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  • クリスチャンは霊と真理をもって崇拝する
    ものみの塔 2002 | 7月15日
    • その問いについて検討するにあたり,初期クリスチャンに焦点を当てつつ,(1)信条,(2)崇拝の様式,(3)個人の行動に関連した聖書の真理を調べます。

      聖書と信条

      14,15 聖書に対する初期クリスチャンとエホバの証人の姿勢について,何と言えますか。

      14 初期クリスチャンは,書き記されたエホバの言葉を高く評価していました。(ヨハネ 17:17)それは,信条と行動の規準でした。2世紀から3世紀の人,アレクサンドリアのクレメンスはこう述べました。「卓越したものを求めて努力する人は,聖書そのものから証拠が得られたと確信できるまで,真理の探究をやめない」。

      15 エホバの証人も,初期クリスチャンと同じように聖書を高く評価しています。『聖書全体は神の霊感を受けたもので,教えるのに有益である』と信じています。(テモテ第二 3:16)では,エホバの現代の僕たちが,聖書を主要な教科書にして学んだ事柄に照らして,初期クリスチャンの信条の幾つかについて考えてみましょう。

      魂に関する真理

      16 魂に関する真理はどのようなものですか。

      16 最初のクリスチャンたちは,聖書の述べる事柄を信じていたので,魂に関する真理を教えました。神が人間を創造された時に「人は生きた魂になった」ことを知っていました。(創世記 2:7)さらに,人間の魂が死ぬことを認めていました。(エゼキエル 18:4。ヤコブ 5:20)また,「死んだ者には何の意識もな(い)」ことを知っていました。―伝道の書 9:5,10。

      17 死者の希望をどのように説明できますか。

      17 とはいえ,イエスの初期の弟子たちは,神の記憶の中にある死者が復活する,つまり生き返るという確かな希望を持っていました。パウロは,その信条を明確に表現し,こう言明しました。「わたしは神に対して希望を持っておりますが,……義者と不義者との復活があるということです」。(使徒 24:15)後の時代にも,クリスチャンを自任したミヌキウス・フェリクスはこう書いています。「人間はそもそも神によって形作られたものだが,神によって再生されることは不可能である,などとあえて主張するような,愚かで無知な人がいるだろうか」。エホバの証人も,最初のクリスチャンたちのように,人間の魂,死,復活に関する聖書の真理をしっかり守っています。次に,神とキリストがどんな存在であるかを考えましょう。

      真理と三位一体

      18,19 三位一体が聖書の教えではないと言えるのはなぜですか。

      18 初期クリスチャンは,神とキリストと聖霊が三位一体であるとみなしてはいませんでした。「ブリタニカ百科事典」(英語)はこう述べています。「新約聖書の中には,三位一体という語も,その教義そのものを明白に述べている箇所もない。また,イエスやその追随者たちも,旧約聖書の中の,『イスラエルよ,聞け。我々の神である主はただひとりの主である』というシェマ[ヘブライ語の祈りの一つ]に異議を唱えようとはしなかった(申 6:4)」。クリスチャンは,ローマの三つ組の神々も,他のどんな神々も崇拝しませんでした。エホバだけを崇拝しなければならないというイエスの言葉を受け入れました。(マタイ 4:10)さらに,『父はわたしより偉大な方です』というキリストの言葉を信じていました。(ヨハネ 14:28)エホバの証人は今日,それと同じ見方をします。

      19 イエスの初期の追随者たちは,神とキリストと聖霊とをはっきり区別していました。その人たちは実際,三位一体の名においてではなく,(1)父の名において,(2)子の名において,(3)聖霊の名において,弟子たちにバプテスマを施しました。エホバの証人も同じように聖書の真理を教えており,それゆえに神と子と聖霊とを区別します。―マタイ 28:19。

