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    ものみの塔 1986 | 6月1日
    • 断食について尋ねられる

      イエスが西暦30年の過ぎ越しに出席されてから,ほぼ1年が過ぎました。バプテストのヨハネはこれまですでに数か月の間,投獄されています。バプテストのヨハネは自分の弟子たちがキリストの追随者になるよう願っていましたが,弟子たちがみなキリストの追随者になっているわけではありません。

      さて,投獄されたヨハネの弟子が数人,イエスのもとにやって来て,「わたしたちとパリサイ人たちは断食を励行しているのに,あなたの弟子たちが断食をしないのはどうしてですか」と尋ねます。パリサイ人たちは自分たちの宗教儀式として週に2回断食を励行しているのです。そして,ヨハネの弟子たちは同様の習慣に従っているようです。また,彼らが断食をするのはヨハネの投獄を嘆き悲しむためであって,イエスの弟子たちが自分たちと一緒に断食をして悲しみを表わさないのはなぜかといぶかっているのかもしれません。

      イエスは答えて,「花婿の友人たちは,花婿が共にいるかぎり,嘆き悲しむ理由がないではありませんか。しかし,花婿が彼らから取り去られる日が来ます。その時,彼らは断食をするでしょう」と言われます。

      ヨハネの弟子たちは,ヨハネ自身がイエスのことを花婿と語っていたのを思い出すべきでした。ですからヨハネだったら,イエスがおられるあいだ,断食をするのをふさわしいとは考えないでしょう。また,イエスの弟子たちもそうすることをふさわしいとは考えません。後に,イエスが亡くなった時,イエスの弟子たちは嘆き悲しんで断食をします。しかし,イエスが復活させられて天に上られたなら,悲しみを表わす断食を行なうもっともな理由はもはやなくなります。

      次いで,イエスは次のような例えをお話しになります。「縮んでいない布の継ぎ切れを古い外衣に縫いつける人はいません。その満ちた力が外衣を引っ張り,裂け目はいっそうひどくなるからです。また人は,新しいぶどう酒を古い皮袋に入れることもしません。もしそうすれば,皮袋は張り裂け,ぶどう酒はこぼれ出て,皮袋はだめになります。やはり人は,新しいぶどう酒を新しい皮袋に入れます」。これらの例えは断食をすることと,どのような関係があるのでしょうか。

      ご自分の追随者が,儀式的な断食など,ユダヤ教の古い慣行に従うとはだれも考えるべきでないことを認識するよう,イエスはヨハネの弟子たちを助けてこられました。イエスは,今にも捨てられるばかりの古いすり切れた崇拝の制度を取り繕って,その存在を延ばすために来られたのではありません。キリスト教は,人間の伝統が混じっていた,当時のユダヤ教に倣ったものとなるのでもありませんでした。古い衣服に新しい継ぎを当てたり,古い皮袋に新しいぶどう酒を入れたりするようなものでは決してないのです。マタイ 9:14-17。マルコ 2:18-22。ルカ 5:33-39。ヨハネ 3:27-29。

  • 断食について尋ねられる
    ものみの塔 1986 | 6月1日
    • [8ページ,全面図版]

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