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1915-1947年 初期の活動(第2部)2014 エホバの証人の年鑑
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ウィリアム・“バイブル”・ブラウンも,良い霊的習慣を培うよう人々を助けることに意欲的でした。アルフレッド・ジョセフはこう言っています。「朝,ブラウン兄弟に会うと,こう言われたものです。『こんにちは,ジョー兄弟。お元気ですか。今日の聖句は何ですか』。答えられないと,『日々のマナ』[現在の「日ごとに聖書を調べる」]の本から毎日聖句をしっかり見るようにと言われました。それで翌朝,兄弟に聞かれても答えられるよう,すぐに聖句を読みました。最初は,大切な訓練を受けているという意識はさほどありませんでしたが,後になってとてもありがたく思いました」。
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1915-1947年 初期の活動(第3部)2014 エホバの証人の年鑑
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そのころ,ブラウン兄弟は西インド諸島に行き,1台の自動車と共に戻ってきました。当時はシエラレオネに車がほとんどない時代です。その車は,公の証言用に,大音量を出せる音響装置が付いていました。ブラウン兄弟は公共の場所で車を停め,勇壮な音楽をかけて人々を集めました。それから,短い話をしたり録音された講演を流したりし,聖書文書を受け取るよう勧めるのです。これは“話す自動車”と呼ばれて話題になり,大勢の人が聞きに来ました。
大胆に宣べ伝える
ブラウン兄弟は次いで,霊的に未開の地に目を向けます。英語を話す人がいる西アフリカの他の地域です。1920年代後半,兄弟はガンビア,ガーナ,リベリア,ナイジェリアに伝道旅行に出かけました。どの国でも関心のある人を見いだしましたが,ナイジェリアがとりわけ有望でした。それで1930年,兄弟は家族と一緒にフリータウンからラゴスに移動します。そこから引き続き西アフリカでの王国の活動を監督しました。
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