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    1997 エホバの証人の年鑑
    • 「神の勝利」国際大会

      1973年の暮れには,エホバの民がブラジルで開いた過去最大の大会が,サンパウロのパカエンブ競技場で12月26日から30日にかけて行なわれました。「神の勝利」というテーマを宣伝する大きなアドバルーンが,競技場の上に浮かんでいました。出席者たちはそのプログラムによって,神の王国による神の勝利こそ人類に最大の祝福をもたらすのだという確信を強めました。大会の間に彼らは,聖書に記されている神のご意志に関する教育によって,ブラジルの何万もの人の生活がすでに変化していることを示す証拠を見ました。28年前,ノア兄弟は近くの体育館で765人の聴衆を前に話をしたことがありました。その時兄弟は,その巨大な競技場に目をやりながら,果たしてブラジルのエホバの証人があの施設を埋め尽くす時が来るでしょうかと言いました。その考えは1973年に現実となり,ノア兄弟はまさにその競技場で,9万4,586人の超満員の聴衆を前に講演を行なったのです。その前日には3,187人の新しい奉仕者がバプテスマを受けていました。5日間の大会そのものが,神の勝利の証拠でした。

      出席者たちは国内のあらゆる地域から来ていました。4,000㌔ほど離れたアマゾナス州の州都マナウス市からは,3台のバスと4台の車で代表者たちがやって来ました。危険をはらむアマゾン横断道路を通ったのは彼らのグループが初めてでした。別のグループは,3,000㌔ほど離れた北岸のベレンから来ました。リオデジャネイロ州からは特別列車と180台のバスで,喜びに満ちた代表者たちが到着しました。大会は非常に広く宣伝されたため,サンパウロ州の知事とサンパウロ市の市長が大会会場を訪れました。

      これら何万人もの代表者たちの宿舎を確保するのは大仕事でした。というのは,多くの人はホテル代を支払うことができなかったからです。宿舎部門は約2万1,000の宿舎請求を扱いました。「人をもてなすことに努めなさい」という聖書の助言に従って,証人たちや他の人たちは自宅の部屋を提供しました。(ロマ 12:13)王国会館にも6,000人以上の代表者たちが泊まりました。アマゾン流域地方からの代表者は全員,ある姉妹の夫が提供した工場に宿泊しました。マットレスは証人たちや関心を持つ人たちから借りました。

      その2か月後に,同じプログラムの大会がバイア州サルバドルでも開かれ,3万2,348人が出席しました。

  • ブラジル
    1997 エホバの証人の年鑑
    • [134ページの図版]

      サンパウロの「神の勝利」大会で,代表者たちは自分たちの一致した証言の心温まる成果を目の当たりにした

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