      真理とバプテスマ

      20 バプテスマ希望者は,どんな知識を必要としていますか。

      20 イエスは追随者たちに対し,真理を教えて人々を弟子とする任務を与えました。人々はバプテスマの資格にかなうために,聖書の基礎的な知識を必要とします。例えば,父の地位と権威,また子であるイエス・キリストの地位と権威を認めなければなりません。(ヨハネ 3:16)バプテスマ希望者はまた,聖霊が人格的存在ではなく,神の活動する力であることを理解する必要もあります。―創世記 1:2,脚注。

      21,22 バプテスマは信じるようになった人のためのものである,と言えるのはなぜですか。

      21 初期クリスチャンがバプテスマを施したのは,十分な知識を得て,悔い改め,ご意志を行なうため神に無条件の献身をした人たちだけでした。西暦33年のペンテコステの時,エルサレムに集まったユダヤ人や改宗者たちは,すでにヘブライ語聖書についての知識を持っていました。およそ3,000人の人は,メシアであるイエスに関する使徒ペテロの話を聞き,「彼の言葉を心から受け入れ(て)」,「バプテスマを受け」ました。―使徒 2:41; 3:19–4:4; 10:34-38。

      22 クリスチャンのバプテスマは,信じるようになった人のためのものです。サマリアの人々は真理を受け入れ,「神の王国とイエス・キリストの名についての良いたよりを宣明していたフィリポのことばを信じた時,彼らはついで,男も女もバプテスマを受け」ました。(使徒 8:12)篤信の改宗者で,エホバについての知識を得ていたエチオピアの宦官は,メシアに関する預言がいかに成就したかというフィリポの言葉をまず受け入れてから,バプテスマを受けました。(使徒 8:34-36)後にペテロは,コルネリオおよび他の異邦人に対し,「神を恐れ,義を行なう人は神に受け入れられ」,イエス・キリストに信仰を持つ者はすべて罪の許しを得る,ということを語りました。(使徒 10:35,43; 11:18)これらすべては,『人々を弟子とし,わたしが命令した事柄すべてを守り行なうように教えなさい』というイエスの命令に沿うものです。(マタイ 28:19,20。使徒 1:8)エホバの証人はそれと同じ規準に付き従い,聖書についての基礎的な知識を得て神に献身した人たちだけを,バプテスマにふさわしい人とみなします。

      23,24 クリスチャンのバプテスマとして正しいのはどんな形のものですか。

      23 全身を水に浸すのが,信じた人のためのバプテスマの正しい形です。イエスはヨルダン川でバプテスマを受けたのち,「水から上がられ」ました。(マルコ 1:10)エチオピアの宦官は,「水のあるところ」でバプテスマを受けました。その宦官とフィリポは「水の中に下りて行(き)」,そののち水「から上がって」来ました。(使徒 8:36-40)聖書はバプテスマを象徴的な意味で葬られることと結びつけています。これも,水中に完全に沈めることを示唆しています。―ローマ 6:4-6。コロサイ 2:12。

      24 「オックスフォード・バイブル・コンパニオン」(英語)はこう述べています。「バプテスマに関する新約聖書の具体的な描写は,バプテスマを受ける人が水中に浸されたことを示している」。フランスの事典「20世紀ラルース」(パリ,1928年)によれば,「最初のクリスチャンは,水のある所ならどこでも浸礼という方法でバプテスマを受けた」とあります。また,「イエス以後 ― キリスト教の勝利」(英語)という本は,次のように述べています。「[バプテスマの]最も基本的な形態として,希望者による信仰の告白が求められ,次いでその人はイエスの名において水に完全に浸された」。

      25 次の記事ではどんな点を取り上げますか。

      25 ここに挙げた,最初のクリスチャンたちの,聖書に基づく信条や行動に関連した点は,幾つかの例にすぎません。その人々の信条とエホバの証人の信条の類似点として挙げることのできるものはほかにもあるでしょう。次の記事では,他の人に真理を教えている人々を見分けるための,さらに別の面を取り上げます。

