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神の王国は支配している!
国 9章 87–97ページ

9章

宣べ伝える業の結果 ― 畑は「収穫を待って白く色づいて」いる

この章で考えること

エホバは王国の真理の種を成長させてこられた

1,2. (イ)弟子たちが不思議に思ったのはなぜですか。(ロ)イエスはどんな収穫のことを述べていましたか。

弟子たちは不思議に思います。イエスから,「目を上げて畑をご覧なさい。収穫を待って白く色づいています」と告げられたのです。イエスの指す方向に目をやりますが,辺りの畑は白くはなく,青々としています。畑の大麦は芽を出したばかりです。『何の収穫のことなのだろう。大麦の収穫はまだ何か月も先なのに』と思ったことでしょう。―ヨハ 4:35。

2 イエスは文字どおりの収穫のことを述べていたわけではありません。霊的な収穫,すなわち人々の収穫に関する2つの重要な教訓を与えようとしていたのです。それはどんな教訓でしたか。答えを知るために,この記述を詳しく調べてみましょう。

行動を呼びかけ,喜びを約束する

3. (イ)イエスはどんな様子を見て,畑が「収穫を待って白く色づいて」いると語ったのかもしれませんか。(脚注を参照。)(ロ)イエスは霊的な収穫について述べていたことを,どのように明らかにしましたか。

3 イエスと弟子たちのこの会話は,西暦30年の終わりごろ,サマリアの町スカルの近くで交わされたものです。弟子たちが町に出かけている間,イエスは井戸のそばにとどまり,ある女性に霊的な真理を伝えます。その女性は,大切なことを教えられたとすぐに悟ります。弟子たちがイエスのもとに戻って来ると,女性は急いでスカルへ行き,自分が聞いた驚くべき事柄について町の人々に話します。すると,多くの人々がその話に強い興味を持ち,イエスに会おうと急いで井戸の方へ向かいます。おそらくこの時,イエスは畑の向こうから大勢のサマリア人がやって来るのを見て,「畑をご覧なさい。収穫を待って白く色づいています」と述べたのでしょう。a 次いでイエスは,それが文字どおりの収穫ではなく霊的な収穫であることを明らかにし,「刈り取る者は……永遠の命のための実を集めています」と語りました。―ヨハ 4:5-30,36。

4. (イ)イエスは霊的な収穫について,2つのどんな重要な教訓を与えましたか。(ロ)これからどんな問いについて考えますか。

4 イエスは霊的な収穫について,2つのどんな重要な教訓を与えましたか。第一に,それが緊急な業であるという点です。畑が「収穫を待って白く色づいています」という言葉は,追随者に行動を呼びかけるものでした。その業がどれほど緊急を要するかを銘記させるため,イエスは続けて,「すでに,刈り取る者は報酬を受け取って……います」と述べました。収穫はすでに始まっており,無駄にできる時間はありませんでした。第二に,働き人たちは喜びに満ちているという点です。まく者と刈り取る者とは「共に歓ぶ」と,イエスは述べています。(ヨハ 4:35後半,36)イエス自身,「サマリア人のうち大勢の者(が)信仰を持った」ことを歓んだに違いありません。弟子たちも,魂をこめて収穫に携わる時に深い喜びを経験することになります。(ヨハ 4:39-42)1世紀のこの記述は,わたしたちにとって特別な意味を持ちます。史上最大の霊的収穫が行なわれている現代の状況を指し示しているからです。では,現代の霊的収穫はいつ始まりましたか。だれがその収穫に携わりますか。どんな結果が見られていますか。

王は史上最大の収穫を指導する

5. 世界的な収穫の業を指導するのはだれですか。それが緊急な業であることは,ヨハネへの幻の中でどのように明らかにされていますか。

5 エホバはイエスに,人々の世界的な収穫の業を指導する務めを割り当てられました。その点が使徒ヨハネに与えられた幻の中で明らかにされています。(啓示 14:14-16を読む。)この幻に出てくるイエスは,冠を着け,鎌を持っています。イエスの頭に「黄金の冠」があることは,支配する王としての立場をはっきり示すものです。「手に……鋭い鎌が」あることは,収穫を行なう方としての役割をはっきり示しています。エホバはみ使いを通して,「地の収穫物はすっかり熟している」と述べ,収穫が緊急な業であることを強調しています。「刈り取る時が来た」と述べられており,無駄にできる時間はありません。「鎌を入れ」るよう神から命じられたイエスは,鎌を突き入れて,地つまり地の人々を刈り取ります。興奮を誘うこの幻も,畑が「収穫を待って白く色づいて」いることを思い起こさせます。さらに,注目できる点として,この幻は世界的な収穫がいつ始まったかを知る手がかりも与えています。

