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  • 神の王国
    聖書に対する洞察,第1巻
    • イエスがバプテスマを受けるためにヨハネのもとに行き,次いで神の聖霊によって油そそがれた時,メシアは到来しました。(マタ 3:13-17)イエスはそのようにして,指名された王,つまりそれまで過去6世紀間行使されなかった権利,ダビデの王座に就く法的な権利を持つ者として,エホバの法廷により正式に認められた方となられました。(「イエス・キリスト」[イエスのバプテスマ]を参照。)

  • 神の王国
    聖書に対する洞察,第1巻
    • 神の王国はどのような意味で,イエスが音信を宣べ伝えた相手の人たちの「ただ中に」ありましたか

      イエスはご自分を守って成功を収めさせてくださるエホバの力を信頼して,公の宣教を開始し,『定めの時が満ちた』ゆえに神の王国が近づいた,ということをエホバの契約の民に告げ知らせました。(マル 1:14,15)その王国がどういう意味で「近い」のかを判断する上で,イエスがあるパリサイ人たちに語られた言葉,すなわち,「神の王国はあなた方のただ中にあるのです」という言葉に注目できるでしょう。(ルカ 17:21)「注釈者の聖書辞典」はこの句について注解し,こう述べています。「これはしばしばイエスの“神秘主義”,もしくは“精神性”を示す例として引き合いに出されるが,この解釈はおもに,『汝の内に』[欽定,ドウェー]という古い翻訳に基づいており,『汝』が単数形として,不適切な現代的意味に解されている。しかし,この『汝』([ヒュモーン])は複数形である。(イエスはパリサイ人たちに語りかけておられるのである。―20節)……神の王国とは内面的な精神状態,もしくは個人的に救われた状態であるという見解は,この節の文脈にも,また新約に示されている考え方全体にも反している」。(G・A・バトリク編,1962年,第2巻,883ページ)「王国[バシレイア]」は「王威」を指す場合もあるので,イエスの言葉は,神の王なる代表者で,王権を受けるために神により油そそがれた者である自分が彼らのただ中にいる,という意味であったことは明らかです。イエスはそのような資格でそこに居合わせていただけでなく,神の王権を表わす業を行なう権威と,来たるべき王国による支配にあずかる立場に就くよう志望者たちを備えさせる権威をも持っておられました。それゆえ,王国は『近い』と言えました。当時は実にすばらしい機会に恵まれた時代だったのです。

      力と権威を伴う政府 イエスの弟子たちはその王国の勢力範囲がどこまで及ぶかを完全には理解していませんでしたが,王国が神の現実の政府であることは理解していました。ナタナエルはイエスに,「ラビ,あなたは神の子です。あなたはイスラエルの王です」と言いました。(ヨハ 1:49)弟子たちはダニエルの預言の中で「聖なる者たち」について予告されていた事柄を知っていました。(ダニ 7:18,27)イエスはご自分の追随者である使徒たちに対し,彼らが王「座」に就くことを直接約束なさいました。(マタ 19:28)ヤコブとヨハネはメシアによる政府内のある特権的な地位を求め,イエスはそのような特権的な地位があることを認めましたが,その地位を割り当てることは,至高の支配者であられる,み父にかかっていることを言明されました。(マタ 20:20-23; マル 10:35-40)ですから,弟子たちは間違ってメシアなる王の支配を地に,それも特に肉のイスラエルに限定し,復活させられたイエスが昇天される日にもまだ,そのように考えていましたが(使徒 1:6),その王国が統治上の取り決めであることは正しく理解していました。―マタ 21:5; マル 11:7-10と比較。

      地上の創造物に対するエホバの王権は,その王なる代表者により,多くの方法で,目に見える仕方で実証されました。神のみ子は神の霊,つまり活動する力によって,風や海,植物や魚のみならず,食物の有機的な元素をさえ支配し,食物を増やされました。弟子たちはそのような強力な業を見ることにより,イエスの持っておられた権威に対して深い敬意を抱くようになりました。(マタ 14:23-33; マル 4:36-41; 11:12-14,20-23; ルカ 5:4-11; ヨハ 6:5-15)弟子たちになお一層深い感銘を与えたのは,イエスが人体に対して神の力を行使し,盲目かららい病に至るまで様々な苦しみをいやし,死人を生き返らせるのを見たことでした。(マタ 9:35; 20:30-34; ルカ 5:12,13; 7:11-17; ヨハ 11:39-47)イエスはいやされたらい病人たちを,神から権限を与えられていたものの,おおむね不信仰だった祭司たちのもとへ,「彼らへの証し」として赴かせました。(ルカ 5:14; 17:14)最後に,イエスは超人的な霊者たちに対しても神の力を示されました。悪霊たちはイエスに授けられていた権威を認め,イエスの後ろ盾となっている力を試すという決定的なことをするよりもむしろ,イエスの命令に従って,自分たちが取りついていた人々を解放しました。(マタ 8:28-32; 9:32,33。ヤコ 2:19と比較。)悪霊を追い出すというその強力な業は神の霊によって行なわれていたのですから,それは,神の王国がイエスの話を聴いた人たちに本当に『及んで』いたということになります。―マタ 12:25-29。ルカ 9:42,43と比較。

      このすべては,イエスが王としての権威を持っておられたこと,またその権威が地上の人間的,政治的な源に由来するものではないことを示す確かな証拠でした。(ヨハ 18:36; イザ 9:6,7と比較。)投獄されていた,バプテスマを施す人ヨハネから遣わされた使者たちは,それらの強力な業の証人として,ヨハネのもとに戻って,自分たちの見聞きした事柄を,イエスこそ確かに「来たるべき方」であることの動かぬ証拠としてヨハネに話すようイエスから命じられました。(マタ 11:2-6; ルカ 7:18-23。ヨハ 5:36と比較。)イエスの弟子たちは,預言者たちが目撃することを切望していた,王国の権威を示す証拠を見聞きしていたのです。(マタ 13:16,17)その上,イエスは権威をご自分の弟子たちに委任することができたので,弟子たちも任命された代理者として同様の力を行使できました。また,そのために,「天の王国は近づいた」とふれ告げる彼らの言葉は説得力と重みのあるものになったのです。―マタ 10:1,7,8; ルカ 4:36; 10:8-12,17。

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