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エホバの王国を告げ知らせるものみの塔 1968
塔68 9/1 542–543ページ

読者からの質問

● 判事や統治者の前で起立し,頭を下げ,あるいはそのような人に話す際に特別な敬称を使うよう要求されたとき,クリスチャンが,行なうべき聖書的事柄は何ですか。―アフリカの一読者より。

クリスチャンは統治者や権威を持つ人々に対して敬意を示すように神から勧められています。そのような上にある権威に関して,使徒パウロは霊感の下にこう書きました。「あなたがたは,彼らすべてに対して,義務を果しなさい……恐るべき者は恐れ,敬うべき者は敬いなさい」。(ローマ 13:1,7)そのうえ,パウロは,「王たちと上に立っているすべての人々のために」取りなしを願うことができると述べています。(テモテ第一 2:1,2)この種類の敬意や尊敬を表わす方法は,土地によって異なります。その中には,統治者に頭を下げたりその前でひれ伏したりすること,あるいは統治者が部屋に入って来るときに,起立し,また特別な敬称を使うことなどがあります。そのような場合,クリスチャンは土地の習慣に従い,人の職務上の地位,またその職務に敬意を示すことが求められます。

聖書には,特別な姿勢をしてある程度の敬意を示した例があります。ヤコブはエサウと会う際に,7回身をかがめました。(創世 33:3)族長アブラハムも,カナンの土地の異邦人,ヘテの人々におじぎをしました。(創世 23:7,12)地上におられたときのイエスは,エホバから任命された王としての資格で,人々が彼にひざまずくのを許されました。(マタイ 8:2; 9:18)これらの行為は実際の人間崇拝を意味していなかったゆえ,敬意を示す動作として許されていたのです。―出エジプト 34:14。マタイ 4:10。

言葉でもってどのように権威に敬意を表わすかを示す聖書の例もあります。パウロはローマの総督フェストに「フェスト閣下よ」と述べています。(使行 26:25)支配者が長生きするようにとの願いをこめた,『王がとこしなえに生きながらえますように』といった表現は,神のしもべも異邦人も使っています。―列王上 1:31。ダニエル 3:9。

しかし,人間の権威者に敬意を帰することには限界があります。クリスチャンは,エホバだけが崇拝を受けるにふさわしい方であることを忘れてはなりません。(出エジプト 20:3-5。詩 100:3)エホバが昔から律法を通して強く禁じておられることは,人間を含めて,被造物に崇拝をささげてはいけないということでした。なぜなら,それは偶像崇拝となるからです。パウロとバルナバはこのことを知っていたので,ルステラの人々が二人を神々として崇め始めたとき,次のように願ったのです。「なぜこんな事をするのか。わたしたちとても,あなたがたと同じような人間である」。(使行 14:11-15)崇拝をささげる姿勢で人間の前にひれ伏すのは,まちがった行為です。そのわけで,コルネリオがそのような事をしたとき,ペテロは,「お立ちなさい。わたしも同じ人間です」と言って,それをやめさせました。(使徒 10:25,26)ヨハネに指摘されたように,御使いにさえ崇拝的行為をすることはまちがいです。ヨハネは感情を抑えきれず,まさに霊的平衡を失って御使いを拝もうとしていました。―黙示 19:10; 22:8,9。

部族の首長や判事や役人に敬意を示すような場合には,これらの例を心に留める必要があります。そのような人間に神の力を帰することは,聖書的にまちがっています。(使行 12:22,23)特殊な場合には,それに関係する人が,権威ある職務に対して習慣的な敬意が要求されているのか,あるいは要求されている言動が宗教的な崇拝となり「偶像崇拝を避けなさい」という命令を破る結果になるのかを判断しなければなりません。(コリント第一 10:14)権威を持つ人がその場に居ないにもかかわらずに,その写真だけが掲げられたり,他の人にあいさつをしたりする際に,へつらいのことばや動作が要求されているなら,権威を持つ人を偶像視していることになります。―ヨハネ第一 5:21。

この点に関して,初期クリスチャンのとった態度は興味深いものです。既に調べたとおり,パウロはフェストに対して,正しい敬意を示しました。そのうえ,時のカイザルは決してクリスチャンの原則に従って生活していなかったにもかかわらず(その時までに,自分の母と親族を殺し,不道徳な生活で悪名高かった),パウロはその地位を尊重し,「カイザル」に訴えました。―使行 25:10-12。

