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    啓示の書 ― その壮大な最高潮は近い!
    • 16章

      四人の騎手の馬は疾駆する!

      第3の幻 ― 啓示 6:1-17

      主題: 乗り進む四人の騎手,祭壇の下にいる殉教した証人たち,憤りの大いなる日

      成就する期間: 1914年から,この事物の体制が滅ぼされる時まで

      1 エホバは,イエスの開かれる,興味をそそる巻き物の内容をどのようにしてヨハネに明らかにされますか。

      危機の時代である今日,わたしたちは,「ほどなくして必ず起きる事柄」に深い関心を抱いているのではありませんか。確かにそうです! なぜなら,わたしたち自身が関係しているからです。それでは,イエスがあの興味をそそる巻き物を開き始められるので,これからヨハネに同行してみましょう。驚くべきことに,ヨハネはそれを読む必要がありません。なぜでしょうか。なぜなら,その内容は,活動で満ちた力強い一連の場面を通して,「しるしにより」ヨハネに伝えられているからです。―啓示 1:1,10。

      2 (イ)ヨハネは何を見,また聞きますか。そのケルブの姿は何を連想させますか。(ロ)第一のケルブの命令はだれに対して述べられていますか。どうしてそのように答えますか。

      2 イエスが巻き物の最初の封印を開かれる際,ヨハネの言葉に耳を傾けてください。「そして,子羊が七つの封印の一つを開いた時にわたしが見ると,四つの生き物の一つが雷のような声で,『来なさい!』と言うのが聞こえた」。(啓示 6:1)これは第一のケルブの声です。そのライオンのような姿は,エホバの組織が義にかなった裁きを執行する際,勇気を奮って行動することをヨハネに連想させたことでしょう。では,その命令はだれに対して述べられていますか。ヨハネに対してではありません。ヨハネはそれらの預言的な場面にすでに一緒に加わるよう招かれているからです。(啓示 4:1)その「雷のような声」は,活動に満ちた一連の四つの挿話的な出来事の最初の場面の他の参加者たちを呼び出しているのです。

      白い馬とその傑出した乗り手

      3 (イ)ヨハネは今度,何を描写していますか。(ロ)聖書の象徴的な表現と調和して,白い馬は何を表わしていますか。

      3 ヨハネ,およびヨハネと共にいる今日の熱心なヨハネ級の人たちと仲間の人々は,急速に展開する劇を見る特権に恵まれています! ヨハネはこう言います。「そして,見ると,見よ,白い馬がいた。それに乗っている者は弓を持っていた。そして,彼に冠が与えられ,彼は征服しに,また征服を完了するために出て行った」。(啓示 6:2)そうです,あの雷のような「来なさい!」という声に答えて,白い馬が突進して行きます。聖書では馬は多くの場合,戦闘を象徴しています。(詩編 20:7。箴言 21:31。イザヤ 31:1)成熟した美しい雄馬と思われるこの白い馬は,汚れのない神聖さを示唆する白さできらりと輝きます。(啓示 1:14; 4:4; 7:9; 20:11と比較してください。)これはエホバの聖なる目に清くて義にかなった戦闘を描写しているので,何と適切なのでしょう。―啓示 19:11,14もご覧ください。

      4 白い馬の乗り手はだれですか。説明してください。

      4 この馬の乗り手はだれですか。その乗り手は戦争で使う攻撃用の武器である弓を持っていますが,冠をも与えられています。主の日の間,冠をかぶっているところを見られる,義にかなった者たちとは,イエスと,24人の長老で表わされている級の人たちだけです。(ダニエル 7:13,14,27。ルカ 1:31-33。啓示 4:4,10; 14:14)a 24人の長老の一団の一成員が自分の功績ゆえに冠を受けるということが表わされているとは,まず考えられません。ですから,このただ一人の騎手はほかならぬイエス・キリストご自身であるに違いありません。ヨハネは1914年の歴史的な瞬間に天におられるイエスを見ます。その年にエホバは,「わたしは,まさしくわたしは……わたしの王を立てた」と宣言し,それは『わたしが諸国の民をあなたの相続物として与える』ためであることをイエスにお告げになるのです。(詩編 2:6-8)b こうして,イエスは第一の封印を開いて,新たに王冠を頂いた王であるご自分が,神の定められた時にどのように戦いに打って出るかを明らかにしておられます。

      5 詩編作者はその乗り手のことを啓示 6章2節と同様の仕方で,どのように描写していますか。

      5 この場面は,エホバにより即位させられた王に語りかけられている,次のような詩編 45編4節から7節の言葉と見事に調和しています。「そして,あなたの光輝をもって成功を収めよ。真理と謙遜と義のために乗り進め。あなたの右手は畏怖の念を起こさせることをあなたに教え諭す。あなたの矢は鋭く ― あなたの下にもろもろの民は倒れてゆく ― 王の敵の心臓に突き入る。神は定めのない時に至るまで,まさに永久にあなたの王座。あなたの王権の笏は廉直の笏。あなたは義を愛した。そして邪悪を憎む。それゆえに,神,あなたの神は,歓喜の油をあなたの仲間にもましてあなたにそそがれた」。ヨハネはこの預言的な描写によく通じていたので,それが王としてのイエスの活動に当てはまることを認識しました。―ヘブライ 1:1,2,8,9と比較してください。