6. (イ)「収穫の季節」が始まったのはいつですか。(ロ)「地の収穫物」の刈り入れが実際に始まったのはいつですか。説明してください。

6 啓示 14章のヨハネの幻によれば,収穫を行なうイエスは冠を着けており(14節),すでに王として任命されています。王として任命されたのは1914年のことです。(ダニ 7:13,14)その少し後,イエスは収穫を始めるよう命じられます。(15節)こうした出来事の順序は,小麦の収穫に関するイエスのたとえ話にも示されています。その中でイエスは,「収穫は事物の体制の終結」であると述べています。ですから,収穫の季節と事物の体制の終結は同じ時に,つまり1914年に始まりました。(マタ 13:30,39)いま振り返って理解できる点として,実際の収穫が始まったのは,イエスが王として支配を始めてから何年か後のことです。まず1914年から1919年の初めごろまで,イエスは油そそがれた追随者たちの間で清めの業を行ないました。(マラ 3:1-3。ペテ一 4:17)次いで1919年に,「地の収穫物」の刈り入れが始まりました。すぐにイエスは,任命されて間もない忠実な奴隷を用いて,宣べ伝える業の緊急性を理解できるように当時の兄弟たちを助けました。何が起きたかを確かめましょう。

7. (イ)兄弟たちはどのようにして,宣べ伝える業の緊急性を理解しましたか。(ロ)兄弟たちは何を行なうよう促されましたか。

7 1920年7月,「ものみの塔」誌はこう述べました。「聖書を調べたところでは,王国に関する音信を伝えるという壮大な特権が教会に与えられているように思われる」。例えば,イザヤの預言的な言葉から兄弟たちは,王国の良いたよりは世界中で告げられなければならないということを理解しました。(イザ 49:6; 52:7; 61:1-3)兄弟たちは,その業がどのように成し遂げられるのかは分かりませんでした。それでも,エホバが道を開いてくださることを信じていました。(イザヤ 59:1を読む。)宣べ伝える業の緊急性がいっそう明確に理解された結果,兄弟たちは活動を増し加えるよう促されました。この業にどのように取り組んだでしょうか。

8. 兄弟たちは1921年に,宣べ伝える業に関する2つのどんな事実を理解しましたか。

8 1921年12月,「ものみの塔」誌には次の発表が載せられました。「今年はこれまでで最高の年となった。1921年には……以前のどの年よりも多くの人が真理の音信を聞いた」。同じ記事はさらに,「行なうべき事柄はまだ多く残されている。……喜びに満ちた心でそれを行なおう」と述べています。当時の兄弟たちは,イエスが使徒たちに銘記させた,宣べ伝える業に関する2つの重要な事実を理解していたのです。それは,業が緊急であるという点と,働き人たちが喜びに満ちているという点です。

9. (イ)1954年の「ものみの塔」誌は,収穫の業について何と述べましたか。なぜですか。(ロ)過去50年間に,伝道者数のどんな世界的増加が見られましたか。(「世界的な増加」という表を参照。)

9 1930年代に,兄弟たちはほかの羊の大群衆が王国の音信にこたえ応じることを理解した後,宣べ伝える業にいっそう力を入れました。(イザ 55:5。ヨハ 10:16。啓 7:9)どんな結果になりましたか。王国の音信を宣べ伝える人の数は,1934年の4万1,000人から1953年の50万人へと増えたのです。「ものみの塔」(英語)1954年12月1日号は,適切にもこう述べています。「これほど大きな世界的収穫を成し遂げたのは,エホバの霊とみ言葉の力なのです」。b ―ゼカ 4:6。

