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「あなたが得るものすべてをもって理解を得なさい」

「知恵は第一のものである。知恵を得なさい。そして,あなたが得るものすべてをもって理解を得なさい」― 箴言 4:7,新。

1 現代の学問のすべての分野には何が起きていますか。

今日わたしたちは,爆発的とも言うべき知識の増大を目撃する世紀に住んでいます。科学また学問のあらゆる分野の知識の蓄積にはほんとうに驚嘆すべきものがあります。実験室での研究,陸上・深海・宇宙空間の探索調査により,人間が消化また評価しきれないほどの速さで新資料が続々と寄せられています。

2 (イ)箴言 4章7節によれば,わたしたちが追い求めるべき「第一のもの」とはなんですか。(ロ)世の学術的研究は,その聖句の述べる知恵をもたらしましたか。

2 聖書はこう述べています。「知恵は第一のものである。知恵を得なさい。そして,あなたが得るものすべてをもって理解を得なさい」。(箴言 4:7,新)前述の学術的研究はこのことばを成就するものですか。それは,「第一のもの」として追い求めるべき知恵をもたらしましたか。地上の種々の大問題を解決していますか。また,より健康,かつ幸福な,いっそう安全で平和な,そして豊かな生活をもたらしましたか。そのおかげで,人間は隣人といっそうむつまじく暮らしていますか。答えはご承知のとおりです。今日わたしたちは,混乱し苦悩する世界,前例のない挫折感に陥った時代,地上の人間また全創造物の生存そのものが重大な脅威にさらされる時代に生活しています。しかも矛盾していることに,現代の科学研究の多くは,こうした事態そのものを助長してきたのです。―伝道 8:17。ヨブ 28:4-21。ヤコブ 3:13-18。

3 大ぜいの誠実な人々は,この世の諸制度が提供していないどんな知識を追い求めていますか。知識のほかに何が必要ですか。

3 大多数の人が,この世の諸制度の提供する知識に傾倒し,そのために時間を費やしている一方,それ以外のところに知識を求める人々は着実にふえています。それらの人は今,聖書の明確な理解を得ることがいかに緊急かつ不可欠かを痛感しています。そして,信頼のできる確かな知識,つまり自分たちの確信と希望の基礎となる事実を求めています。また,日常生活の諸問題の解決に役だち,危機に臨んで正しい決定を下す助けとなる指針を求めています。なかんずく,永遠の命に関する神のお約束,また神のご要求を知ることに深い関心をいだいています。そうした知識は聖書から得られますが,それには,読む事柄を理解しなければなりません。―詩 119:105,160。ヨハネ 17:3。

4 聖書の理解を得るには,どんな態度を示さねばなりませんか。

4 聖書が書かれたのは,読んで理解してもらうためです。また神は,人間が聖書を理解するのを助けようとしておられます。しかしわたしたちは正しい態度,つまり自分から進んで努力しようという気概を持たねばなりません。詩篇 32篇8,9節でエホバはこう語っておられます。「われ汝ををしへ汝をあゆむべき途にみちびき わが目をなんぢに注てさとさん 汝ら〔理解〕なき馬のごとくうさぎ馬のごとくなるなかれ かれらはくつわたづなのごとき具をもてひきとめずば近づききたることなし」〔新〕。神は人間をおだててご自分に近づかせようとなさるかたではありません。人間は,神のみことばを研究し,そうすることに喜びを見いだし,かつ学んだ事柄を生活に取り入れることにより,自ら進んで,また喜んで神に近づかねばなりません。―箴言 2:10,11。

5 聖書の詩篇作者とともに,エホバに何を願い求めるのは正しいことですか。

5 あなたは同じように感じておられますか。ではあなたは,次のように語った詩篇作者のことばに和することができますし,また,和すべきでしょう。「おおエホバよ,あなたの規定の道をわたしに教えてください。終わりに至るまでわたしがそれを守るためです。わたしに理解させてください。わたしがあなたの律法に従い,心をつくしてそれを守るためです。……わたしの目をそらせて無価値なものを見させないでください。あなたご自身の方法でわたしを生き長らえさせてください」― 詩 119:33-37,新。

知識と知恵と理解

6,7 知恵はどのように知識と異なりますか。知恵はなぜ「第一のもの」ですか。

6 聖書を読めば,知識が得られます。しかし知識だけでは不十分です。「知恵は第一のものである。知恵を得なさい。そして,あなたが得るものすべてをもって理解を得なさい。それを高く評価しなさい。そうすれば,それはあなたを高めるであろう。あなたがそれをいだくゆえに,それはあなたに誉れをもたらすであろう。それはうるわしい冠をあなたの頭にもたらし,美しい王冠をあなたに授けるであろう」としるされています。(箴言 4:7-9,新)このことは知識だけではなしえません。

7 知識とは,簡単に言えば,観察や経験また読書や研究によって得られる事実を知る,あるいは熟知することです。知識は基本を成すもので,知識なくしては人間は無知の存在です。しかし聖書の箴言にあるとおり,知恵は「第一のもの」です。なぜですか。なぜなら,良い結果,望ましい結果をもたらす仕方で知識を働かせること,それが知恵だからです。それは「第一のもの」です。なぜなら,知恵なくしては,人間の知識も,また命そのものもほとんど無価値だからです。人は知恵を用いて,目ざす目標,また追求する目的の達成を図るのです。―箴言 8:4-21,32-36。伝道 7:11,12。

8,9 理解とはなんですか。説明しなさい。

8 では,理解はどんな位置を占めていますか。得た知恵のすべてをもって理解を得なさい,と聖書が述べているのはなぜですか。

9 理解とは,種々の事実を,相互に関係をもつものとして把握することです。それは識別また洞察をも意味しており,物事の理由を見定めます。物事を理解する人は,種々の点を個々ばらばらに知るのではなく,物事の全体をわきまえます。つまり,「2と2を足して」,その正しい答えを出せるのです。―ダニエル 9:22,23。