      出て行って征服する

      6 (イ)その乗り手はなぜ出て行って征服しなければならないのでしょうか。(ロ)どの期間中,乗り進んで征服するのでしょうか。

      6 それにしても,新たに王冠を頂いたその王は,どうして戦いのために乗り進まなければならないのでしょうか。なぜなら,その王権は,エホバの主要な敵対者である悪魔サタンと ― それと知りながら,あるいは知らずに ― サタンの目的にかなっている地上の人々からの厳しい反対があるにもかかわらず確立されているからです。王国それ自体の誕生も,天での主要な戦いを必要としています。イエスはミカエル(「だれか神のようであろうか」の意)という名で戦い,サタンとその悪霊たちに打ち勝って,彼らを地に投げ落とされます。(啓示 12:7-12)イエスは主の日の初めの何十年かの間に,引き続き乗り進んで征服なさる一方,羊のような人々が集められてゆきます。全世界は依然として「邪悪な者の配下に」ありますが,イエスはご自分の油そそがれた兄弟たちとその仲間の人たちを引き続き愛を込めて牧し,信仰による征服を遂げるよう個人個人を助けてくださいます。―ヨハネ第一 5:19。

      7 イエスは主の日の初めの何十年かの間に,地上でどんな征服を行なってこられましたか。わたしたちは何を決意しているべきでしょうか。

      7 イエスは過去90年余りの主の日の間,ほかにどんな征服を行なわれましたか。エホバの民は地球上の至る所で個人的に,また会衆としても,使徒パウロが奉仕の務めに携わっていることの証拠として述べたのと同様な幾多の困難や圧迫や迫害を経験してきました。(コリント第二 11:23-28)エホバの証人は特に戦争や暴虐の舞台で忍耐するために『普通を超えた力』を必要としてきました。(コリント第二 4:7)しかし,忠実な証人たちは極めてつらい状態にあってさえ,パウロと同様,「主はわたしの近くに立って,わたしに力を注ぎ込んでくださいました。それは,わたしを通して,宣べ伝える業が十分に遂行され(るためでした)」と言うことができました。(テモテ第二 4:17)そうです,イエスは彼らのために征服なさったのです。それで,わたしたちが自分たちの信仰による征服を完了することを決意している限り,イエスはわたしたちのために引き続き出て行って征服を行なってくださいます。―ヨハネ第一 5:4。

      8,9 (イ)エホバの証人の世界的な会衆はどんな征服にあずかってきましたか。(ロ)エホバの証人の増加はどこで確かに際立っていますか。

      8 エホバの証人の世界的な会衆は,征服を行なっておられるその王の指導のもとで数多くの征服にあずかってきました。それら聖書研究者がサタンの政治組織によって一時的に『征服された』1918年に,その王は彼らを目ざましい仕方で保護して絶滅を免れさせました。そして,1919年に,いわば刑務所の窓格子を破って彼らを救い出し,その後,「地の最も遠い所にまで」良いたよりをふれ告げさせるために彼らを活気づけられました。―啓示 13:7。使徒 1:8。

      9 第二次世界大戦前,および同大戦中,独裁主義の枢軸国は,宗教指導者,それも特にローマ・カトリック教会位階制の指導者たちが公然と,あるいは暗黙のうちに圧制的な独裁者を支持した多くの国々で,エホバの証人を一掃しようとしました。しかし,同大戦が始まった1939年当時の7万1,509人の証人たちは,そのうち1万人以上が刑務所や強制収容所で長い歳月を過ごし,約2,000人が殺されたにもかかわらず,1945年に同大戦が終わったころには14万1,606人になっていました。全世界の活発な証人の人数は今日,600万人を超えるまでに増大しました。カトリックの土地や,ドイツ,イタリア,および日本などの迫害のたいへん厳しかった国々では増加が際立っており,これら三つの国は今や合計で優に60万人以上の野外の活発な奉仕者を報告しています。―イザヤ 54:17。エレミヤ 1:17-19。

      10 征服しておられる王は,「良いたよりを擁護して法的に確立することにおいても」,どんな勝利をもって,ご自分の民を祝福してこられましたか。

      10 征服しておられるわたしたちの王は,法廷や支配者の前で「良いたよりを擁護して法的に確立することにおいても」,数多くの勝利を得させるよう,ご自分の熱心な民を導き,祝福してこられました。(フィリピ 1:7。マタイ 10:18; 24:9)このことは国際的な規模で,つまりアルゼンチン,インド,オーストラリア,カナダ,ギリシャ,スイス,スワジランド,トルコその他の国々でも起きてきました。エホバの証人が米国最高裁判所で得た50件の法律上の勝利には,良いたよりを『公に,また家から家に』宣明し,愛国主義的な偶像崇拝の儀式を拒む権利を保障する勝訴が含まれています。(使徒 5:42; 20:20。コリント第一 10:14)こうして,証言を世界的に拡大する道が開かれてきました。

      11 (イ)その乗り手はどのようにして「征服を完了」なさるのでしょうか。(ロ)第二,第三および第四の封印が開かれることにより,わたしたちはどんな影響を受けるでしょうか。

