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ノルウェー2012 エホバの証人の年鑑
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問い合わせを受けた支部は,ブルムンダルに移動するようマルクッセン家に要請しました。その町には会衆がありませんでした。こうして1958年,ビーゴとカレンはモダンな家とビーゴが経営していた家具屋を売り,一家でブルムンダルの近くにある簡素な丸太小屋に移りました。エホバはこの家族の自己犠牲の精神を祝福なさり,それ以後,家族と研究した人の多くが真理を受け入れました。娘たちが家を出るころには,ビーゴとカレンは巡回奉仕を行なうよう割り当てられます。ブルムンダルには,40人ほどの伝道者から成る小規模ながら熱心な会衆ができました。
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ノルウェー2012 エホバの証人の年鑑
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1992年には,開拓者の兄弟たちから成るグループがノールフィヨルド沿いの町モーレイに移動しました。19歳ぐらいの人が多くを占めるそのグループは,以前に幾らか奉仕がなされ関心を示した人もいるその区域で奉仕しました。兄弟たちは宣べ伝える業に励み,借りた家ですぐ集会を開き始めました。音信に関心を示し,研究の勧めに応じた女性がいました。その人はもてなしの精神に富み,若い兄弟たちの母親のような存在になりました。後に長老の夫婦がモーレイに移動し,会衆が設立されました。若い兄弟たちは割り当てられた区域で充実した時を過ごし,多くの聖書研究を司会し,会衆の割り当てもたくさん果たし,活気にあふれる新しい会衆を強めました。そのうちの一人は,「霊的な意味での冒険に出たようで,霊的に成長するまたとない機会になりました」と述べています。このグループや他の人たちが勤勉に働いた結果,ノールフィヨルド会衆には現在30人ほどの伝道者が交わり,50件から60件の聖書研究が司会されています。
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ノルウェー2012 エホバの証人の年鑑
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ノルウェーで最初の外国語会衆は,1986年に設立され,オスロ・ラテン会衆と呼ばれました。大部分が中南米から来た,スペイン語やポルトガル語を話す人たちで構成されていたからです。同じころ,ある伝道者たちは,オスロとその周辺に住む英語を話す人たちを対象に組織的な証言を始めました。関心を持つ人,とりわけアフリカやアジアから来た人が大勢見いだされました。街路証言で出会った人もいれば,難民受け入れセンターで会えた人もいます。伝道者たちはまた電話帳をよく活用し,英語を話しそうな外国名の人を探しました。聖書研究が何件も始まり,1990年にはオスロ英語会衆が設立されました。
それ以来,ノルウェーの多くの伝道者は外国語を学ぶよう努力してきました。外国から来た伝道者たちと協力しながら,アラビア語,英語,スペイン語,セルボ-クロアチア語,タガログ語,タミール語,中国語,ティグリニャ語,パンジャブ語,ペルシャ語,ポーランド語,ロシア語を話す人たちの群れや会衆を設立するよう助けてきました。
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