10 聖書の用語索引の用い方を例にとって,理解と知恵の意味を説明しなさい。

10 以上のことを聖書の用語索引の例で説明しましょう。たとえば,「信仰」ということばを用語索引で引くと,そのことばの下に多数の聖句が出ています。それを調べれば知識が得られます。次に,それらの聖句の相互関係や相互の調和,また一つの聖句が他の句の意味をどのように明らかにしているか,さらに,それらの句が創造者と自分との関係にどう影響するかがわかれば,今度は理解を得たことになります。さらに,それらの真理を自分自身の生活に効果的にあてはめ,それを用いて他の人を助けるなら,わたしたちは知恵を行使していることになるのです。―箴言 15:2,7。伝道 12:9,10。

11 理解力のある人にとって知識が「やさしい事柄」なのはなぜですか。

11 理解は,知識を得,かつ,知恵を行使するのに役だちます。箴言 14章6節(新)は,「理解力のある者にとって知識は容易なものである」と述べています。なぜですか。理解力のある人は,新しい事実を既知の知識と関係づけ,またそれがどこに連結できるか,どこに納まるかを理解できるからです。新しい事実をそうした既知の知識と結びつけることによって,永続する印象としてそれを心に刻み,記憶できるのです。ある事柄をほんとうに“知る”ためには,聞いたり読んだりして,それから忘れてしまうのではなく,記憶しなければなりません。そのうえ,理解力のある人は,物事をいっそう明確に理解します。それが神と神のお目的にどのように関連しているか,また自分自身にはどう影響するかを理解します。ゆえに理解は知識を確証し,いっそう確かなものにします。

12 理解は知恵をどのように強化するかを説明しなさい。ゆえに,理解を得ることが非常に大切なのはなぜですか。

12 また理解は知恵を強化します。「知恵を得なさい。あなたが得るものすべてをもって理解を得なさい」と箴言が述べているのはそのためです。自動車を運転する知識と知恵のある人でも,自動車の構造や仕組また各部品の働きや用途を理解すれば,より良い,より賢明な運転者になれます。聖書についても同じことが言えます。聖書を読むと,ある事柄を行なわねばならないことがわかります。それは聖書にしるされている事柄ですから,それを神からの教えとして受け入れ,実行します。そうするのは知恵の道です。しかし,そうした行為をなぜ神が望んでおられるのか,それがどんな目的にかなうのか,また神の他のお目的とどのように関連しているかを学ぶことにより,理解を深めて知恵を強化できます。そうすれば,忠実に実践し続けるための確信と決意は大いに強められます。理解を持つ人は,心をつくし,魂をつくし,思いをつくして神を真に愛し,神に仕えることができるのです。―マタイ 22:37。

聖書を理解する助け

13 (イ)「終わりの時」の現代における理解に関し,エホバはダニエルを通して何を予告されましたか。(ロ)聖書の理解があれば,迫害に際してわたしたちはどのように助けられますか。

13 今日,聖書の理解を増すことは,大いに必要とされています。今は,予告されていた「終わりの時」です。エホバは預言者ダニエルを通して,ご自分のしもべたちに関し次のように預言されました。「民のうちのさとき者ども衆多の人〔に理解を分け与え〕ん さりながら彼らはしばらくのあひだ刃にかゝり火にてやかれ とらはれ掠められなどして仆れん」。「おほくの者きよめられ いさぎよくせられ試みられん されど悪き者は悪き事をおこなはん 悪き者は一人も〔理解す〕ることなかるべし されどさとき者は〔理解す〕べし」。(ダニエル 11:33; 12:10,〔新〕)エホバは,ご自身のしもべたちが敵に攻撃され,その忠誠が試みられるのを許しておられます。そうした試練に臨むとき,わたしたちの知識は明確かつ鋭利なものでなければなりません。わたしたちの理解と洞察がしっかりしたものであれば,確信をいだいて耐えることができ,そうした経験を乗り越えて清められ,かつ強くされるでしょう。―ペテロ前 5:8-10。

14 (イ)クリスチャンの統治体は今日,コロサイ人にあてた手紙に表わされている使徒パウロのどんな心づかいをいだいていますか。(ロ)このことと一して,どんな新しい出版物が用意されましたか。

14 エホバの証人のクリスチャン会衆の統治体は,危機の時代の今日,神のみことばのいっそう明確な理解を得ることの重要性をじゅうぶんに認めています。前途には数々の試練があるのです。全地にいる神のしもべたちすべてに対する統治体の心づかいは,コロサイ人への手紙の1章9-12節(新)に次のように表わされている使徒パウロの心づかいに似ています。「[わたしたちが,]あなたがたのために祈り求めてきたのは,あなたがたが,すべての知恵と霊的な分別とにおいて,[神の]御心に関する正確な知識で満たされることである。それは,あなたがたがあらゆる良いわざで実を結び,かつ,神に関する正確な知識を増しつづけて彼をじゅうぶんに喜ばせるべく,エホバにふさわしく歩むためであり,じゅうぶんに忍耐し,かつ,喜びつつ寛容であるために,すべての力をもって,輝かしい御力のほどにまで強力にされ,あなたがたを光にある聖なる者たちの相続にあずかるのにふさわしくしてくださった御父に感謝するためである」。このような祈りと一致して,また,誠実な人々が霊的な分別を増し加え,力強くなり,喜びつつ十分に忍耐できるようになるのを助けるために,ものみの塔聖書冊子協会は,「聖書を理解する助け」と題する新しい出版物(英文)を用意しました。

