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エホバの王国を告げ知らせるものみの塔 1961
塔61 5/1 259–260ページ

神の御子について何を御存じですか

「宗教,哲学,政治,あるいは知的分野において,人類史にこれほど大きな衝撃を与えた人物はいまだかつて存在したことがない。ユダヤ人は,彼のひととなりと思想,また歴史に及ぼした影響に対して誇りをもつことができる。イエスの再発見によりユダヤ人は自分たちを苦しめている者たちを許すことができるようになる」とアメリカの指導的な学者でまた記者でもあるノーマン・カズンズは1960年10月,「アメリカにおけるユダヤ教」という本に書きました。その目的は自称クリスチャンとユダヤ人から,イエスをユダヤ人だと認めるのをきらっている気持をなくさせようとしたことにあります。これは非常に興味がある見解なので,ニューヨーク市の指導的な日刊紙のひとつは「ユダヤ人がイエスの研究をすることは急務」と題した記事の中でこれを取りあげています。―ニューヨーク・ワールド ― テレグラム・アンド・サン,1960年10月15日。

しかし,キリスト教国の中でイエスを「再発見」する必要がある宗教はユダヤ教だけではありません。イエスの名を負っている非常に多くの人々は,イエスにかんする知識をはなはだしく欠いているのです。それで,ある牧師が十分教育を受けたと考えられている自分の会衆で試験をしてみたところ,どうみてもがっかりするような結果でした。「約4分の1は……カルバリがイエスの死んだ所だということを指摘することができなかった。3分の1以上の者は,イエスの育った町がナザレだということを知らなかった。『ゲッセマネ』になると43パーセントの者はさっぱりだめだった。……どれが福音書かわかったのは58パーセントの者だけだった」。これらのことは,神の子イエス・キリストの生涯と教えにかんするもっとも初歩的なことなのです。―カナダ,トロントの1960年9月24日付「デイリースター」。

神の御子にかんしてあなたは何を御存じですか。イエス・キリストという人は存在していたことがなく,歴史上実在の人物ではないと考えている人々がいますが,あなたもそのひとりですか。もしそうなら,ヘブル語の学者でクロースナーという人が書いた「ナザレのイエス」という本を見て下さい。タルムッドやギリシャ語およびラテン語の,聖書以外の資料からイエス・キリストにかんすることがらをひろいだした後,まとめて彼は次のように言っています。つまりイエスが実在したということを否定する者は,「歴史全部の真実性を否定」することになるということです。フランスの哲学者ルソーが述べたように,もし福音書の記述者たちがイエスにかんする話を自分たちでこしらえ上げたのだとしたら,イエスが行なったと記述者たちが述べている奇跡よりもっと大きな奇跡を,彼ら自身が行なったことになってしまうのです。

あなたは神の御子にかんして何を御存じですか。あなたは,イエスがけだかい人であり,偉大な師であり,たぶん神の預言者だったかもしれないが,文字通りに神の子ではなく,奇跡を行なったり,死人をよみがえらせたことなどはないのだというキリスト教国にひろがっている「自由主義」の派に属していますか。このような派は,イエスがなぜ『人類史にだれよりも大きな衝撃を与えた』のかを,その信奉者に説明することができません。イエス・キリストの主張やその奇跡に信仰を働かさないばあい,その人たちはもっと大きな壁にぶつかることになるのです。

更に福音書の記録によれば,イエス・キリストは文字通り神の子であり,奇跡を行なったと述べられています。もしイエスがこれらの点において偽りを言ったのなら,イエスは自らを欺いたおろか者か ― それで偉大な師とは呼べなくなります ― あるいは大ぼら吹きの偽善者で,たしかに立派な人間ではなかったことになります。またはイエスの弟子たちがこれらのことをでっちあげたのだ,というだけではだめです。もし弟子たちが自分自身の師の伝記を書くにあたり,不正直でおろかなことをしでかすようだったら,その師を偉大な師だとか,立派な人だとか言うことができますか。事実をみるとイエスの実在を否定できないのと同じく,理性的かつ論理的に考えると,弟子が記録しているイエスの主張も否定することはできません。

神の子であるイエス・キリストについて,あなたは何を知っていますか。イエスはあなたにとってどういう意味をもっていますか。もしあなたがキリスト教国のもっと保守的な派に属しているなら,カトリックでもプロテスタントでも「使徒信条」を要約して言うかもしれません,「我は……〔神の〕ひとり子,我らの主イエス・キリストを信ず。すなわち聖霊によりてみごもり,処女マリヤより生れ,ポンテオ・ピラトによりて苦しみを受け,十字架につけられ,死にて葬られ,黄泉に降りて三日目に死人の中よりよみがえり,天にのぼりて全能の父なる神の右に坐し,かしこより生ける人と死せる人をさばかんためにきたりたもう主を信じたてまつる」。

これらはすべてほぼ正しいのですが,ほんの初歩にすぎないのです。私たちはイエスが地にこられた主な目的を知り,彼を信じ,なおかつその弟子に要求していることが何であるかを認識するようにせねばなりません。イエスが地にきた第一の目的は何でしたか。彼がピラトに告げた通りです,「わたしは真理についてあかしをするために生れ,また,そのためにこの世にきたのである」。あかしすることが第一であり,人間の救いを備えることは第二次的なことでした。―ヨハネ 18:37,新口。

イエスは自分の弟子たちに何を要求していますか。まず第一にイエスが天の父に祈った時に示されたようにしなくてはなりません,「唯一の真の神であるあなたと,あなたの遣わしたもうたイエス・キリストの知識を得ること,これは永遠の生命を意味する」。「この人による以外に救はない。わたしたちを救いうる名は,これを別にしては,天下のだれにも与えられていないからである」。エホバ神とイエス・キリストにかんする知識は救いにぜひとも必要です。―ヨハネ 17:3,新世。使行 4:12,新口。

ここでとまってしまう人があります。しかし頭の中にこれらの事実をいれるだけでは,十分でありません。なぜなら,「行いのない信仰〔は〕死んだもの」だからです。信じるだけでなくそれに加えて悔い改め,改宗,神の御こころを行なうための献身,そして水の洗礼という段階をふまねばなりません。それから生きている限り毎日クリスチャンとして生活し,真理についてあかしする時でも,日々の行動においてでも私たちの能力の限りをつくしてイエスの模範に従うようにしなくてはなりません。―ヤコブ 2:26,新口。

これだけではありません。イエスは自分が去っていき,御国を受け,それから戻ってくるということを前もって告げました。聖書の預言は成就し,イエスが御国を受け,戻ってきて,今敵のまっただ中で天から支配しているということを示しています。それで今,平和と安全を得るために人間の機関にたよろうとせず,神に是認され,支配している王,イエス・キリストに忠誠をつくさねばなりません。しかもその王国こそすべての悪を滅ぼし,正義の新しい世をもたらすのだということに,全き信仰を持たねばなりません。これだけが現在の宇宙時代において,実際的なコースです。なぜならこの悪い世に近づいている滅びに生き残り,神の新しい世で永遠の生命を得るコースになるからです。

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