-
宗教 ― それはどのようにして始まりましたか神を探求する人類の歩み
-
-
多くの学説
8 何世紀にもわたって,人々は宗教に対してどんな態度を取ってきましたか。
8 宗教の起源や発達に関する学問は,比較的新しい研究分野です。何世紀にもわたって,人々は多かれ少なかれ,自分が生まれて育てられた時の周囲の宗教的な伝統を受け入れていました。大抵の人たちは父祖伝来の説明で満足し,自分たちの宗教は真理だと考えていました。何らかの点で疑問を抱くような理由はめったにありませんでしたし,物事がどのように,いつ,またなぜ始まったかについて調査する必要もありませんでした。実際,何世紀にもわたって,交通や通信手段が限られていたため,ほかの宗教制度のことに気づく人さえほとんどいませんでした。
9 宗教はどのようにして,またなぜ始まったのかを知ろうとして,19世紀以来,どんな試みがなされてきましたか。
9 ところが,19世紀中,事態は変化するようになりました。進化論が知識人の社会に広まってゆきました。それと共に,科学的調査の行なわれる時代が到来し,そのために多くの人々が,宗教を含め,既存の諸制度を疑問視するようになりました。中には,現存する宗教のうちに手掛かりを求める努力に限界があることを認めた学者は,初期の文明の遺物や人々が今なお原始的な社会生活を営んでいる世界のへき地に目を向けました。そして,心理学,社会学,人類学などの手法を応用し,宗教がどのようにして,またなぜ始まったのかを知る手掛かりが見つかりはしまいかと努力しました。
10 宗教の起源に関する種々の研究の結果はどうでしたか。
10 その結果はどうでしたか。突如,研究者の人数に匹敵するように思えるほどの数多くの学説が一挙に現われると共に,研究者は各々他の人の言うことに反ばくし,大胆さや独創性で他の人々を打ち負かすことに腐心しました。それら研究者のある人々は重要な結論に達しましたが,他の人々の研究は全く忘れられてしまいました。そのような研究の結果をちょっと見ておくのは,教育的で,啓発的なことです。それは,わたしたちの会う人々の宗教上の態度をよりよく理解するのに助けになります。
11 アニミズムという学説について説明してください。
11 英国の人類学者,エドワード・タイラー(1832-1917年)は,普通,アニミズムと呼ばれる学説を提唱しました。そして,原始民族は夢,幻,幻覚などの経験や死体の生命のない状態のゆえに,肉体には霊魂(ラテン語,アニマ)が宿っているとの結論に達したという考えを持ち出しました。この学説によれば,人々は亡くなった愛する人たちの夢をしばしば見るので,死後も霊魂は生き続け,またそれは肉体を離れて,木や岩や川などに宿るのだと考えました。やがて,死者や,霊魂が宿っていると言われている物体は,神々として崇拝されるようになりました。タイラーによれば,こうして宗教が生まれたのです。
12 アニマティズムという学説について説明してください。
12 もう一人の英国の人類学者,R・R・マレット(1866-1943年)は,改良を加えたアニミズムを提唱し,それをアニマティズムと呼びました。太平洋諸島のメラネシア人やアフリカやアメリカの原住民の信仰を研究したマレットは,原始民族は人格的な霊魂という観念を持つ代わりに,あらゆるものを生かす非人格的な力,もしくは超自然的な力があることを信じており,この信仰により人間の内に畏敬や恐れの感情が呼び起こされ,これが原始宗教の基盤になったのだと結論しました。マレットにとって,宗教とは主に未知なるものに対する人間の情緒的な反応でした。宗教は「考え出されたというよりは,踊っているうちにできた」ものだというのが,そのお気に入りの文句でした。
13 ジェームズ・フレーザーは宗教に関するどんな学説を提唱しましたか。