15 (イ)この本の完成のあかつきには,聖書の記述に出てくるどんな事柄が記載されることになりますか。(ロ)そうした事柄を勉強するのはなぜ有益ですか。

15 1969年7月9日,ニューヨーク・バッファロー・アトランタでそれぞれ行なわれていた,エホバの証人の「地に平和」国際大会でこの出版物の第1巻が発表されました。完成のあかつきには,その全巻は,「アロン」から始めてアルファベット順に「ズジ人」に至る幾千もの項目を収めた本となるでしょう。これは,聖書の記述を構成している数々の事柄すべてをいっそう深く理解するのに貢献するでしょう。そうした事柄の中には,多数の民族また国家の人々のこと,つまりその言行・習慣・感情・その崇拝の正否などが含まれています。また場所に関しては,それぞれの土地特有の木その他の植物・鳥類・獣類を含め,土地・都市・村落・山・川・ほとばしる渓谷など。重要なできごととしては,帝国や王国の興亡・政治的陰謀や圧制・主要な戦いなどが取り上げられています。なかでも重要なのは,神が人間と交渉を持たれた記録で,神のあわれみ・施された奇跡的な救い・数々のさばきや約束また預言が取り扱われています。これらの,またその他多数の事柄すべては,聖書の記録の中に出てきます。それらはみな重要な意味を持っており,それらを詳細に知れば知るほど,神の総合的なお目的がいよいよ明白に理解できるのです。―詩 78:1-4。ロマ 15:4。

16,17 「聖書を理解する助け」の準備に関し,どれほど広範な研究が行なわれましたか。そのために何年の歳月を要しましたか。

16 ものみの塔協会は,そうした資料を総合的に提供する参考文献の意義を認め,5年前にそのような出版物の準備を開始し,90余の国々の円熟したクリスチャンおよそ250人に関係資料の研究調査を要請しました。それらの人々は1年以内に資料をまとめて,ものみの塔協会の本部に送り,それから一団の特別担当者がそれらの資料を吟味し,さらに相当の付加的な研究を開始しました。幾千巻もの専門図書を所蔵する,ものみの塔協会独自の図書施設はもとより,ニューヨーク市の幾つかの大きな図書館の施設もこのために用いられました。この本には,多数の言語のおよそ40種類の聖書の翻訳が参考にされたり,参照されたりしています。ものみの塔協会の,外国語部門は,英語以外の文献の研究調査に助力しました。こうして,最新の研究の成果をも含めた最高の学識を各項目別にまとめることができました。

17 「聖書を理解する助け」と題するこの出版物の準備に要した仕事は膨大なもので,5年後の今日でも,なすべき多くの仕事が残っています。しかし,ものみの塔協会は,英文の「ものみの塔」誌と同じ大きさの,544ページから成るその第1巻を大会出席者に発表できたことをうれしく思っています。この巻には,A・B・C・Dのかしら文字で始まる項目と,「エジプト脱出」(Exodus)までのEの項目の大半が収められています。

こうした助けの必要な理由

18 聖書辞典その他の参考文献の多くは,それ自体の持つどんな性質のゆえに,神のみことばを教える者にとって価値の少ないものとなっていますか。

18 聖書評釈書,聖書辞典,その他,百科事典に類する参考文献が数多くある今日,なぜそんなに時間のかかる企画を推し進める必要があったのかと疑問に思う人がいるかもしれません。入手できるそれらの参考文献には,役にたつ有益な資料が豊富に含まれているのは確かですが,同時に,信頼できない不正確な,時には誤った資料さえかなり載せられているのです。多くの聖書辞典や参考文献には,現代主義や聖書の高等批評にかたよる根強い傾向が見られます。聖書は,霊感の下に著わされた文書ではなく,人間の作にすぎないとみなされているのです。したがって,歴史家や考古学者の結論が,聖書と同等の,もしくは聖書以上に権威のあるものとみなされる場合が多々あります。年代の古い文献は,たいてい聖書の権威を相当支持していますが,そうした古い文献は一般の聖書研究生にはあまり入手できません。そのうえ,それら古い評釈書や辞典でさえ,聖書にしるされていない,あるいは支持されていない宗教上の伝統や教義を信頼できるものとみなして,記述を進めています。それでそうした出版物の資料のかなりの部分は,種々の宗派の教義や宗教信条によって着色されており,神の奉仕者にとって,そうした資料の価値や益は大いに減少しています。

19 (イ)聖書に関する現代の参考文献が,聖書の真実性をあからさまに否定している実例を上げなさい。(ロ)それとは対照的に,聖書に述べられているこのできごとに関し,使徒パウロとイエス・キリストはどんな見方を表明しましたか。

19 したがって,そうした参考文献を用いる際には,それが年代の古いものであっても,比較的最近のものであっても,いつも相当の注意と警戒を払わねばなりません。神のみことばの理解を深めるのに役だつと唱える一方で,それらの参考文献は聖書の正確さをあからさまに,あるいは巧妙に否定し,聖書に対する信仰をひそかに弱めているのです。聖書の正しさをあからさまに否定する見解の一例は,「解説者のための聖書」,第1巻501ページに見られます。それは創世記 3章に関して次のように述べています。「死の刑罰を課すとの条件の下に,人間は[命の木,また善悪の知識の木]から食べることを禁じられたが,その理由は,人間が善悪の知識を得て神のようになり,神の王座に近づきすぎて,神の至上権が脅やかされるのではないかと神が恐れたことにある。しかしへび,つまり神に敵対する悪霊は,真実を語った。ゆえに彼は巧かつな誘惑者であるどころか,少なくとも意図においては,人類の保護者であった」。さて,このことばと,コリントのクリスチャンのことを気づかってしるした使徒パウロの次のことばを比べてごらんなさい。「我が恐るるは蛇のわるだくみによりエバの惑されしごとく,汝らの心そこなはれてキリストに対する真心と貞操とを失はんことなり」。(コリント後 11:3)イエスはへびによって象徴されている者,つまり悪魔サタンを「虚偽者にして虚偽の父」また,「人殺」と呼ばれました。(ヨハネ 8:44)イエスは,サタンを「人類の保護者」とは呼ばれませんでした。―ヨハネ第一 4:1と比べてください。

