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エホバの王国を告げ知らせるものみの塔 1977
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“快楽”を助長する財政援助?

● 米国連邦最高裁判所は最近,低所得者の妊娠中絶無料化を図るための資金を州政府が負担する必要はない,との判決を下しました。“不公平”であると多くの人から非難されたにもかかわらず,カーター大統領は同裁判所の決定を支持し,次のように述べました。「人生には公平でないことが多い。……しかし,とりわけ道徳的要素が関係している場合,こうした機会を完全に平等にするための処置を連邦政府が取るべきだとは思わない」。

いわゆる“公平さ”を求める余り,この「道徳的要素」を忘れる人は少なくありません。問題を全体的に考慮してみましょう。貧しい人が花火で向こう見ずな遊びをしていて目が見えなくなったり,指が吹き飛ばされたりした場合,政府は単に“公平”を期すために,その治療費を負担すべきだと思われますか。それとも,花火で遊ばないようにさせるほうが賢明でしょうか。

しかし,中絶の主因である淫行という“遊び”は,花火と比べ道徳上はるかに重大な悪行であり,はるかに危険です。“公平さ”という名目で,政府がそのような“遊び”のしりぬぐいをするなら,金持ちには悪行にふける余裕があるので,貧しい人も同じことができるよう政府は援助すべきだ,と主張するようなものです。所得の多少にかかわらず,未婚者はそうした“遊び”を差し控え,既婚者は自分の行動に対して責任を取るようにするほうが,はるかに賢明です。

新しい訓練法?

● 子供を従わせるためにあらゆる近代的な手段を試みた末,失意を味わっている親たちは,大抵,必ずと言って良いほどの効き目のある方法を見過ごしています。「今日の心理学」誌は,「あまりにも単純すぎてしばしば見過ごされてしまうほどである」と述べています。子供の心理を鋭く見通す新しい方法があるのですか。いいえ,それは昔ながらの知恵に過ぎません。

親は従順さを要求する代わりに,「『今度そんなことをしているのを見つけたら承知しないぞ』といった言葉をしばしば使う」と,その記事は指摘しています。「これでは子供に,今していることを親に見られずに続けるよう教えているようなものである」。親はまた,「宿題をしてちょうだい」というようなこともよく言いますが,これは親の願いを述べているだけで,「子供は自分のしたいことをそれと対照させて考えるであろう」。

さらに同誌は次のように述べています。子供を従順にならせるために」「親がまずはっきりとした言葉で要求することが重要である。また,言ったことは必ず実行するのだということを子供に思い知らせる必要がある。親はある事柄を行なうよう頼むのでもなく,願うのでもなく,そうするよう命ずるのである……

「親が言ったことを必ず実行するのを一度思い知ると,子供は親を欺いて自分の思い通りにしようなどとは考えなくなる」。子供がひどく反抗してもあきらめない,強い精神力のある親は,現在余分の努力を払えば将来において報いを受けることに気付くでしょう。子供が正しい要求にすぐ応じるようになると,実際に親はそれほど努力しなくてもすむようになります。聖書の思慮のある格言もこう述べています。「あなたの子を懲らしめよ,そうすれば彼はあなたを安らかにし,またあなたの心に喜びを与える」― 箴 29:17,口。

愛国主義を強制する

● 強制的な儀式は民主主義や愛国主義を擁護する最善の方法でしょうか。マサチューセッツ州議会はそのように考えているようです。なぜなら,毎日の国旗敬礼式を指導するよう教師に求め,違反者には罰金を科するという法律に知事が拒否権を発動させたのに対し,同州議会は最近,それを覆したからです。

一人の議員は,「すべての神聖で高潔なもの,アメリカの伝統的価値体系と母性との名において」その法律に賛成投票するよう,同僚を説得しました。別の議員は,「母親のひざの上で,祈りの次に覚えたことは,国旗に対する忠誠の誓いであった」点を指摘し,その勧めに応じました。

この種の“論理”を並べ立てた議員たちは,マサチューセッツ州最高裁判所の決定に逆らっていました。その決定は,国旗敬礼を強制するような法律を憲法違反とした,米国連邦最高裁判所の下した1943年の一判決を引き合いに出したものです。「強制的な国旗敬礼を続けるなら,自分の考えを述べる個人の自由を擁護するはずの権利宣言が,人に,自分の考えてもいない事柄を強制的に語らせる余地を公権力に与えていることになってしまう」と米国の最高法廷は判断したのです。マーフィー,ブラック両判事は,補足意見としてこう記しています。「強制的に語らされた言葉は,利己主義に対する忠誠にほかならない。愛国心とは,分別ある法律の公正な執行に促された,自発的な心,自主的な思考から出たものでなければならない」。

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