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「宇宙で最も高性能の学習装置」目ざめよ! 2011 | 10月
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「宇宙で最も高性能の学習装置」
赤ちゃんの頭脳を「宇宙で最も高性能の学習装置」と表現した人がいますが,その言葉のとおりです。赤ちゃんは生まれた時から周囲の光景,音,刺激をすべて吸収する用意を整えているのです。
そのうえ,赤ちゃんは周りの人 ― その顔,声,触れられた時の感触など ― に興味を持ちます。「赤ちゃん時代」(英語)という本の中でペネロープ・リーチはこう書いています。「赤ちゃんの興味をさそう光景,注意を引きつけておく音,与えると喜ぶ感覚刺激について多くの研究がなされてきた。それらはみな,世話をしてくれる大人から普通に得られるものである」。ですから,親は子どもの発育において欠かせない役割を果たすのです。
『幼児のように話した』
親も小児科医も,新生児が聴くだけで言語を習得できることに驚嘆します。研究者たちは,赤ちゃんが生後数日で,母親の声に慣れてほかの人より母親の声を好むようになることを知りました。さらに,数週間で親の母語と他の言語との違いを聞き分けます。また,数か月で言葉の切れ目が分かり,普通の話し言葉と意味をなさない音声とを区別できることも知られています。
クリスチャンの使徒パウロは,『私が幼児であった時には,私は幼児のように話した』と書いています。(コリント第一 13:11,「岩波版新約聖書」,新約聖書翻訳委員会)赤ちゃんはどのように話しますか。普通は,意味をなさない音声である喃語を発します。これは無意味な雑音なのでしょうか。そんなことはありません。リーズ・エリオット博士は「どうなっているか ― 5歳までの脳と心の変化」(英語)という本の中で,話す行為についてこう説明しています。「絶妙な運動機能であり,唇,舌,口蓋,喉頭を制御する多数の筋肉を瞬時に協働させる必要がある」。そしてこう続けます。「喃語は,赤ちゃんが人の注意を引く楽しい方法に過ぎないと思えるかもしれないが,話すという複雑な動作の予行演習としての重要な意味も持っている」。
赤ちゃんの発する言葉に,親も生き生きとした話し方でこたえます。これも有用な意味を持ちます。抑揚たっぷりのその言葉に刺激され,赤ちゃんも反応するのです。この双方向のやり取りによって会話の基本を学び,その技術を生涯用います。
役割の変化
赤ちゃんが生まれると親は,その身の回りの必要にこたえるために忙しくなります。赤ちゃんが泣くとミルクを与え,泣くとおむつを替え,泣くとだっこしてあやします。そのように手をかけるのはふさわしく,必要なことです。それは子どもの世話という役割を果たす主要な方法です。―テサロニケ第一 2:7。
そのため,赤ちゃんは必然的に,自分を中心に地球は回っていると考えるものです。大人,特に親を専属の召使いと見るのです。思い違いとはいえ,なぜそう考えるかはよく理解できます。1年以上にわたって,それがその子にとっての実情だったのです。赤ちゃんにしてみれば,自分は国の支配者で,自分に仕えてくれる体の大きい人たちに囲まれているのです。家庭カウンセラーのジョン・ローズモンドはこう書いています。「この突飛な幻想が作り上げられるまでには2年とかからないが,それを正すには少なくとも16年かかる。しかも正すのは,矛盾しているようだが,親の仕事である。この幻想を植えつけるのは親であり,優しく行なうとはいえ,子どもの思い違いを打ち破るのも親である」。
2歳ごろになると,親の役割は世話をする人から教える人に変わり,子どもの思い違いは打ち破られます。もう親は言いなりになってはくれません。自分が親の言うことを聴かないといけないのです。支配者ではなくなったのですが,その状況を受け入れられません。それどころか,反発して権力にしがみつこうとします。どのようにでしょうか。
かんしゃくを起こしたら
多くの子は2歳ごろになると急に扱いにくくなり,かんしゃくを起こすことも珍しくありません。親が手を焼くこの時期の子は,“恐るべき2歳児”と呼ばれるほどです。子どもは突然「いや!」を連発するようになります。正反対の感情に振り回され,自分のことも親のことも気に障るのです。親から離れたがるかと思えば,そばにいたがります。親はわけが分からず,なすすべがありません。どうなってしまったのでしょうか。
子どもの生活の中で起きた大きな変化について考えてみてください。少し前までは,ぐずれば大人が駆け寄ってくれました。今では自分の“支配”は一時的に過ぎず,自分でしなければならない事柄もあるということを理解し始めます。服すべき立場にあることがだんだん分かってくるのです。「子供たちよ,すべての事において親に従順でありなさい」と聖書が述べるとおりです。―コロサイ 3:20。
この難しい時期に,親の権威という手綱を放してはなりません。毅然としながらも権威を愛情深く行使するなら,子どもは従うことに慣れてゆくでしょう。これが基盤となり,子どもは驚くほどの成長を遂げてゆきます。
道徳心
動物,さらには機械でさえ,言葉を認識し,話し方をまねることができます。しかし,自分を客観的に見つめることができるのは人間だけです。そのため,2歳児や3歳児も,誇り,恥ずかしさ,きまり悪さ,罪の意識などを感じます。これは道徳的な資質を備えた大人 ― 他の人が悪いことをしても,毅然として正しい行動を取れる人 ― になるための第一歩です。
この年齢の子どもを持つ親は,ほかにも驚きとなる経験をします。子どもは他の人の気持ちを察するようになるのです。2歳のころは他の子どものそばで遊んでいただけの子が,他の子どもと一緒に遊べるようになるかもしれません。さらに,親がうれしそうだとそのことが分かり,親を喜ばせようとするものです。そのため,だんだん聞き分けがよくなるでしょう。
3歳児はそれまで以上に,良いことや悪いこと,正しいことや間違ったことなどの概念を学ぶようになります。今こそ,責任を担える大人に育てるという目標に向けて,子どもをしつける最良の時なのです。
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赤ちゃんは生後数日で,母親の声に慣れてほかの人より母親の声を好むようになる
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3歳児はそれまで以上に,良いことや悪いこと,正しいことや間違ったことなどの概念を学ぶようになる
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こんな理由でかんしゃくを起こすことも
「新版 ― 親の権威」(英語)の中で,ジョン・ローズモンドはこう書いています。「ある親たちは,子どもがかんしゃくを起こすのは,子どもの求めに正しくこたえていないからだと考える。……子どものかんしゃくの原因が親の側にあるのだから,その間違いをすぐに正さなければならないと思うのだ。そのため,『だめ』と言ったあとで『いいよ』と言ってしまう。あるいは,おしりをたたいたあとに引け目を感じ,子どもが最初に欲しがったよりも多くのものを与えてしまう。こうして子どもは優位に立つ。かんしゃくが治まって,親はほっとする。子どもは,かんしゃくが物を手に入れる有効な方法であることを覚え,もっとひどいかんしゃくを,もっと多く起こす」。
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親たちの言葉目ざめよ! 2011 | 10月
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親たちの言葉
