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エクアドル1989 エホバの証人の年鑑
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ペドロは答えを見いだす
小規模ながらも急速に成長していたこのグループに,まもなく一人の青年が加わりました。その青年は17年のあいだ真理を探し求めてきました。ペドロ・トゥレスは10歳の時に,司祭が三位一体を説明するのを聞きました。その意味が理解できなかったペドロは,どうして3人の人がひとりの神になれるのですか,と司祭に尋ねました。司祭は返事をする代わりに,ペドロの頭を物差しでピシャリとたたき,侮辱的な言葉を浴びせました。ペドロは心の中で,『自分もいつか,これが一体どういう意味か分かるようになるだろう』と考えました。
結局,アドベンティスト派の信者としばらく付き合った後,彼はエホバの証人の集会に出席するようになりました。三位一体の“奥義”は,ほぼすぐに解明されました。それは奥義ではなく,まやかしであることをペドロは知りました。イエス・キリストは,ある人の言うように,“み子なる神”ではなく,「神の子」です。(ヨハネ 20:31)ペドロは,証人たちの全員が家から家に宣べ伝えていることを知って感銘を受けました。それはかつて,彼がアドベンティスト派の信者たちを説得して行なわせようとした業だったのです。彼は,使徒たちの手本に倣うにはこの種の福音伝道が必要であると信じていました。(使徒 5:42; 20:20)それでもなお,ペドロは信仰の面であいまいな態度を取っていました。
四,五か月の間,彼は引き続きアドベンティスト派の集会に出席し,一方では証人たちとも交わっていました。ついに,ウォルター・ペンバートンはペドロにこう告げました。「ペドロ,あなたは決定を下さねばなりません。もしアドベンティスト派の信者が正しいのなら,彼らと共に行きなさい。しかし,もしエホバの証人が真理を持っているのであれば,彼らに固く付きなさい。真理は何にもまして優先されるべきものです」。―列王第一 18:21と比較してください。
ペドロはこう述べています。「この言葉のおかげで,私は自分の人生でかつて行なった最善の決定を下すことができました。それで1947年8月10日に,私は自分の献身を表明してバプテスマを受けました」。翌年,ペドロは開拓奉仕を始め,以来全時間奉仕を忠実に行ない続けてきました。彼はギレアデ学校の訓練を受けた最初のエクアドル人となり,その後エクアドルに戻って,同地における業を援助しました。
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エクアドル1989 エホバの証人の年鑑
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[207ページの図版]
ギレアデ学校の訓練を受けることになった最初のエクアドル人,ペドロ・トゥレス
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