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  • 閉鎖されてゆくイタリアの教会
  • 目ざめよ! 1983
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目ざめよ! 1983
目83 3/8 25–27ページ

閉鎖されてゆくイタリアの教会

イタリアの「目ざめよ!」通信員

「閉鎖: 教区司祭にお問い合わせください」。これは,カトリック系の雑誌「イエズス」に掲載された記事の題です。その記事は,イタリアで教会が閉鎖される例が増えており,広がりつつあるそうした現象を教会当局者たちが憂慮している状況を扱っていました。

ここ数年間に教会が幾つ閉鎖されたか正確な数字を示す統計は手に入りません。しかし,その数が幾百にも上っており,ほかにも使われなくなろうとしている教会も多いことは周知の事実となっています。

閉鎖された教会の中には壮大な大聖堂も幾つか含まれています。それら大聖堂は元来,幾百あるいは幾千人もの信徒の必要を満たすために建てられたものでした。「イエズス」誌はこう言明しています。「トリノの大聖堂は,トリノの聖骸布[を見ようとして群がる]外国人観光客相手の単なる名所となってしまった」。世界に名だたる大聖堂の一つである「ミラノの大聖堂の存続」は,出費を補うために他の活動をして得る収入に依存しています。

そのほかの礼拝所についてはどうでしょうか。「紛れもなく芸術上の記念碑的存在となっている幾つかの教会を含め,多くの教会は解決策を何ら見いだしていない。それらの教会は,礼拝所としては閉鎖を余儀なくされた。そしてせいぜい,他の用途に供されるのが関の山なのである」と「イエズス」誌は述べています。

都市でも田舎でも山間部でも閉鎖された教会を見掛けます。典型的なのは,コゼンツァ州にある,人口約7,000人の町ロリアーノの例です。過去10年間に,ロリアーノにあった八つの教会のうちの三つと一つの修道院が閉鎖されたか,さもなくば他の用途に供される定めにあります。聖ヒッポリュトスという教会は現在自動車の修理工場になっており,コンスタンチノープル聖母マリアという別の教会は幾年も前に納屋にされました。残る五つの教会のうちの一つ,聖ジェオルジェ教会はたまに用いられているに過ぎません。そしてロリアーノには正規の教区司祭がたった二人しかいないのです。広々とした,かつての修道院には現在商店や町の事務所があります。

ローマおよび他の大都市では,ホテル,倉庫,ピザ食堂,体育館,病院,博物館などに転用されたり使われなくなったりしている教会や女子修道院が少なくありません。一方,何年もの間「修理のため閉鎖」という看板をとびらに掲げているところもあります。しかし修理作業の始められたためしはないのです。

神学校の減少

公式の統計によると,僧職者を養成する神学校の数は1970年の375校から1979年の259校に減り,10年たたない間に116校もの減少を見ました。一部が使用されているに過ぎない神学校も少なくありません。

この点について,ベニスの「イル・ガツェティノ」紙はこう述べています。「長年の間,神学校にやって来る新入生の数は増える一方だったが,それも今では遠い過去の記憶となってしまった。……半分空になったこれら巨大な建物は,くじかれた幾多の夢の極めて明白かつ惨めな残がいである」。

特別に崇敬されている宗教的な像を置く教会も,とりわけ順調だとは言えません。「イタリアのそれら1,500の建物のうち少なくとも300は閉鎖された」と「イエズス」誌は述べています。

教会へ礼拝に行く人の減少

ここ数年イタリアでは,若い人の間の「宗教復興」のことが大変話題になっています。しかし,カトリックの指導者たちは,18歳から25歳の若者5,000人を対象にした,カトリックの研究者から成る一チームの実施した調査の結果に失望しています。

コリエーレ・デラ・セーラ紙は,その調査の責任者であるカトリックの司祭ジアンカルロ・ミラネジにインタビューした記事を載せました。同司祭はこう述べています。「何よりもまず,調査の結果明らかになったのは,いわゆる『霊的価値への帰還』とか『宗教的復興』といった,常々叫ばれてきた理論から推測された事柄とはうらはらに,数年来若者の間で進行してきた世俗主義がその速度を決して弱めていないことである。それどころか,霊的価値への帰還は起こっていない。これは不可思議なことである。……事実,『宗教的必要』を感じると認めたのは,『所属している』(つまりカトリック教会か非宗教的なクラブや協会の会員となっている)若者のわずか9.1%,そして『所属していない』若者の0.4%に過ぎない」。