就学前のお子さんをお持ちなら,難しい状況にぶつかることもあるでしょう。例えば,子どもがかんしゃくを起こしたらどう対応できますか。物事の善悪を教え,ほどよい矯正を与えるにはどうすればよいでしょうか。ある親たちは次のように対応しました。
かんしゃく
「子どもは“恐るべき2歳児”になると,何でも思いどおりにしたがります。うちの息子もそうでした。思いどおりにならないと,やたらと物を投げます。初めての子だったので,かんしゃくを起こす子どもにどう接したらよいか分かりませんでした。よくあることだと言われても,何の助けにもなりませんでした」。―スーザン,ケニア。
「2歳になると,娘は床の上でのけぞり,泣いたりわめいたり,周りのものをけったりしました。……もうお手上げでした。いったんそうなると,何を言っても聞きません。それで夫とわたしは,娘を子ども部屋に連れて行き,泣きやんだら出ておいで,一緒に話しましょう,と穏やかに言いました。泣きやむと,夫かわたしが部屋に入り,娘の行動のどこが良くなかったかを言って聞かせました。この方法はうまくいきました。ある時など,娘はごめんなさいと,神にお祈りしていました。やがて,かんしゃくを起こすことが少なくなり,そのうち起こさなくなりました」。―ヨランダ,スペイン。
「幼児も,どこまでわがままが許されるか試そうとします。はっきり,だめと言い聞かせた行動を許してしまうと,子どもは混乱します。うちの場合,妻とわたしが毅然とし一貫していると,子どもはわめいても思いどおりにはならないことを徐々に学習してゆきました」。―ニール,英国。
しつけ
「5歳に満たない子どもがどれほど話を聞いているか,見分けるのは困難です。かぎは繰り返すことです。身ぶりを交えつつ毅然とした口調で,何度も何度も,数えきれないと思えるほど繰り返し言って聞かせる必要があります」。―セルジュ,フランス。
「うちの子たちは同じ環境で育ちましたが,4人ともそれぞれ異なっていました。娘の一人は,親の期待に添えなかったと知っただけで泣きましたが,別の娘はどこまで我を通せるか試そうとしました。少しにらんだり叱ったりするだけで十分な場合もあれば,お仕置きが必要な場合もありました」。―ネイサン,カナダ。
「妥協しないことは大切ですが,独断的になったり厳格になったりしないようにすることも必要です。子どもが本当に反省しているなら,時には状況を考慮に入れて軽く叱る程度でよいと考えています」。―マテュー,フランス。
「ルールを多く作りすぎないようにしていますが,決めたルールは必ず守るよう求めています。3歳の息子は,言いつけを破ったらどうなるかを知っていて,行儀よくできます。わたしが疲れている時には,息子の良くない行動を見過ごしたくなりますが,一貫性を持たせるためにも,強いて息子を正します。一貫性はとても重要です」。―ナタリー,カナダ。
一貫性
「小さな子どもの記憶はコンピューターのメモリーのようで,親が一貫していないとすぐに気づきます」。―ミルトン,ボリビア。
「息子は,自分の要求が通らない時にいろいろな手を使って,親の答えが変わるかどうかを試そうとします。また,わたしと妻の言うことが違うと,それに乗じて思いどおりにしようとします」。―アンヘル,スペイン。
「息子が悪いことをしても,わたしがいい気分の時には何もせず,いらいらしている時には厳しく叱るということがありました。そうすると,悪い行動をエスカレートさせてしまいます」。―ギョンオク,韓国。
「小さな子どもにとって,間違っていると今日言われたことはその後もずっと変わらない,という点を学ぶことは重要です」。―アントニオ,ブラジル。
「親が一貫性に欠けていると,子どもは父親と母親が気まぐれで,その判断は気分次第で変わると考えます。しかし,夫婦で定めた原則を固守するなら,親がだめと言った事柄はいつもだめだということを知ります。このような方法でも,親は子どもに安心感を与え,愛情を示すことができます」。―ジルマル,ブラジル。
「子どもは,親を操れそうな状況を利用することがあり,ほかの人がいる時に頼み事をしたりします。答えがノーなら初めからノーと言い,いくらねだられても答えは変わらないということを息子に示しています」。―チャンソク,韓国。
「親は一致結束する必要があります。ある事柄について妻と意見が異なるなら,二人だけで話します。親の意見が一致していないと,子どもは必ずといっていいほど気づき,そこを突いてきます」。―ヘスス,スペイン。
「子どもは,親が一致し,親を操れないということを知ると,安心するようです。素直に従う時もそうしない時も,どうなるかが分かるのです」。―ダマリス,ドイツ。
「妻とわたしは,娘にした良い約束を守ることも一貫性に含まれると考えています。それによって娘は,わたしたち親の約束は信頼できるということを学びます」。―ヘンドリク,ドイツ。
「上司が仕事上の要求をころころ変えるなら,腹が立つと思います。子どもも同じです。子どもはルールを知り,そのルールが変わらないということを知ると,安心します。さらに,従わない時の結果も知る必要があり,それも変わらないということを知らなければなりません」。―グレン,カナダ。
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「あなた方の,“はい”は,はいを,“いいえ”は,いいえを意味するようにしなさい」。―ヤコブ 5:12。
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家族のプロフィール
予定外の妊娠にどう向き合ったか
トム・ハンとヨンヒ・ハン
トム: 結婚して半年で妻のヨンヒが妊娠していることが分かりました。わたしは表向きは平静を装っていました。妻を安心させ,慰め,力になりたいと思ったのです。でも内心はパニックでした。
ヨンヒ: とてもショックで,怖くて仕方なく,ずっと泣いていました。母親になるのはまだ無理だと思いました。
トム: わたしも父親になる用意ができていないと感じました。でも,子どもを持つほかの人たちと話して,予定外の妊娠は意外と多いことを知りました。さらに,子育ての楽しさについてほかの親たちから聞いたことも役立ちました。恐れや不安が徐々に期待へと変わってゆきました。
ヨンヒ: 娘のアマンダが生まれると,新たな問題が起きました。娘は泣いてばかりいて,わたしは何週間も眠れませんでした。食欲もなくなり,疲れ果ててしまいました。初めは人に会うのも嫌でした。だからといって,家にこもっていても気持ちが晴れませんでした。それで赤ちゃんのいる新米のお母さんたちと時間を過ごすことにしました。それにより情報交換ができ,悩みを持っているのは自分だけではないことに気づきました。
トム: 家族の決まった予定を守るように努めました。妻もわたしもエホバの証人なので,伝道活動やクリスチャンの集会に欠かさず行くよう決意しました。さらに,子どもを持つと出費がかさみ,予想外の支出が必要なこともあります。それで収入の範囲内で生活し,負債を抱えないようにしました。負債はストレスを増やすからです。
ヨンヒ: 最初は,幼い娘を連れて伝道に行くことは実際的ではないように感じました。人の気を散らすこともあるからです。でも連れて行ってみると,赤ちゃんがいることでその場がなごみました。それを知ったので,きちんとその活動に参加し,娘についてもっと積極的な見方ができるようになりました。
トム: 子どもは「エホバからの相続物」,また「報い」でもあると,聖書は述べています。(詩編 127:3)この言葉から,子どもは貴重な贈り物であることを認識できました。財産を相続したら,賢く運用することも浪費することもできます。子どもの成長のどの段階も,その時期ならではのものであり,自分も娘の成長段階の一つ一つにかかわりたい,と思っています。その時は二度と戻ってこないからです。
ヨンヒ: 人生にはサプライズも付きものですが,予定外に子どもを持つというサプライズはそう悪くありません。アマンダは6歳になり,今はこの子のいない生活など考えられません。