      11 イエスはどのようにして「征服を完了」なさるのでしょうか。c それはこれから調べますが,イエスは偽りの宗教を取り除き,次いでサタンの見える組織の残りの部分を滅びを象徴する「火の湖」に投げ込んで,エホバの主権の正しさを立証することにより,そうなさいます。わたしたちは今や,わたしたちの「王の王」がサタンの圧制的な政治組織に対して最終的な勝利を収められるハルマゲドンのその日を,確信を抱いて待ち望んでいます!(啓示 16:16; 17:14; 19:2,14-21。エゼキエル 25:17)一方,エホバが心の正直な人たちを地上のご自分の義にかなった国民に加え続けてくださるにつれ,白い馬にまたがる無敵の征服者は引き続き乗り進んで行かれます。(イザヤ 26:2; 60:22)あなたはこの王国の喜ばしい拡大の業に油そそがれたヨハネ級の人たちと共にあずかっておられますか。もしそうでしたら,次の三つの封印が開かれる時,あなたは使徒ヨハネの見る事柄により,現代のためのエホバの業になお一層あずかるよう鼓舞されるに違いありません。

      ご覧なさい,火のような色の馬です!

      12 イエスはどんな事柄がご自分の王としての見えない臨在をしるし付けるものになると言われましたか。

      12 イエスが地上で奉仕の務めに携わられた期間の終わりごろ,その弟子たちは,「あなたの臨在と事物の体制の終結のしるしには何がありますか」と,ひそかにイエスに尋ねました。イエスはそれに答えて,「苦しみの劇痛の始まり」となる災いを予告し,こう言われました。「国民は国民に,王国は王国に敵対して立ち上がるでしょう。そして,大きな地震があり,そこからここへと疫病や食糧不足があります。また,恐ろしい光景や天からの大いなるしるしがあるでしょう」。(マタイ 24:3,7,8。ルカ 21:10,11)巻き物の残りの封印が開かれる時,ヨハネの見る事柄は,その預言と驚くほどよく類似しています。さあ,栄光を受けられたイエスが第二の封印を開かれる際,よく見てください。

      13 どんな対照的な事柄がヨハネに明らかにされようとしていますか。

      13 「また,彼が第二の封印を開いた時,わたしは,第二の生き物が,『来なさい!』と言うのを聞いた」。(啓示 6:3)この命令を出しているのは,雄牛のような姿をした第二のケルブです。ここでは力という特質が象徴的に表わされていますが,その力は正しく用いられています。ところが,それとは対照的に,ヨハネは今や,力が振るわれて死がもたらされる恐ろしい光景を見ようとしています。

      14 ヨハネは次にどんな馬と乗り手を見ますか。この幻は何を表わしていますか。

      14 では,「来なさい!」という第二のこの呼び出しに対する応答はどのようになされますか。それはこうです。「すると,別の,火のような色の馬が出て来た。そして,それに乗っている者には,人々がむざんな殺し合いをするよう地から平和を取り去ることが許された。そして大きな剣が彼に与えられた」。(啓示 6:4)実に凄惨な幻です! また,それが何を表わしているかについては疑問の余地がありません。戦争です! それは征服なさるエホバの王の義にかなった勝利の戦いではなく,不必要な流血と苦痛を伴う,人間の仕業である国際的な残忍な戦争です。その乗り手が火のように赤い馬にまたがっているのは,何とふさわしいのでしょう。

      15 わたしたちはどうして第二の騎手と共に乗りたいなどと思うべきではありませんか。

      15 確かにヨハネは,突進するその馬にこの騎手と共に乗りたいとは思わないでしょう。というのは,神の民に関して,「彼らはもはや戦いを学ばない」と預言されていたからです。(イザヤ 2:4)ヨハネ,それに拡大解釈して,ヨハネ級の人たちと大群衆は,今日,依然として「世におり」ますが,血だらけのこの体制の「ものでは」ありません。わたしたちの武器は,肉の戦いは別にして,真理を活発にふれ告げるために「神によって強力にされた」霊的なものです。―ヨハネ 17:11,14。コリント第二 10:3,4。

      16 赤い馬の乗り手には,いつ,またどのように,「大きな剣」が与えられましたか。

      16 白い馬の乗り手が王冠を受けた年である1914年以前にも,多くの戦争がありました。しかし,今や赤い馬の乗り手には「大きな剣」が与えられています。これは何を暗示していますか。第一次世界大戦の勃発と共に,人間の戦争はかつてないほど一層血生臭くて,一層破壊的なものになりました。1914年から1918年まで大虐殺が行なわれた間,戦車,毒ガス,飛行機,潜水艦,巨砲,および自動火器などが初めて,あるいは類例のないほどの規模で使われました。およそ28か国の職業軍人だけでなく,住民全体が戦争努力を強いられました。死傷者は恐るべき数に達し,900万人以上の将兵が殺され,一般市民の死傷者は天文学的な数字に達しました。戦争が終わった後でさえ,地上には真の平和が戻りませんでした。同大戦から50年以上たった後でさえ,ドイツの政治家コンラート・アデナウアーは,「1914年以来,安全と静けさは人々の生活から失われた」と述べました。火のような色の馬の乗り手はまさしく,地から平和を取り去ることを許されたのです!

