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1世紀のエホバのクリスチャン証人エホバの証人 ― 神の王国をふれ告げる人々
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聖なる行状と愛によって見分けられる
1世紀のエホバの証人の証言は,「唇の実」に限られてはいませんでした。(ヘブライ 13:15)弟子であることはクリスチャン証人の生活全体を形作っていました。ですから,それらのクリスチャンは自分たちの信条をふれ告げただけでなく,信条によって自らの生活を変化させたのです。彼らは古い人格をその罪深い習わしと共に脱ぎ捨て,神のご意志にしたがって創造された新しい人格を身に着けようと努めました。(コロサイ 3:5-10)彼らは真実を語る正直な人々であると同時に,骨折って働く信頼できる人々でした。(エフェソス 4:25,28)また,道徳的に清い人々でした。性的不道徳は厳しく禁じられており,酩酊や偶像礼拝も同様に禁じられていました。(ガラテア 5:19-21)ですから,キリスト教が「この道」,つまりイエスに対する信仰を中心とし,イエスの足跡にしっかりと従う生き方,またはそのように生きる道として知られるようになったのは,もっともなことでした。―使徒 9:1,2。ペテロ第一2:21,22。
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1世紀のエホバのクリスチャン証人エホバの証人 ― 神の王国をふれ告げる人々
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『キリスト教の勝利』
聖書以外の文献も,初期クリスチャンの特徴となった立派な行状と愛を確証しています。歴史家のジョン・ロードはこう述べています。「キリスト教の真の勝利は……キリスト教を信奉する人々を善良な人間に変えてゆくことのうちに見られた。……彼らが清廉潔白な生活を送り,品行方正であり,良い市民であり,クリスチャンの美徳を備えていたことを示す証拠がある」―「古代ローマ世界」。
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