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誕生日聖書に対する洞察,第2巻
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ヨブの息子たちは『自分の日に各々の家で宴会を催した』時,自分たちの誕生日を祝っていたのだと考えるべきではありません。(ヨブ 1:4)この節の「日」は,ヘブライ語ヨームを訳したもので,日の出から日没までの時間帯を指しています。一方,「誕生日」は,ヨーム(日)とフッレデトという二つのヘブライ語から成る複合語です。「日」と人の誕生日とが区別されていることは,その両方の表現が出て来る創世記 40章20節で認められるでしょう。そこには,「さて,三日[ヨーム]目はファラオの誕生日[字義,「ファラオの誕生(フッレデト)の日(ヨーム)」]であった」とあります。それで,創世記 40章20節の場合に疑いなくそうであるように,ヨブ 1章4節が誕生日のことを述べていないのは確かです。どうやらヨブの7人の息子たちは家族の集まり(春の祭りまたは収穫の祭りかもしれない)を催し,その宴が1週間で一巡する際,各々の息子が「自分の日に」自分の家で宴会の主人役を務めたものと思われます。
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誕生日聖書に対する洞察,第2巻
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「日」と人の誕生日とが区別されていることは,その両方の表現が出て来る創世記 40章20節で認められるでしょう。そこには,「さて,三日[ヨーム]目はファラオの誕生日[字義,「ファラオの誕生(フッレデト)の日(ヨーム)」]であった」とあります。それで,創世記 40章20節の場合に疑いなくそうであるように,ヨブ 1章4節が誕生日のことを述べていないのは確かです。
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