      17 第一次世界大戦後,「大きな剣」はどのように引き続き振るわれてきましたか。

      17 その後,血に対する渇望をそそられた,赤い馬の乗り手は,第二次世界大戦に突進しました。大量殺人の手段はなお一層残忍なものになり,死傷者数は第一次世界大戦の4倍にも急上昇しました。1945年には2個の原子爆弾が日本の上空でさく裂し,一瞬のせん光がきらめいた後,その各々は何万人もの犠牲者をせん滅しました。第二次世界大戦中,赤い馬の乗り手はおよそ5,500万人もの膨大な数の人命を刈り取りましたが,それでも満足しませんでした。第二次世界大戦以来,信頼すべき報告によれば,少なくとも優に2,000万を超える魂が「大きな剣」の下に倒れたと言われています。

      18,19 (イ)第二次世界大戦以来の大虐殺は軍事科学技術の勝利というよりはむしろ,どんな事実の証拠ですか。(ロ)人類はどんな危険に直面していますか。しかし,白い馬の乗り手はそれを相殺するために何を行なわれますか。

      18 わたしたちはこれを果たして軍事科学技術の勝利と呼べるでしょうか。それはむしろ,無慈悲な赤い馬が疾駆している証拠です。では,疾駆するのをどこでやめるのでしょうか。核による計画的な大火災は言うまでもなく,偶発的な核戦争も起きかねない,と語る科学者もいます! しかし,幸いなことに,白い馬の乗り手はこのことに関して別の考えを持っておられます。

      19 社会が国家主義的な誇りや憎しみに基づいている限り,人類は引き続き核の危険という火薬庫の上に座らざるを得ません。たとえ諸国家が必死になって核兵器を全廃したところで,その製造技術を保持しています。諸国家は殺人核兵器を再び製造しようと思えば,直ちにそうすることができるでしょう。ですから,在来型の兵器を使うどんな戦争でも,やがて急速に発展して大破壊を招く恐れがあります。ああ,そうです,白い馬の乗り手が火のような色の馬の狂気じみた疾駆を阻止しない限り,今日,諸国民を包んでいる誇りや憎しみの感情は人類の自殺をもたらすに違いありません。ですから,王キリストはサタンの支配する世に対する征服を完了すると共に,愛 ― 神と隣人に対する愛 ― に基づく新しい地上の社会を確立するために乗り進んでおられることを確信いたしましょう。そのような愛こそ,狂気じみた現代の当てにならない核抑止力よりもはるかに勝った,平和のための力です。―詩編 37:9-11。マルコ 12:29-31。啓示 21:1-5。

      黒い馬が突進する

      20 白い馬の乗り手がいかなる悲惨な事態にも対処なさることを保証する,どんな事柄がありますか。

      20 イエスは今や第三の封印を開かれます! ヨハネ,何を見守っておられるのですか。「また,彼が第三の封印を開いた時,わたしは,第三の生き物が,『来なさい!』と言うのを聞いた」。(啓示 6:5[前半])幸いなことに,この第三のケルブには,愛という特質を表わす「人間のような顔」があります。その優れた特質が今日,エホバの組織全体に行き渡っている通り,神の新しい世には原則に基づく愛があふれます。(啓示 4:7。ヨハネ第一 4:16)わたしたちは,「すべての敵を彼の足の下に置くまで……王として支配しなければならない」,その白い馬の乗り手が,次にヨハネの凝視する悲惨な事態を愛をもって除去してくださることを確信できます。―コリント第一 15:25。

      21 (イ)黒い馬とその乗り手は何を表わしていますか。(ロ)その黒い馬が依然として暴れ回っていることを何が明らかに示していますか。

      21 では,「来なさい!」という第三の呼び出しに対する応答がなされる時,ヨハネは何を見ますか。「そして,見ると,見よ,黒い馬がいた。それに乗っている者は手にはかりを持っていた」。(啓示 6:5[後半])紛れもない飢きんです! これがこの預言的な場面の示す恐ろしい音信です。それは,食物がはかりで量って配給されなければならなくなる主の日の初めごろの状況を指し示しています。1914年以来,飢きんは引き続き世界的な問題となってきました。現代の戦争の後には飢きんが生じます。というのは,普通なら空腹な人々を養うために使われる資源が,大抵,兵器を供給するために転用されるからです。農場で働く人たちは徴用され,畑地は戦闘のために損なわれ,焦土政策が取られるため,食糧生産は減少します。何百万もの人々が餓死した第一次世界大戦中,このことは何と真実だったのでしょう。その上,飢えを表わす黒い馬の乗り手は,同大戦が終わっても哀れに思いませんでした。1930年代には,ウクライナ地方の飢きんだけで500万もの人々が滅びました。第二次世界大戦の後にはもっとひどい食糧不足や飢きんが起きました。黒い馬が疾駆し続けているため,1987年の半ばに世界食糧会議は,5億1,200万人が飢えている上,飢餓の関係している原因で毎日,4万人もの子供たちが亡くなっていると報告しました。