世界的な増加

国

1962

1987

2013

オーストラリア

15,927

46,170

66,023

ブラジル

26,390

216,216

756,455

フランス

18,452

96,954

124,029

イタリア

6,929

149,870

247,251

日本

2,491

120,722

217,154

メキシコ

27,054

222,168

772,628

ナイジェリア

33,956

133,899

344,342

フィリピン

36,829

101,735

181,236

米国

289,135

780,676

1,203,642

ザンビア

30,129

67,144

162,370

聖書研究の増加

1950

234,952

1960

646,108

1970

1,146,378

1980

1,371,584

1990

3,624,091

2000

4,766,631

2010

8,058,359

収穫の結果 ― 生き生きとした絵画的表現で予告されていた

10,11. からしの種粒のたとえ話では,種の成長に関するどんな側面が強調されていますか。

10 イエスは王国に関するたとえ話の中で,収穫の業の結果を生き生きとした表現で予告しました。からしの種粒のたとえ話と,パン種のたとえ話を取り上げましょう。特に,これらのたとえ話が終わりの時にどのように成就しているかを考えます。

11 からしの種粒のたとえ話。人がからしの種粒を植えると,それは成長して木になり,鳥たちがそこに宿ります。(マタイ 13:31,32を読む。)このたとえ話では,種の成長に関するどんな側面が強調されていますか。(1)成長の規模は目覚ましいものです。「あらゆる種の中で一番小さなもの」が,「大きな枝」のある木になります。(マル 4:31,32)(2)成長は保証されています。種は「いったんまかれると,生え出て来」る,つまり成長します。「生え出て来」る,とイエスは言い切っており,その成長を止めることはできません。(3)成長する木は鳥たちを引き寄せ,その宿り場となります。「天の鳥たちが来て」,「その陰に宿り場を見いだ」す,とあるとおりです。この3つの側面は,現代の霊的収穫にどのように当てはまるでしょうか。

12. からしの種粒のたとえ話は,今日の霊的収穫にどのように当てはまりますか。(「聖書研究の増加」という表を参照。)

12 (1)成長の規模: このたとえ話は,王国の音信の成長とクリスチャン会衆の成長を際立たせています。1919年以来,収穫の熱心な働き人たちは,回復されたクリスチャン会衆に集め入れられてきました。当初,働き人の数は少数でしたが,急速に増えました。実際,1900年代初めから現在に至るまでのその成長は驚異的なものです。(イザ 60:22)(2)保証: クリスチャン会衆の成長を止めることはできませんでした。神の敵対者たちは,小さな種粒の上に反対という岩を積み上げてきましたが,種はあらゆる障害を物ともせずに成長し続けました。(イザ 54:17)(3)宿り場: 木に宿り場を見いだす「天の鳥たち」は,240ほどの国や地域から来た,心の正直な幾百万もの人々を表わしています。その人々は,王国の音信にこたえ応じてクリスチャン会衆の一員となりました。(エゼ 17:23)そして会衆で霊的な食物,さわやかさ,保護を得ています。―イザ 32:1,2; 54:13。

からしの木に留まっている様々な鳥たち

からしの種粒のたとえ話は,人々がクリスチャン会衆の中で宿り場と保護を見いだせることを示している(11,12節を参照)

13. パン種のたとえ話では,成長のどんな側面が強調されていますか。

13 パン種のたとえ話。女性が麦粉の塊にパン種を加えると,パン種は塊全体を発酵させます。(マタイ 13:33を読む。)このたとえ話では,成長のどんな側面が強調されていますか。2つの点を取り上げましょう。(1)成長は変革を生じさせます。パン種の作用によって「やがて塊全体が発酵しました」。(2)成長は全体に広がってゆきます。パン種は「大升三ばいの麦粉」すべてを,つまり塊全体を発酵させます。この2つの側面は,現代の霊的収穫にどのように当てはまりますか。

14. パン種のたとえ話は,今日の霊的収穫にどのように当てはまりますか。

14 (1)変革: パン種は王国の音信を,麦粉の塊は人類を表わしています。パン種を混ぜると麦粉に変化が生じます。同じように,王国の音信は,それを受け入れる人の心に変革を生じさせます。(ロマ 12:2)(2)全体に広がる: パン種の作用は,王国の音信が広まることを表わしています。パン種は,練り粉の中で作用してゆき,ついには塊全体に広がります。同様に,王国の音信も「地の最も遠い所にまで」広まっています。(使徒 1:8)たとえ話のこの側面はまた,宣べ伝える活動が禁止されている国や地域において,人目につかない形で活動が行なわれるとしても,王国の音信が広まってゆくことを示唆しています。

