仕事を楽にする“半導体の小片”
英国諸島の「目ざめよ!」通信員
その科学的な名称はマイクロプロセッサーです。「マイクロプロセッサーですって? それはいったい何ですか」。このように問う人がいるのも無理のないことです。ところが,その実体を知る人さえ少ない物が人々の日常生活に大きな影響を及ぼしているのです。そうしたことがどうして起き得るのでしょうか。
生活の中でマイクロプロセッサーの影響を受けるようになっている人は世界中でますます多くなっています。事実,マイクロプロセッサーの製造は今日の花形産業の一つです。
この技術は今や実に様々な製品に使用されており,英国政府の一スポークスマンをして次のように言わせました。「マイクロ電子工学の技術を取り入れたからと言って仕事がなくなるとは限らない。その技術を取り入れなければ仕事がなくなることは絶対確実である」。一つの会社もしくは国家までが,この新しい技術を採用しなければ,こうした技術を活用する人々の製品に対抗できないと感じているのです。
しかし,マイクロプロセッサーとはいったい何でしょうか。“革命”とまで称された,比較的新しいこの技術は,人々の生活にどのような影響を及ぼしてきたのでしょうか。
マイクロプロセッサー
代表的なマイクロプロセッサーはシリコン(珪素)でできています。珪素は地殻中に多く見いだされるごくありふれた元素の一つです。語頭のマイクロという言葉から,マイクロプロセッサーの大きさを知る手掛かりが得られます。この言葉には非常に小さいという意味があります。普通,マイクロプロセッサーは,6㍉角のシリコンの“薄片”つまり“チップ”にすぎません。
しかし,大きさでマイクロプロセッサーの価値を判断してはなりません。この非常に小さなチップの中に,コンピューターの重要な機能の数々が組み込まれているのです。今日ではたった一つのマイクロプロセッサーに,25年前の図体の大きなコンピューターの中枢機能の大半を果たす回路が備わっています。一つのチップに幾千もの回路を組み込むことができます。しかも,その容量は絶えず増加をつづけています。事実,ピンの頭ほどの小さな回路一つで,従来なら幾つもの回路が行なっていた仕事をやってのけることができます。
マイクロプロセッサーは比較的安く造れます。これは,従来,高価なコンピューターにしか望めなかった機能を日常使う様々な製品にも組み込めることを意味しています。
マイクロプロセッサーの歴史
初期のコンピューターの心臓部は真空管でできていました。真空管は大きくて高価で,製造するのにも手間がかかりました。しかし,1948年にトランジスターが発明され,真空管に取って代わりました。これは真空管よりずっと小さく,信頼が置けるうえ,廉価でした。
初め,トランジスターはゲルマニウムで作られましたが,数年ほどでゲルマニウムの代わりにシリコンが使われるようになり,トランジスターの性能はさらに向上しました。これにより,次の段階である『半導体集積回路』への道が開けました。これは,主要部(トランジスターなど)の全回路を一枚のシリコンウエハつまり“チップ”に収めてしまう技術です。こうして小型化が可能になりました。
やがて,宇宙探検を担当する機関や軍事当局が,衛星やミサイルのために,極めて小型で軽量で省電力型でありながら,複雑な電子制御を行なう装置を必要とするようになり,こうした方向に向けて研究が行なわれました。この研究は成果を上げ,1963年には一つのシリコンチップがトランジスター8個分の働きをしていたのに対し,1978年には一枚のチップに実に25万個のトランジスターが収められるまでになりました。
こうして,1970年代の初めまでに,コンピューターの全機能をほんの数枚の小さなチップに収めることができるほどに小型化の技術は進みました。これがマイクロプロセッサー“革命”です。それ以来,これらのチップの使用が急増しました。
製造過程
マイクロプロセッサーの製造は実に骨の折れる仕事です。これはとても小さいため,一粒の微塵でさえチップをだめにしてしまうことがあります。そのようなわけで,極めて精密な製造法が採用されているにもかかわらず,製造されたチップのかなりのものが廃棄されます。
厚さ0.5㍉,幅10㌢ほどの純粋のシリコンの薄片から工程は始まります。この薄片の上に幾百個ものマイクロプロセッサーが同時に造られ,後に一つずつ分離されます。
チップの幾つかの層に食刻<エッチング>される回路を描いた複雑な設計図が作成されます。その回路図はコンピューターを使って1万分の1に縮小され,それから写真用の“マスク”が作られます。この“マスク”は写真のネガに似たもので,これを使ってシリコン薄片の表面に回路図を食刻します。同様の方法で,さらに幾つかの層がシリコン片の上に作られていきます。
作業が完了すると,使用に適しているかどうか調べるために,チップはコンピューターに接続された自動テスターで検査されます。検査に合格したチップは保護のおおいに包まれて密封されます。これで完成です。