20 (イ)「歴史としての聖書」という本は,聖書の詳細にみられる信頼性に関し,どんな印象を与えますか。(ロ)そのような見方は理にかなっていますか。

20 あるいは,最近の著書「歴史としての聖書」(ウェルナー・ケラー著)を取り上げてみましょう。その序文(21ページ)で,著者は聖書についてこう述べます。「それらのできごとはそれ自体,歴史上の事実であり,まさに驚嘆すべき正確さをもって記録されている……」。このことばは聖書を賞賛しているように聞こえます。ところが,その本は後の個所で(英国版167,168ページ,改訂アメリカ版161ページ)アブラハムの時代についてこう述べているのです。「古代オリエントの生活に関するわれわれの考えからラクダを取り除かねばならない。創世記の中で[ラクダ]に言及している個所は,後代になって挿入されたものに違いない。たとえば,リベカがその故郷であるナホルの町で最初に出てくる,心をひく場面は道具だてを変えてもらわねばならない。彼女は,後にそのしゅうとになるアブラハムの“ラクダ”に井戸のそばで水をやったが,それはロバであった」。しかし,創世記の記述を書いたモーセや,モーセに霊感を与えた神が,ラクダとロバの違いを知っておられたことは確かです。

21 そうした参考文献が,聖書の述べるところとしばしば相いれないのはなぜですか。その例をあげなさい。

21 こうした参考文献の多くに見られるのは,神の介入や指示をいっさい否定する傾向です。すべてを人間的な源または原因にのみ帰そうとする試みがなされています。たとえば,神殿の項目の下で,「ハーパーの聖書辞典」はその732ページでこう述べています。「ソロモンの神殿は,フェニキア人の職人がフェニキア・カナン風の……礼拝堂……にならって建てたものである。……もっとも,その設計には,エジプトおよび他の近東諸国の影響も認められた」。しかし聖書は,ダビデが「殿の廊およびその家その府庫その上の室の内の室 贖罪所の室などの式様をその子ソロモンに授け また〔新世界訳の字義訳によれば,霊感によって彼にゆだねられていた〕一切の物……の式様を授け(たり)」と明確に述べています。―歴代上 28:11,12。

『良いものをしっかり守る』

22 それら世の人々は相当の学識を持ちながらも,神のみことばの意味をつかめないことが多いのはなぜですか。

22 昔,使徒パウロはこう書きました。「我らの受けし霊は世の霊にあらず,神より出る霊なり,これわれらに神の賜ひしものを知らんためなり。またわれらこれを語るに人の知恵の教ふることばを用ひず,御霊の教ふることばを用ふ,すなはち霊の事に霊のことばをあつるなり。性来のままなる人は神の御霊のことを受けず,彼には愚なる者と見ゆればなり。またこれを悟ることあたはず,御霊のことは霊によりてわきまふべきものなるがゆえなり」。(コリント前 2:12-14)相当の研究を行ない,学識を持っているにもかかわらず,神のみことばに対して肉的な見方を取る人々は,その意味を理解できず,しばしば意味をゆがめてしまいます。その使徒が語ったように,それらの人々は「自分たちが語っている事柄も,強く主張している事柄も」悟ってはいません。(テモテ前 1:7,新)この世で「権威者」とされた人々の『強い主張』を考慮するに際し,圧倒されたり,威圧されたりして,彼らの根拠のない考えや学説を受け入れてはなりません。「聖書を理解する助け」の本の編集陣は,注意深く「すべてのことを確かめ,良いものをしっかり守(って)」きました。(テサロニケ前 5:21,新)種々の参考文献,百科事典や辞書などの資料については,麦をもみがらからふるい分けるような努力を払いました。

23,24 (イ)「聖書を理解する助け」は,どんな基本的な点で,この種の他の出版物と異なっていますか。(ロ)初期の言語に関する研究の益はこの本にどのように取り入れられていますか。しかし一部の辞典編集者はどんな落し穴に陥っていますか。

23 この点で,「聖書を理解する助け」は,この種の他の出版物すべてと異なっています。それは一貫して,聖書を最も重要な権威として認め,かつ聖書を導きとしているからです。多くの辞典編集者の研究によって,聖書の原語 ― ヘブル語・アラミア語・ギリシア語 ― に関する知識が大いに増したことは確かです。この新しい出版物はそうした研究の成果を考慮し,また,それをしばしば取り入れています。セム語族には,ヘブル語のほか,アラビア語やアカド語(アッシリア人およびバビロニア人の言語)などがあります。これらの言語はヘブル語と“同語系”の言語と呼ばれます。同一の語根もしくは語系から派生しているからです。その理由で,意味の不明確なあるヘブル語を,アラビア語あるいはアカド語の同類の語と比べてみると,その意味を知る手がかりを得られる場合がよくあります。聖書に出てくる獣類や鳥類また植物の名前の多くについてこのことが言えます。

24 しかし,辞典編集者がこの点で行きすぎを犯すことがあります。ヘブル語の宗教上のある用語は,異教徒アッシリア人やバビロニア人の言語から取られたと唱える場合さえあるのです。たとえば,「全能の神」という表現はヘブル語の「エール シャッダイ」から来たものですが,翻訳者や辞典編集者の中には,それを「山」という意味のアカド語「シャドゥ」から派生したものとみなし,「エール シャッダイ」を全能の神の代わりに「山の神」と訳出する人もいます。「聖書を理解するための助け」は「全能の神」の項で,想像をたくましくしたそのような憶説の誤りを明らかにしています。

25 考古学はどんな有益な資料をもたらしましたか。

25 聖書に出てくるすべての土地,すなわちエジプト・パレスチナ・シリア・アッシリア・バビロン・ペルシアその他の多くの場所で行なわれた考古学上の発掘調査は有益な資料を寄与しました。楔状文字のしるされた粘土版が,文字どおり幾万枚も発掘されました。楔状とは,「くさびの形をした」という意味で,柔い粘土に押してしるされた文字の形状を表わしたことばです。エジプトからはまた,パピルス紙の巻き物が相当数発見されました。そのほか,家庭用の物品・道具・戦争用の装備その他の興味深い出土品も掘り出され,それらは聖書が書きしるされた時代の人々の生活様式を知るのに役だちます。

