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フィンランド1990 エホバの証人の年鑑
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1945年の初めに,「ユマラン・バルタクンタ」誌と「慰め」誌の発行が共に再開されました。そして7月1日号以降,「ユマラン・バルタクンタ」誌の名称は「ものみの塔」誌に戻りました。人々はそれらの雑誌を求めるでしょうか。戦後,予約購読できる定期刊行物はそれほど多くなかったので,伝道者たちは新たに4万38件という記録的な数の予約を得ました。
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フィンランド1990 エホバの証人の年鑑
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当時,フィンランドは製紙国として有名でしたが,政府は外貨を獲得するために紙製品すべてを輸出したいと考えていました。紙の入手が困難であるために,証人たちの雑誌印刷は最終的に中止されるでしょうか。ノア兄弟は経費削減を目的として,「慰め」誌の印刷を当分中止する決定を下しました。
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