      22 (イ)その声は,何をする必要があることをどのように言い表わしていますか。(ロ)小麦一リットルと大麦三リットルの値段は何を暗示していますか。

      22 ヨハネはわたしたちにさらにこう告げます。「そしてわたしは,四つの生き物の真ん中から出るかのような声が,『小麦一リットルは一デナリ,大麦三リットルは一デナリ。オリーブ油とぶどう酒を損なうな』と言うのを聞いた」。(啓示 6:6)四人のケルブは全員一斉に,食物の蓄えを注意深く見守る必要があることを言い表わしています。それはちょうど,西暦前607年にエルサレムが滅びる以前,人々が「心配しながら目方によってパンを食べ」なければならなくなったのと同様です。(エゼキエル 4:16)ヨハネの時代には,小麦一リットルが兵士のための一日分の配給量とみなされました。この配給量の値段は幾らでしたか。一デナリ,つまりまる一日の賃金に相当しました!(マタイ 20:2)d もし男の人に家族がいたら,どうでしたか。小麦の代わりに,精白されていない大麦を三リットル買えました。それでも,小人数の家族しか養えなかったでしょう。それに,大麦は小麦ほど良質の食物とはみなされていませんでした。

      23 「オリーブ油とぶどう酒を損なうな」という声明は何を示唆していますか。

      23 「オリーブ油とぶどう酒を損なうな」という声明は何を示唆していますか。中には,多くの人々が食物の不足に悩み,餓死する人さえいるのに,金持ちのぜいたく品は損なわれないことを意味していると考える人たちもいます。しかし中東では,油やぶどう酒は実際ぜいたく品ではありません。聖書時代には,パンや油やぶどう酒は基本的な食糧品とみなされていました。(創世記 14:18; 詩編 104:14,15と比較してください。)水は必ずしも良質ではなかったので,ぶどう酒が飲み物として,時には薬用として広く用いられました。(テモテ第一 5:23)油について言えば,エリヤの時代のザレパテのやもめは貧しい人でしたが,残りの麦粉を調理するのに使う油がなお少し残っていました。(列王第一 17:12)ですから,「オリーブ油とぶどう酒を損なうな」という命令は,それらの基本的な必需品をあまり早く使ってしまうのではなく,かえって節約しながら使うようにという忠告のようです。さもないと,それらのものは『損なわれる』,つまり飢きんが終わらないうちに尽きてしまうでしょう。

      24 黒い馬は余り長い間疾駆し続けるわけではありません。それはどうしてですか。

      24 白い馬の乗り手が間もなく,あの疾駆する黒い馬の手綱を引いて止めてくださるので,わたしたちは何と幸いなのでしょう。というのは,新しい世のためのその方の愛ある備えに関して,こう記されているからです。「その日には義なる者が芽生え,豊かな平和が月のなくなるときまで続くことでしょう。……地には穀物が豊かに実り,山々の頂であふれんばかりに実ります」― 詩編 72:7,16。イザヤ 25:6-8もご覧ください。

      青ざめた馬とその乗り手

      25 イエスが第四の封印を開かれる時,ヨハネはだれの声を聞きますか。それは何を示唆していますか。

      25 この話はまだ完全に述べ終えられてはいません。イエスは第四の封印を開かれ,ヨハネはその結果をわたしたちにこう告げます。「また,彼が第四の封印を開いた時,わたしは,第四の生き物の声が,『来なさい!』と言うのを聞いた」。(啓示 6:7)それは,飛ぶ鷲に似たケルブの声です。先を見通す知恵が示唆されているので,ヨハネやヨハネ級の人たちや他の地的な神の僕たちは皆,ここで描写されている事柄を考慮して,確かに洞察力を働かせて観察したり,行動したりすることが必要でした。そうするなら,わたしたちは今日の高慢で不道徳な世代の世故にたけた人々を悩ます神罰から,ある程度守られることでしょう。―コリント第一 1:20,21。

      26 (イ)第四の騎手はだれですか。その馬の色はどうして適切ですか。(ロ)だれが第四の騎手の後に従っていますか。その犠牲者はどうなりますか。

      26 では,第四の騎手がその招きにこたえ応じると,ぞっとするようなどんな新たなものが放たれますか。ヨハネはわたしたちにこう告げます。「そして,見ると,見よ,青ざめた馬がいた。それに乗っている者には“死”という名があった。そして,ハデスが彼のすぐあとに従っていた」。(啓示 6:8[前半])この最後の馬の乗り手には名前があります。それは死です。この乗り手は黙示録の四騎手の中で,その実体を単刀直入に明らかにしている,ただ一人の騎手です。適切なことに,“死”が青ざめた馬に乗っています。というのは,「青ざめた」という言葉(ギリシャ語,クローロス)はギリシャ文学では,あたかも病気のために青白くなった顔を描写するのに使われているからです。また適切にも,ハデス(墓場)が,説明されていない何らかの仕方で“死”の後に従っています。というのは,ハデスは第四の騎手の振るう猛威の前に倒れる犠牲者の多くを自らの内に受け入れるからです。幸いなことに,『死とハデスがその中の死者を出す』時,それらの人々の復活が行なわれます。(啓示 20:13)しかし,“死”はどのようにしてそれらの犠牲者の命を奪うのでしょうか。

      27 (イ)“死”という乗り手は,どのようにしてその犠牲者の命を奪うのでしょうか。(ロ)“死”が権威を持つ「地の四分の一」とは何を意味していますか。

      27 この幻はその方法の幾つかを列挙しています。「そして,地の四分の一に対する権威が彼らに与えられた。長い剣と食糧不足と死の災厄をもって,また地の野獣によってそれを殺すためである」。(啓示 6:8[後半])必ずしも地上の人口の文字通り四分の一ではなく,住民が密集しているか散在しているかにかかわりなく,地の相当の部分がこの馬の突進の影響を受けるでしょう。この騎手は第二の騎手の大きな剣や第三の騎手の飢きんや食糧不足の犠牲者を刈り取ります。この騎手はまた,死の災厄のもたらす自らの収穫物と,ルカ 21章10節と11節の述べる地震による収穫物をも刈り取ります。