この『世俗主義の進行』が若者たちの間で続いているのはなぜでしょうか。彼らはなぜ霊性を深める必要を感じないのでしょうか。なぜ教会を捨てているのでしょうか。僧職者向けの雑誌「セッティマナ」は次のことを認めています。「我々の祝祭はどちらかと言えば個人的な感情をまじえない性質のものである。我々は『地域社会』という言葉をよく使うが,教会よりも青果店へ行った方がもっと温かな歓迎を受ける」。同誌はさらにこう付け加えています。「集会では,福音書から行き当たりばったりに引用された聖句や,聖書を誤って伝えたり聖書とは全く関係のない説教が一方的に与えられる」。

減ってゆく僧職者

イタリアの教会の多くが閉鎖されている別の理由は司祭が不足していることです。それはいわゆる天職意識の危機の結果です。

このことに関し,僧職者を対象とした月刊誌「ビタ・パストラーレ」は次の点を認めています。「カトリック教会はその2,000年の歴史上,内外からの様々な危機を経験した。我々は分裂やざ折という犠牲を払って,そうした問題を克服してきた。その影響は今日なお感じられる。しかし,このような天職意識の欠如,ひいては同じほど致命的な他の様々な危機との因果関係は,以前には知られていなかったものである。僧職者や修道会の修道士や修道女が高齢化し,数が半減する10年後に教会はどうなっているだろう,と多くの人がいぶかるのも当然である」。

隣のフランスでは,教区に司祭がいなくなり,ミサが行なえない場合,平信徒のグループが礼拝を一部執り行ないます。「セッティマナ」誌によればカトリック教会はイタリアでも同様の手を打つことを考えています。しかし,「聖職への傾倒が見られない状況が広まっていることを考えると」,そうした案を実行に移すには種々の問題があることを,同誌は認めています。言い換えれば,教会員は僧職者の活動に参加することを望んでいないのです。

「ガツェタ・デル・スド」紙は,レッジオ・カラブリア司教区だけで,「司祭のいない教区が既に15ある」と伝えています。ラ・スタンパ紙によれば,トリノ司教区では「司祭のいなくなることが時間の問題となっている」教区が12もあるということです。そのうちの幾つかの教会は年にたった一度,カトリックの特別な祝祭を行なうときしか戸を開けません。

他の原因

これら様々な原因に加えて,教会が閉鎖されてゆく現象にはほかにも理由があることに,教会当局者たちは気づいています。その一つは,歴史上有名な土地や山岳地域から人口が流出していることです。

多くの教会の存続を脅かしているもう一つの問題は,資金不足と,巨大な造りであることの多い建物の維持費の高騰です。「市の中心地にあり,現在のようにオフィス街に囲まれ,礼拝に来る信者もごく少ない教会は,どうして存続してゆくことができるだろうか。どんな収入を見込むことができるだろうか」と,「イエズス」誌は問い掛けます。そしてこう付け加えています。「多くの教会が閉鎖され,礼拝所として用いられなくなるのも致し方のないことなのだろう」。

このように,霊的価値への関心が失われつつあること,僧職者の減少,ある地域からの人口流出,経費の増大が教会の閉鎖の主な理由となっています。こうしたことすべては,他の土地と同様イタリアでも,カトリック教会が深刻な危機に見舞われていることを示しています。

著しい対照

イタリアで実践されている様々な宗教を考察して,全般的な宗教上の危機とは対照的にクリスチャンの一グループが一層の発展を見ていることに注目している人は少なくありません。「エホバの証人が非常な成功を収めているのはなぜか」と題する記事の中で,「コリエーレ・デラ・セーラ」紙はこのグループが「イタリアのカトリックでない宗教の中で最も重要な団体」となっていることを認め,「非常に多くの若者に動機づけを与えてその運動を忠実に支持させている幾つかの理由」を挙げました。

あなたは,そのような対照が生じた理由をご自分で確かめたいと思われますか。では,「目ざめよ!」誌の編集者あてに手紙を書いて,さらに多くの情報をお求めになるようお勧めいたします。

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