  • 真理のうちを歩みつづける人々
    ものみの塔 2002 | 7月15日
    • 真理とクリスチャンの崇拝

      3 初期クリスチャンが開いた集会には,どんな目的や益がありましたか。

      3 初期クリスチャンは,真理を学ぶため,会衆ごとに集会を開きました。多くの場合,個人の家に集まりました。(ローマ 16:3-5)そのようにして励ましを得,愛とりっぱな業とを鼓舞し合いました。(ヘブライ 10:24,25)やや後代にクリスチャンを自任した人々について,テルトゥリアヌス(西暦155年ごろ–220年以後)はこう書いています。「われわれは神の書物を読むために集まる。……その神聖なことばをもって,われらの信仰を養い,希望を高め,かつ確信を強めるのである」。―「弁明」(英語訳),第39章。

      4 歌うことは,クリスチャンの集会でどんな位置を占めてきましたか。

      4 歌うことは初期クリスチャンの集会の一部であったようです。(エフェソス 5:19。コロサイ 3:16)ヘンリー・チャドウィック教授は,2世紀の批判家ケルススの体験として,旋律にのせて歌われたと思われる,クリスチャンと称える人々の詠唱歌が「あまりに美しく,彼にとっては,感情を揺さぶられることが腹立たしく思えるほどであった」と書いています。チャドウィックはさらにこう述べています。「アレクサンドリアのクレメンスは,クリスチャンが用いるにふさわしいのはどんな音楽かを論じた,最初期のクリスチャン著述家である。扇情的な舞曲のようなものであってはならない,と指示している」。(「初期教会」[英語],274,275ページ)最初のクリスチャンたちは,集会の時に歌を歌ったと考えられます。それと同じようにして,エホバの証人も聖書に基づく歌をよく歌います。それには,神とその王国をたたえる力強い賛歌も含まれます。

      5 (イ)初期のクリスチャン会衆において,霊的な指導はどのように与えられましたか。(ロ)真のクリスチャンは,マタイ 23章8,9節のイエスの言葉をどのように当てはめてきましたか。

      5 初期のクリスチャン会衆において,監督たちは真理を教え,奉仕の僕たちもさまざまな面で仲間の信者を支援しました。(フィリピ 1:1)神の言葉と聖霊に頼る統治体が霊的な導きを与えました。(使徒 15:6,23-31)宗教的な称号は用いられませんでした。イエスが弟子たちにこう命じておられたからです。「あなた方は,ラビと呼ばれてはなりません。あなた方の教師はただ一人であり,あなた方はみな兄弟だからです。また,地上のだれをも父と呼んではなりません。あなた方の父はただ一人,天におられる方だからです」。(マタイ 23:8,9)これらおよび他の多くの面でも,初期クリスチャンとエホバの証人の間には類似点があります。

      真理を宣べ伝えるゆえに迫害を受ける

      6,7 真のクリスチャンは,平和的な音信をふれ告げているのに,どのように扱われてきましたか。

      6 初期クリスチャンは,平和的な王国の音信をふれ告げましたが,イエスと同じように迫害を受けました。(ヨハネ 15:20; 17:14)歴史家のヨハン・L・フォン・モスハイムは,1世紀のクリスチャンを,「国家の福利に反する願望や思想を抱くことの全くなかった,至って無害で温良な性質の人々の集団」と呼びました。モスハイム博士は,「ローマ人がクリスチャンにいらだったのは,その崇拝があまりに簡素で,他のどんな民の宗教典礼とも似ていなかった点にある」と述べ,さらにこう付け加えています。「彼らには犠牲もなければ,神殿も,像も,神託も,聖職制度もなかった。これは,無知な大衆からそしられる十分の理由となった。人々は,その種のもののない宗教など想像できなかった。そのため,クリスチャンは無神論者のようにみなされた。そして,ローマ法のもとで,無神論者の責めを負わされた人は,人間社会の害毒と宣言された」。

