか。それは貪欲を生み,自分の食物のために働くようにという,聖書の勧めに反するのではありませんか。

喫煙

しかし,こうした点で聖書と調和した生活をすることが,生活の糧を手に入れる上でとれほど役立つのか,といぶかしく思われるかもしれません。一例として喫煙の習慣を取り上げてみましょう。スウェーデンで,一日に20ないし25本の紙巻きたばこを吸う人は,年間約600㌦(約12万円)を費やさねばなりません。収入の約50%は税金に取られますから,たばこの常用癖を続けてゆくだけでも約1,200㌦(約24万円)を稼がねばならないということになります。これは,平均的な労働者の一か月分の月給を上回る額です。妻と十代の子供もたばこを吸うなら,一家の稼ぎ手の収入の20%以上はたばこに費やされることになります。大抵の場合それは,喫煙を続けてゆくために,家族が自分たちの養分に富んだ食物の質を落とすことを意味します。

一人当たりの所得がスウェーデンよりもずっと低い国では,自分たちの限られた賃金の中から同じほどの割合かそれ以上の割合のお金をたばこに費やす人が少なくありません。インドに住む,所帯持ちのK・Pさんの場合がそうでした。彼はこう語ります。「私は小さなかみ物a屋を営み,週に35ルピー(約800円)ほど稼いで家族を扶養していました。その収入の一割は,私の喫煙の習慣のために消えてゆきました」。

しかし,1972年にK・Pさんがエホバの証人と聖書研究を始めると,彼は喫煙が,『肉と霊のあらゆる汚れから清め』られているようにとの聖書の諭しに反することを認識するようになりました。その上,そうした汚れた習慣を打破するよう他の人々を助けるとすれば,自分がかみ物を売り続けていては言行不一致になることにK・Pさんは気付きました。そこでこの人はどうしたでしょうか。彼はこう答えています。「私は自分の生活を聖書と調和させるために,かみ物屋をやめました。エホバ神に全き信頼を置いたのです」。

しかし,どのようにして生活してゆくのでしょうか。聖書の原則に従ったことは,日々の糧を得るのに役立ちましたか。役立ちました。実際のところ,事態は改善されました。彼は八百屋の店員の職に就くことができました。その賃金は週給50ルピー(約1,100円)で,かみ物屋をしていた時の稼ぎよりも15ルピー(約300円)多くなったのです。その上,喫煙をやめたので,自由になる資金がさらに一割増えたことになります。しかし,それがすべてではありません。

K・Pさんは続いてこう述べています。「雇い主は,私がその完全な信頼を勝ち得るようになるまで,様々な仕方で私の信用度を試しました。そして今では,その資金と店全体を私に任せ切りにしています。今までの店員に,そのようにしたことは一度もありませんでした。主人は私を信頼したので,家族のための無料の野菜と個人費用会計の特典を与えてくれました。エホバの証人の一人になって以来,私は自分の家を建て,生活環境を改善することができました。現在私たちは幸福な家庭生活を味わい,真の満足を見いだしています」。

麻薬中毒

同様に,麻薬中毒を克服する人は,手が出ないほど高価な習慣をもはや続けてゆく必要がなくなるので,自分たちの置かれた状況を改善できます。エオインとアンジェリカはそのような経験をしました。

エオインは1966年に麻薬を使うようになりました。二年後,彼は仕事を辞めて,自分の用いるハシッシュとLSDの代金を支払うために毎週25ポンドないし30ポンド(1万ないし1万2,000円)を費やしていました。それは,インフレで膨張した今日の通貨になおせば,ほぼ70ポンド(約2万6,000円)に匹敵します。それはまた,麻薬の取引きや盗みによる彼の“稼ぎ”の75%に相当しました。その上彼は,毎日約40ないし50本の紙巻きたばこを吸っていました。

当時エオインは自分の必要を賄うための現金をほとんど持っていませんでした。地下鉄の中で眠ることもしばしばで,別の時は“麻薬の世界”にいる,他の人の家に泊まりました。彼はこう語ります。「中毒者の一グループに加わり,その人たちに愛想をつかされるまでそこにとどまり,それから別のグループへ移るというような,一種の“まやかし”の生活をしていました」。17歳のアンジェリカは,ドイツの同様の“世界”からロンドンのこうした“世界”へやって来たのです。麻薬を常用し,度を過ごしたヘビー・スモーカーだったので,彼女はほどなくしてエオインと同じほどの財政上の問題を抱え込むことになりました。しかし,ロンドンの自分のアパートを麻薬界の売り手と買い手の取引き場として使うことによって,なんとか生き延びていました。