      28 (イ)「死の災厄」に関する預言はどのように成就してきましたか。(ロ)今日,エホバの民は多くの病気からどのように守られてきましたか。

      28 ここで現在,重要な意味を持っているのは「死の災厄」です。第一次世界大戦が猛威を振るった後に,スペイン風邪が1918年から1919年までのほんの数か月間に2,000万人以上の人命を刈り取りました。地球上でこの疫病を免れた唯一の地域は,小さなセントヘレナ島だけでした。住民の大多数が死んだ所では,積み重ねられた火葬用のまきに火を付けて死体の山が燃やされました。また,今日,心臓病や,たばこによる汚染が原因の多くを占めているガンなどの発生率には,恐るべきものがあります。1980年代の「醜悪な十年間」と評される期間に,聖書の規準からすれば不法な生き方のために,この「死の災厄」にエイズという疫病が付け加えられました。2000年に,米国公衆衛生局長官がエイズは「おそらく史上最悪の流行病だろう」と述べたと報道されました。同長官によれば,すでに世界で5,200万人がエイズに感染し,そのうちの2,000万人が死んでいました。エホバの民はそのみ言葉の賢明な助言のおかげで,たいへん多くの病気の伝染経路となる淫行や血の誤用を避けられるので,何と深く感謝できるのでしょう。―使徒 15:28,29。コリント第一 6:9-11と比較してください。

      29,30 (イ)エゼキエル 14章21節の『害をもたらす四つの行ない』は,今日,どのように当てはめられますか。(ロ)わたしたちは啓示 6章8節の「野獣」のことをどのように理解できるでしょうか。(ハ)この預言的な場面の要点はどんなことだと思われますか。

      29 ヨハネの幻の中では,早死にの四番目の原因として野獣が挙げられています。実際,第四の封印が開かれて,大きく取り上げられた四つの事柄 ― 戦争・飢きん・病気・野獣 ― は古代の人々の早死にの主要な原因とみなされていました。ですから,それは今日の早死にの原因すべてを予表していると言えるでしょう。それはエホバがイスラエルに次のように警告された通りです。「わたしがエルサレムから地の人と家畜を断ち滅ぼそうとして,その上に実際に送り出す,害をもたらすわたしの四つの裁きの行ない ― 剣と,飢きんと,害をもたらす野獣と,疫病 ― があるときにも,それと同じになるであろう」― エゼキエル 14:21。

      30 熱帯地方の国々では,野生動物の犠牲になる人は一向に跡を絶っていませんが,野獣に殺される事件は余り現代の新聞記事にはなりません。しかし,将来,戦争のために土地が荒廃したり,あるいは飢きんのためにやせ衰えた人々が飢えた動物を追い払おうとしたりするなら,もっと多くの人々が動物の犠牲になるかもしれません。その上,今日,理性のない動物のように,イザヤ 11章6節から9節で描写されているのとは大いに対照的な獣のような性向を表わす人間が少なくありません。それらの人々は,現代の世界で地球的な規模で増大している性犯罪・殺人・テロ行為および爆弾事件などに対して主に責任があります。(エゼキエル 21:31; ローマ 1:28-31; ペテロ第二 2:12と比較してください。)第四の騎手は,彼らの犠牲者をも刈り取っています。実際,青ざめた馬の乗り手が早死にする人間を数多くの仕方で収穫することが,この預言的な場面の要点のようです。

      31 赤い馬,黒い馬,および青ざめた馬の乗り手が猛威を振るってきたにもかかわらず,どうして励みが得られるのでしょうか。

      31 最初の四つの封印を開いて明らかにされた情報は,わたしたちを元気づけてくれます。なぜなら,それは戦争,飢え,病気,ならびに今日あまりにも広く見られる早死にの他の原因のゆえに絶望しないよう,わたしたちを教えるものとなるからです。また,人間の指導者が現行の諸問題を解決できないからといって,希望を失うべきでもありません。たとえ,世界情勢から見て,赤い馬,黒い馬,および青ざめた馬の乗り手が方々に向かっているのが明らかであっても,最初に進み出たのは白い馬の乗り手であったことを忘れないでください。イエスは王となって,すでにサタンを天から追い出す程度まで征服を行なわれました。イエスのなさるそれ以上の征服には,霊的なイスラエルの子らの残っている者たちと何百万という数に上る国際的な大群衆を,大患難を切り抜けて生き残らせるように集め出すことが含まれています。(啓示 7:4,9,14)イエスは征服を完了するまで引き続き乗り進んで行かなければなりません。

      32 最初の四つの封印が各々開かれた時,どんな独特なことが起きましたか。

      32 最初の四つの封印が各々開かれる度に,「来なさい!」という呼び出しの言葉が後に続きました。その度に,馬とその乗り手が突進して来ました。第五の封印から始めて,そのような呼び出しの言葉はもはや聞かれなくなります。しかし,それらの騎手はなお馬に乗って走っており,事物の体制の終結の期間中ずっと疾駆し続けるでしょう。(マタイ 28:20と比較してください。)イエスは残りの三つの封印を開いて,極めて重要なほかのどんな出来事を明らかにされますか。それらの出来事の幾つかは肉眼では見えません。ほかの出来事は目には見えますが,なお将来の事柄です。とはいえ,成就するのは確かです。では,どんな出来事なのか見てみましょう。

