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    聖書に対する洞察,第1巻
    • イエスは,「わたしたちに憐れみをおかけください」という嘆願にこたえて,そのような人を助ける奇跡を行なわれました。イエスは決まりきった無感動なやり方でそうされたのではなく,『哀れに思って』そうされました。(マタ 20:31,34)福音書筆者はここで,字義通りには「腸」を意味するスプランクナ(使徒 1:18)と関連のある動詞スプランクニゾマイの変化形を用いています。この動詞が哀れみという感情を表現しているのに対し,エレオスはそのような哀れみの活動的な表われ,したがって憐れみの行為を指します。

  • 哀れみ
    聖書に対する洞察,第1巻
    • イエス・キリストは哀れみを示す点でみ父の性格を完全に反映されました。自分のプライバシーが妨げられた時でさえイエスが群衆に「哀れみをお感じに」なったのは,「彼らが,羊飼いのいない羊のように痛めつけられ,ほうり出されていたから」でした。(マタ 9:36; マル 6:34)肉親を亡くした人とか,らい病の人,目の見えない人などを目にすると,イエスは哀れみを覚え,それらの人々に奇跡的な救いを施されました。(マタ 14:14; 20:30-34; マル 1:40,41; ルカ 7:12,13)また,人々のため奇跡的に食物を備えるようみ子を促したのも,み子と3日間共にいて食べる物を何も持っていなかった人々に対する哀れみでした。―マタ 15:32-38; マル 8:2-9。

      イエス・キリストの弟子たちは,イエスとそのみ父の模範に倣って,苦難にある人々に助けを差し伸べる点で,また罪を誠実に悔い改め,心を込めてエホバに立ち返る人々すべてを迎え入れる点で快く喜んでこたえ応じることができます。(マタ 18:21-35; ルカ 10:30-37; 15:11-32)そのようにして彼らは全能者の憐れみが自分たちに引き続きとどまることを確信できるのです。―マタ 5:7。

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