      7 偶像礼拝によって生計を立てていた祭司,職人などの人々は,民衆をあおり,偶像礼拝の習わしに携わらなかったクリスチャンに敵対させました。(使徒 19:23-40。コリント第一 10:14)テルトゥリアヌスはこう書いています。「彼らはクリスチャンを,国家のあらゆる災いの原因,国民のあらゆる不幸の原因とみなす。ティベル川が市壁にまで増水するなら,ナイル川が畑の水位に達しないなら,ひでりが続くなら,大地が揺れるなら,飢きんが起きるなら,疫病が起きるなら,すぐに,『クリスチャンをライオンに!』という叫び声が上がる」。結果がどうなろうとも,真のクリスチャンは「自分を偶像から守り」ます。―ヨハネ第一 5:21。

      真理と宗教上の式典

      8 真理のうちを歩む人々がクリスマスを祝わないのはなぜですか。

      8 真理のうちを歩む人々は,聖書に沿わない祝い事や式典を避けます。『光が闇と分け合う分はない』からです。(コリント第二 6:14-18)例えば,12月25日のクリスマスを祝いません。「キリスト誕生の厳密な日付は知られていない」ことを,「ワールドブック百科事典」(英語)も認めています。「アメリカーナ百科事典」(1956年版,英語)はこう述べています。「浮かれ騒ぎを特徴とするクリスマスの習慣の多くは,12月中旬に祝われていたローマのサトゥルヌスの祭りに倣ったものである」。マクリントクとストロング共編「百科事典」(英語)はこう指摘しています。「クリスマスの祝いは神により取り決められたものでもなければ,新約[聖書]に由来するものでもない」。「イエス時代の日常生活」(英語)という本はこう述べています。「羊の群れは……冬の時期を屋根の下で過ごした。このことからだけでも,冬に祝われるクリスマスの伝統的な日付は正しいものではないことが分かるであろう。福音書は羊飼いたちが野原にいたことを述べているからである」。―ルカ 2:8-11。

      9 過去と現在のエホバの僕たちが,イースターの祝祭を避けてきたのはなぜですか。

      9 復活祭<イースター>は,キリストの復活を記念する祝いとされていますが,信頼できる文献はそれを偽りの崇拝と結びつけています。「ウェストミンスター聖書辞典」(英語)によれば,イースターは「もともと,アングロサクソン語でエアストレ[または,エオストレ]として知られている,チュートン族の光と春の女神をたたえる春の祭り」でした。いずれにせよ,「ブリタニカ百科事典」(第11版,英語)はこう述べています。「新約聖書に……イースターを祝ったという記述はない」。イースターは初期クリスチャンの行なったものではなく,今日のエホバの民もそれを祝いません。

      10 イエスはどんな式典を制定されましたか。それを正しく守ってきたのはだれですか。

      10 イエスは,ご自分の誕生についても復活についても,それを記念するようにと追随者に命じてはいません。しかし,ご自身の犠牲の死を記念することについては,その式を確かに制定されました。(ローマ 5:8)実際これは,守り行なうようにと弟子たちに命じた唯一の行事です。(ルカ 22:19,20)主の晩さんとも呼ばれる,年に一度のこの行事を,エホバの証人は今も守り行なっています。―コリント第一 11:20-26。

      真理は全地に宣明される

      11,12 いつの時代も,真理のうちを歩む人々は,宣べ伝える活動をどのように支えてきましたか。

      11 真理を知っている人は,自分の時間,体力,その他の資産を,良いたよりを宣べ伝える業に注ぎ込めることを特権とみなします。(マルコ 13:10)初期クリスチャンの宣べ伝える活動は,自発的な寄付によって支えられました。(コリント第二 8:12; 9:7)テルトゥリアヌスはこう書いています。「金箱のようなものがあったとしても,それには入場料として支払われる金が入るのではない。宗教は金銭上の契約などではない。だれもが月に一度,あるいはいつでも好きな時に,ささやかな額の貨幣を持って来る。ただし,それは本人が望み,本人に可能であれば,の話である。強制される人は一人もいない。これは自発的な献金なのである」。―「弁明」,第39章。