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トム,ヨンヒ,娘のアマンダ
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児童期の子育て目ざめよ! 2011 | 10月
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児童期の子育て
「子どもは5歳ごろまでは温かい家庭で守られ,良い特質をはぐくむのも容易です。でも,いったん学校に上がると,行動や話し方が異なる人たちの影響にさらされます」。―バルター,イタリア。
子どもは成長とともに世界が広がり,その世界を知ろうとします。それまでよりも多くの人と接します。遊び友達や学校の友達も増え,親族との行き来もあります。上のバルターの言葉にもあるように,子どもはごく幼い時はもっぱら親の影響を受けるだけでしたが,大きくなると他の人からも影響を受けます。ですからこの児童期に,従うことや良いマナーの価値を教えることはとても大切です。善悪についての指針を与えることも重要です。
いま挙げた事柄は,一朝一夕に自然と身につくわけではありません。おそらく,『辛抱強さと教えの術とを尽くして戒め,けん責し,説き勧める』必要があるでしょう。(テモテ第二 4:2)イスラエル人の親たちは,神の律法について次のように命じられていました。「あなたはそれを自分の子に教え込み,家で座るときも,道を歩くときも,寝るときも,起きるときもそれについて話さねばならない」。(申命記 6:6,7)この聖句も示すとおり,親が継続的に教えることはどうしても必要です。
子どもを育てる責任を果たすには,乗り越えるべき事柄がいろいろあります。その幾つかを取り上げましょう。
聴くべき時
「話すのに時がある」ように聴くのに時がある,とも聖書は述べています。(伝道の書 3:7)親を含め他の人が話す時,注意を払うようお子さんをどのように教えることができますか。一つの方法は,手本を示すことです。あなたは,お子さんを含め他の人の話をよく聴きますか。
子どもは気が散りやすいものです。そのため,子どもと意思を通わそうとする時に,親には辛抱が求められるでしょう。子どもは一人一人異なるので,よく観察し,どのように意思を通わせるのがその子に最善かを見定めてください。例えば,英国に住む父親のデービッドはこう言います。「わたしが娘に何か言う場合,どんなことを話したか,もう一度言ってみるよう勧めます。娘は大きくなるにつれ,人の話をよく聴けるようになっています」。
イエスも弟子たちを教えた時,「あなた方は,どのように聴くかに注意を払いなさい」と指示しました。(ルカ 8:18)大人でも注意を払う必要があるのですから,子どもはなおさらです。
「互いに惜しみなく許し合いなさい」
「だれかに対して不満の理由がある場合でも,引き続き互いに忍び,互いに惜しみなく許し合いなさい」と聖書は述べています。(コロサイ 3:13)子どもでも,訓練されるなら人を許すことができるようになります。どうすればよいでしょうか。
すでに述べた,話を聴くことと同様に,この点でも親の手本が必要です。他の人を進んで許そうとするあなたの姿勢を,お子さんにも見せてください。ロシアのマリーナという母親は,努めてそうしています。本人はこう言います。「人を許し,進んで譲り,腹を立てないという点で,夫とわたしは子どもに手本を示すよう心がけています。自分に落ち度がある時は,子どもたちに謝ります。他の人と接する時に,子どもにもそうしてほしいからです」。
仲たがいを解決し,許すことは,大人になってからも必要です。他の人を思いやり,自分がした間違いの責任を取るよう,今からお子さんを訓練してください。そうすれば,子どもが大きくなるにつれて役立つ,価値の高いものを分け与えることになるのです。
「感謝を抱いていることを示しなさい」
「対処しにくい危機の時代」である現在,多くの人は「自分を愛する者」になっています。(テモテ第二 3:1,2)ですから,子どもの時期に感謝の心をはぐくむのは大切なことです。「感謝を抱いていることを示しなさい」と,使徒パウロは書いています。―コロサイ 3:15。
子どもは幼くても,良いマナーや他の人への思いやりを学べます。どのようにですか。カイル・プルエット博士はペアレンツ誌(英語)の中でこう述べています。「感謝する気持ちを育てるうってつけの方法は,家でその姿勢をたゆみなく示すことである。要は,自分が受けた助けや思いやりの行為にいかに感謝しているかを日ごろから言葉で伝えることである。……それにはかなりの練習が必要になる」。
英国に住む父親のリチャードはそのことを心がけており,こう語ります。「妻もわたしも,先生や祖父母など,親切にしてくれた人に感謝をどのように表わせるかを示しています。家族で食事に呼ばれた時は感謝のカードを書き,子ども全員が名前を記入したり絵を描いたりします」。礼儀や感謝を示すことは,子どもが後の人生で,他の人と長く続く親しい関係を築くのに役立ちます。
「懲らしめを差し控えてはならない」
子どもが年齢とともに,行動には責任が伴うことを学ぶのは肝要です。子どもは幼くても,権威を持つ人に従う必要があります。それは家の中だけでなく,学校や地域社会においても言えることです。自分のまくものを刈り取るという原則を学べるよう,親は子どもを助けることができます。(ガラテア 6:7)どのようにですか。
「懲らしめを差し控えてはならない」と聖書は述べています。(箴言 23:13)何らかの悪いことをしたら罰を与えるとはっきり伝えた場合,そのとおりにすることをためらわないでください。アルゼンチンに住む母親のノルマはこう語ります。「一貫していることはとても重要です。それが欠けると,子どもは自分の思いどおりに物事を運ぼうとします」。
従わない場合の結果を前もって理解させておくなら,子どもが何かまずい行動を取ったあとに親子の間で言い合いが起きるのを防げます。子どもはルールと,ルールを破った場合の結果とを知っているなら,さらには言い訳が通用しないことを知っているなら,むやみに反抗したりはしないでしょう。
もちろん,懲らしめが功を奏するには,怒りにまかせて与えてはなりません。聖書にはこうあります。「すべて悪意のある苦々しさ,怒り,憤り,わめき,ののしりのことばを……あなた方から除き去りなさい」。(エフェソス 4:31)懲らしめと言っても,残酷な罰を与えたり,身体面や感情面で子どもを虐待したりすることは,あってはなりません。
子どもの行動にあまりにもいらいらさせられる場合はどうでしょうか。ニュージーランドに住むピーターという父親は,正直にこう語ります。「自分を抑えるのが難しく思う時があります。ですが子どもは懲らしめが,行動の責任を問われて与えられたのであり,親が腹立ちまぎれに与えたものではない,ということを知る必要があります」。
ピーターは妻とともに,与えられる矯正の長期的な益を子どもが理解できるように助けています。こう述べています。「子どもたちが親をひどく失望させるようなことをするとしても,その悪い行ないをくどくど言い立てるのではなく,どう行動すべきだったかを話し合うようにしています」。
『道理をわきまえていることが知られるようにしなさい』
神は,ご自分に仕える国民に与える矯正について,「わたしはあなたを適度に打ち懲らさなければならない」と述べておられます。(エレミヤ 46:28)親が与える矯正も,公正なもので,なされた悪い行ないに見合っているなら,良い結果を生むでしょう。パウロはクリスチャンにあてて,『あなた方が道理をわきまえていることが知られるようにしなさい』と書いています。―フィリピ 4:5。
