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目ざめよ! 1990
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ケベックは自由を尊重する

ケベック州モントリオールのラジオのニュースキャスターは最近の夕方のニュースの中で,エホバの証人は「変わり者だから」という理由で,カナダのその州において長い間いやがらせをされてきたことに言及しました。彼は,市の自治大臣イボン・ピコットが最近ラジオを使って行なった攻撃に焦点を合わせました。そのニュースキャスターの話によると,ピコットは「証人たちを,多くの場合,福祉に頼って暮らす“社会の寄生虫”と呼び,そのようにしてエホバの証人のみならず,社会の援助に頼らなければならないすべての人を侮辱しました」。

そのニュースキャスターは,エホバの証人が利用する福祉の割合は他のいかなる宗教よりも低いことに注目し,ピコットの非難を退けました。「ピコット氏が“寄生虫”と呼ばれないのであれば,証人たちもそう呼ばれるいわれはありません」と彼は述べました。「実際,考えてみると,我々の社会の本当の寄生虫は政治家ではないかと論じる人々がいます」。

そのニュースキャスターは続けてこう述べました。「ピコットのばかげた攻撃演説の中でわたしの興味をそそったのは,フラッシュバック,つまり時代錯誤という側面です。1940年代に,ケベック州の独裁的な首相でありローマ・カトリックの信仰の擁護者を自任していたモーリス・デュプレシーは,玄関のベルを鳴らすからではなく,“扇動”のかどで約400人のエホバの証人を投獄しました。(もっともピコットは,玄関のベルを鳴らすことに強力な異議を申し立てました。)さて,デュプレシーの法律によると,宗教的なパンフレットの配布は扇動的行為に当たりました。証人たちは集会所を閉鎖され,州警察による非情な迫害を受けました」。

1946年にデュプレシーが出した「エホバの証人に対する情け容赦のない闘争」という布告は新聞からも攻撃されました。「暗黒時代がケベックに再来」,「異端審問の再来」,「ファシズムの悪臭」などの見出しが付けられました。

50年が経過した現在,このモントリオールのニュースキャスターは次のように話を結びました。「ネアンデルタール人のように頭の鈍い政治家たちは今でも幾らかいますが,彼らのとんでもない暴言はもはや許されるものではありません。デュプレシーが生きていればピコットは称賛されたでしょうが,実際のところピコットは今日の国会での発言について謝罪するようブラサ氏[現ケベック州首相]から命じられています。自由意志を尊重なさる市民のみなさん,勇気を出してください。この州において人が自分の信仰を広めたかどで投獄された時代はとうの昔に終わったのです」。

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