ものみの塔 オンライン・ライブラリー
ものみの塔
オンライン・ライブラリー
日本語
  • 聖書
  • 出版物
  • 集会
  • 目87 4/8 22–23ページ
  • 異言 ― それは神からのものですか

視聴できるビデオはありません。

申し訳ありません,ビデオをロード中にエラーが発生しました。

  • 異言 ― それは神からのものですか
  • 目ざめよ! 1987
  • 副見出し
  • 関連する記事
  • なぜ異言を語ったのか
  • 今日の異言?
  • 道理は語る
  • 異言をかたるのは真の崇拝のしるしですか
    エホバの王国を告げ知らせるものみの塔 1963
  • 異言
    聖書に対する洞察,第1巻
  • 異言について聖書はどんなことを教えていますか
    聖書 Q&A
  • 異言の賜物は真のキリスト教のものですか
    エホバの王国を告げ知らせるものみの塔 1992
もっと見る
目ざめよ! 1987
目87 4/8 22–23ページ

聖書の見方

異言 ― それは神からのものですか

「すぐに,手が異様な感覚に捕らわれ,その異様な感覚が……急激に強くなり始めました。それはまるで1,000ボルト,1万ボルト,そして100万ボルトの電気のようでした。……わたしは,自分の理解できない言語で約2時間にわたって話し続けました」。

この経験は,多くの人が今日のキリスト教の崇拝と結び付けて考える慣行の中で,最も論議を呼ぶ慣行の一つである異言に伴う特色をよく表わしています。異言は,ペンテコステ派の団体や,他の教会に見られるカリスマ運動にとって特に大きな関心事となってきました。

ペンテコステ派ホーリネス教会のビンソン・サイナン博士は,誠実な崇拝者が異言の果たす役割に関して直面するジレンマを強調して,「異言は我々にとって厄介ものになっている」と述べました。なぜなのでしょうか。サイナン博士は,今日の異言は,わたしたちにとって道理にかなったものには思えないと述べ,さらに,「たとえ厄介ものであろうと,グロソラリア[異言]は,歴史的に見て戦略上重要な時期に神が教会の拡大や再建を図るために選ばれた賜物なのである」と語りました。―下線は本誌。

そうした「戦略上重要な時期」の一つとなったのは,およそ1,900年前,一つのきわめて異例な出来事が生じたときでした。

なぜ異言を語ったのか

それは西暦33年のペンテコステの時でした。ある変化が生じ,新しい契約がユダヤ人の古い律法契約に取って代わることになっていました。何のためですか。エホバ神を崇拝するための一層優れた道を切り開くためです。人々は,崇拝におけるこうした変化をエホバが祝福しておられることをどのように理解できたでしょうか。エホバは義に傾く人々の心を動かすために,奇跡的な出来事を集中的に数多く生じさせました。その中には異言も含まれています。それらの人々は,自分たちの先祖が崇拝した全能の神が,実際にイエスの弟子たちを是認されるようになったことを理解しました。

ペンテコステの時に異言の賜物が与えられたことにはもう一つの目的がありました。イエスの時代に,印刷や放送はありませんでしたし,文書は一般の人々の間に普及していませんでした。したがって,神のご意志と目的に関する良いたよりを広めるには,信者たちの舌を用いなければなりませんでした。エホバの崇拝者たちはエルサレムのペンテコステの祭りのため,アフリカやアジアやヨーロッパなど10余りの土地から来ており,数種類の異なった言語を用いていました。また,イエスの約120人の弟子たちもエルサレムに集まっており,神の聖霊の力を受けて,異なった国語で話し始めました。良いたよりに関する良い食物が多数の崇拝者たちに何とふんだんに振る舞われたのでしょう。その人たちは,『神の壮大な事柄について弟子たちが自分たちの国語で話すのを聞く』ことができたのです。―使徒 2:5-11。