道理をわきまえていることには,子どもの尊厳を損なわずに矯正を与えることも含まれます。イタリアの父親サンティはこう語ります。「息子や娘をけなすことは決してしません。むしろ,根底にある問題点を見極め,それを扱います。ほかの人がいる前で懲らしめを与えたりはしません。兄弟の前でも極力与えないようにしています。さらに,人前でも,本人だけとの時にも,その子の落ち度を挙げてちゃかすということはしません」。
少し前に出てきたリチャードも,道理をわきまえた対応の大切さを理解し,こう語っています。「子どもが何かよくないことをするたびに罰を厳しくしてゆくことは禁物です。一度懲らしめを与えたなら,あとで蒸し返して落ち度を言い立てたりしないことは重要です」。
子育ては,自己犠牲が求められ苦労を伴うとはいえ,豊かな報いをもたらします。ロシアの母親エレーナもそう感じています。「息子と時間を過ごせるようにパートの仕事を選んできました。そうするには努力が求められ,収入も減りました。でも息子が喜び,親子の絆が強まったことを思うと,犠牲を払ったかいがあったと思います」。
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他の人を思いやることを子どもに教える
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子どもの尊厳を損なわずに矯正を与える
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親たちの言葉目ざめよ! 2011 | 10月
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親たちの言葉
子どもが年齢とともに,従うことの価値を学ぶようどのように助けることができますか。大人へと成長する過程で,実生活に必要な技術をどのように教えることができますか。世界各地の親たちの言葉をご紹介しましょう。
対人関係や家事
「夕食時にその日にあったことを話す時,子どもたちもそれぞれ話を聴くことを学びます。わたしたち親がじっと話を聴くのを見て,子どもたちも他の人に対して,また兄弟同士でも,敬意を示すようになりました」。―リチャード,英国。
「子どもたちが互いに敬意を示し,けんかしても自分たちだけで仲直りするのを見ると,うれしくなります。子どもたちはまた,大人に対してもきちんと受け答えができます」。―ジョン,南アフリカ。
「わたしも完全ではないので,意図せずに子どもの気持ちを傷つけてしまうことがあります。そういう時は,必ず謝るようにしています」。―ジャネル,オーストラリア。
「家のいろいろな仕事をするよう子どもたちを訓練しています。周りの人の益になることを行なうよう教えると,家の中の物事がスムーズに,平和に運びます。子どもも達成感を持てます」。―クリーブ,オーストラリア。
「子どもたち一人一人に,互いを理解し尊重し許し合うことを教えるのは大変ですが,大切なことです」。―優子,日本。
衛生と健康
「子どもたちが幼いころは,お風呂に入って体をきれいにすることを教えました。楽しめるように,子ども用のかわいいせっけんや,アニメキャラクターのシャンプー,動物の形をしたスポンジを用意しました」。―エドガル,メキシコ。
「水道が来ていない地域で暮らしていた時は,水をためた容器とせっけんを手近な場所に置いておき,みんなが家に入る時に手を洗えるようにしていました」。―エンデュアランス,ナイジェリア。
「子どもに毎日,体に良い食事を食べさせます。また,バランスの取れた食事がなぜ大切か説明します。子どもはいろいろな材料がどんな料理になるかに興味を示すので,食事の準備を手伝わせます。そのように一緒に行なうと会話もはずみます」。―サンドラ,英国。
「運動は大切なので,わたしたち親が手本を示すようにしています。子どもたちは家族でジョギングや水泳,テニス,バスケットボール,サイクリングなどをするのが好きです。運動は大切であるだけでなく楽しい,ということを知っています」。―ケレン,オーストラリア。
「子どもにいちばん必要なのは,親と過ごす時間です。お金もプレゼントも旅行も,その代わりにはなりません。わたしは子どもが学校に行っている午前中だけ働いて,午後には子どものために時間を充てるようにしています」。―ロミナ,イタリア。
懲らしめ
「懲らしめについては,決まった方法があるわけではないことを知りました。何が最善かは状況次第です。心に訴える率直な話し合いや,何かの楽しみごとを制限することが懲らしめになる場合があります」。―オグビティ,ナイジェリア。
「言いつけをきちんと理解しているか確かめるため,その内容をもう一度子どもに言わせます。わたしたち親も,語ったとおりにします。子どもが言われたことを果たせる人になってほしいなら,親の務めとして,従わない時に罰を与える必要があります」。―クリーブ,オーストラリア。
「子どもを正す時は,かがんで目線を合わせるのが効果的です。そうすれば,子どももわたしの言うことに注意を向けやすくなります。わたしの表情を見ることもできます。表情には言葉と同じほどの力があります」。―ジェニファー,オーストラリア。
「子どもに対して『いつも聴いていない』といった言い方をしないようにしています。実際に聴いていないように思える時もです。さらに,子どもをほかの兄弟の前で叱ることはしません。そっと耳打ちするか,別の場所に連れていって二人だけで話すようにします」。―ルディ,モザンビーク。
「子どもは影響を受けやすく,まねをするのが好きです。そのため,学校の友達やメディアや周囲の環境から受ける悪い影響を正し,健全な原則に基づくしっかりした道徳観を持たせる必要があります。道徳面できちんとした基盤があるなら,子どもは害を及ぼすものを退けることができます」。―グレゴワ,コンゴ民主共和国。
「懲らしめを与える時は,毅然とした態度を示し,公平であり,一貫していなければなりません。子どもは悪いことをしたらどんな罰を与えられるかを理解し,その言葉どおりに親はするということを知る必要もあります」。―オーウェン,英国。
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「あなた方の子供をいらいらさせて気落ちさせることのないようにしなさい」。―コロサイ 3:21。
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家族のプロフィール
ひとり親としてやってゆく
ルシンダ・フォルスターへのインタビュー
ひとり親としてどんな点がいちばん大変ですか。
親であるというだけでも大変ですが,ひとり親になると時間と体力の配分が特に難しいと感じます。子どもに原則や価値規準を教えるには時間がかかり,それ以外にも家族で一緒にくつろいで楽しむ時が必要です。家事を済ませるために,自分がゆっくりする時間もしばしば犠牲にしなければなりません。
お子さんとのコミュニケーションを良いものとするため,どんなことを心がけていますか。
親が離婚すると,子どもは不安やいらだちを感じるものです。問題が起きる時,子どもの目を見て,穏やかな口調で話すことがどうしても必要だと気づきました。子どももわたしも落ち着いてから,気がかりな点をわたしのほうから切り出すようにしますが,大げさな言い方にならないようにしています。その点についてどう思うか尋ね,真剣に聴くようにし,子どもの気持ちを大切に思っていることを示します。学校の勉強に関心を払い,子どもがしていることを褒めます。食事の時はいつも一緒にテーブルを囲み,穏やかでくつろいだ雰囲気になるようにします。そして事あるごとに,子どもをとても愛していることを伝えます。
お子さんの行動をどのように正しますか。
子どもには行動の明確な指針が必要です。一貫性も欠かせません。親切でも毅然とした態度を取るようにしています。子どもと筋道立てて話し,行なったことがなぜ良くないかを説明する必要があります。また,懲らしめを与える時はまず子どもの考えをよく聴き,なぜそのように行動したかを見極めるようにしています。こちらが状況を誤解するなどして間違っていたなら,謝ります。