26 「聖書を理解する助け」を準備するに際して,編集陣はなぜ,考古学者の述べる結論に警戒を払いましたか。

26 「聖書を理解する助け」の編集に備えてそうした資料も考慮されました。それでこの本は,「考古学」の項に8ページ半の説明を付しています。しかしここでも編集陣は,多くの参考文献がそうした考古学上の発見を過大評価する誤りを注意深く避けました。事実,考古学者は見つけた証拠を基にして事件の筋を組み立ててゆく探偵に似ています。壮大な記念碑・神殿・墓・石に刻まれたものをも含む何千年も前の古代文書など,考古学上の発掘物はたいへん感銘を与えるものです。しかし今日,証拠の本当の意味を明らかにする信頼できる証人もなく,状況証拠だけで問題を解決しようとする探偵は重大な誤りを犯すということを忘れてはなりません。であれば,何千年も昔の証拠物件を取り扱う場合,誤りの生ずる可能性は非常に大きいと言わねばなりません。考古学者の結論の多くは,憶測や,ときには想像に基づくことさえあるという事実を認めねばなりません。ゆえに,理解や確信また信仰を考古学的な土台の上に築こうとするのは賢明ではありません。使徒パウロが語ったように,わたしたちは「見ゆるところによらず,信仰によりて歩(んでいる)」のです。わたしたちの信仰は,神のみことばと,神およびその民との関係において自分が経験した事柄に基づいているのです。―コリント後 5:7。

27 (イ)考古学上の発掘物に関する考古学者の解釈が不確かであることを示す例を上げなさい。(ロ)見解がこのように変わったため,聖書の述べる事柄の信頼性は影響を受けましたか。

27 考古学上の発掘物に関する学者の解釈の多くがいかに不確かであるかを示すものとして,アカバ湾にほど近いエジオン-ゲベルの例を取り上げてみましょう。1937年から1940年にかけてその地で行なった発掘調査の際,著名な一考古学者は,大規模な銅の製錬所の遺跡を発見したと唱え,その場所をソロモン王の時代の『古代パレスチナのピッツバーグ』と評しました。(「ヨルダンのかなた」,ネルソン・ブルック著,1945年版91-98ページ)以来20年余のあいだ,エジオン-ゲベルの発掘物に関するこの解釈は一般に受け入れられ,他の多くの参考文献にも載せられました。その後,1965年,さらに多くの証拠を前にして,この同じ考古学者は自分の解釈の誤りを認めました。銅の大製鉄所の中心的な建物と彼が考えたものは,今や単なる「穀物の倉庫の建物」と考えられるようになったのです。(「聖書の考古学者」第28巻,1965年9月号)実際のところ,聖書はエジオン-ゲベルの銅鉱業については何も述べていません。死海北端のヨルダン渓谷のある場所で,銅の鋳物が作られたことを述べているにすぎません。―列王上 7:45,46。

28 「聖書を理解する助け」の本にみられる,問題の取り上げ方は,どんな結果をもたらしていますか。

28 「聖書を理解する助け」の編集担当者は,平衡の取れた仕方で問題を取り上げて,「健全なことばの〔型〕を保ち」続けることに努め,種々の他の資料を考慮する一方,聖書にしるされている諸事実を真実とする立場を貫きました。(テモテ後 1:13,〔新〕)この本の資料をお読みになれば,それが事実に基づいているとともに,多くの事柄を考えさせずにはおかないものであることに気づかれるでしょう。このような信頼できる確かな助け,神のみことばに対する信仰と確信を砕くかわりに築き上げる助けを手にすることができるのはほんとうに幸いです。

新しい本の有益な用い方

29 (イ)この本をどのように用いれば,聖書のより深い理解を得ることができますか。(ロ)この本を開いて,さがしている資料の収められている項目を見つけ出すには,普通,どんな要領に従うべきですか。

29 神のみことばのより深い理解を得るのに,この本はどのように役だちますか。家庭で聖書を読んだり,研究したりするのにこの本は特に有用です。自分のよく知らない,つまり精通していない用語が聖書に出てくるたびに,その用語をこの出版物で調べるならば,たいへん有益なことに気づかれるでしょう。ごくわずかの例外を除けば,この本に収められている項目は,聖書そのものに出てくることばや表現で成っています。完成のあかつきには,聖書に出てくる人物・場所・植物・動物のすべてを収録することを目ざして努力が続けられています。紙数を節約し,またより豊富な資料を読者に提供するため,密接な関係のある事項は総括的な見出しの下にまとめられています。「武器,武具」「態度・しぐさ」「衣服」などはその例です。

30 「助け」の本を用いれば,聖書の使徒行伝に関する理解をどのように増し加えることができますか。

30 この本を用いて得られる益を示す幾つかの実例を考えてみましょう。あなたはおそらく使徒行伝をお読みになったことがあるでしょう。しかし,使徒行伝の記述者(ルカ)が直接あるいは間接に言及した地理上のそれぞれ異なった地域や場所はおよそ109もの多くにのぼることをご存じでしたか。それら109もの地方や場所がどこにあるかを知っていますか。それらの場所の各について少し学び,それらの相互関係を理解できるなら,ペテロやパウロ,その他,当時の忠実な証人たちの宣教に対する認識がどれほど深まるかを考えてごらんなさい。その幾つかの場所には会衆が組織され,パウロはそれらの会衆の幾つかに手紙を書き送りました。その各の場所の事情や歴史的な背景を少し知れば,ある説明や表現がなぜそれらの手紙に出てくるかをよりよく理解できます。

31,32 「助け」の本の資料を用いて,イザヤ書 35章1,2節の「カルメル」に言及していることばの意義を説明しなさい。

31 ヘブル語聖書中で地理上の事柄に言及していた個所についても同じことが言えます。たとえば,イザヤ書 35章1,2節には,砂漠のような平原がサフランのごとく花咲き,『レバノンの栄をえ,カルメルおよびシャロンの美しきを得る』であろうとしるされています。レバノン・カルメル・シャロンの肥よくな地味について少し学んでこそ,この預言の意味をじゅうぶんに認識できるのです。カルメル山について,この新しい出版物はこう述べています。

