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「バビロンは倒れた!」イザヤの預言 ― 全人類のための光 I
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a ペルシャの王キュロスは「アンシャンの王」と呼ばれていることがあります。アンシャンは,エラムの一地方あるいは一都市でした。イザヤの時代,つまり西暦前8世紀のイスラエル人は,ペルシャのことはあまり知らず,エラムのほうを知っていたのかもしれません。これは,イザヤがここでペルシャの代わりにエラムの名を挙げている理由の説明となるかもしれません。
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「バビロンは倒れた!」イザヤの預言 ― 全人類のための光 I
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イザヤは続けてこう述べます。「エラムよ,上れ! メディアよ,包囲せよ! 彼女ゆえに出るすべての溜め息をわたしは絶えさせた」。(イザヤ 21:2後半)この不実な帝国に虐げられた国々は安堵するでしょう。ようやく,溜め息をつかずに済むようになるのです。(詩編 79:11,12)何によってそうした安堵がもたらされるのでしょうか。イザヤは,バビロンを攻撃する二つの国の名を挙げています。それはエラムとメディアです。この時から2世紀後,西暦前539年に,ペルシャ人キュロスがペルシャ人とメディア人の連合軍を率いてバビロンを攻めます。エラムについて言えば,西暦前539年より前にペルシャの君主たちがその地の少なくとも一部を領有しています。a 従って,ペルシャ軍にはエラム人も含まれるのです。
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