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世界のハルマゲドンに面して勇気を持つものみの塔 1962 | 2月15日
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37 (イ)このひとつの大きな事を求めたことを示すため,その人は何をしますか。(ロ)どんな預言の成就と一致してその事をしますか。
37 一生のあいだエホバの家に住むというひとつの大きな事をエホバに願ったことを示すため,神の霊的な宮で崇拝するエホバの会衆と交わるあらゆる機会を求めなければなりません。その人はとりきめられている会衆のすべての集会に出席するでしょう。人は会衆の集会に心から招待されています。その人は他の人々を会衆の集会に連れて行くことに努めます。従ってイエスと12使徒のした如く,家から家に行って人々の家で神の言葉を教えます。(マタイ 10:5-13。使行 20:20)このようにしてイザヤ書 2章3節を成就する行いをすることになります。「おほくの民ゆきて相語りいはん,いざわれらヱホバの山に登りヤコブの神の家にゆかん,神われらにその道ををしへ給はん,われらその路をあゆむべしと」。ハルマゲドンのことを考えればいまこれをすることが必要です。
38 この事をするゆえに,その人は何を見ますか。そしてどのようにハルマゲドンに面しますか。
38 このすべての事のために,神の言葉の良いたよりの奉仕者は「ヱホバの美しき」を仰ぎます。そして神のうるわしいこと,善意を持たれることを知り,また感ずるでしょう。悪しき諸国民に対して神の怒りが表わされるこの時代において,神の善意を経験し,神の「善意者」の一人に数えられるでしょう。その結果,神と御子イエス・キリストとの平和を得ます。(ルカ 2:13,14)また神の宮制度の中の事柄の意味を理解するにつれ,信仰によって神の霊的な宮を仰ぎ見て,あらゆる機会に神の会衆と共にいることに努めるでしょう。そうするとき,たとえハルマゲドンに面しても神の奉仕者として働きつづけるいっそうの勇気を与えられるでしょう。
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神の保護の下にあって勇気を持つことができるものみの塔 1962 | 2月15日
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神の保護の下にあって勇気を持つことができる
1 私たちがエホバの家に住むのは,この古い世で地上の日を過ごす間だけですか,それともどんな前途がありますか。
エホバの崇拝の家は保護された場所であり,そこに住む者はだれでも神の保護を受けます。古い世のつづく間だけ,勇気をもってエホバの家に住み,地上の日を過ごすことがすべてではありません。霊的な「生ける石」であるクリスチャンは死からの復活によって天に移され,天においてすみのおや石であるイエス・キリストと共にエホバの宮を完成します。そのほかに今日エホバの宮にくる何十万人の献身した崇拝者は,楽園の地で神の清い崇拝をつづけることによって,終りのない新しい世で生ける限りエホバの家に住みつづけるでしょう。
2 いま何を求めることによって,エホバの証者は将来に何を望んでいることを表わしますか。
2 しかしいま望み,いま求める事柄によって,私たちは将来に何を望んでいるかを表わします。従ってハルマゲドン後の将来,エホバの家に永遠に住む希望を持つ私たちは,ハルマゲドン前の今でもそこに住むことを望みます。ゆえに私たちがこの世で会うあらゆる悩みと迫害にもかかわらず,エホバは私たちがいまこの特権を楽しむことのできるようにされました。共産主義者の鉄のカーテンの背後およびその外にある多くの国々でエホバの証者は禁止されています。聖書を学ぶ集まりが禁止されているので,集まるには非常に大きな危険を冒すことになります。しかし彼らは大きな勇気を持ち,地下にもぐってこの事をするのに成功しています。これは彼らが将来に何を望んでいるかを示すものです。
3,4 (イ)私たちは,どのように一緒に迫害を受けますか。またそれにもかかわらず何をしなければなりませんか。(ロ)詩篇 27篇5-10節において,ダビデは家に再び住む確信をどのように言い表わしていますか。
3 直接に迫害されても間接に迫害を受けても私たちエホバのクリスチャン証者は他の者を思いやる仲間として,一緒に迫害の苦しみを受けます。迫害にもかかわらず,私たちは勇気を持ち,敵の火のような反対にあいながらもダビデのした
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