      12 エホバの証人の世界的な王国伝道の業も自発的な寄付によって支えられています。証人たちだけでなく,感謝を抱く関心ある人々も,この活動を寄付によって支えることを特権とみなします。これも,最初のクリスチャンたちとエホバの証人との共通点です。

      真理と個人の行動

      13 エホバの証人は,自分たちの行動に関して,ペテロのどんな助言に留意しますか。

      13 初期クリスチャンは,真理のうちを歩む者として,使徒ペテロの次の助言に従いました。「諸国民の中にあっていつもりっぱに行動しなさい。それは,彼らが,あなた方を悪行者として悪く言っているその事柄に関してあなた方のりっぱな業を実際に見,その業のゆえに検分の日に神の栄光をたたえるようになるためです」。(ペテロ第一 2:12)エホバの証人も,この言葉を心に留めています。

      14 クリスチャンは不道徳な娯楽についてどんな見方をしますか。

      14 背教が入り込んで,クリスチャンが名目上の存在になってしまったあとでも,それらクリスチャンは不道徳な活動を避けました。教会史の教授W・D・キレンはこう書いています。「2世紀から3世紀,どこでも大きな町には劇場があって人々を引き付けていた。役者はたいてい,至ってふしだらな生活を送っており,演じられる所作は決まって当時の人々の堕落した欲望に合わせるものであった。……真のクリスチャンはみな,こうした劇場を嫌悪の目で見た。……その猥雑さを毛嫌いした。異教の男神や女神が絶えず引き合いに出されることも,彼らの宗教的信念にもとるものであった」。(「古代教会」[英語],318,319ページ)今日のイエスの真の追随者たちも,猥雑で道徳的に堕落した娯楽を避けます。―エフェソス 5:3-5。

      真理と「上位の権威」

      15,16 「上位の権威」とは何ですか。真理のうちを歩む人々は,それをどう見てきましたか。

      15 初期クリスチャンは,りっぱに行動していたのに,ほとんどのローマ皇帝から正当な評価を受けませんでした。歴史家E・G・ハーディーは,皇帝たちがクリスチャンを,「いささか侮蔑に値する熱狂者」と見ていたと述べています。ビチニア総督の小プリニウスとトラヤヌス帝が交わした書簡からは,支配層が一般に,キリスト教の真の性格を知らなかったことがうかがえます。クリスチャンは国家に対してどんな見方をするでしょうか。

      16 エホバの証人は,イエスの初期の追随者たちのように,政府という「上位の権威」に相対的に服します。(ローマ 13:1-7)人間の要求と神のご意志とが衝突するときには,「わたしたちは,自分たちの支配者として人間より神に従わねばなりません」という立場を取ります。(使徒 5:29)「イエス以後 ― キリスト教の勝利」という本はこう述べています。「クリスチャンは皇帝崇拝に携わらなかったとはいえ,民衆を扇動する者ではなかった。またその宗教は,異教の観点からは風変わりで,時には気に障る面もあったとはいえ,帝国に対して現実の脅威を与えるものではなかった」。

      17 (イ)初期クリスチャンは,どんな政府を擁護する人々でしたか。(ロ)キリストの真の追随者たちは,イザヤ 2章4節の言葉を生活にどのように当てはめてきましたか。

      17 初期クリスチャンは神の王国を擁護する人々でした。族長のアブラハム,イサク,ヤコブが,『神の造られた都市』,つまり約束された王国に信仰を働かせたのと同様でした。(ヘブライ 11:8-10)イエスの弟子たちは,自分たちの主人と同じく「世のものではありません」でした。(ヨハネ 17:14-16)人間の戦いや争いについては,『その剣をすきの刃に打ち変えて』平和を求めました。(イザヤ 2:4)教会史講師ジェフリー・F・ナトールは,興味深い類似点に目を留め,こう注解しています。「戦争に対する初期クリスチャンの態度には,エホバの証人と称える人々の態度と通じるものがあり,その点に困惑を禁じ得ない」。