15. イザヤ 60章5節と22節は,どのように成就していますか。(「エホバが可能にしてくださった」という囲みと,「どのようにして『小なる者』が『強大な国民』となったか」という囲みを参照。)

15 イエスがこれらのたとえ話を語った時より800年ほど前,エホバはイザヤを通して,現代の霊的収穫の規模とその収穫がもたらす喜びを,印象的な表現で予告なさいました。c エホバは,人々が「遠くから」ご自分の組織に続々とやって来る様子を描いておられます。そして,「女」― 今日,地上にいる油そそがれた残りの者たちによって代表されている ― にこう語りかけておられます。「あなたは見て,必ず光り輝き,あなたの心臓は実際にわなないて広がるであろう。海の富があなたのもとに向かうからである。諸国民の資産もあなたのもとに来る」。(イザ 60:1,4,5,9)この言葉はまさに真実です。今日,エホバに長く仕えてきた人たちは,自分の国でほんの少数だった王国伝道者が幾千幾万人にも増えたのを見て,喜びに輝いています。

エホバの僕たちすべてが歓べるのはなぜか

16,17. 「まく者と刈り取る者」が「共に歓」べる1つの理由は何ですか。(「2枚のパンフレットがアマゾンの2人の人の心を動かす」という囲みを参照。)

16 イエスは使徒たちにこう語っていました。「刈り取る者は……永遠の命のための実を集めています。こうして,まく者と刈り取る者とは共に歓ぶのです」。(ヨハ 4:36)世界的な収穫において,わたしたちはどのようにして「共に歓ぶ」のでしょうか。幾つかの点がありますが,そのうちの3つを取り上げましょう。

17 第一に,この業においてエホバがご自分の役割を果たしておられるのを見て歓びます。わたしたちは王国の音信を宣べ伝える時,種をまくことになります。(マタ 13:18,19)キリストの弟子となるようだれかを援助するなら,実を収穫することになります。わたしたちすべては,エホバの働きによって王国の種が「芽ばえて,丈が高くな」るのを見る時,畏敬の念とともに深い喜びを感じます。(マル 4:27,28)自分のまいた種が後に芽を出し,他の人が収穫する場合もあります。次のような経験をしたことがおありかもしれません。60年前にバプテスマを受けた英国のジョーンという姉妹は,こう語りました。「ずっと前にあなたが宣べ伝えてわたしの心に種を植えてくれたのですよ,と言う人に会うことがあります。わたしは知らなかったのですが,後に他のエホバの証人がその人と聖書研究をし,エホバの僕になるよう援助したのです。わたしの植えた種が成長して収穫されたことを知ると,歓びがこみ上げてきます」。―コリント第一 3:6,7を読む。

エホバが可能にしてくださった

「人には不可能な事も,神にとっては可能です」と,イエスは語りました。(ルカ 18:27)この言葉が真実であることを経験してきた人は少なくありません。宣べ伝える業をやめさせようとする様々な企てがなされましたが,その業が行なわれるようにエホバは助けてこられました。

ザカリー

ザカリー・エレグベ(66歳,バプテスマ: 1963年)は,ベナンでエホバの証人に課された禁令が思わぬ結果を生んだことをこう説明します。「国の伝道者が2,300人だった1976年,わたしたちの活動は禁止され,政府はそのことを国内のすべての言語で放送するよう命じました。それは前例のないことでした。ベナンでは60以上の言語が話されていますが,当時のラジオ放送は普通,5つの言語でしか行なわれていませんでした。ですから,禁令についてすべての言語で放送された時,僻地に住む大勢の人々はエホバの証人の存在を初めて知りました。『エホバの証人とはだれだろう。なぜ活動が禁止されたのだろう』と思ったのです。後にわたしたちがそれらの地域に伝道に行くと,多くの人がすぐに真理を受け入れました」。現在,ベナンには1万1,500人を超えるエホバの証人がいます。