13 スコットランドの古代民俗学の専門家,ジェームズ・フレーザー(1854-1941年)は1890年に,大きな影響を及ぼした「金枝篇」という本を発表し,その中で宗教は魔術から生じたと論じました。フレーザーによれば,人間は最初,自然界で起きていることをまねて,自分の生活や自分の環境を制御しようとしました。例えば,雷鳴のような太鼓の音に合わせて地面に水をまけば,雨を降らせることができるとか,あるいは人形に止め針を刺せば,敵に危害を加えることができるなどと考えました。その結果,生活の多くの分野で儀式が行なわれたり,呪文が唱えられたり,魔術用の物品が使われたりするようになりました。それが思ったほど功を奏さないと,超自然的な力を支配しようとする代わりに,その力を静めたり,その助けを請い求めたりするようになりました。儀式やまじないは犠牲や祈りとなり,こうして宗教が始まりました。フレーザーの言葉によれば,宗教とは「人間よりも勝った力をなだめる,もしくは慰撫すること」です。
14 ジグムント・フロイトは宗教の起源をどのように説明しましたか。
14 オーストリアの有名な精神分析学者,ジグムント・フロイト(1856-1939年)さえ,自著,「トーテムとタブー」の中で,宗教の起源の説明を試みました。フロイトはその専門職にたがわず,最初期の宗教は理想化された父親像神経症的状態と自ら名づけたものから生じたと説明しました。そして,野生の馬や牛の場合がそうであるように,原始社会では父親が氏族を支配したという学説を立てました。父親を憎むと同時に称賛した息子たちは反逆して,父親を殺しました。そして,父親の力を得るために,『人肉を食べる未開人は犠牲者を食べた』と,フロイトは唱えました。後日,彼らは後悔して,自分たちの行為の償いをするため,儀礼や儀式を考案しました。フロイトの学説では,理想化された父親像が神になり,儀礼や儀式が最初期の宗教になり,打ち殺された父親を食べる行為が,多くの宗教で行なわれている聖餐の伝統になりました。
15 宗教の起源に関して提唱された学説のほとんどはどうなりましたか。
15 ほかにも,宗教の起源の説明を試みた,数多くの学説を引き合いに出そうと思えば,そうすることもできますが,しかしそのほとんどは忘れ去られており,他よりも信用できる,あるいは受け入れられる学説として実際に際立っているものは一つもありません。なぜでしょうか。なぜなら,それらの学説が真実であることを示す歴史的な証拠はこれまでに何もなかったからにすぎません。それらの学説は,次に出される学説にやがて取って代わられる,ある研究者の単なる想像,もしくは憶測の産物にすぎません。
誤った根拠
16 多年,研究が行なわれてきたにもかかわらず,宗教がどのようにして始まったかに関する説明がなされていないのはなぜでしょうか。
16 多くの人はこの問題に多年取り組んできた結果,今では宗教はどのようにして始まったのかという疑問に対する答えを見いだすための何らかの突破口があるとはまず考えられないという結論に達しています。なぜなら,まず第一に,古代の諸民族の骨や遺物は人々が物事をどのように考え,何を恐れ,あるいはなぜ崇拝したかを告げてくれるものではないからです。それらの人工遺物からどんな結論が得られるにせよ,それはせいぜい経験から割り出した推測です。第二に,オーストラリアの原住民などの今日のいわゆる原始民族の宗教的な慣行は必ずしも,古代の民族が行なったり,あるいは考えたりしたことを判断する,信頼できる尺度ではないからです。何世紀もの間に彼らの文化が変化したかどうか,あるいはどのように変化したかについて確かなことはだれにも分かりません。
17 (イ)宗教を研究する現代の歴史家は,どんなことを知っていますか。(ロ)宗教を分析する際,主にどんな事柄に関心があるように思えますか。
17 すべての不明確な事柄のゆえに,「世界宗教 ― 古代から現代までの歴史」という本は,結論として,「宗教を研究する現代の歴史家は,宗教の起源を探るのは不可能であることを知っている」と述べています。しかし,同書は歴史家の努力に関して,「過去には,あまりにも多くの理論家が宗教について単に記述したり説明したりすることではなく,弁解することに関心を抱いていた。もし,初期の形態が妄想に基づいていることが示されたなら,後代のより高度な宗教がひそかに傷つけられはしまいかと思ったのである」と評しています。
18 (イ)多くの研究者は,宗教の起源について,どうして首尾よく説明できませんでしたか。(ロ)宗教について“科学的な”研究を行なった人々の真の意図は,明らかにどのようなものでしたか。
