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草聖書に対する洞察,第1巻
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イスラエル人は,乾期になると草が太陽の強烈な熱を受けて枯れることをよく知っていました。それで,人間の命のはかなさは適切にも草のはかなさに例えられ,エホバとその「言葉」もしくは「ことば」の永続性と対照されています。(詩 90:4-6; 103:15-17; イザ 40:6-8; 51:12; ペテ一 1:24,25)悪を行なう者たちも速やかに枯れる草になぞらえられています。(詩 37:1,2)シオンを憎む者たち,および武力で征服されようとしている民は,土の屋根に生える根の浅い草,つまり引き抜かれる前にも枯れてしまう,あるいは東風が吹くとしおれてしまう草に例えられています。―詩 129:5,6; 王二 19:25,26; イザ 37:26,27。
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草木,草本聖書に対する洞察,第1巻
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比喩的な用法 パレスチナの乾期の間に太陽の炎熱を受けたり,乾き切った東風に当たったりすると,草木は急速に干からびてしまいます。したがって,武力で征服されようとしている民は,「野の草本や柔らかい青草……,東風の前の立ち枯れのあるときの,屋根の草」に例えられています。(王二 19:25,26; イザ 37:26,27)同様に,詩編作者はひどく苦しんだ時に,「わたしの心は草木のように打たれて,干からびています」,「わたし自身はただの草木のように干からびています」と叫びました。―詩 102:4,11。
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