人に敬意を払うことをどのように教えていますか。
自分にして欲しいと思うとおりに,人にもするようにというイエスの教えを思い出させます。(ルカ 6:31)兄弟げんかになってもすぐに口を挟まずに,できるだけ自分たちで問題を解決するよう勧めています。さらに,嫌なことをされても,穏やかに親切に接することの価値を教えています。
どんなレクリエーションをしていますか。
休暇を取って出かける余裕はあまりないので,新聞を見てお金のかからない活動を探します。ピクニックをしたり,散歩がてら苗木屋さんに植物を見に行ったりします。庭にハーブを植え,料理のために好きなハーブを摘む楽しみもあります。近くの公園でただ一緒に過ごすだけだとしても,レクリエーションは大切です。
どんな喜びや励みを得てきましたか。
ひとり親家庭の生活は大変ですが,家族の絆が強まり,得ている良いものに感謝することを学びました。子どもたちの人格面での成長を見るのも楽しみです。まだ親と一緒にいたがる年齢なので,子どもと過ごす時間を大切にしています。娘たちはわたしの気分をよく察し,時には元気づけようと,ぎゅっとハグしてくれます。そのように愛情を表現してもらえると,とてもうれしくなります。何よりも,気づかいにあふれる創造者が愛を示し,困難な時期に助けてくださったと感じています。聖書から,良い親であるためにがんばり続ける力が得られました。―イザヤ 41:13。
[図版]
ルシンダ,娘のブリーとシェイ
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思春期 ― 大人になる備えをさせる時目ざめよ! 2011 | 10月
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思春期 ― 大人になる備えをさせる時
旅行で熱帯の島から北極圏に入ったとしましょう。飛行機を降りると,極寒の気候の寒さが身にしみます。順応できるでしょうか。大丈夫です。でも幾らかの調整は必要でしょう。
子どもが思春期に入る時に親が直面する状況も,それに似ています。一夜にして気候が変わってしまったように思えるかもしれません。いつもあなたにまとわりついていた男の子は,今では仲間と過ごすことを好みます。その日にあったことを話したくてうずうずしていた女の子は,そっけない返事しかしません。
母: 「学校どうだった?」
娘: 「ふつう」。
「……」。
母: 「何かあったの?」
娘: 「別に」。
「……」。
どうなってしまったのでしょうか。「本音を読み解く」(英語)という本は次のように説明しています。「[少し前までは]子どもの生活の中でマネージャー的存在として楽屋まで入れたが,今では客席のチケットが取れればまし。しかも,あまりいい席は取れないだろう」。
もう部外者になってしまったのでしょうか。そうではありません。思春期を通じて,子どもの近くにいることはできます。とはいえ,胸が躍るようなこともあれば波乱もあるこの時期に,子どもにどんな変化が起きているかを理解する必要があります。
子どもから大人への移行期
研究者たちはかつて,人間の脳は5歳ごろまでにはほぼ形成されると考えていました。今では,脳の大きさはその年齢以降はあまり変わらないものの,働きとなると話は別であると考えています。若い人は思春期に入ると,ホルモンの大きな変化を経験し,考え方にも影響が及びます。例えば,子どもは幼いころには物事を額面どおり,ただ良いか悪いかという視点で見がちですが,思春期になると抽象的な考え方をするようになり,物事の根底にある幾つかの要素を比較考量できるようになります。(コリント第一 13:11)さらに,信念を持つようになり,それを言い表わすのをためらいません。
イタリアのパオロという男性は,思春期の息子の変化についてこう述べています。「息子はまだ十代で,あどけなさが残っていますが,一人前の男性を相手にしているかのように感じます。もう小さな子どもではないのです。身体面の変化も見られますが,何より驚かされるのは考え方の変化です。思っていることをはっきり述べ,強く主張できるのです」。
あなたのお子さんもそうですか。小さい時は言いつけを素直に守り,なぜという問いには「お母さんがそう言ったでしょう」と言うだけでよかったかもしれません。しかし,思春期の子どもは納得のいく理由を求め,家族が指針とする価値規準を疑問視することさえあるかもしれません。その態度は親の目に反抗と映ることがあります。
とはいえ,お子さんが親の価値規準を覆そうとしていると早合点してはなりません。親の持つ価値規準を自分のものとし,今後の人生の指針にしようと模索しているだけなのかもしれません。こんな例で考えてみましょう。引っ越しで家具を持ってゆく場合,新しい間取りで家具を置ける場所を見つけるのは簡単ですか。そうではないでしょう。だからといって,大切にしている家具をすぐに捨ててしまうことはしません。
思春期の子どもも同じような状況にあります。『父と母を離れる』時に向けて準備を進めているのです。(創世記 2:24)その日はまだ先で,お子さんはまだ大人ではありません。それでもある意味で,荷造りを始めています。親に教えられてきた価値規準を,十代の時期を通じて確かめ,大人になった時にどれを持っていこうかと考えているのです。a
子どもがそのようなことを考えているかと思うと,どきっとするかもしれません。とはいえ,はっきりしている点として,子どもが大人になっても持ち続けるのは自分が大切だと思う規準だけです。ですから思春期の子どもにとって,親元にいる今は,指針となる原則を入念に確かめるとよい時です。―使徒 17:11。
このように確かめることは,お子さん自身の益となります。いま親の規準を理由も考えずに受け入れているなら,後の人生で他の人の規準もあまり考えずに受け入れてしまうかもしれないからです。(出エジプト記 23:2)聖書もそのような若者が『心が欠けている』ために簡単にたぶらかされると述べています。(箴言 7:7)『心が欠けている』とは,とりわけ識別力に欠けていることを意味します。若い人は信念がないと,「人間のたばかり……によって,波によるように振り回されたり,あらゆる教えの風にあちこちと運ばれたり」しかねません。―エフェソス 4:14。
どうすればこうした状況を避けられますか。価値の高い,次の三つのものをお子さんに持たせることです。
1 知覚力
「円熟した人々」は,「自分の知覚力を訓練し,正しいことも悪いことも見分けられる」と,使徒パウロは書いています。(ヘブライ 5:14)『でも,何が正しく何が悪いかは何年も前から教えてきた』と思う方もおられるでしょう。確かに,幼い時に与えた訓練はその時点で益となり,成長の次の段階に進むための備えとなったことでしょう。(テモテ第二 3:14)それでもパウロは,知覚力を訓練する必要があると述べています。子どもは小さい時には何が正しく何が悪いかを知っているかもしれませんが,思春期に入ると,『理解力の点で十分に成長した者となる』必要があります。(コリント第一 14:20。箴言 1:4; 2:11)あなたもお子さんが盲目的に従うだけでなく,筋道立てて考える力をつけてほしいと思われるでしょう。(ローマ 12:1,2)どうすればその面で助けになれますか。
一つの方法は,気持ちを自由に述べさせることです。話の腰を折らず,意に反することを言っても過剰に反応しないよう努めましょう。聖書も,「聞くことに速く,語ることに遅く,憤ることに遅くあるべきです」と述べています。(ヤコブ 1:19。箴言 18:13)さらに,「心に満ちあふれているものの中から口は語る」とイエスは言いました。(マタイ 12:34)話を聴くなら,子どもが実際にどんなことを気にしているかが分かるでしょう。