      18 どの政府も,エホバの証人を恐れる理由がないのはなぜですか。

      18 最初のクリスチャンたちは中立の立場で「上位の権威」に服する人々であり,どんな政治機構にも脅威とはなりませんでした。エホバの証人もそうです。北アメリカの一新聞の論説委員はこう書きました。「エホバの証人が何らかの政治体制に対し,何らかの脅威になっていると考えるのは,がんこで誇大な妄想にほかならない。彼らは宗教団体の中でもこの上なく非破壊的で平和を愛する団体だ」。当局者で事情に通じた人たちは,エホバの証人を恐れる理由のないことを知っています。

      19 税という点で,初期クリスチャンとエホバの証人についてどんなことが言えますか。

      19 初期クリスチャンが「上位の権威」に敬意を払う一つの方法は,税金を払うことでした。殉教者ユスティヌスは,ローマ皇帝アントニヌス・ピウス(西暦138-161年)に書簡を送り,クリスチャンは「ほかのだれよりも進んで」税金を払っている,と論じました。(「第一弁明」[英語訳],第17章)また,テルトゥリアヌスはローマの支配者たちに向かって,収税人たちは「クリスチャンに対して恩義がある」と述べました。クリスチャンは良心的に税金を払ったからです。(「弁明」,第42章)クリスチャンは“パックス・ロマーナ”つまりローマの平和と,それに伴う法と秩序,良い道路,比較的安全な海上交通の恩恵にあずかりました。社会に負っているものがあることを認め,「カエサルのものはカエサルに,しかし神のものは神に返しなさい」というイエスの言葉に留意しました。(マルコ 12:17)今日のエホバの民もこの助言に従っており,税の支払いの場合などのように,正直さを称賛されてきました。―ヘブライ 13:18。

      真理 ― 結びつけるきずな

      20,21 平和な兄弟関係という点で,初期クリスチャンについても現代のエホバの僕たちについても,どんなことが言えますか。

      20 初期クリスチャンは,真理のうちを歩んだため,平和な兄弟関係において結ばれていました。今日のエホバの証人もそうです。(使徒 10:34,35)モスクワ・タイムズ紙に載せられた投書には,こうありました。「[エホバの証人は]とても感じのよい親切で柔和な人々としてよく知られている。非常に接しやすく,決して他の人に圧力を加えず,他の人……との関係において常に平和を求める。証人たちの中に,わいろを取る人,大酒飲み,麻薬中毒者は一人もいない。その理由は簡単明瞭だ。自分の言動を,聖書に基づく確信に導かれたものにするよう努力しているのだ。もし世界中の人がみなエホバの証人のように聖書に沿った生活をするよう,少なくとも心掛けるなら,この無情な世界も今とは全く違うところになるだろう」。

      21 「初期キリスト教百科事典」(英語)はこう述べています。「初期の教会は自らを一つの新しい人間集団と位置づけ,その中で,かつては敵対していたユダヤ人と異邦人が一体となって共に平和に住むことができた」。エホバの証人も,平和を愛する人々の国際的な兄弟関係を成しており,それはまさに新しい世の社会です。(エフェソス 2:11-18。ペテロ第一 5:9。ペテロ第二 3:13)南アフリカのプレトリア・ショー・グラウンドの警備責任者は,そこで催された大会に,あらゆる人種から成る証人たちが平和裏に集っている様子を見て,こう述べました。「どなたも常に礼儀正しく,互いに丁寧な話し方をしておられること,そしてこの数日間の振る舞い ― すべては皆さん方の優れた徳性,また全員が一つの幸福な家族のように共に生活しておられることの証しです」。

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