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ここから始めたいと思います!2016 エホバの証人の年鑑
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チャールズ・ハリスは自転車とトレーラーハウスを用いて伝道した
クレムとビルの後からやって来たのは,別の強健なオーストラリア人の開拓者チャールズ・ハリスです。1935年から,チャールズはトレーラーハウスと自転車でジャワ島の大部分を回り,アラビア語,インドネシア語,英語,オランダ語,中国語の5つの言語で出版物を配布しました。数年にわたり,チャールズは毎年1万7000冊ほどの出版物を配布したのです。
チャールズがあまりにもたくさんの文書を配布したため,その量は多くの人の注意を引きました。ジャカルタのある役人はクレム・デシャンに,「東ジャワでは何人ぐらい働いているのか」と尋ねました。
「1人だけです」と,デシャン兄弟は答えます。
「そんなことを信じるとでも思ってるのか」と,役人はどなり,「君たちの文書が至る所で配布されている量からすれば,かなり大勢の者たちを働かせているはずだ!」と言いました。
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