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  • 使徒 5:42
    新世界訳聖書
    • 42 そして毎日,神殿で,また家から家へと行って教え+,キリストであるイエスについての良い知らせを広め続けて,やめなかった+。

  • 使徒 5:42
    新世界訳聖書 ― 参照資料付き
    • 42 そして彼らは毎日神殿で,また家から家へ+と*たゆみなく教え+,キリスト,イエスについての良いたよりを宣明し*続けた+。

  • 使徒
    ものみの塔出版物索引 1986-2025
    • 5:42 洞-2 467-468; 徹 41-42; 暮 レッスン18,21; 塔91 1/15 11; 塔91 8/1 24; 塔88 1/1 24

  • 使徒
    ものみの塔出版物索引 1951-1985
    • 5:42 塔85 11/15 30; 塔81 6/1 14,20; 塔79 10/15 11; 組 55; 塔72 175; 塔64 147; 塔62 267-268; 塔61 270; 塔57 363; 塔54 510

  • 使徒
    エホバの証人のためのリサーチガイド 2019年版
    • 5:42

      「徹底的に教える」41-42ページ

      「いつまでも幸せに暮らせます」レッスン18

      「洞察」

      「ものみの塔」

      1991/8/1,24ページ

      1991/1/15,11ページ

      1988/1/1,24ページ

  • 使徒の活動 注釈 5章
    新世界訳聖書 (スタディー版)
    • 5:42

      家から家へと: この表現は,ギリシャ語カト オイコンを訳したもので,字義通りには「家ごとに」となる。幾つかの辞典と注釈者によると,ギリシャ語の前置詞カタは配分的な意味で理解できる。例えば,ある辞典には,この表現について「連続的に見られる場所,配分的な用法,……家から家へ」を指すと述べられている。(「新約聖書・初期キリスト教文献希英辞典」,第3版)別の参考文献には,前置詞カタは「配分的(使徒 2:46; 5:42……家から家へ/[各]家で……)」と述べられている。(「新約聖書釈義辞典」[英語],ホルスト・バルツ,ゲルハルト・シュナイダー共編)聖書学者のR・C・H・レンスキは次のように述べている。「使徒たちは一瞬といえ,その祝福された業をやめることはなかった。彼らは『毎日』それを行ない,しかもそれを,サンヘドリンや神殿警察が見聞きできる『神殿で』公然と,そして言うまでもなく,κατ' οἴκον[カト オイコン]にも行なった。これは配分的な,『家から家へ』の意味であって,単に副詞的な,『家で』の意味ではない」。(「使徒行伝の注釈」[英語],1961年)これらの資料は,弟子たちの伝道が,ある家から別の家に配分的に行われたという考えを支持している。カタはルカ 8:1でも同じように使われていて,イエスが「町から町へ,村から村へ」伝道したと述べられている。人々の家に直接行って会うというこの方法は,素晴らしい結果をもたらした。(使徒 6:7。使徒 4:16,17; 5:28と比較。)

      良い知らせを広め: ここで使われているギリシャ語動詞エウアンゲリゾマイは,「良い知らせ」という意味の名詞エウアンゲリオンと関係がある。ギリシャ語聖書で,良い知らせの重要な面は,イエスの宣教のテーマであった神の王国,またイエス・キリストに対する信仰による救いと密接に結び付いている。「使徒の活動」にはギリシャ語動詞エウアンゲリゾマイは何度も出ていて,伝道活動が強調されている。(使徒 8:4,12,25,35,40; 10:36; 11:20; 13:32; 14:7,15,21; 15:35; 16:10; 17:18)マタ 4:23; 24:14の注釈を参照。

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