-
価値ある宝に心をとめなさいものみの塔 1963 | 12月1日
-
-
も,人のいのちは,持ち物にはよらないのである」。(ルカ 12:15,新口)真のしあわせというものは,そとから,つまり持物からくるのではなく,内部から,すなわち心からくるものです。自分は神のみこころを行なっている,そして神の恵みを受けている,という自覚が,真の安定と心の平和をもたらすのです。御国奉仕,戸別伝道,隣人が命の道を学ぶのを援助すること,神の民との交り ― これらは確かに,物質の富がもたらしうるいかなるものよりも遙かにすぐれた,永続する宝です。そしてそれらがエホバの祝福をもたらして「人を富ます」ということを忘れないでください。
たしかに多くの人は物質主義のわなにかかって,この世の富に心を向けました。しかしエホバとエホバへの奉仕に心を向けるのにいまからでも遅くはありません。天に宝を積むことを始める時間はまだあります。イエスは言われました。「あなたがたは自分のために虫が食い,さびがつき,また,盗人らが押し入って盗み出すような地上に,宝をたくわえてはならない。むしろ自分のため……天に,宝をたくわえなさい」。(マタイ 6:19-21,新口)この記事でとりあげた例とその結果をよく考えてください。いく人かの者は心をひるがえして『自分の行為をよく検討し』エホバの祝福を受けました。(ハガイ 2:15-19)それらの賢明なユダヤ人にならい,また『真のいのちを得るために,良い行いをし,良いわざに富み,惜しみなく施し,人に分け与えることを喜びなさい』という使徒パウロの助言に従いましょう。(テモテ前 6:18,19)真のいのち? 神に奉仕する充実したいまのいのち,また正義の新しい世における永遠の生命です。ですから物質主義的なこの古い世で平衡を保ち,物質の宝を「かんがえる」のではなく,神の御名の立証と,神の御国に関係のある価値ある宝を「かんがえ」ましょう。そうすればあなたは,物質主義というわなにかかることなく,エホバの祝福を得かつそれを保って,真の生命をとらえることができるでしょう。真の生命は,いま,そしてきたるべき新しい世において永遠に,喜びと満足をあなたにもたらすのです。
-
-
刑務所で広がった真理ものみの塔 1963 | 12月1日
-
-
刑務所で広がった真理
◇ アメリカ,バージニア州ピータースバーグで開かれた巡回大会で,一人のエホバの証者が話した経験。「自分の町にある刑務所の囚人から私のところに電話がかかって来ました。その人はなんとかエホバの証者に会いたがっていました。彼はすでに他の刑務所で8ヵ月を過し,さらに理由があって,この町の刑務所に移されて来たのです。以前の刑務所にいた時,彼は刑務所図書館に行き,宗教書を多く読みました。彼がとくに興味を感じたのは緑色の表紙の本でしたが,周囲の人はみな,「止めとけ,止めとけ,それはエホバなんとかの本だ」と言いました。しかし,それはただ彼の関心をいよいよ高めるだけでした。14日の間に,彼はこの『神を真とすべし』初版の本を読み上げ,また読みなおし,一つ一つ聖句を聖書から引きくらべてみました。これこそ神の真理だとの確信を強めた彼は,エホバへの献身の決意をしました。
「しばらくして別の男が刑務所に来ましたが,その男は赤い表紙の『これは永遠の生命を意味する』の本を持っていました。『表紙がとれてしまいました』と言うほど,彼はこの本を良く読みました。こうして真理の基礎的知識を固めた彼は,ものみの塔協会に何通かの手紙を書き,心あたたまるような返事を受けました。その後,日曜日に一人のエホバの証者が彼をたずね,『楽園』の本と『新世界訳聖書』を1部ずつ置いて行きました。喜びの希望にあふれた彼は,同囚の仲間をつかまえては学んだ事柄を話し,それに応じた者もすくなくありませんでした。聖書の勉強を望んだ人は17人にもなりました。彼の努力により,このうち5人が特に真理を認めるようになり,自由の身になって御国のわざに十分に加われる日を待っています。
「私は毎日午後町の刑務所に行き,この男の人と勉強しています。彼がこちらの刑務所に移って来てから,それほどの日がたっていませんが,すでに多くの真理の種をまき,芽さえ出ています。4人ははっきりと問題の大切さを認めており,7人はエホバの証者と聖書研究をすることを望んでいます。神の真理を学んで以来のこの人の態度は多くの人の注目するところとなり,同囚の人々に強い感化力を持っています。かつてはみだらな話しかなかったような所に,今では,『ものみの塔』や『目ざめよ!』を読み,聖書を引きくらべて勉強する人がたくさんいるようになりました」。
-