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    2005 エホバの証人の年鑑
    • 1952年,北海岸の区域にもっと関心を向けたほうがよいということになりました。それで,その年の6月,オリバー・マクドナルドと妻のサリー(兄弟と結婚するため1949年にイングランドからやって来た)が,特別開拓者としてアークレイリに割り当てられました。しかしその町で,英国領事の率いるプリマス・ブレズレン(プリマス同胞教会)のグループによる激しい反対に直面しました。この領事には大勢の支持者がおり,他の人たちも,証人を攻撃する領事の演説や記事に同調しました。マクドナルド夫妻はレイキャビクでそのような反対に直面したことはありませんでしたが,恐れずに攻撃に立ち向かい,いつもどおりに業を行ない,あらゆる機会を用いて偽りの非難に答えました。一部の新聞は兄弟たちの回答を掲載しました。

      2人は,その町だけでなく周辺地域にも赴いて文書を配布しました。そうした地域では大抵よくもてなされたものの,王国の音信に対する純粋な関心はあまり見いだされませんでした。マクドナルド夫妻は1953年7月にレイキャビクに戻りましたが,アークレイリで植えた真理の種は後に成長することになります。

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    2005 エホバの証人の年鑑
    • ところが,真理が根づくのを見届けようと一生懸命に働いてきた宣教者や開拓者たちは,おもに健康上の理由で1957年までにアイスランドを去っていました。

      そのようなわけで,1957年には,前年にデンマークから来ていた特別開拓者のエディト・マルクス姉妹が小さな会衆を世話することになりました。このグループは,真理を学んでその内に堅く立つよう助けてくれた人たちが急にいなくなったため,収穫の働き人による援助を必要としていました。ほどなくして,デンマーク,スウェーデン,ドイツから特別開拓者が派遣され,

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