結局エオインは着の身着のままになってしまい,アンジェリカは持っているコートと言えば化粧着だけという有様になってしまいました。アンジェリカの他の所持品は,小さなスーツケース一つに収められていました。

しかし,聖書の原則を学び始めてから二週間もしないうちに,この二人の若者はいずれも喫煙と麻薬の常用をやめました。三週間足らずで,エオインは建築現場で働くようになり,やがてエオインとアンジェリカはアパートの敷金を払えるだけのお金をためて,結婚しました。1973年に,自分たちの生活を聖書に調和させて以来,二人は自分たちのために立派な家庭を築くことができました。エオインとアンジェリカは小ざっぱりとしたアパートにおり,その中の物すべては自分たちのものです。神のみ言葉は,この二人が生活の糧を得る上で確かに役立ちました。

大酒

多くの人々にとって,生活の糧を得るのを困難にしている別の習癖は大酒です。1974年に,ドイツ連邦共和国と西ベルリンに住む人々は,アルコール飲料のために307億マルク(約3兆円)を費やしました。また日本には,アルコール中毒すれすれの男女が200万人以上いると伝えられています。米国のアルコール中毒者の数は約1,000万人に上り,イタリアでは約400万人を数えています。オーストラリア人の中で,アルコール飲料に毎週30ドル(約6,000円)をかける人は,100万人以上にのぼっています。これは平均的な労働者の手取りの週給の約20%に相当します。実際には,平均的な家族が肉や果物や野菜に使うよりも多額のお金が,アルコール飲料につぎ込まれています。オーストラリアの,問題となっている大酒飲みの多くは,平均的な週給の半分以上をアルコールに費やします。スウェーデンで,平均的な酒飲みは自分の収入の約一割をアルコール飲料につぎ込みます。確かに,節度を保つことに関する聖書の諭しは,より良い食物をより多く食卓にのせるよう幾百万もの人々を助けることができるに違いありません。

特に痛ましいのは,主人が自分の稼ぎの大半を飲んでしまい,その一方で家族が窮乏の憂き目を見る場合です。給料をもらうと酒場へ向かう人は,世界中に幾百万人もいます。そうした人々は,酒場を出るときには酔いつぶれて,無一文になっています。そうなると,奥さんは,請求書の支払いを済ませ,家族に食べさせる物を求めるために,幾らかの借金をせざるを得なくなります。そのような大酒が習慣になっている国では,低所得者層の間に著しい貧困が見られます。

メキシコに住む一家族にはそのような状態が見られました。その家族はとても貧しく,むさ苦しくて,不潔な所に住んでいました。この家族には食事をするためのテーブルさえありませんでした。ところが,彼らが聖書の原則を学ぶようになると,事態は変化してゆきました。主人が酒を飲まなくなったので,家族はテーブルといす数脚を購入することができました。後には,石油こんろの代わりにガスこんろを買いました。家をきれいにしておくためにより多くの努力が払われたので,家全体の外観も良くなりました。

過度の飲酒にたばこの吸い過ぎが重なると,財政上の問題は一層ひどくなります。カナダに住む,黒髪の若者,ジムはこう説明しています。「実際のところ,アルコールとたばこの習慣を続けてゆくために,私の稼ぎの四分の一から三分の一が消えて行きました。その浪費したお金を残しておきさえすれば,もっと良い物を食べ,かなり良い身繕いができたのです」。その妻キャロルは,そこで言葉をさえぎり,こう言います。「一日を終えてくつろいでいるときに,たばこが切れているのに気が付いて,きげんの悪くなることもありました。そうなると私は,ジムにもっとたばこを買いに行かせようとします。すると彼はお金がないとこぼします。『きっとビールを買うのに使ってしまったのだろう』と私は考えます。いずれにせよ私は怒りをつのらせ,家中にある牛乳びんをすべて集めて,店へ行って幾らかのたばこと取り代えてもらって来るよう,ジムを説き伏せます。これはジムにとって,いつもきまりの悪い役目でした。しかし,何よりもそれは,私たちにお金が入るまで,子供たちが大いに必要としているミルクなしで過ごさねばならないことを多くの場合意味しました」。

賭博

少なからぬ人々からその日用の糧を奪った別の悪習は賭博です。この問題は大きな広がりを見せています。オーストラリア人はその実収入の一割を賭博につぎ込むと推定されています。ドイツ連邦共和国では,毎年幾十億マルクものお金がこの悪習に費やされます。人々は自分の週給や月給を賭け,時にはそれ以上を賭けることもあります。米国では,推定200億㌦(約4兆円)が賭博に費やされています。スペインのクリスマス宝くじだけでも,325億ペセタ(約792億円)の収入をもたらしました。このうちの70%は賞金として分配され,残りは国庫に入りました。この宝くじは一式揃えて買うと2万ペセタ(約4万8,000円)で,これは低所得労働者階級の一か月分の賃金に相当します。しかし,この宝くじは切り売りもされました。