マリーヤ

マリーヤ・ジニッチ(74歳,バプテスマ: 1957年)はこう話します。「わたしが12歳のころ,わたしたち家族はウクライナからロシアのシベリアへ流刑にされました。政府は旧ソ連全域でわたしたちの伝道活動をやめさせようと,あらゆる策を講じましたが,エホバの証人の数は増え続けました。過酷な反対の中でも驚くべき増加が生じたのを見て,エホバの業であると確信しました。だれも止めることはできません」。マリーヤという別の姉妹(73歳,バプテスマ: 1960年)はこう語ります。「政府は兄弟たちをシベリアへ強制移送したため,そのへんぴな地域に住む人々に,真理を聞く機会を与えることになったのです」。

ヘスス

ヘスス・マルティン(77歳,バプテスマ: 1955年)はこう回想します。「わたしが真理を学んだ時,スペインのエホバの証人は300人ほどでした。1960年にエホバの証人に対する抑圧が厳しくなりました。政府は警察に,エホバの証人を一掃するよう命じました。当時は,いつか国中で良いたよりが伝えられるようになるとは,とても思えませんでした。どう見ても形勢は不利でした。しかし今では,スペインにはエホバの証人が11万1,000人ほどいます。反対にもかかわらずこれほどの増加が生じるのを目撃して,エホバがわたしたちの側にいてくださるので不可能なことなどない,という確信が強まりました」。

18. コリント第一 3章8節によると,働き人はどんな理由で歓べますか。

18 第二に,「各々はその労苦に応じて報いを受けます」というパウロの言葉を覚えておくなら,働き人として喜びを保てます。(コリ一 3:8)報いは,労苦に応じて与えられるのであり,労苦の結果に応じて与えられるのではありません。良い反応があまり見られない区域で宣べ伝える人たちにとって,非常に励みとなる保証の言葉です。神の目には,心をこめてまく業にあずかる証人すべてが「多くの実を結」んでいます。それゆえ,歓べるのです。―ヨハ 15:8。マタ 13:23。

19. (イ)マタイ 24章14節によると,わたしたちはどんなことを歓べますか。(ロ)たとえ弟子を作ることができなくても,どんな点を思いに留める必要がありますか。

19 第三に,わたしたちの業が預言の成就となっていることを歓べます。イエスは使徒たちから,「あなたの臨在と事物の体制の終結のしるしには何がありますか」と尋ねられた時,何と答えたでしょうか。しるしの1つの特色は世界的な宣べ伝える業である,と言いました。弟子を作る業である,と言ったのではありません。「王国のこの良いたよりは……証しのために,人の住む全地で宣べ伝えられるでしょう」と述べたのです。(マタ 24:3,14)ですから,しるしの特色となるのは王国伝道の業,すなわち種をまく業です。わたしたちは王国の良いたよりを宣べ伝える時,たとえ弟子を作ることができなくても「証し」をする点で成功している,ということを思いに留めます。d 人々の反応にかかわりなく,イエスの預言を成就することに貢献しており,「神と共に働く」誉れを得ることになります。(コリ一 3:9)歓べるもっともな理由があるのです。

「日の昇る所から日の沈む所に至るまで」

20,21. (イ)マラキ 1章11節はどのように成就していますか。(ロ)収穫の業に関して,あなたは何を行なおうと決意していますか。なぜですか。

20 1世紀にイエスは,収穫が緊急な業であることを理解するよう使徒たちを助けました。1919年以降には,同じ点を理解するよう現代の弟子たちを助けてきました。その点を理解した神の民は,活動を増し加えてきました。実際,彼らの収穫の業を止めることはできません。預言者マラキが予告したとおり,今日,宣べ伝える業は「日の昇る所から日の沈む所に至るまで」行なわれています。(マラ 1:11)日の出から日没まで,すなわち東から西まで地上のどこにおいても,まく者と刈り取る者は共に働き,共に歓んでいます。また,日の出から日没まで,すなわち朝から晩まで一日中,わたしたちは緊急感を抱いて働いています。

