『私を一人の人間として見てくれます』
「みんな,私を動物園にいる猿のようにではなく,一人の人間として見てくれますから,集会に行きたいのです。お父さん……集会に行かせてください」。これは人と話したり人前に出たりするのが苦手だった脳性小児麻ひの若い女性が父親にあてた手紙の一部です。この人はどんな集会に行きたいと思ったのでしょうか。どうしてその集会に出席するようになったのでしょうか。その女性に話してもらいましょう。
「私は1957年8月27日に生まれました。2か月早く生まれたので,体重はわずか1,600㌘しかありませんでした。1か月たっても首が座らない私は脳性小児麻ひと診断され,それからは近くの病院に通う日が続きました。6年たって何とか歩けるようにはなりましたが,独りでは何もできず,学校には行けませんでした。私の心の中には空しさがあふれ,『私にも何か打ち込めるものがあるのだろうか。このまま何の目的もなくただ年老いて死んでゆくのはいやだ』と思っていました。
「1984年の2月末のある日,人の声がするので玄関に出てみると,エホバの証人と名乗る女性が私に何か厚い本を開いて読んでくれました。それは,『愛は辛抱強く,また親切です。愛はねたまず,自慢せず……』という聖書のコリント第一 13章4節の聖句でした。『普通の体なら目的のある仕事に就けるし,自由にどこへでも行けるのに……』と考えて健康な人を少しうらやましく,ねたましく思っていた私はその言葉に引き付けられました。それで,その女性から『私と勉強してみませんか』と言われたとき,姉の若いころに感じの似ていたその人と親しくなりたいと思ったので一緒に勉強することにしました。
「しかし,父が私の聖書の勉強を許してくれるだろうかという問題がありました。私の家は仏教なのでとても許してはもらえないと思いましたが,8年ぶりに鉛筆を指にはさんで父に手紙を書きました。私が口で話しても父はたぶん最後まで聞いてはくれない,と思ったからです。書き終えるまでに二日かかったその手紙はこのようなものでした。『お父さん,私は聖書の勉強をしたいのです。怒られることは覚悟しています。でも私は勉強をしたいのです。お父さん,私には友達と呼べる人はいません。私が友達と呼べるとしたら,テレビとラジオしかないのです。ですから,佐々木さんが来られると張り合いがでますから,私は聖書の勉強がしたいのです。お父さん,どうしてもだめですか……』。意外にも父は聖書の勉強だけなら許すと言ってくれました。母に聞いた話では私が8年ぶりに字を書いたのに心を打たれて許したのだそうです。
「1984年3月から聖書研究が始まりました。最初は,『わたしの聖書物語の本』というさし絵の多いやさしい本を使いましたが,やがて,『あなたは地上の楽園で永遠に生きられます』という聖書研究の手引きを用いるようになりました。その年の11月に,『集会に行ってみないか』と誘われました。しかし,その当時の私は人と話すことや大勢の人のいる所へ行くのが苦手で,人が来ると隠れるほどでした。でも,初めて王国会館で開かれるエホバの証人の集会に行った時には,『みんな,なんて温かくていい人たちなのだろう』と感じました。その集会の責任者も私にやさしい言葉を掛けてくれました。それで,私は集会に続けて行きたいと思い,父に[冒頭に掲げたような]手紙を書いたのです。父は,送り迎えはできないが,後は好きにすればよいと言ってくれたので,エホバの証人の集会に定期的に出席するようになりました。
「翌年,エホバの証人がもっと大勢集まる地域大会が北九州市で開かれることを知りました。その大会にも出席したいと思いましたが,母に強く反対されました。私が旅行に出て泊まったことがなく,人に迷惑を掛けると思ったからでしょう。しかし,父に尋ねると,大会に行くことを許してくれました。当時の私は独りで食事をすることもできませんでしたから,身の回りのことは聖書研究の司会者がその子供たちと援助してくれました。その大会で私と同じ脳性小児麻ひの病気を持つ奉仕者と会ってとても励まされました。それからは食事もトイレもなんとか自分ですませるように努力しました。
「こうして,私も聖書の音信を伝える奉仕者になることを目指すようになり,その訓練のために週に1度開かれる神権宣教学校に入学しました。この学校では人前で話をする訓練を受けます。正直なところ喜びと不安の入り混じった気持ちでしたが,聖書の神,エホバがモーセに言われた,『わたしがあなたの口にあって,どう言うべきかを教えよう』という聖句から励ましを得,話の割り当てを果たせました」。―出エジプト記 4:12。
この人は昨年の夏に,熊本市で開かれたエホバの証人の「エホバへの信頼」地域大会で水のバプテスマを受けて,奉仕者として正式に叙任されました。そして次のように語っています。「私がもし,エホバ神を知らずにいたなら,私は何の希望もない毎日を送っていたでしょう。しかし,エホバ神を知ったことによって,目的ある価値ある仕事に就くことができました。その上,将来,楽園となるこの地上で完全な健康を得られる希望があるので,満足のゆく日々を送ることができます」。あなたもこの女性が見いだした楽園の希望を聖書から調べてみてください。この雑誌をお届けしたエホバの証人が喜んでお手伝いいたします。―啓示 21:4。