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支部の手紙王国宣教 1978 | 11月
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支部の手紙
王国伝道者のみなさん:
昨奉仕年度の野外奉仕の集計が完了しその報告がこの号に掲載されていますが,その奉仕年の最後の8月もすばらしい記録を残しました。4万5,314名の伝道者の新最高数が得られました。これは昨年の平均に対して13%の増加でした。エホバ神に感謝いたしましょう。大勢の新しい人々が賛美に加わったことは本当に励ましです。毎月平均5万9,000件以上の家庭聖書研究が司会されていますから,賛美の声が増し加わることを期待できます。
昨年はとても多くの出版物が配布されました。雑誌はその前の年より約130万冊以上多く生産され,文書の発送も以前のどの年よりも多い,驚くような新最高数でした。250万冊ほどの本が発送されました。それは前の年を50万冊も上回るものでした。ベテルで働くわたしたちにも忙しい年でしたが,それは皆さんと同じ喜びに満ちた奉仕年度でした。
それで日本における新しい印刷工場と製本部門の完成が待たれています。古い建物の解体と整地が海老名で行なわれております。一番大きかった工場の解体はほとんど終わり,兄弟たちは今周辺の建物の整理にあたっています。新しい建物の設計も最終段階になりました。役所との話し合いが予想よりも長びいていますが,間もなく許可が与えられるものと期待しています。引き続き皆さんから寄せられる寄付と貸付けによる寛大な支持を心より感謝しています。会衆を通しての貸付けの取り決めにより一層多くの方々からの支持をいただいています。建設工事が完了するまで,この貸付けの取決めは続けられる予定です。また資材や機械類の興味深い情報が建設委員に寄せられています。これらすべては兄弟たちの建設への深い関心を表わしておりわたしたちは何と心強く感じていることでしょう。引き続き祈りによりエホバが建てておられる業に支持を表わしてまいりましょう。
「神権的ニュース」にもある通り,4人の兄弟姉妹が,日本では初めて外国に宣教者として遣わされました。わたしたちも心を固めて前進いたしましょう。
日本支部で働く皆さんの兄弟たち
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「主の業においてなすべき事を常にいっぱいに持ちなさい」王国宣教 1978 | 11月
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「主の業においてなすべき事を常にいっぱいに持ちなさい」
1 わたしたちは皆,毎日なすべき事をいっぱい持っています。日ごと多くの責任に直面していますが,それらは皆わたしたちの時間を求めてひしめき合っています。家族や世俗の仕事の上で求められる事だけでもわたしたちを手いっぱいにさせるのに十分ですが,それに加えてわたしたちは,集会,個人研究,人々を弟子とする業への参加を含め会衆の活動すべてにあずかりたいと思っているのです。時々わたしたちは,それぞれの責任を正しく果たせていないと感じて気落ちすることがあるかもしれません。
2 しかし,非常に忙しいスケジュールを持つということは,神のしもべたちにとって別に新しいことではありません。使徒パウロは,諸会衆に対する心配が「日ごとに押し寄せて来る」と語って,大変忙しいスケジュールを持っていることを暗に示しました。(コリント第二 11:28)しかし根底にある益を認識していた彼は,常に物事を積極的に見ました。その認識に動かされて彼は,「主の業においてなすべき事を常にいっぱいに持ちなさい」と兄弟たちに勧めたのです。―コリント第一 15:58。
3 わたしたちも,物事を積極的な仕方で見るのは良いことです。王国の活動に忙しく携わることは保護となります。「何もしないで」いることには危険があるのです。(テモテ第一 5:13)怠惰は不平や自己満足という種にとって肥よくな土壌です。わたしたちは「りっぱな業を続けるべきことを思いに留める」よう勧められています。(テトス 3:8)価値のある活動に忙しく携わる人には,無価値な物事を追い求めたり,憤りを抱いたり,自分の間違いをくよくよしたり,悪い行為に巻き込まれるひまなどほとんどないのです。