      [脚注]

      a しかし,啓示 12章1節の「女」には比喩的な「十二の星の冠」があることに注目してください。

      b イエスが1914年にご自分の王国を受け継がれたことを示す詳しい証拠については,エホバの証人の発行した「聖書は実際に何を教えていますか」と題する本の215-218ページをご覧ください。

      c 多くの翻訳者はこの句を「征服するため」(改訂標準訳,新英訳聖書,ジェームズ王欽定訳),あるいは「征服を決意して」(フィリップス訳,新国際訳)と訳していますが,この箇所の原語ギリシャ語のアオリスト仮定法の用法は,完了もしくは最終状況を意味しています。ですから,ロバートソン編,「新約聖書の絵画的表現」という本は,「ここのアオリスト時制は究極的な勝利を指している」と述べています。

      d 「参照資料付き 新世界訳聖書」の脚注をご覧ください。

  • 四人の騎手の馬は疾駆する!
    啓示の書 ― その壮大な最高潮は近い!
    • [92ページの囲み記事]

      王は勝ち誇って乗り進む

      1930年代および1940年代中,頑強な敵は,エホバの証人の宣教活動を不法な犯罪行為,もしくは破壊活動だとさえ考えさせるよう腐心しました。(詩編 94:20)米国では1936年だけで,1,149人が逮捕されたと記録されています。証人たちは数多くの訴訟を米国最高裁判所にまで提出して戦いました。証人たちの際立った勝訴の幾つかの例を次に掲げます。

      1943年5月3日,米最高裁判所はマードック 対 ペンシルバニア州事件で,証人たちは金銭と引き換えに文書を配布するための認可を必要としないという判断を下しました。その同じ日に,マーティン 対 ストラザーズ市事件で,招待ビラその他の宣伝用印刷物を戸別訪問で頒布する際,玄関の呼び鈴を鳴らすのは不法行為ではないという判決が出されました。

      1943年6月14日,米最高裁判所はテイラー 対 ミシシッピ州事件で,証人たちは伝道活動により政府に対する忠誠違背行為を助長してはいないという判断を下しました。その同じ日に,ウェスト・バージニア州教育委員会 対 バーネット事件で,同裁判所は,国旗敬礼を拒否するエホバの証人の子弟を放校する権利は教育委員会にはないという判断を下しました。また,その翌日,判事全員が出席したオーストラリアの高等裁判所は,エホバの証人に対する国家による禁令を「専断的で気まぐれな圧制的」処置と断定して取り除きました。

      [94ページの囲み記事]

      「地から平和を取り去ることが許された」

      科学技術は何をもたらすか。カナダ,トロントの1987年1月22日付,グローブ・アンド・メール紙は,国際開発研究センターの所長アイバン・L・ヘッドの演説を一部次のように伝えています。

      「研究ならびに技術開発に従事している世界の科学者や科学技術の専門家のうち四人に一人は武器のために働いている。……1986年の比率では,支出は1分間に150万㌦(約1億9,000万円)を上回る。……科学技術がこのように強調された結果,我々は皆,一層安全になったであろうか。超大国の所有する核兵器庫にある兵器の爆発力は,第二次世界大戦の全期間に全戦闘員が使った武器すべての爆発力の6,000倍,つまり第二次世界大戦を6,000回行なえる爆発力に相当する。1945年以来,世界で軍事活動が行なわれなかった日は7週間にも満たない。これまでに,国際的もしくは内戦的な性格の戦争が150回以上行なわれ,推定1,930万人の人命が奪われており,その大半はこの国際連合の時代に出現した新しい有効な科学技術が利用された結果なのである」。

      2005年までに,軍事活動によって優に2,000万人を超える人命が奪われました。

  • 『ほふられた魂』は報いを受ける
    啓示の書 ― その壮大な最高潮は近い!
    • 17章

      『ほふられた魂』は報いを受ける

      1 わたしたちはどんな時期に生きていますか。そのことを示すどんな証拠がありますか。

      神の王国は支配しています! 白い馬の乗り手は征服を完了しようとしています! 赤い馬,黒い馬,および青ざめた馬も地上の至る所で疾駆しています! イエスの王としての臨在に関するご自分の預言は成就しつつあります。(マタイ 24,25章。マルコ 13章。ルカ 21章)そうです,わたしたちはこの事物の体制の終わりの日に生きているのです。(テモテ第二 3:1-5)ですから,子羊イエス・キリストがあの巻き物の第五の封印を解かれる際,注意深く見守りましょう。わたしたちは今や,さらにどんな啓示に一緒にあずかれるのでしょうか。