こちらが話す時は,角のある言い方を避け,できれば質問してください。イエスも時折「あなた方はどう考えますか」という質問をし,弟子たちだけでなく,かたくなに反対する人の意見も求めました。(マタイ 21:23,28)これと同じ方法を思春期のお子さんに使えます。子どもが,親と反対の意見を述べる時でもそうです。例を挙げましょう。
お子さんがこう言うなら: 「神なんていないんじゃないかなあ?」
避けたい答え方: 「いまさらなんてことを言うんだ。神を信じるのは当然だろう!」
むしろこう言えます: 「どうしてそう思うんだい?」
なぜ気持ちを聴きますか。その子の言葉は聞いていますが,考えを知る必要があるからです。(箴言 20:5)神がいるかどうかということよりも,神の定めた規準が引っかかっているのかもしれません。
例えば,道徳に関する神の律法を守るのが難しいと感じる若者は,神はいないことにすればその律法に従わなくて済む,と考えるかもしれません。(詩編 14:1)『神が存在しないのなら,聖書の規準を守る必要はない』と考えるのです。
お子さんがそのように考えているようなら,次の問いについて筋道立てて考えさせる必要があるでしょう。神の規準が自分の益のためにあると本当に信じているか,という問いです。(イザヤ 48:17,18)益となると子どもが信じているなら,そのために努力を払うほうが良いのではないか,と励ましてください。―ガラテア 5:1。
お子さんがこう言うなら: 「お父さんの宗教が僕の宗教だとは限らない」。
避けたい答え方: 「これはうちの宗教だ。うちの子なんだから,親の宗教を受け入れるべきだ」。
むしろこう言えます: 「それははっきりした意見だね。でも,お父さんの信条を受け入れないと言うのなら,違う考えがあるんだろうね。じゃあ,何が正しいと信じているの? どんな規準にしたがってゆくべきだと思うんだい?」
なぜ気持ちを聴きますか。このように一緒に筋道立てて考えるなら,子どもが自分の本当の気持ちを確かめるように助けることができます。子どもは,親と同じ信条を持っていることに気づき,実際は全く別の事柄に引っかかっていることが分かるかもしれません。
例えば,お子さんは自分の信条を他の人にどう説明したらよいのか分からないのかもしれません。(コロサイ 4:6。ペテロ第一 3:15)あるいは,自分と同じ宗教に属さない異性に魅力を感じているのかもしれません。問題の根底にあるものを見極め,子ども自身もそうできるように助けましょう。子どもは知覚力を用いれば用いるほど,大人になるための備えができます。
2 大人からの導き
心理学者の中には,十代は“疾風怒濤”の時期になることを当然予期すべきだと言う人もいますが,そのような傾向が見られない文化圏が今もあります。研究者たちが分かった点として,それらの地域では若者が早くから大人として社会の一員になっています。若くても大人と共に働き,交流し,成人としての責任をゆだねられます。そうした社会では,「若者文化」,「青少年の非行」,さらには「思春期」という言葉さえ存在しません。
それとは対照的に,多くの国の若い人は大規模学級に押し込まれ,学校で意味ある交流を持つ相手となるのは同世代の人たちだけです。家に帰っても,親が共働きしていてだれもいません。親族が近くに住んでいるわけでもありません。子どものいちばん身近にいるのは,同年代の子たちです。b この状況がどんな危険をはらんでいるか,お気づきですか。ただ悪い仲間と付き合うおそれがあるというだけのことではありません。まじめで素行のよい若者でも,大人の世界から切り断たれると無責任な行動に走りがちであることを研究者たちは知りました。
若者を大人から隔絶しなかった社会の一つとして,古代イスラエルを挙げることができます。c 例えば聖書によれば,ウジヤはまだ十代でユダの王になりました。ウジヤがそのような重責を担えたのはなぜでしょうか。ゼカリヤという名の大人が良い感化を与えたことが一つの要因だったと思われます。ゼカリヤについて聖書は,「まことの神への恐れを教え諭す者」と述べています。―歴代第二 26:5。
十代のお子さんには,あなたと同じ価値規準を持つ,相談相手となってくれる大人がいますか。そのような助けをお子さんが喜ぶ時,ねたんだりしないでください。お子さんが正しい行動を取るよう助けてもらえるからです。聖書にも,『賢い者たちと共に歩んでいる者は賢くなる』という格言があります。―箴言 13:20。
3 責任感
国や地域によっては,若年労働者の週ごとの就労時間の限度や,就いてはいけない職種が法律で定められています。このような制限は,子どもを危険な作業環境から守ることを意図したものです。18世紀から19世紀の産業革命以降,こうした弊害から子どもを守る必要性が叫ばれるようになりました。
児童労働に関する法律により,若者は危険や虐待から守られています。その一方で専門家の中には,そうした制限のために若い人は責任を担えなくなってしまったと見る人がいます。「思春期を抜け出せない大人にしないために」(英語)という本にあるとおり,結果として多くのティーンエージャーは,「面倒を見てもらって当然という横柄さ,手に入れるための苦労をせずに,差し出されるものを受ける権利があるという見方」を身につけました。この本の著者たちは,こうした態度について,「世の中がティーンエージャーに何らかの貢献を求めるよりも彼らを楽しませることに重きを置いたことの当然の帰結に思える」とも述べています。
一方,聖書は早くに重い責任を担った若者の例を挙げています。それはテモテです。テモテは使徒パウロに出会った時,まだ十代だったと思われます。テモテはパウロから強い感化を受け,ある時には,「あなたのうちにある神の賜物を,火のように燃え立たせる」ようにと諭されました。(テモテ第二 1:6)テモテはおそらく十代の終わりか二十代の初めに家を出ました。そして使徒パウロと旅行し,各地で会衆の設立を助け,兄弟たちを強めました。パウロはテモテと10年ほど働いた後,フィリピのクリスチャンにこう語ることができました。「あなた方のことを真に気づかう,彼のような気持ちの者は,わたしにとってほかにいないのです」。―フィリピ 2:20。
思春期の子どもは多くの場合,責任を担う意欲を持っています。責任を担うことには,人のためになる意味ある仕事をすることが関係しており,それを知ると子どもの意欲はいっそう強まります。子どもが責任を担うことは,将来,責任感のある大人へと成長するための訓練となり,いま本人の持つ良い資質を引き出すことにもなります。
新たな“気候”に順応する
この記事の初めで触れたとおり,思春期のお子さんを持つ方なら,ほんの数年前とは“気候”が変わったことにお気づきでしょう。それでも,これまでのお子さんの成長段階でもしてこられたとおり,順応できることを確信してください。
子どもの十代の時期を,(1)知覚力を養うよう助け,(2)大人からの導きを与え,(3)責任感を持たせるための機会と見てください。このようにすれば,大人になる備えをお子さんにさせることができるでしょう。
[脚注]
a ある本は思春期を的確にも,「別れを告げてゆく期間」と表現しています。詳しくは,エホバの証人の発行した「ものみの塔」2009年5月1日号10-12ページをご覧ください。
b ティーンエージャー向けの娯楽の中には,若者の,同年代で固まろうとする傾向を利用したものがあります。そのような娯楽は,若者には独自のサブカルチャーがあり,大人は理解できず入り込めない,という考え方を促進します。
c 「思春期」や「ティーンエージャー」に相当する語は聖書にはありません。神の民の間では,キリスト紀元の前もその後も,若い人は今日の多くの文化圏で標準とされる年齢より早く大人として扱われたようです。
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「わたしにとって最高の父と母です」