賭博による損失には想像を絶するものがあります。イラン人の資産家の女相続人は,ロンドンとヨーロッパ大陸のカジノでほぼ600万㌦(約12億円)を擦ってしまいました。オーストラリアへ移住した一ユーゴスラビア人は,三日間ポーカーをして,六年間かけてためたお金を全部失ってしまいました。その結果この人は極度のショック状態に陥り,四日後に死亡しました。ペドロという名の若いスペイン人は毎月非常に多額のお金を賭博につぎ込み,その額は別の四人家族のための家賃と食費を賄えるほどでした。ところがペドロは,月末になって食料を買うため,借金をしなければならないようなことがよくありました。

他の人の損失で生計を立てているプロの賭博師は,自分の見る事柄 ― すなわち,人々が大金を擦ってしまったり,賭博での損失ゆえに自殺したり,女性が賭博で作った借金を返済するために売春を働いたりする有様 ― を見ても全く心を動かされません。アムステルダムの賭博場で働いていたことのあるロナルドはこう語っています。「私は自分の母親と賭博用のテーブルに向かい,母親から有り金をとことん絞り取ることに何の不都合も見いだしませんでした」。

人がこの悪習から全く離れるのに聖書が役立つことは,インドネシア生まれのオランダ人,フリエデルの場合に力強く示されています。38歳のときに,彼は年間純利益55万660㌦(約1億1,000万円)の輸入会社の持ち株重役になりました。彼は毎月6,000ルピー(約16万8,000円)の給料を受け取っていましたが,それは第二次世界大戦直後の当時にしては大金でした。ところがフリエデルは賭博が病み付きになってしまったのです。この悪習を続けて行くために,フリエデルは自分の商品を300%の利益で販売したものです。また,命懸けで,ペモエダ・テロリストの勢力下にある地域にまで商品を売りに行ったものです。

彼がこの泥沼から抜け出す希望は全くないように見えました。しかし聖書は,フリエデルがその賭博中毒を打破するのに,確かに役立ったのです。聖書を検討した結果,フリエデルは次の点を認識するようになりました。賭博は人を不正直にし,他の人への配慮を全く示さず,家族としての幸福な生活を妨げる,などの点です。

賭博をやめることの知恵を認めるようになる人が増えれば,そうした人々は自分の家族にずっと良い物を備えることができます。例えば,ブラジル人にとって,約100㍑の牛乳を買えるほどのお金を,毎年宝くじにつぎ込むのは珍しいことではありません。

祝祭,浮かれ騒ぎ

ラテンアメリカ諸国では,祝祭のために巨額のお金が費やされます。そうした祝祭は教会の是認を受けているので,それらの機会がキリスト教のものであると考える人は少なくありません。ところが実際のところ,様々な祭礼や祝祭には非キリスト教的な起源があり,それらは過度の飲食によって特色づけられています。その結果,そうした祝祭は,聖書の原則に反する浮かれ騒ぎの部類に入ってしまいます。神のみ言葉の真理は,そのような祝いにお金を使い過ぎて,自分の経済状態を悪化させることがないよう人を守ります。

祝祭のために一体どれほどのお金が浪費されるかは,エラディオという裕福なメキシコ人の例に見ることができます。二つの祝祭の費用を合わせると,その額は18万ペソ(約288万円)に上りました。この二つの祝祭に加えて,エラディオは三日ないし四日にわたる飲み会の資金を出していました。時には,アルコール飲料のために5,000ないし7,000ペソ(約8万ないし11万2,000円)を費やしたこともありました。神のみ言葉の教えるところを学んで,エラディオはこうした浪費をやめて,他の人が霊的な益を刈り取るのを助けるために,自分の資金を賢明に用いるようになりました。

真の益

確かに,たばこの使用をやめ,アルコール飲料を買うのを制限し,麻薬中毒を打破し,賭博をやめ,聖書の教えに反する浮かれ騒ぎや祝祭すべてを断つなら,幾百幾千万もの人々は自分たちの生活を向上させ得る,ということを否定できる人は一人もいません。望ましくない習慣やならわしを避けることは,人が生活の糧を備える上で確かに大きな要素となるのです。

[脚注]

a かみ物とは,キンマの葉,ビンロウジュの実,石灰,そして場合によってはたばこの葉を混ぜた物。

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