32 「その丘陵は,潮風にさらされて浸食されましたが,そこには今も果樹園やオリーブ畑またブドウ園があり,春になると,一面みごとな草花のじゅうたんでおおわれます。ソロモンの雅歌(7:5)のシュラミの娘の愛人は,彼女のこうべをカルメルになぞらえましたが,この比喩は,娘の髪の豊かさか,首からこうべにかけて見られる,みごとに整った気高い様子を表わしたものでしょう。壮大なカルメルの姿,なかでも,陵線が海岸のみさきから威圧するような勢いでそびえたつ様子……はまた,[エレミヤ記 46章18節で]エジプト遠征に向かうネブカデネザルの威風堂々とした容姿を表わすのに用いられました」。

33 この新しい本は,聖書に述べられている人物に関し,どんな有益な資料を提供しますか。

33 「聖書を理解する助け」の本の,人物を扱った項目は,取り上げた人物と聖書中の他の顕著な人物との個人的な関係や交際に注意を向け,また,その人物が示した特異な資質や態度を取り上げています。そして,その人物に関係のある問題があれば,それを重点的に取り上げ,また,その人物の言行や態度などを理解するのに役だつ,時・場所・状況の詳細を述べることに意を用いています。そうした詳細は見のがされやすい点だからです。

34,35 (イ)この本は年表に関してどれほど詳しく取り扱っていますか。(ロ)どんな年代表が載せられていますか。

34 年代の問題に関しては,多数の質問が,ものみの塔協会に寄せられました。この問題を取り扱うため,「聖書を理解する助け」の本は,聖書の年表はもとより,エジプト・アッシリア・バビロン・ペルシアなどの年表を27ページにわたって説明していることに気づかれるでしょう。最近の「ものみの塔」誌の種々の記事に載せられた事柄の多くは,この資料に基づいているのです。

35 ご存じかと思いますが,聖書は,イスラエル人がカナンにはいった時からサウルの治世の始まりまでの期間が356年だったことを示しています。ところが士師記を調べて,幾度も訪れた苦難の時代や,さばき人の治めた期間としてしるされている年数を加算すると,その期間は合計410年となります。この点をどう説明できますか。この問題の説明に加えて,それらの年代を一致させる一つの方法を示す有用な図表が掲げられています。1946年,ものみの塔協会は,ユダとイスラエルの歴代の王の治世をしるした図表を収めた,「すべての良いわざに備える」(英文)という本を発行しました。その後,多くの研究と調査が行なわれ,「聖書を理解する助け」の「年表」の項には,8ページにわたる新しい図表が載せられることになりました。

36 「助け」に載せられているヘブル暦の一覧表から,(イ)シワンの月,(ロ)ブルの月についてそれぞれ何を学べますか。

36 また,ヘブル暦の一覧表を用いることができるのも喜びでしょう。この一覧表には各の月がしるされ,それとともに祭りとその行事,気候状況,その時期の作物,その他,各月の特別な事柄などが掲げられています。シワンの月のできごとを聖書から読む場合には,シワン6日のペンテコステの祭りを思い起こし,夏が近づいて熱風が時おり吹きつけてくる様子を思いめぐらせるでしょう。また,この時期には高地では小麦の刈り入れが行なわれ,わせのイチジクやアーモンドが熟し,ヨルダン渓谷ではハチミツが集められ,キョウチクトウが咲きみだれていることも想像できます。秋の月,ブルの時期の事を読む場合には,雨の多い気候を思い起こし,小麦や大麦をまく農夫や,冬に備えて原野から羊の群れを連れ戻す羊飼いの姿を思い浮かべられるでしょう。

37 この本は,ことばの比喩的な用い方をどのように取り上げていますか。

37 聖書には文字どおりの意味と比喩的な意味の両方に用いられていることばが多数出てきます。人体の各部(目・耳・足など),また種々の動物・鳥・植物に関してそう言うことができます。ダニエル書や黙示録の預言的な意味を持つ象徴的なことばのように,問題を理解するには,文字どおりの意味より比喩的な意味のほうが重要な場合があるのです。理解を助けるため,今回の新しい出版物は,比喩的な表現の意味を説明しています。文脈を調べ,関連している聖句や,その時の状況を考慮して,そうした説明を行なっているのです。「けもの,象徴的な意味で」という見出しの下には,種々の生き物をしるした便利な一覧表が載せられています。この表は,その各によって表わされている特徴もしくは資質を示し,また各が,望ましいもの,あるいは望ましくない悪いものの象徴としてどのように用いられているかを明示しています。―創世 49:14。ルカ 13:32。

38 いわゆる矛盾とされている事柄を解決するどんな助けが提供されていますか。そうした事柄のすべてを確実に解くことはできません。なぜですか。

38 「聖書を理解する助け」をごらんになれば,矛盾とされている多くの事柄に関して満足のゆく説明が得られます。それらは単に表面上矛盾しているように見えるだけです。とは言っても,この本は,聖書全巻のすべての問題や詳細な事柄をことごとく解明することを意図しているわけではありません。現在のところ,まだ確実には解けない問題が多数ありますが,それは当然です。なぜなら聖書は,問題とされている事柄に関する詳細な資料を提供しているわけではないからです。また,信頼できる事実が一般の資料から得られないためです。このような場合には,こうした事情がありのまま述べられています。

39,40 (イ)聖書が書きしるされた当時の人々にとって明白だった事柄のあるものが,今日のわたしたちにとって不明瞭なのはなぜですか。(ロ)そうした詳細な事柄の中には,意味を明確に理解するためいつまで待たねばならないものがありますか。