親の立場にあるエホバの証人は,聖書の原則にしたがって生活するよう,言葉と手本によって子どもを教えます。(エフェソス 6:4)しかし,そうするよう子どもに無理強いしたりはしません。親であるエホバの証人は,子どもが自分で決定を下せる年齢になったら,生活の指針とする価値規準を子ども自身が選ばなければならない,という点を理解しています。
18歳のアシュリンは,親に教えられた価値規準を自分のものにしました。こう述べています。「わたしにとって,宗教は単に週に一日だけ行なう活動ではなく,生き方そのものです。自分の行動や下す決定すべてに,例えばだれを友達にし,どの科目を選択し,どんな本を読むかということにも関係してきます」。
アシュリンは,クリスチャンの親から与えられたしつけにとても感謝し,こう語ります。「わたしにとって最高の父と母です。エホバの証人になり,その歩みを続けたいという願いをはぐくんでもらえ,うれしく思います。これからもずっと,父と母にアドバイスを求めてゆくつもりです」。
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お子さんが気持ちを話せるようにしましょう
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相談相手となってくれる大人は子どもに良い感化を与える
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意味ある仕事は責任を担える大人になるための助けとなる
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親たちの言葉目ざめよ! 2011 | 10月
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親たちの言葉
子どもが思春期に入ると,多くの親はそれまでになかった数々の問題を経験します。親だけでなく,子どもも当惑することの多いこの時期に,お子さんの成長をどのように助けることができますか。世界各地の親たちの言葉をご紹介しましょう。
変化
「息子は小さいころは,わたしの言いつけを素直に受け入れていました。しかし十代に入ると,父親の権威をそれほど重んじなくなり,わたしの話す内容にも言い方にも反発するようになりました」。―フランク,カナダ。
「息子は以前ほど話さなくなりました。話してくれるのを待つだけではだめで,考えをこちらから尋ねる必要があります。それでも,すぐに答えてくれるわけではありません。考えはいずれ分かりますが,その場では分かりません」。―フランシス,オーストラリア。
「辛抱することはとても大切です。子どもに対して,きつく言いたくなることもありますが,気を静めて話し合うほうが必ず良い結果になります」。―フェリシア,米国。
コミュニケーション
「十代の娘は時々,守りの姿勢に入ります。わたしからあれこれ言われるのではないかと感じるようです。それでわたしは,娘を愛していること,娘の味方であり応援しているということを折に触れて伝えています」。―リサ,米国。
「子どもたちは幼いころは,何でも話してくれました。考えていることを知るのは簡単でした。今では努めて理解を示し,一個の人間として尊重していることが伝わるようにする必要があります。そうしてはじめて,本心を打ち明けてくれます」。―ナンヒ,韓国。
「ただだめと言うだけでは十分ではありません。筋道立てて考えながら,気持ちを通わせ,心を動かす必要があります。そのためには,子どもの考えを進んで聞かなければなりません。たとえそれが心配になるような内容であるとしてもです」。―ダリラ,ブラジル。
「娘を正さなければならない時は,他の人の前ではなく,二人だけで話すようにしています」。―エドナ,ナイジェリア。
「息子と話す時,わたしが家事で気がそぞろになり,しっかり聞いていないということがあります。息子もそれに気づきます。そういうこともあって,わたしにあまり話そうとしないのかもしれません。息子の話にもっと注意を払い,話す気持ちがそがれないようにしてゆこうと思います」。―ミリアム,メキシコ。
自由
「これまでずっと,十代の子どもたちに自由を与えることが不安でした。それが子どもとの言い合いの原因となっていたことは疑えません。この件について子どもたちと率直に話してみました。なぜ心配なのかをわたしが説明し,その後,子どもたちはなぜもっと自由が欲しいかを説明しました。こうして,わたしが定めた必要な枠を超えることはせずに,子どもにもっと自由を与えられるようになりました」。―エドウィン,ガーナ。
「息子はオートバイを欲しがりました。わたしは絶対に反対で,息子を叱り,買うことのマイナス面をあれこれ挙げ,説明の機会を与えませんでした。すると息子は怒り出し,絶対に手に入れると言い張りました。それでわたしはやり方を変えてみました。この点についてあらゆる角度から調べるよう勧め,危険や出費,また免許を取って維持するのに必要な事柄についても考えるよう促しました。さらに,会衆の中の経験あるクリスチャンのアドバイスも求めるよう勧めました。こちらが頭ごなしに否定するのではなく,息子が望んでいる事柄について気兼ねなく話すよう勧めるほうが良い,ということが分かりました。このようにして,心を動かすことができました」。―ヘヨン,韓国。
「子どもたちには制限を設けましたが,自由も少しずつ与えました。与えられた自由を責任ある仕方で用いるなら,さらに自由を与えました。自由を得る機会を差し伸べることにより,それが親の願いでもあることを示しました。とはいえ,子どもたちが信頼を裏切るなら責任を取らせました」。―ドロテ,フランス。
「わたしは決して規準を下げることはしませんでした。ですが,子どもたちがよく従うなら進んで譲歩しました。例えば,門限を遅らせる時もありました。しかし,一度ならず門限を破るなら責任を取らせました」。―イルヒュン,韓国。
「社員は,よく従いきちんと責任を担うなら,上司に目をかけてもらえます。同様に,息子はわたしたちが与えた枠の中でよく従い,責任ある行動を取るなら一層の自由を得られるようになる,ということを理解しています。また,会社で社員が責任を果たさないと罰則を受けるように,自分も自由を責任ある仕方で用いないならそれを失う,ということも知っています」。―ラモン,メキシコ。
[22ページの拡大文]
「子どもにどう生きるべきかを教えなさい。そうすれば,生涯,それを忘れることはないでしょう」。―箴言 22:6,「グッド・ニュース訳」(英語)
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家族のプロフィール
『思春期の子どもを育てるのはすばらしい経験です』
ジョセフ: 上の二人の娘は十代です。わたしは,話をよく聴き,娘たちの見方を受け止めるのが大切だと思っています。親のわたしが自分の欠点を正直に認め,娘たちと話す時に敬意を示すことが,気持ちを通わせるための秘訣です。思春期の子どもを育てるのはすばらしい経験だと感じています。神の言葉 聖書からの導きが助けになっています。
リサ: 長女は十代になると,母親であるわたしの関心をそれまで以上に求めました。それで多くの時間を取って娘の話を聴き,おしゃべりし,娘を安心させました。夫もわたしも,娘たちが何でも自由に話せるようにし,気持ちを尊重したいということを伝えました。わたしは,「聞くことに速く,語ることに遅く」というヤコブ 1章19節の言葉を当てはめるよう努力しています。
ビクトリア: 母はいちばんの友達です。だれに対しても,とても優しく,気遣いを示します。ひとことで言えば純粋な人です。母がいてくれて本当に幸せです。