21 過去100年ほどを振り返り,神の僕たちの少人数のグループが「強大な国民」へと成長したことを知ると,わたしたちの心は喜びで「わなないて広が」ります。(イザ 60:5,22)わたしたち一人一人は,その喜びと「収穫の主人」であるエホバへの愛に促され,史上最大の収穫を完遂させるために自分の分を果たしてゆけますように。―ルカ 10:2。

a イエスは畑が「白く色づいて」いると述べた時,やって来る大勢のサマリア人の白い衣に言及していた,という可能性もあります。

b 現代の収穫の業の詳細については,「エホバの証人 ― 神の王国をふれ告げる人々」の本の425-520ページをお読みください。1919年から1992年までに行なわれた事柄が説明されています。

c この興味深い預言について詳しくは,「イザヤの預言 ― 全人類のための光 II」303-320ページを参照。

d 初期の聖書研究者は,この重要な真理をすでに理解していました。「シオンのものみの塔」(英語)1895年11月15日号にはこうあります。「わずかな小麦しか集めることができないとしても,真理に対する証しは豊かになされる。……すべての人が福音を宣べ伝えることができる」。

あなたにとって王国はどれほど現実的ですか

  • 王国は霊的な収穫に関して,何を成し遂げてきましたか。

  • からしの種粒のたとえ話とパン種のたとえ話から,宣教を行なううえでどんな励ましが得られますか。

  • 宣教を行なう時,どんなことを歓べますか。

2枚のパンフレットがアマゾンの2人の人の心を動かす

アントニオ・シモンイス

アントニオ・シモンイス

91歳のアントニオ・シモンイスは,クリスチャンの長老として忠実に奉仕しています。兄弟の父親と伯父は,エホバの証人の発行した2枚のパンフレットを通して真理を見いだしました。シモンイス兄弟が「その話を聞きたいですか」と客人に尋ねると,「ぜひ聞きたいです」という答えが返ってきます。兄弟は目を輝かせます。そしてにっこりほほえみ,腰を下ろして語り始めます。

「父のゼノは,バプテスト派の牧師をしていました。1931年のこと,父は教会の信徒を訪問するため,アマゾンの奥地に行きます。その女性の家で,聖書に関する2枚のパンフレットを目にしました。女性が教会で見つけたパンフレットで,だれかが教会に置いていったものでした。1つは地獄について,もう1つは復活について説明していました。父はそれを読んで感動しました。そして,すぐに義理の兄ギレルメのことが思い浮かびました。『地獄などないと思う。愛の神がそのような場所を作られるはずはない』と,よく言っていたからです。父はギレルメにパンフレットをどうしても見せたくて,カヌーを8時間こぎ,マナウスの近くのマナキリに行きました。そこはギレルメの住む集落でした。

アントニオ・シモンイスが手に持っているブラジルのアマゾナス州の最初の会衆の2つの写真

ブラジルのアマゾナス州の最初の会衆

「父と伯父のギレルメはパンフレットを詳しく調べ,2人とも『これは真理だ!』と言いました。2人はすぐにブラジルの支部事務所に手紙を書き,文書を依頼しました。父は牧師を辞めて,伯父と共に,孤立したその地域で聖書の音信を伝え始めます。人々の反応はとても良く,1年足らずでマナキリに会衆が設立されました。やがて集会には村の人たち70人が出席するようになり,当時のブラジルでいちばん大きな会衆になりました」。シモンイス兄弟は少し間を置き,「王国の音信はこのようにしてアマゾンに伝わったんですよ。素晴らしいと思いませんか」と言います。確かに素晴らしいことです。まかれた2粒の小さな種,つまり2枚の小さなパンフレットが広大なアマゾンの密林に根を下ろし,芽を出し,活発な会衆へと成長したのです。マナキリ会衆が設立されてから83年がたちました。今ではブラジルのアマゾナス州に,この会衆を含め,143もの会衆があるのです。

どのようにして「小なる者」が「強大な国民」となったか

「小さな者が千となり,小なる者が強大な国民となる。わたし自ら,エホバが,その時に速やかにそれを行なう」。(イザ 60:22)この預言はどのように現実となってきましたか。エホバの証人として長い経験を持つ世界各地の兄弟姉妹は,どう感じていますか。