18 宗教の起源について“科学的な”研究を行なった様々な人々が,どうして筋の通った説明を何も述べなかったのかを理解する手掛かりは,この最後の注解の中にあります。論理的な考え方からすれば,正しい前提があってはじめて,正しい結論を導き出すことができます。もし誤った前提から出発するなら,確かな結論に達することはまずないでしょう。“科学的な”研究を行なった人々が,道理にかなった説明を行なうことに再三失敗してきたため,彼らの見方の根底にある前提に対する重大な疑問が提起されています。自分たちの先入観に従って,『宗教について弁解しよう』とした彼らは,神について弁解してきたのです。
19 科学的な研究を首尾よく行なうには,その背後に,どんな基本的な原則がありますか。そのことを示す良い例を挙げてください。
19 この状況は,16世紀以前の天文学者が惑星の運動を説明しようとして多くの方法を試みた時のことと比べられます。多くの学説がありましたが,どれ一つとして本当に満足できるものではありませんでした。なぜですか。なぜなら,それらの学説は,地球が宇宙の中心で,恒星や惑星は地球の周りを運行しているという仮定に基づいていたからです。科学者が,それにカトリック教会が,地球は宇宙の中心ではなく,太陽系の中心である太陽の周りを運行しているという事実を快く受け入れるようになって初めて,真の進歩が見られました。事実を説明しようとする多くの学説が失敗に終わったため,心の広い人たちは新しい学説を持ち出すのではなく,自分たちの研究の前提を再検討するようになり,その結果,成功を収めました。
20 (イ)宗教の起源に関する“科学的な”研究の底流をなしていたのは,どんな間違った前提でしたか。(ロ)ボルテールはどんな基本的な必要を引き合いに出しましたか。
20 宗教の起源に関する研究にも,この同じ原則を当てはめることができます。無神論が起こり,進化論が広く受け入れられたため,神はもちろん存在しないと多くの人が考えています。そして,このような仮定に基づいて,宗教の存在を説明するものは,人間自身の内に,つまり人間の思考過程,人間の必要とするもの,その恐れ,その“神経症的状態”の内にあるはずだと考えます。ボルテールは,「もし神が存在しないとしたら,神を考案する必要があるであろう」と述べました。ですから,人間が神を考案したのだ,と人々は論じます。―28ページの囲み記事をご覧ください。
-
-
宗教 ― それはどのようにして始まりましたか神を探求する人類の歩み
-
-
[28ページの囲み記事]
人間はなぜ宗教のことを考えるのですか
■ ジョン・B・ノスは自著,「人間の宗教」の中でこう指摘しています。「宗教はすべて,表現の違いこそあれ,人間は自分独りで立っているのではなく,またそうすることはできないと述べている。人間は自分の外の自然や社会の種々の力と極めて重要な関係を持っており,その力に依存してさえいるのである。人は自分が世から離れて立つことのできる力の中心ではないことをぼんやりとであれ,はっきりとであれ,知っている」。
同様に,「世界宗教 ― 古代から現代までの歴史」という本は,こう述べています。「宗教を研究すれば,その重要な特色の一つは,人生の価値を知りたいという渇望,つまり人生は無意味な偶然ではないという信条であることが分かる。そのような意味を探究すれば,人間以上の,より大きな力に対する信仰,そして最終的には人間の命に見合う最高の価値を維持する意図と意志を有する宇宙的な,もしくは超人的な知性に対する信仰に導かれることになる」。
ですから,食物が人間の空腹を満たすのと同様に,宗教は人間の基本的な必要を満たします。空腹な時,見境なく食べると,激しい空腹感は収まるものの,長い間には健康が損なわれることをわたしたちは知っています。健康な生活を送るには,栄養のある,健全な食べ物が必要です。同様に,霊的な健康を保つにも,健全な霊的な食物が必要です。そのようなわけで,聖書は,『人はパンだけによって生きるのではなく,エホバの口から出るすべての言葉によって生きるのである』と述べています。―申命記 8:3。
-