39 聖書の記述者たちが聖書を書きしるすのに用いられていた当時,記述者たちは,人物・場所・できごと・日付など,当時の一般の人々がよく知っていた事実を取り扱っていました。聖書を自ら読んだり,あるいは聖書が読まれたのを聞いたりした当時の人々は,聖書に出てくるいろいろな場所の多くを実際に見たり,あるいはそこに住んだり,旅行したりしたことがあるかもしれません。当時の人々は,その時代の風習・言語・時の数え方・料理用の器物・度量衡・交易方法・裁判,その他,聖書の記録に関係のある種々の土地の日常生活の数限りない事柄や慣行をよく知っていました。

40 今日,そうした事柄の中には,不明瞭なままで残るものもあるでしょう。ある地理上の問題点や,部族が相続した土地のある境界線などはおそらくわからないかもしれません。あるいは系図上の資料の中にははっきりしない点があるかもしれません。たとえば,「聖書を理解する助け」の中には,「アザリヤ」という名前の下に26人の人物が上げられています。それら26人のうちの何人かは同一人物ですか。おそらくそうかもしれません。しかし理解を得ようという正しい努力を払うなら,エホバの御心を遂行するのにほんとうに重要な事柄は,わたしたちにとって必要な程度までじゅうぶん明らかにされていると確信できるでしょう。その他の点は,神のご予定の時に明らかにされるでしょう。なかには,遠い古代の神のしもべたちが復活により地上に戻って来るまで待たなければわからない事柄もあるでしょう。

41 (イ)わたしたちは,この聖書研究のための新しい助けをどうみなすべきですか。(ロ)預言や原則に関して,「聖書を理解する助け」の本はどんな事柄を述べていますか。多くの場合,どんな事柄は扱われていませんか。なぜですか。

41 英語を読める人は,この聖書研究の助けがエホバからの備えであることを認め,これを十分に活用してください。当協会の他の出版物の中でこの本はどんな位置を占めていますか。「ものみの塔」誌が,聖書の教えを伝える主要な経路であることには変わりありません。「聖書を理解する助け」の本は,その客観的な見地のゆえに,古代における預言の成就については述べていても,当協会の他の出版物の多くとは異なり,概して預言の現代における成就については詳しく述べていません。この本は,ある記述や聖書中の人物の生活にかかわる種々の原則を見分けるよう読者を助けます。しかしそれらの原則を,現代の読者の置かれている状況にどのようにあてはめるかは,たいてい読者にゆだねられています。ですから,「聖書を理解する助け」は,当協会の現在の出版物のどれかに取って替わるものではなく,むしろそれらすべてを補い,また他の出版物のいずれからでもさらに豊かな益と喜びを得られるようにする本なのです。

親や若い人々の得られる益

42 (イ)家族の成員が「〔理解力〕においては成人」となるのに,この新しい本はどのように役だちますか。(ロ)親は,子どもがどんな絶好の機会を正しく認識するように助けるべきですか。

42 「聖書を理解する助け」は家庭で用いるのに大いに役だつでしょう。今日,親は腐敗の最高潮に達した世界で子どもを育てるという困難な仕事に取り組んでいます。テレビその他の事柄が聖書の研究とせり合っているのです。エホバ神のみことばは,わたしたちが「悪においては幼児となり,〔理解力〕においては成人」になるべきであると命じています。(コリント前 14:20,〔新〕)現在の体制には,わたしたちの心を悪で満たそうと思うなら,そのような悪はいくらでもあります。「聖書を理解する助け」を用いれば,聖書の記述の各に関係している事柄をいっそう明確かつ鮮明に理解し,古代の生活様式についてさらに多くを学びつつ,理解力の面で成長できるでしょう。重い責任の荷を負わねばならない時までの何年かの若い時代は,読書や勉強を大いに行なえる,またとない機会であることを悟るように若い人々を助けねばなりません。親は,自分の子どもたちがこうした絶好の機会にあずかれるうちに,その価値を十分認識できるように助けるべきでしょう。新しい本はその助けになるのです。―伝道 12:1。

43 (イ)子どもは学校で何を教えられているかを,親が慎重に確かめるのはなぜ重要なことですか。(ロ)「助け」の本をどのように用いれば,生じてくるさまざまな問題を克服できますか。

43 お子さんは学校で何を学んでいますか。慎重にお調べになったことがありますか。学校の教科書には,明らかに聖書に反する,あるいは事実を偽って,巧みに聖書を格下げするような資料の含まれている場合がかなりあります。「聖書を理解する助け」は,子どもの心にはいるそうした事柄の多くを正すのに役だちます。年齢は問題ではありません。子どもにも益となる多くの事柄が収められているからです。この新しい本はなんと,「アルファベット」という事柄さえ取り上げているのです。学校に通っている子どもたちの中で,英語の「アルファベット」ということばの語源が,ヘブル語のアルファベットの最初の2文字,「アーレフ,ベース」であることを知っている人は何人いるでしょうか。

44 学校に通っている若い人々は,植物や動物また人体などが取り上げられる授業で,「助け」の本の資料をどのように用いることができますか。

44 学校に通う若い人々にはかなりの宿題があります。しかし植物学や生物また歴史などの場合のように,聖書関係の資料を取り入れられるような問題に関する宿題もよくあるものです。では,「聖書を理解する助け」を用いて調べるよう子どもを励まし,また,助けてはどうですか。もしかすると,ある動物または人体の一部あるいは食べ物に関してレポートを書かねばならないかもしれません,カモシカをはじめ,サル・ロバ・アナグマ・コウモリ・クマ・イノシシ・ラクダ・イヌ,その他,数多くの動物について聖書の中に述べられている事柄を何か含めてはいかがですか。人体の各部がほとんど全部と言ってよいほど,聖書のどこかで取り上げられているのです。