この奇跡はどれほどの影響を及ぼしたでしょうか。その日のうちに,3,000人の聴衆が信者となりました。(使徒 2:41)それら新しく転向した人たちは,遠く離れた故国に戻ると,真の崇拝について,「地の最も遠い所にまで」証ししました。―使徒 1:8。

ペンテコステの日から20年と少ししかたっていなかった時に,パウロは異言の賜物がゆくゆくはやむことを予告しました。(コリント第一 13:8)異言の賜物がやむことはなぜ道理にかなっていたのでしょう。なぜなら,ペンテコステの時の様々な奇跡は,初期キリスト教を確立させるという所期の目的を十分に果たし,もはや必要ではなくなったからです。

これより1,500年前のシナイ山に同様の例を見ることができます。神は,律法契約がご自分から出ていることを集合した民に銘記させるため,シナイ山で壮大な超自然のしるしを生じさせました。一度この新しい取り決めが民に受け入れられると,そうした特別の奇跡的なしるしは見えなくなりました。―出エジプト記 19:16-19。

今日の異言?

今日,自分は神の聖霊の助けによって異言を話すと考えている人は少なくありません。これを,異言の賜物は過ぎ去ったと述べる聖書的な証拠とどのように調和させることができるでしょうか。

異言とは大抵,感情が高まって,だれにも理解できない音声を突然発することです。したがって,それが神から出ているはずはありません。イエスは,宗教上の偽善者たちがそうした「強力な業」にご自分の名を付そうと努めることを指摘されました。しかしイエスは,それら「不法を働く者たち」を退けられました。(マタイ 7:21-23)またパウロは,人を欺く奇跡,つまり「偽りのしるしと異兆」が生じる将来のある時点について預言的に警告しました。このように「あらゆる不義の欺き」は,大偽まん者である悪魔サタンの専門分野なのです。―テサロニケ第二 2:8-10。

パウロの時代には,異言がギリシャの特定の異教に見られる特色の一つであったことをご存じでしたか。それらの宗教儀式において異言には,肉体を傷つけたり裸で熱狂的に踊ったりする慣行が伴っていました。こうした歴史上の事例は,きわめて聖ならざる影響を受けて異言が話される場合のあることを明らかにしています。

道理は語る

恍惚状態になって話し出す今日の異言の源についてまだ確信が持てないようでしたら,「愛する者たちよ……その霊感の表現を試して,それが神から出ているかどうかを見きわめなさい」というヨハネ第一 4章1節の聖句を熟考してください。そうです,助けを求める請願のこもった祈りをささげつつ,神の言葉を真剣に学ぶことにより,試してください。(使徒 17:11)今日の異言を話す宗教が本当に「真理の全体」へと導かれているかどうかを見きわめてください。―ヨハネ 16:13。

1世紀にクリスチャンが異言を話した時,それを聞いていた人は啓発を受けました。霊感の音信は明快で,分かりやすくなければなりませんでした。―コリント第一 14:26-28。

聖書の真理をいま尊ぶ人々は,遠い昔のペンテコステの日に霊感を受けた異言が伝えた言葉よりも優れた言葉を話しています。なぜそう言えるのでしょうか。なぜなら,その人たちは,従順な人類すべてのためのキリストによる神の王国支配を一層多くの人に,消え去ることのない形で告げ知らせているからです。その音信は書き記された聖書の記録の一部なのです。また,1世紀のクリスチャンが話した異言とは異なり,聖書の全巻または一部分は約1,800の言語で手に入れることができるのです。

[23ページの図版]

1世紀のクリスチャンには外国語で証しを行なう賜物が与えられた

    日本語出版物(1954-2025)
    ログアウト
    ログイン
    • 日本語
    • シェアする
    • 設定
    • Copyright © 2025 Watch Tower Bible and Tract Society of Pennsylvania
    • 利用規約
    • プライバシーに関する方針
    • プライバシー設定
    • JW.ORG
    • ログイン
    シェアする