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恐るべき異端審問目ざめよ! 1986 | 4月22日
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教皇の認可による拷問
1252年教皇インノケンチウス4世は,大勅書「アド・エクススティルパンダ」を出し,教会の異端審問所で拷問を用いることを正式に認めました。その後さらに,アレキサンデル4世,ウルバヌス4世,クレメンス4世などの教皇が,拷問の方法に関する条例を発布しています。
当初,教会の審問官たちは拷問が行なわれる時その場にいることを許されませんでしたが,教皇アレキサンデル4世およびウルバヌス4世は,この制限を除去しました。そのことにより,拷問室で「取り調べ」を続けることが可能になりました。また,拷問は最初認められたように一度だけ適用すべきでしたが,教皇の審問官たちはその裏をかき,拷問の再開を最初の拷問の「継続」にすぎないと主張しました。
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恐るべき異端審問目ざめよ! 1986 | 4月22日
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1478年に教皇シクスツス4世によって認可されたスペインの異端審問は,まずマラーノすなわちスペイン系ユダヤ人,およびムーア人すなわちスペイン系イスラム教徒に対して向けられました。彼らは恐怖心からカトリックの信仰を採用しましたが,その多くは,元の宗教をひそかに実践しているのではないかと疑われていました。
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恐るべき異端審問目ざめよ! 1986 | 4月22日
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[22ページの図版]
教皇インノケンチウス4世は拷問を用いることを認可した
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