これらの驚くべきチップを発明した人々には栄誉が帰されて当然ですが,人間の脳とチップの原材料を造り,関係している自然の法則をお立てになったかたにも誉れが帰されなければなりません。チップよりも複雑なこれらのものは,はるかに偉大な“発明者”である創造者エホバ神によって造られました。
わたしたちの生活に影響を及ぼす現代の利用法
マイクロプロセッサー革命のおかげで,今や,電卓,デジタル時計,テレビゲーム,アマチュア用コンピューターが手に入るようになりました。マイクロプロセッサーは,洗濯機,オーブン,ミキサー,カメラ,電話機,自動車など,実に様々な製品に用いられています。これを用いることによって信頼度の薄い機械的な制御装置に代わる自動制御装置への道が開かれました。
これらの“ミニコンピュター”に家庭の様々な雑事を処理させることができます。電話番号や個人的な記録,請求書支払いの備忘録,料理の作り方,受領書その他の様々な情報を蓄えることができます。ボタンにさわるか,音声による指示を与えるだけで,蓄えてあるどの情報も取り出せます。
ある業者によって,「電子頭脳を備えた最初のミシン」が売り出されました。このミシンを操作する人は,込み入った様々な調整を手で行なう代わりに,適当なボタンを押すだけで,ミシンに幾つもの複雑な縫い方をさせることができます。例えば,ボタン穴かがりという熟練を要する仕事も簡単になり,所定のホルダーにボタンを入れておけば,あとはミシンがひとりでやってくれます。
ここ数年の間に,商店は大きな変化を遂げてきました。最近の金銭登録器<キャッシュレジスター>がかなり複雑な装置であるのにお気づきのことでしょう。電卓に似た表示が出るなら,それにはマイクロプロセッサーが使われています。勘定を計算すると同時に,客が購入した品物の種類も記録できますから,店で補充する必要のある品物の一覧表が自動的に作成されます。クレジットカードで支払いがなされる場合には,銀行との照合を自動的に行ないます。
事務所では,「デスクサイズのコンピューターがタイプライターと同じほど普及するようになるであろう」と科学アメリカ誌は予告しています。これらのコンピューターには,各自の仕事に必要とされる詳細な情報を入れておきます。膨大な量のファイルや原簿,参考図書を扱うより,このほうがはるかに容易です。
“ワードプロセッサー”はチップ技術をタイプライター印字に応用したものです。これは繰り返し行なわれるタイプ作業の多くをやってのけます。多くの会社が顧客に手紙を送っていますが,これらの手紙は標準的な文章から成っていることが少なくありません。ワードプロセッサーはこうした基本的な文章を記憶していて,それを自動的にタイプします。行の長さを調整し,割り付けを行ない,つづりの簡単な間違いを直すことさえします。文章を配列しなおす場合にもこの装置がそれを行ないますし,その他の変更も加えることができます。これが二,三台あれば,何倍もの人数のタイピストのする仕事を行なうことが可能です。
工場ではすでに,自動化がかなり進んでいます。過去において,人間なら簡単にやってのけるような複雑な動きを,機械にどうやって教えるかが問題でした。マイクロプロセッサーを使うことによって,この問題はほとんど解決されました。このマイクロプロセッサーはアームロボットの制御に現在用いられています。
同様の原理が農場の作業にも応用されていて,例えば,無人のトラクターに昼夜兼行で畑を耕させることができます。
懸念を呼んでいる理由
この新たに開発された電子製品によって,人間の仕事はますます楽になり,効率もよくなっています。これは,たいくつで危険な様々な仕事をなくし,体力を使う多くの作業から人々を解放し,時間の節約を図る上で助けとなってきました。
しかし,体力を使う作業から解放され,これまで以上に時間ができるということは,いちがいに祝福であるとは言い切れません。単なる快楽の追求といった思慮の欠けた仕方で時間を用いるなら,それは必ずしも人の生活を向上させるわけではないでしょう。むしろ反対の作用を及ぼして,生活を堕落したものにしかねません。また,肉体作業を機械ばかりにやらせてしまうと,体の健康の損なわれるおそれがあります。
科学技術上のどんな進歩も,それを賢明に用いるには,そうした知識と霊的な価値判断との間の釣り合いを取る必要があります。造り主がわたしたちに命を与えてくださり,生活を向上させる能力を付与してくださったので良い事柄がもたらされます。ですから,こうした技術の進歩は,他の人々に対する利他的な関心や造り主に対するより深い意識と調和していなければならないのです。
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栄誉は,これらの驚くべきチップの発明者に帰せられるだけでなく,こうしたものを造り出す能力を賦与してくださったわたしたちの創造者にも帰されるべきである
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100倍以上に拡大した“チップ”の一部。どれほど複雑かが分かる
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わずか6㍉角の小さなチップがこうした製品の開発に役立っている