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  • 二人の王の実体は変化する
    ダニエルの預言に注意を払いなさい
    • 25 時の経過と共に,シャルルマーニュの後継者たちは無力な支配者であることが明らかになりました。一時期は皇帝の座が空位となっていたこともあります。一方,ゲルマン(ドイツ)の王オットー1世は,北および中央イタリアの大半を掌握し,イタリア王を自称していました。そこで,教皇ヨハネス12世は西暦962年2月2日,オットー1世に神聖ローマ帝国の帝位を授けました。その首都はドイツにあり,同帝国の皇帝たちはその臣民の大部分と同じドイツ人でした。それから5世紀が経過し,オーストリアのハプスブルク家が“皇帝”の称号を獲得し,神聖ローマ帝国の存続期間中はほとんど,その称号を保持しました。

      再び明確な姿を現わした二人の王

      26 (イ)神聖ローマ帝国の終わりについて,どんなことが言えますか。(ロ)北の王として,だれが登場しましたか。

      26 神聖ローマ帝国に致命的な打撃を加えたのはナポレオン1世でした。ナポレオン1世は1805年にドイツで勝利を収めた後,同帝国の存在を認めようとしなかったのです。皇帝フランツ2世は帝位を守ることができず,1806年8月6日にローマ皇帝の立場を退き,オーストリアの皇帝として自国の政府に戻ります。ローマ・カトリックの教皇レオ3世と,フランク族の王シャルルマーニュが建設した神聖ローマ帝国は,1,006年を経て終わりを告げました。1870年には,ローマが,バチカンから独立したイタリア王国の首都となり,その翌年,カエサルもしくはカイゼルと称されたウィルヘルム1世をもって,ドイツ人の帝国が発足します。現代の北の王 ― ドイツ ― が,このようにして世界の舞台に登場しました。

  • 二人の王の実体は変化する
    ダニエルの預言に注意を払いなさい
    • [245ページの図版]

      1. シャルルマーニュ 2. ナポレオン1世 3. ウィルヘルム1世 4. ドイツの兵士たち,第一次世界大戦

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