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神のことばは人間の真の導きものみの塔 1965 | 1月15日
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失望と災に終わるに過ぎません。科学の発見したいろいろな事実によっても裏づけられている聖書は,すべての点において正しいことが証明されており,暗い世の中にあって私たちを導く光です。人間の正しい導きである聖書は決して時代おくれではありません。聖書はたしかに古い本ですが,それを学ぶことをやめるべきではありません。それは食べることをやめないのと同様です。生命を願う人は,神のことば聖書に盛られた霊的食物をとることをやめません。それは生命をささえる食物であって,どの時代にも重要です。キリスト教に関するテレビ討論会に出た4人のジャーナリストは,キリスト教の説く教えなどを問題にしていないと述べています。f これが普通の人以上に知性のある人々です。けんそんな人はこのような人々にならいません。多くの人は問題の解決を望み,明るい将来を望んでいながら,それを可能にする唯一の道を学ぼうとしないのです。
18 神のことばを受け入れない人があっても,なぜ落胆すべきではありませんか。
18 神の導きを受け入れることをすすめると,人々は聞かないばかりか嘲笑さえするでしょう。そのような事があっても落胆してはなりません。聖書の真実を証明する証拠がいくらあっても,信じない人はやはり信じないでしょう。「もし彼らがモーセと預言者とに耳を傾けないなら,死人の中からよみがえってくる者があっても,彼らはその勧めを聞き入れはしないであろう」と言われたイエスの言葉を思いおこして下さい。(ルカ 16:31)そのような事は考えられないと言う人があるかも知れません。しかしその真実は,イエスがラザロをよみがえらせたときに証明されました。その後間もなく「祭司長たちは,ラザロも殺そうと相談した」からです。―ヨハネ 12:10。
19 羊のような人々は何をしますか。
19 羊のような人は信じます。その人々は聖書の中に真理の響きを認め,科学の光に照らされるとき,聖書が私たちの足のともしび,生活の導きとして輝きを増すことに気づくでしょう。それで生命を与える真理の水を飲み,真理の音信をもたらしたエホバの民と共に喜び,エホバがみ名とみことばとその民を全く立証する時,そしてエホバが地から悪を除いて裁きを執行する大いなる日を待ち望んでいます。そのかなたには新しい時代があります。そのとき人類はエホバから祝福され,神のことばを愛してそれを守り行ない,不信仰の人間社会の終わりを生き延びた人々は,創造主のみ心に従って制御された科学の恩恵を享受します。それでいま神のことばを尊重し,その導きに従う人は,詩篇の次のことばに同意します。「そはエホバは大なる神なり,もろもろの神にまされる大なる王なり地のふかき処みなその御手にあり山のいただきもまた神のものなりうみは神のものその造りたまふところ旱ける地もまたその御手にて造り給へりいざわれら拝みひれふし我らをつくれるエホバのみまへにひざまづくべし」。―詩 95:3-6,文語。
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「万軍のエホバ」ものみの塔 1965 | 1月15日
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「万軍のエホバ」
◆ あなたは,ご自分の聖書に,このような表現があるのをお気付きですか。これは聖書全巻に281回出ている言葉であるゆえ,聖書の愛読者には親しみある言葉です。この言葉は,エホバが単に宇宙万物の創造者であるだけでなく,ご自身の目的を達成するため,逆う者に対して用いられる,見えざる天使の大軍の長たる事を示しています。また同時に,明らかに自力を上まわる敵対者に臨む神の民をさえ勇気づける言葉です。この言葉の意味を知るなら,自分だけの力でたつ必要のない事,また自分がたった一人でない事を深く知るでしょう。
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