ものみの塔 オンライン・ライブラリー
ものみの塔
オンライン・ライブラリー
日本語
  • 聖書
  • 出版物
  • 集会
  • 塔78 8/15 3–4ページ
  • 『できるなら,すべての人に対して平和を求めなさい』

視聴できるビデオはありません。

申し訳ありません,ビデオをロード中にエラーが発生しました。

  • 『できるなら,すべての人に対して平和を求めなさい』
  • エホバの王国を告げ知らせるものみの塔 1978
  • 関連する記事
  • 分裂した世で中立を保つ
    エホバの王国を告げ知らせるものみの塔(研究用)2016
  • 『彼らは世のものではありません』
    唯一まことの神の崇拝において結ばれる
  • 中立であるとはどういうこと?
    いつまでも幸せに暮らせます 楽しく学べる聖書レッスン
  • 『剣によって生きる』ことをしない ― それは保護となる
    エホバの王国を告げ知らせるものみの塔 1984
もっと見る
エホバの王国を告げ知らせるものみの塔 1978
塔78 8/15 3–4ページ

『できるなら,すべての人に対して平和を求めなさい』

今日,世界は宗教,政治,国家,および人種的な面で分裂がひどいため,平和の影は薄くなっています。しかし,クリスチャンは次のように命じられています。「できるなら,あなたがたに関するかぎり,すべての人に対して平和を求めなさい」。(ローマ 12:18)場合によっては,そうするのが大変難しくなることもあります。しかしクリスチャンは,神との平和を享受しようと思えばこの命令に従わねばならないことを知っています。それはとりもなおさず,この世の闘争に関して中立を保ち,さらに,神の王国が地にもたらす平和についてすべての人に告げることにより「平和の友」を探すようにというイエスの言葉に従わねばならないことを意味します。―ルカ 10:5,6。

この穏やかな中立を保つに当たって,真のクリスチャンは自分たちの責務から逃れようとはしていません。彼らは苦しみましたが,使徒の述べた次の言葉の成就を自ら経験しています。「平和に生活してゆきなさい。そうすれば,愛と平和の神があなたがたとともにいてくださるでしょう」― コリント第二 13:11。

激しい権力闘争の渦中にある幾つかの国々では,エホバの証人が政治問題に干渉しようとしないために,その多くが懲役刑を言い渡されています。中には,三回,ないし四回も連続して刑を宣告された人もいます。そのほかにも,婦人を含め,ひどく殴打された人々がいます。しかし,刑を言い渡されたり,虐待されたりした人で,いかなる方法であれ復讐を企てた人は一人もいません。服役中に彼らは,「平和の友」を幾人か見いだしました。それらの人は神の王国の良いたよりに耳を傾け,神を喜ばせる方向へと自分の生き方を順応させるようになりました。多くの場合,看守たちは,それらのクリスチャンの穏やかな振る舞いに心を動かされて,親切さと敬意をもって彼らを扱うようになりました。また,彼らは他のいろいろな方法でエホバの保護を経験しました。ある場合には,人間から親切にされることはありませんでしたが,使徒たちと同様,「[イエス]の名のために辱しめられるに足る者とされたことを喜(ぶ)」という経験をしました。―使徒 5:41。

エホバの証人の会衆で監督として奉仕していた一人の人は,自分の中立の立場のゆえに近い将来懲役刑に服さねばならなくなるかもしれないことに気づきました。その人は出国して,その問題を完全に回避し,外国で家族と共に快適な暮らしを送ることもできました。しかし,この人とその家族は問題を祈りのうちに考慮し,クリスチャンとしての自分の責任,および聖書についてよりよく知るよう他の人々を助けるという成し遂げねばならない業のことを考え,たとえ危険が伴っても,自国にとどまるほうが王国のためになる,と判断しました。彼が投獄された場合には,妻と四人の子供たちが家族の物質上の必要を顧みるために共に働けるよう準備態勢が整えられました。事態がどれほど暗く思えようとも,エホバが自分たちを顧みてくださることに信頼を置いていたのです。

政治的に分裂しているある国で,エホバの証人たちは,他の国々におけると同様,戦い合う党派に対して中立の立場を守っています。その国で,一人のエホバの証人は聖書の集会へ行く途中,兵士たちに捕らえられました。その人が持っていたかばんの中身をみな出したところ,中身は聖書と聖書文書だけでした。そのことが分かると,一人の兵士は,「申し訳ありませんでした。エホバの証人に用はありません」と言いました。それがきっかけとなって聖書に関する話し合いが始まり,その証人は,「政治問題に対する,あなたがたエホバの証人の立場はよく分かります」という言葉をもって解放されました。

国境付近の暴力行為とゲリラ活動の盛んな別の国で,警察署に勤める一人のエホバの証人はゲリラ活動の激しい地域にある警察署に配置換えになりました。この人は指紋課で働いていましたが,ゲリラの襲撃に際して銃を取るよう求められました。しかし,この人は自分の中立の立場を破ることを拒み,そのために投獄されました。やがてゲリラが再び突撃してきて,その警察署を完全に破壊してしまいました。いまだに捕らわれの身ではありますが,このエホバの証人は,聖書の原則に従って自分の取った立場が身の守りとなったことを喜んでいます。自分がまだ生きており,すべての人と平和に暮らしてゆけることをうれしく思っているのです。

クリスチャン自らは平和を求めていたとしても,自分たちのクリスチャンとしての中立の立場をはっきり理解してもらうよう細心の注意を払い,自分たちの立場が疑われるようなことのないようにしなければなりません。ある小さな村で起きた事件は,この問題に関して常に油断なく気を配っていることの大切さを強調しています。会衆の一長老とその家族は,エホバの証人ではない,肉の兄弟の家に同居していました。ゲリラの襲撃があり,この二人は他の村人数人と共に捕らえられました。そのエホバの証人は,自分はクリスチャンで中立であると抗議しましたが,ゲリラ戦闘員は,反ゲリラ活動の疑いのある人物(その人の肉の兄弟)と同じ家にいた,と答えました。それからゲリラ戦闘員たちは,そのエホバの証人の妻子,および他の村人たちに命が惜しければ逃げるよう命じ,一方では,その長老と他の四人の村人を射殺しました。このエホバの証人はクリスチャンとしてふさわしくない事を何も行なっておらず,その死は実に痛ましいものです。しかし,このつらい経験は,エホバの証人がクリスチャンとしての中立の立場を明確にし,かつ自分たちの中立の立場に疑念を抱かせる事態や状況を避けるべくしっかり目覚めている必要を強調しています。―マタイ 10:16。

すべての人がエホバの証人に対して友好的になることは期待できないとしても,良心的また誠実に神に仕える人に対して深い敬意を抱く人は少なくありません。それは,聖書の箴言の霊感を受けた筆者が次のように述べているとおりです。「エホバは人の道を楽しみとされる時,その敵たちをもその人と和らがせる」― 箴 16:7,新。

    日本語出版物(1954-2026)
    ログアウト
    ログイン
    • 日本語
    • シェアする
    • 設定
    • Copyright © 2025 Watch Tower Bible and Tract Society of Pennsylvania
    • 利用規約
    • プライバシーに関する方針
    • プライバシー設定
    • JW.ORG
    • ログイン
    シェアする