このような敬意の示し方は,当時のクリスチャンの典型的なものでした。「初期教会と世界」と題する本にはこう書かれています。「裁判を受けるとき,彼らは普通,判事に丁重にしかも敬意を払いながら,言い分を申し立てた」。それから,2世紀にキリスト教を弁護することばを書いた人々に関してその本は次のように評しています。「彼らが話すことばは丁寧である。彼らは皇帝を全名誉称号で呼ぶ際に公式の礼儀作法を守り,それから敬意を表することばを述べる」― 108,109,258,259頁。

これは,初期クリスチャンが権威者に敬意を示すときに求められたことすべてを行なえたという意味ですか。たとえば,皇帝を指導者,救い主,あるいは神と呼ぶことができましたか。皇帝に香をたくことができたでしょうか。いいえできませんでした。どの程度まで行なえるかについては限界があったのです。次のように書かれています。「忠誠のごく普通の表わし方は,皇帝に対しても帝国に対しても,それぞれの守護神に香をたくことであった。クリスチャンは,その種の行為を自分の認めぬ神に対する崇拝と見なした」。a いわば限界線を越え,宗教的崇拝の気もちから皇帝に犠牲を捧げることを求められたとき,クリスチャンはどうしたでしょうか。歴史が答えを与えています。「クリスチャンは……皇帝の守護神に犠牲を捧げることを拒絶した……それを行なっても,皇帝を崇拝することにはならず,単にローマ帝国の元首としての皇帝の神聖な地位を認めるにすぎないと,〔クリスチャン〕に対して入念な説明がなされた。それでも,その機会を利用して釈放を求めたクリスチャンはほとんどいなかった」。b

それで,初期クリスチャンたちは,人間の支配者に神の力を帰し,あるいは権威者に対して宗教的崇拝行為をすることを拒絶しました。しかし,それぞれにふさわしい敬意を示すことは喜んで行なったのです。けれども,この問題のある面に関しては良心が大きな役割りを果たします。その土地において,支配者に頭を下げることが,地位に対する普通の尊敬の形式にすぎず,崇拝の行為ではないと認められていても,あるクリスチャンはそれをしないかもしれません。あるいは,特別な支配者に関して,その人の行動を見て,習慣的な敬意のことばを避けた方が良いと感じ,しかも,平和に,法律をよく守ろうと努める人がいるかもしれません。他の人がクリスチャンの立派なふるまいに尊敬心をいだいているとき,クリスチャンは,干渉を受けることなく,自分の良心の命じるところに従って行動できるかもしれません。(使行 24:16)しかし,たとえそうでなくてもクリスチャンは自分の決定の結果を甘受しなければなりません。―ペテロ第一 2:19。

最後に考慮すべき点として,聖書にしたがって中立の立場を守ることの大切さがあげられます。権威者に対して,良心的に尊敬のことばを述べることができた場合でも,次に,政治的なスローガンを唱えたり,愛国的な歌を歌ったりすることに参加するよう迫まられることが時々あります。もしそうするなら,諸国家の政治問題に組みする結果になります。イエスが,「私が世のものでないように」,真の崇拝者「も世のものではありません」と言われた以上,クリスチャンはその行為をすることができるでしょうか。(ヨハネ 17:16)もしそのような行ないへの参加を拒絶するなら,一時的に反対を受けるかもしれません。しかし,使徒ペテロはこう助言しています。「善を行なって苦しむことは ― それが神の御旨であれば ― 悪を行なって苦しむよりも,まさっている」。―ペテロ第一 3:17。

これらの問題において,クリスチャンがまず頭に入れておきたいのは,神に受け入れられる崇拝と神の是認を保ち続けることです。それらを保てるように生活を導いて行くなら,イエスの場合のように,永続する幸福がもたらされるでしょう。イエスはこう言われました。「あなたがたは,この世ではなやみがある。しかし,勇気を出しなさい。わたしはすでに世に勝っている」― ヨハネ 16:33。

[脚注]

a アーネスト・ウィリアム・バーンズ著「キリスト教の起こり」300,333頁。

b ダニエル・マニックス著「死に臨む人々」135,137頁。

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