45 若いクリスチャンが,聖書の歴史上のできごとや人物について学ぶのはほんとうに有益です。なぜですか。

45 歴史についても同じことが言えます。実際のところ,聖書にしるされている歴史は,他のどんな古文書よりも真正なもので,それは現代のどんな研究者も及ばないほど真正かつ信頼のおける歴史です。それは他の歴史よりも長い時代にわたっていますが,その妥当性と価値は永遠に変わりません。普通,学校の生徒は,自国の歴史を学び,自国の歴史の支配者や大統領の名前をしばしば暗記します。エジプト・カナン・アラビア・アッシリア・バビロンその他の土地における神のしもべたちにかかわる,はるかに大切な歴史を,クリスチャンの子どもたちは学ぶべきではありませんか。ユダとイスラエルの王たちの名前を覚えるべきではありませんか。どちらがいっそう重要で価値のある知識ですか。「国父という称号を与えられた人物としてアメリカのワシントン,メキシコのベニト・ファレスその他について生徒は教えられています。しかしそれらの人物はその地に住む人々すべての実際の父ではありません。一方,アブラハムはイスラエル全国民はもとより,イシマエル人やアラビアの多数の民族の父なのです。アブラハムをはじめ,遠い昔,神に仕えた他の忠実な人々はいつかよみがえり,疑いもなくその多くは,神の天の御国の治める地上における代表者として,また君としての地位について奉仕するでしょう。ですから,それらの人々とその歴史に大いに関心を持つべき十分の理由があるのです。―詩 45:16。

46 「助け」の本の資料を学校の討議で用いれば,どんな結果が生ずる場合もありますか。

46 聖書は,人間の生活のあらゆる面はもとより,この地球と地球にあるものに関するあらゆる種類の事柄を取り扱っていますから,そうした資料はいくら用いても尽きることがありません。それらの点を調べて報告する生徒は,有益な聖書の知識を他の人が増し加えるのを助けることができるだけでなく,自分が用いるいろいろな点を長く記憶するようになるでしょう。また,こうして神のみことばの真理を弁明することにもあずかれるのです。口頭で述べたり,書いて提出したりした事柄のある点について先生から質問されたなら,「聖書を理解する助け」の本を持って行き,信頼できる最新の資料があることを示せるでしょう。もしかすると,先生はその本をもっと詳しく調べたいと考えるようになるかもしれません。

あなたの知識と理解を増し加える

47 聖書で言及されている場所や植物また生き物に関する広範な知識を得ることに深い関心を持つべきどんな理由がありますか。

47 聖書はまた,正しい状態の下にある楽園の地で永遠に生きる希望を差し伸べている以上,老若を問わずわたしたちすべては今この地球について,つまり土地・川・丘・花・動物・鳥その他すべてのことについて,できるかぎり学ぶべきではありませんか。(列王上 4:33。マタイ 6:26,28)この世の大学,いわゆる“最高学府”で時間を費やすことを,ものみの塔協会が勧めていないのは事実です。とは言っても,知識に乏しくあってよいという意味ではありません。広範な知識を得,数多くの事を学び取りたいと願うべき十分の理由があるのです。しかしそうした知識も,真の価値のある事柄,神のみことばに関するわたしたちの認識を高める事柄に関係をもつものであることを願います。パウロが祈ったように,わたしたちも,「あなたがたの愛が,正確な知識および十分な分別とともにいよいよ増し加わり,あなたがたがより重要な事柄を見きわめ(る)」ように,と祈ります。(ピリピ 1:9,10,新)これは知恵の道であり,かつ,「知恵は第一のもの」なのです。ゆえに,「知恵を得なさい。そしてあなたが得るものすべてをもって理解を得(て)」ください。そうすれば,わたしたちの生活はさらに充実した豊かなものとなるでしょう。このたびの新しい本はその助けとなるでしょう。

48 「助け」の本を用いれば,現在の事物の体制に残された何年かの歳月をどのように有効に用いることができますか。

48 現在の事物の体制に残された時間があと何年あるかはわかりませんが,それは今や確かに尽きようとしています。わたしたちすべては,神のみことばにしるされている,徳を高める事柄に対する理解を増し加えることに注意を集中し,残された時を賢明に用いることができますように。英語以外の言語を用いる世界中の多くのクリスチャンにとって,この新しい本が自国語で読めるなら,どんなにかうれしいことでしょう。しかしこの本の資料は,「ものみの塔」および「目ざめよ!」両誌に今後用いられますし,また,すでにその一部は用いられていますから,あらゆる場所の神のしもべたちすべてがこの新しい助けの益にあずかれるでしょう。

49 「聖書を理解する助け」の完成前に,その一部分が発行されたのはなぜですか。

49 ものみの塔協会は,この本の出版の準備を今後一,二年以内に完了することを望んでいます。そうすることができれば,当協会はこれを全一巻にまとめて出版できるでしょう。しかし,これを一巻にまとめて発行できるようになるまで今回の本の貴重な資料を手もとに置くよりも,ここまでの資料を今出版して,みなさんに利用してもらうほうがよいと考えました。この本の資料はたいへん豊富ですから,これを消化できるようになるだけでも,それが全一巻として紹介される時までかかるでしょう。

50 聖書に関するわたしたちの知識と理解を増し加えることのほかに,何を成し遂げるためにこの本は準備されましたか。

50 読む人の心を魅了する最も興味深い本,それを読み,かつ研究して最大の益にあずかれる本,それは聖書です。「聖書を理解する助け」の本が準備されたのは,聖書の知識と理解のみならず,創造者で全能の神であられるエホバに対する心からの認識を増し加えるためであり,また,この本を使用する人すべてがその心とくちびるで神の御名をたたえるためです。数知れぬ大ぜいの人々がこの本の助けを得て,エホバ神にまったく献身し,エホバに対してその心をいよいよ広く開くことができるよう,わたしたちは心から祈っています。

[335ページの写真]

アメリカ,アトランタ大会で「助け」の本を発表するG・スーター。聖書に対して批判的な見解を取っている多くの参考文献と異なり,「助け」の本は聖書を主要な権威として認めている。

[342ページの写真]

豊富な資料を収めた「助け」の本を手にして喜ぶ,カナダ,バンクーバー大会の出席者たち。この本は「年表」の項目だけでも27ページに及んでいる。

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