4 なすべき事をいっぱいに持つことは会衆の保護にもなります。時々,良くない動機の人たちがクリスチャン会衆に交わります。でも,誠実でない人や誤った動機を持つ人は,なすべき良い業がたくさんあるところに長くとどまることはないでしょう。このことは,会衆内にとどまっている人々が健全な人々であると確信する助けになり,会衆の保護となるのです。それはまた,考える能力と推論する力を働かせ,発達させることによりわたしたち一人一人が霊的に強く成長する助けともなります。―ヘブライ 5:14。
5 なすべき事を常にいっぱい持つ時,幾つかの肝要な教訓を教えられます。他の人々を援助する割当てを受けると,自分の必要よりも他の人々のことや彼らの必要を先に考えることを思い起こさせられます。喜んで責任を引き受け,指示に従うなら,謙遜の意味を学ぶ助けになります。他の人たちと相並んで働くなら,辛抱強さと兄弟愛の点で貴重な教訓が得られます。仕事が完成するまで付き従うなら,忠実であることや忍耐の価値を認識することを学び,同時に,エホバの祝福に値する者となりたいならわたしたち自身が「精力的に」努力しなければならないことを思い出すことができます。―ルカ 13:24。
6 期待されるすべての事を果たすということは,『ほねおって働き,また努力する』ことを意味します。(テモテ第一 4:10)それでも,神がそのような努力を大いに喜んでおられることを知って大きな報いが得られます。エホバの業においてなすべき事を常にいっぱいに持つ時,それはわたしたちが,『多くの幸いをえ』る忠実なしもべたちの中に数えられる助けとなるでしょう。―箴 28:20。
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『りっぱな立場を得ている』人々王国宣教 1978 | 11月
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『りっぱな立場を得ている』人々
1 奉仕のしもべたちに関してパウロはこう書きました。「りっぱに奉仕する人は自分のためにりっぱな立場を得,キリスト・イエスに関する信仰にあって少しもはばかることなく語れるようになるのです」。(テモテ第一 3:13)ここで使徒は,奉仕のしもべとなるための先要条件ではなく,そのような兄弟がりっぱな仕方で仕える,もしくは自分の務めを果たす時に得られる益を説明したのです。
2 聖書は奉仕のしもべに対し高い標準を定めています。(テモテ第一 3:8-10,12)推薦される兄弟たちはそれらを明らかに満たしているべきです。奉仕のしもべになるというのは機械的なことではありません。バプテスマを受けた成人の男子ほとんど全員が一種の肩書保持者のようにその立場を得るべきだといったことではないのです。奉仕のしもべたちは模範的な,霊的な人であるべきです。
3 使徒 6章1-6節には,そうした人たちが真にどうあるべきかが例証されています。(塔77 526ページ)使徒たちはみ言葉に専念するため,重要ではあっても資格を持つ他の男子が扱うことのできる務めを世話する上で助けを必要としていました。彼らが選んだのは「霊と知恵に満ちた」人々でした。ゆえにその人々は会衆の信頼を受けるに足る人々だったのでしょう。彼らが選ばれたのは,ただ何かの卑しい仕事をするためでもなければ,彼らを励ますためでもありませんでした。それは特権であり,それを通して彼らは会衆に仕えるため熱心に働くことができたのです。
4 今日奉仕のしもべたちは,王国会館,供給物の分配,記録を保つことや会計の面で長老たちを助けることを含め,多くの必要な務めを世話する助けとなっています。そのようにして彼らは兄弟姉妹のために働くのです。自分たちがしているのはそのことだと認識するなら,彼らは自分の責任を良心的に果たすことでしょう。思い出したように顔を出しては割当ての務めを行なうのではなく,むしろ来る週も来る週も信頼のおける働きをすることでしょう。事実,霊的に成長した男子であるなら,自分で左右できない事のために,時間までに来たり割当てを果たせないなら,だれかと交替するよう取決めることが期待されるのです。彼らは会衆が放置されないよう心を砕きます。会衆はそのような兄弟を尊敬し大切にするのです。―ルカ 16:10-12。
5 また,ほかにも仕える道が開けるかもしれません。「話すことや教えること」に主に責任を執っているのは長老たちですが,有能
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