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  • 大会 ― わたしたちの兄弟関係の証拠
    エホバの証人 ― 神の王国をふれ告げる人々
    • その三つの大会には,ポーランドの9万人ほどの証人たちに加えて,新たに関心を持った多くの人の出席が予想されました。英国やカナダや米国の大勢の人も招かれ,イタリアやフランスや日本からの大代表団が歓迎を受けました。スカンディナビアやギリシャから来た人もいて,少なくとも37の国や地域から代表者が出席しました。プログラムの特定の部分に関しては,ポーランド語や英語の話を他の16もの言語に通訳する必要がありました。出席者合計は16万6,518人でした。

      これらの大会には当時のソ連とチェコスロバキアから証人たちの大きなグループがやって来ましたし,他の東欧諸国からのかなりの人数のグループも出席しました。ホテルや学校の寄宿舎だけでは全員を泊めることができませんでした。ポーランドの証人たちはもてなしの精神を示し,心を開いて自宅を開放し,持っている物を喜んで分かちました。成員146人のある会衆は1,200人以上の出席者のために宿舎を準備しました。これらの大会の出席者の中には,15人ないし20人以上のエホバの民の大きな集まりに出るのは初めてという人たちもいました。そうした人たちがスタジアムの何万人もの人々を目にし,それらの人々と共に祈りをささげ,声をそろえてエホバに賛美の歌を歌った時,彼らの心には感謝の気持ちがこみ上げてきました。プログラムの合間の交わりの際には,言語の相違のために心にあることを言い表わせないことが多くても,温かい抱擁を交わしました。

      閉会の際,彼らの心はすべての物事を可能にしてくださったエホバに対する感謝で一杯でした。ワルシャワでは,司会者が別れの言葉を述べると,聴衆から拍手がわき起こり,少なくとも10分間は鳴りやみませんでした。最後の歌と祈りの後,再び拍手が起こり,聴衆はなかなかスタンドを去りませんでした。彼らは長年この時を待ち望んできたので,終わってほしくなかったのです。

  • 大会 ― わたしたちの兄弟関係の証拠
    エホバの証人 ― 神の王国をふれ告げる人々
    • [280ページの図版]

      1989年,ポーランドで三つの大規模な大会が開かれ,37の国や地域の代表者が出席した

      ポズナニで出席者に向かって話すT・ジャラズ(右側)

      ホジュフでは何千人もの人がバプテスマを受けた

      ワルシャワでは聴衆の拍手がなかなか鳴りやまなかった

      当時のソ連からの代表者たち(下)

      ホジュフでのプログラムの一部は15の言語に翻訳された

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