オリビア: お父さんは思いやりがあって親切です。うちには物は多くありませんが,お父さんはいつも人の役に立とうとします。真剣に教えてくれる時もありますが,家族みんながどうすれば楽しめるかも知っています。とってもいいお父さんで,大好きです。
「退屈している時間などありません」
サニー: 娘たちが悩んでいることがあれば,家族で座って話し合います。家の中はいつもオープンな雰囲気で,聖書の原則に基づいて物事を決めます。妻もわたしも娘たちが,しっかりした考え方をする良い友を持てるよう助けています。わたしたちの友人は子どもの友でもあり,子どもの友達はわたしたちの友でもあります。
イネス: うちはみな活動的なほうで,家族で一緒に物事を行ないます。エホバの証人なので,伝道,個人や家族で行なう聖書研究,災害の救援や王国会館の建設などの奉仕活動にも励んでいます。さらに,バランスを取りながら健全なレクリエーションも楽しんでいます。退屈している時間などありません。
ケルシー: 父はよく話を聴いてくれます。そして,大切な決定をする時には必ず家族みんなに相談します。母も,わたしが助けてほしい時や,ただ話を聴いてほしいと思う時,いつも時間を取ってくれます。
サマンサ: 母はわたしを本当に愛し,とても大切にしてくれます。しかも,自然にそうしてくれるんです。よく話を聴き,気にかけてくれます。母との絆はわたしの宝物です。
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カメラ家: ジョセフ,リサ,ビクトリア,オリビア,イサベラ
サパタ家: ケルシー,イネス,サニー,サマンサ
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親は一定の自由を与えるとしても,道理にかなった制限を設ける
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親は何を目標にできますか目ざめよ! 2011 | 10月
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親は何を目標にできますか
思春期のお子さんがどんな人になることを期待しますか。次の中から選んでください。
A. 親のコピー。
B. 親の正反対になろうとする反抗的な人。
C. 賢い決定をし責任を担える人。
親の中には,Cを選びながら,Aを望んでいることをうかがわせる行動を取る人がいます。自分の価値規準を思春期の子どもに押しつけ,職業の選択などについて指図するのです。そのような扱いを受ける子どもは,一定の自由を手に入れると,正反対の方向に進みます。こうして皮肉にも,Aのやり方で子どもを育てると,結果はBになってしまう場合が少なくありません。
型にはめようとしてもうまくいかない理由
親であれば,お子さんが賢い決定をし責任を担える大人になってほしいと思われるでしょう。では,どうすればその目標を達成できますか。まず,はっきりしているのは,型にはめるのは正しい方法ではない,という点です。二つの理由を見てみましょう。
1. 型にはめる方法は聖書の勧めに反する。エホバ神は人間を,自由意志を持つ者として創造なさいました。人々が良い方向に向かうとしても,そうでなくても,生き方を自分で選ぶことを認めておられます。例えば,カインが弟のアベルに対して殺意を伴う怒りを宿した時,エホバはこうおっしゃいました。「善いことを行なうようになれば,高められるのではないか。しかし,善いことを行なうようにならなければ,罪が入口にうずくまっており,それが慕い求めているのはあなたである。あなたはそれを制するだろうか」。―創世記 4:7。
注目できる点として,エホバはカインに明確な助言を与えましたが,従うよう強制することはなさいませんでした。怒りを制するかどうかはカインの選択にゆだねられました。何を学べますか。エホバは,ご自分が創造した人間であっても,型にはめたり従うよう強制したりはなさいません。ですから,親も思春期の子どもに対してそのような扱いをしないようにすべきでしょう。a
2. 型にはめようとするなら,たいてい逆効果になる。強引なセールスマンにつかまってしまったとしましょう。相手がしつこく売りつけようとすると,それだけ反発も強まるものです。勧められる品物が欲しくても,相手の態度に嫌気がさし,かかわりたくないと思うでしょう。
親が自分の価値規準,信条,目標を思春期の子どもに押しつけようとすると,同様の結果になりかねません。それらのものを子どもは“買い”ますか。そうしたいとは思わないでしょう。むしろ,全く反対の結果になり,子どもは親の規準を嫌うようになるかもしれません。型にはめようとしても,まずうまくいきません。では,どのようにできますか。
思春期の子どもの生活を完全にコントロールしたり,小さい時のように親の価値規準にただ従わせたりするのではなく,正しい行動を取ることの価値を理解できるよう助けてください。例えば,親の立場にあるクリスチャンなら,神の定めた原則にしたがって生きることは長期的に見て大きな満足をもたらす,ということをお子さんに示してください。―イザヤ 48:17,18。
それとともに,手本も示します。お子さんに倣ってほしいと思うひととなりを,親自身が身につけるのです。(コリント第一 11:1)あなたがどんな価値規準を生き方の指針としているか,はっきり示しましょう。(箴言 4:11)思春期の子どもは,神と神の規準を愛するようになるなら,親がその場にいなくても賢明な決定をするでしょう。―詩編 119:97。フィリピ 2:12。
実生活に必要な技術を教える
本誌の2ページで触れたとおり,子どもは成長し『その父と母を離れる』日が来ます。(創世記 2:24)親の目には,その日がとても早く来てしまったように映るものです。それで,大人として独り立ちするのに必要な事柄をぜひ教えておきたいと思われるでしょう。子どもが家にいる今,身につけておくと役立つ技術を取り上げましょう。
家事。お子さんは料理,洗濯,アイロンがけができますか。部屋の掃除や片付け,車の点検などができますか。そうした技術を身につけるなら,お子さんはやがて家庭生活を営めるようになるでしょう。「わたしは,どんな境遇にあろうとも自足することを学び知った」と,使徒パウロは述べています。―フィリピ 4:11。
対人関係。(ヤコブ 3:17)思春期のお子さんは,他の人と仲良くやってゆくことができますか。けんかしても仲直りできますか。お子さんに,敬意をこめて人と接することや,争いを平和に解決する方法を教えてきましたか。(エフェソス 4:29,31,32)聖書は,『あらゆる人を敬いなさい』と述べています。―ペテロ第一 2:17。
お金の管理。(ルカ 14:28)思春期のお子さんが仕事の技術を身につけ,予算の範囲内でやりくりし,負債を抱えずに生活できる大人になるよう,助けることができますか。必要な品を手に入れるために節約し,衝動買いを避け,必要なもので満足することを教えてきましたか。(箴言 22:7)「命を支える物と身を覆う物とがあれば,わたしたちはそれで満足する」とパウロは書いています。―テモテ第一 6:8。
健全な価値規準にしたがって生きることを学び,実生活のための技術を身につけた若者は,確かに大人になるための備えができていると言えます。子どもがそのように成長する時,親は目標を達成したのです。―箴言 23:24。
[脚注]
a 詳しくは,「ものみの塔」2011年2月1日号18-19ページをご覧ください。
考えたことがありますか
● 親として何を目標にできますか。―ヘブライ 5:14。
● 思春期の子どもは大人になると,どんな責任を自分で担うことになりますか。―ヨシュア 24:15。
[25ページの図版]
思春期のお子さんがどんな人になってほしいと思われますか
親のコピー
反抗的な人
責任を担える人
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