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「狂牛病」でジレンマに陥る英国目ざめよ! 1990 | 11月8日
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「狂牛病」でジレンマに陥る英国
英国の「目ざめよ!」通信員
英国の牛に,ある驚くべき病気が初めて現われたのは1986年11月のことでした。それ以来,1万1,000頭余りの動物が感染し,毎週新たに200件もの事例が報告されています。その病気は専門的にはウシ海綿状脳症,略してBSEと呼ばれていますが,悲惨な症状が見られるため,メディアは直ちに「狂牛病」と命名しました。
BSEとは何でしょうか。どのようにして発生したのでしょうか。これほど心配されているのはなぜですか。
BSEとは,脳の一部が「型破りの病原」と言われる異常なタンパク質によって破壊される,一種の痴ほうです。冒された脳を顕微鏡で見ると,スポンジのように穴だらけになっています。病気が進行すると,動物は興奮しやすくなり,体重が減ります。そして,四肢が利かなくなると,倒れて死ぬか,さもなくば殺して処分しなければならなくなります。
牛がBSEにかかったのは,BSEと密接な関連を持つ,英国の羊によく見られるスクラピーという痴ほうが原因です。どうしてそのようなことが起きたのでしょうか。
現代の牛のえさ
牛は放牧できる反すう動物で,通常は草を中心とした植物を食べて生きています。ところが近年,英国の牛飼料メーカーは普通の飼料にタンパク質の人工添加物を入れるようになりました。これは,スクラピーに感染した羊の死骸を含む屠殺場の廃物を押しつぶしてから加熱し,乾燥させたものです。感染したのは牛だけではありません。珍種のアラビアオリックスを含め,5種類のレイヨウが脳疾患のために英国の動物園で死にました。いずれもこの市販の飼料を食べていました。牧場のミンクもそれと関係のある病気に感染しましたが,それは羊の臓物類を生で食べたためと考えられています。
実験によると,BSEもスクラピーも,高熱や電離放射線や紫外線に対して並外れた耐性を持っています。普通の加熱や他の殺菌方法では,この得体の知れない病原を殺すことができません。人間がスクラピーに感染したという確かな証拠はありませんが,今直面する厄介な問題は,牛肉製品を食べる人にとってBSEがどれほど危険かということです。
人間も関係するか
「国の内外を問わず,だれもBSEについて心配する必要はありません」。これは,ジョン・ガマー農相が表明した英国政府の公式見解です。しかし,皆が皆このような確信を持っているわけではありません。英国のリーズ大学の臨床微生物学教授リチャード・レイシーは,インディペンデント紙の中でこう書いています。「牛が飼料を通してこの病気にかかったのであれば,少なくとも最初の感染経路は口だったということになる。そうであれば,口を通して人間に感染する可能性も出てくる」。
このような論議にそってドイツは,英国産の牛肉の輸入をすべて禁止しています。BSEに感染していないという保証が得られないからです。米国は牛そのものに加え,牛の胚や精子を英国から輸入することも禁止しています。ソ連はさらに進み,BSEを理由に英国産の羊ややぎの肉,さらには乳製品の輸入を禁止しました。英国の一部の学校では,病気に感染していないという保証付きの牛肉しか給食に出さないことにしています。
政府は様々な措置を取る中,牛の特定の臓物類の販売を禁止しました。英国民は,牛肉およびハンバーガーやパイなどの牛肉料理に年間30億㌦(約4,500億円)以上を費やしており,自分たちの健康が危険にさらされていないという保証を必要としています。しかし,BSEが牛から人にうつることがないという「完全な保証が得られるまでには10年,あるいはもっとかかるかもしれない」と政府の公式の報告書は認めています。エディンバラ神経病因論研究室の元所長リチャード・キンバーリン博士はこう説明します。「問題は潜伏期間だ。もしBSEが確かに一般の人々の健康を脅かすとしたら,CJD患者の増加というかたちでこの病気が明らかになる時には,すでに感染した人に何をやっても手遅れだろう」。a
その間,科学者たちはこのような恐れを和らげる新たな確証を大急ぎで捜しており,英国政府もこの研究のために2,000万㌦(約30億円)の補助金を出しています。しかし,ブリティッシュ・メディカル・ジャーナル誌が冷静に指摘しているように,「牛肉の安全性はまだ証明されておらず,証明できない可能性もある」のです。
あなたは食べますか
人の健康に与える影響がどのようなものであれ,BSEをめぐる論争は動物から出る廃物を再利用するという習慣に一般の注意を引きました。英国の牛や家禽は,加工された鶏の寝わらを今も食べさせられています。これは業界ではDPM(乾燥家禽肥料)として知られており,糞と羽根と鳥の死骸が混じっています。子牛には,チョコレートで味をつけた豚の乾燥血液が与えられています。羊の頭や臓物類は,1988年7月以来牛の飼料とすることは違法になっていますが,今もなおすり砕いたものが豚や家禽に与えられています。政府のある公式の報告書は,そのような習慣を「不自然なもの」として非難しています。食品生産上の便宜や節約の面からそれを正当化する人もいるかもしれません。しかし,衛生面から考えると本当に価値のあることなのでしょうか。
[脚注]
a CJD(クロイツフェルト・ヤコブ病)とは,BSEに似た人間の病気で,同じような病原によって引き起こされます。痴ほうは急速に進行し,患者は診断後1年足らずで一人では何もできなくなるかもしれません。CJDは輸血や体組織の移植によってうつることがあります。英国では2,000人近く,また米国では7,000人が,死者の脳下垂体から取った成長ホルモンの注射を受けたために保菌者となって,命が危ぶまれています。米国立衛生研究所の所長ポール・ブラウン博士は,「CJD患者から取った器官はどれも時限爆弾になり得る」と語っています。
[17ページの図版]
BSEに感染した牛の脳の空胞(穴)を写したスライド写真
[クレジット]
J.A.H. Wells, Crown Copyright Material
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「狂牛病」でジレンマに陥る英国目ざめよ! 1990 | 11月8日
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[17ページの図版]
BSEに感染した牛の脳の空胞(穴)を写したスライド写真
[クレジット]
J.A.H. Wells, Crown Copyright Material
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