ベルイェ・ニルソン

ベルイェ・ニルソン(84歳,バプテスマ: 1943年): 「1920年代に,コルポーターとして奉仕していた油そそがれた兄弟がいました。その兄弟はスウェーデンの半分近くを区域として割り当てられましたが,従順に伝道を始めました。この兄弟や他の忠実な人たちの働きは豊かに報われました。今では,国内に2万2,000人を超える伝道者がいます。わたしもかなり年を取りましたが,エホバへの奉仕を従順に続けてゆきたいと思います。エホバは今後も,思いがけない仕方で物事を進めてゆかれるに違いありません」。

エティエン・エステルホイセ

エティエン・エステルホイセ(83歳,バプテスマ: 1942年): 「南アフリカのエホバの民が1942年の1,500人ほどから現在の9万4,000人余りにまで増えたことを思うと,驚くばかりです。これほど大きな組織になるのを見て,信仰が大いに強められています」。

キース・ゲイドン

キース・ゲイドン(82歳,バプテスマ: 1948年): 「英国の伝道者は1948年には1万3,700人ほどでしたが,現在では13万7,000人ほどになりました。これはエホバの業であると実感しています。人間の力では,到底なし得なかったことでしょう。エホバは『驚くべき事を行なわれる方』なのです」。―出 15:11。

ウルリケ・クローロプ

ウルリケ・クローロプ(77歳,バプテスマ: 1952年): 「第二次世界大戦後,ドイツの諸会衆は,ナチスの迫害に耐え抜いた兄弟姉妹の意欲的な態度に力づけられました。人々は慰めを必要としていました。エホバの証人はその恐ろしい戦争に関与しなかったので,はばからずに語り,人々を慰めることができました。わたしは過去60年余りにわたり,神がご自分の霊によって民を導くのを目にしてきました。今ではドイツのエホバの証人は16万4,000人を超えています。本当に素晴らしいと思います」。

マリーヤ・ブリネツカヤ

マリーヤ・ブリネツカヤ(77歳,バプテスマ: 1955年): 「わたしは逮捕されないよう,夜の暗闇の中でバプテスマを受けました。夫は後に,エホバの証人であるために遠方の強制労働収容所に送られました。わたしは用心しながらロシアの自分の村で伝道を続け,その結果,幾人かの人が真理を受け入れました。当時,兄弟姉妹はわずかしかいませんでした。でも今では,うれしいことに,ロシアのエホバの証人は16万8,000人を数えます」。

山野君子

山野 君子(79歳,バプテスマ: 1954年): 「1970年に日本の伝道者が1万人になったことを知り,涙がとめどなく流れました。命が続く限りエホバへの忠節のうちに生きようと改めて決意しました。今,日本の伝道者は21万6,000人を超えています。本当にうれしく思います」。

ダニエル・オドグン

ダニエル・オドグン(83歳): 「わたしがバプテスマを受けた1950年,ナイジェリアの伝道者は8,000人でした。今では35万1,000人にもなります。大会でたくさんの出席者を見ると,ハガイ 2章7節を思い出します。その言葉どおり,エホバは諸国民を激動させ,望ましいものが入って来ています。わたしは今も,宣べ伝える業を精いっぱい行なうよう努めています。『エホバ,ありがとうございます!』という気持ちをお伝えしたいのです」。

カルロス・シルバ

カルロス・シルバ(79歳): 「1952年にバプテスマを受けた当時,ブラジルのエホバの証人は5,000人でした。その年,サンパウロの体育館で大会がありました。駐車場にある車は2台だけでした。ある兄弟が近くのパカエンブ・スタジアムを指さして,『あの会場がエホバの証人でいっぱいになる時が来るかな?』と言いました。それは無理だろうと思いました。しかし1973年,その会場は9万4,586人の出席者で埋め尽くされたのです。現在ブラジルには,愛する兄弟姉妹が76万7,000人もいます。信じられないほどの増加です」。

カルロス・カサレス

カルロス・カサレス(73歳): 「わたしが1954年にバプテスマを受けた時,メキシコの伝道者は1万500人でした。働き人が大いに必要とされていたため,わたしは21歳で巡回監督に任命されました。イザヤ 60章22節の成就を直接見ることができたのは,祝福でした。今では80万6,000人余りの伝道者が,100万件を超える聖書研究を司会しています。感無量です」。

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