      2 (イ)第五の封印が開かれた時,ヨハネは何を見ましたか。(ロ)天の象徴的な犠牲の祭壇について読んだからと言って,どうして驚くべきではありませんか。

      2 ヨハネは感動的な場面をこう描写します。「また,彼が第五の封印を開いた時,わたしは,神の言葉のために,またその行なっていた証しの業のためにほふられた者たちの魂が祭壇の下にいるのを見た」。(啓示 6:9)それは何ですか。犠牲をささげる祭壇が天にあるのですか。その通りです! ヨハネが祭壇に言及するのは,これが初めてです。しかしヨハネはすでに,王座に座っておられるエホバ,その周りにいるケルブたち,ガラスのような海,ともしび,および香を携えている24人の長老たちを描写しています。このすべては,イスラエルにおけるエホバの聖所である,地上の幕屋の特徴と類似しています。(出エジプト記 25:17,18; 40:24-27,30-32。歴代第一 24:4)では,犠牲をささげる象徴的な祭壇が天にもあるからと言って,驚くべきでしょうか。―出エジプト記 40:29。

      3 (イ)古代ユダヤ人の幕屋では,どのようにして魂が「祭壇の基部に」注がれましたか。(ロ)ヨハネはどうしてほふられた証人たちの魂が天の象徴的な祭壇の下にあるのを見ましたか。

      3 その祭壇の下のほうには,「神の言葉のために,またその行なっていた証しの業のためにほふられた者たちの魂」があります。これは何を意味していますか。それは,異教のギリシャ人が信じていた魂のような,肉体から分離した魂などではあり得ませんでした。(創世記 2:7。エゼキエル 18:4)むしろヨハネは,魂つまり命が血によって象徴されており,また古代ユダヤ人の祭司たちが幕屋の傍らで犠牲の動物をほふった時,その血を「祭壇の上の周囲に」振り掛けたり,「焼燔の捧げ物の祭壇の基部に」注いだりしたことを知っています。(レビ記 3:2,8,13; 4:7; 17:6,11,12)ですから,動物の魂は,犠牲の祭壇と密接に結びつけられていました。しかし,どうしてそれら特定の神の僕たちの魂もしくは血が,天の象徴的な祭壇の下にあるのが見えたのでしょうか。なぜなら,彼らの死は犠牲の死とみなされているからです。

      4 霊によって生み出されたクリスチャンの死は,どんな点で犠牲の死と言えますか。

      4 実際,神の霊の子として生み出される人たちはすべて,犠牲の死を遂げます。それらの人はエホバの天の王国で果たす役割ゆえに,地上で永遠の命を受ける希望を一切断念して犠牲にしますが,それは神のご意志なのです。この点で,それらの人はエホバの主権のために犠牲の死を甘受します。(フィリピ 3:8-11。同2:17と比較してください。)これは,ヨハネが祭壇の下で見た人たちにまさに真の意味で当てはまります。それらの人は,当時,エホバのみ言葉と主権を擁護して奉仕の務めを熱心に行なったために殉教の死を遂げた[英語,martyred<マータード>],油そそがれた人たちです。その魂は,「神の言葉のために,またその行なっていた証しの業[ギリシャ語,martyrian<マルテュリアン>]のためにほふられた」のです。

      5 忠実な人たちの魂は死んでいるのに,復しゅうを叫び求めているのは,どうしてでしょうか。

      5 シナリオはさらに次のようなことを明らかにします。「そして,彼らは大声で叫んで言った,『聖にして真実な,主権者なる主よ,あなたはいつまで裁きを控え,地に住む者たちに対するわたしたちの血の復しゅうを控えておられるのでしょうか』」。(啓示 6:10)聖書は死者が無意識であることを示しているのに,どうして彼らの魂,もしくは血は復しゅうを求めて大声で叫ぶことができるのでしょうか。(伝道の書 9:5)ところで,カインが義人アベルを殺害した後,その血は叫びませんでしたか。その後,エホバはカインに対して,「あなたは何をしたのか。聴け! あなたの兄弟の血がわたしに向かって地面から叫んでいる」と言われました。(創世記 4:10,11。ヘブライ 12:24)アベルの血が文字通り言葉を発していたのではありません。むしろ,アベルは罪のない犠牲者として死んだので,公正がいわばその殺人者の処罰を叫び求めたのです。同様に,それらクリスチャンの殉教者は罪のない人たちですから,その復しゅうが公正に行なわれなければなりません。(ルカ 18:7,8)こうして幾千人もの人々が死んだので,復しゅうを求めるその叫び声は大声なのです。―エレミヤ 15:15,16と比較してください。

      6 罪のない人々の血が流された,どのような行為に対して,西暦前607年に復しゅうが行なわれましたか。

      6 この状況は,西暦前716年にマナセ王が王座に就いた当時の背教したユダの状況になぞらえることもできるでしょう。マナセは罪のない人々の血をたくさん流し,預言者イザヤを『のこぎりで切り裂いた』ようです。(ヘブライ 11:37。列王第二 21:16)マナセは後に悔い改め,改心しましたが,その血の罪は残りました。西暦前607年にバビロニア人はユダ王国を荒廃させましたが,「これがユダに対して起きたのは,エホバの命令によることであり,また,マナセが流した罪のない者の血のためであって,彼は罪のない者の血でエルサレムを満たした。それでエホバは許しを与えようとはされなかった」のです。―列王第二 24:3,4。

      7 「聖なる者たちの血」を流したことでおもに罪を負っているのはだれですか。

      7 聖書時代と同様,今日でも神の証人たちを殺した個々の人々の多くは死んで久しくなるかもしれません。しかし,それら証人たちの殉教の死をもたらした組織は依然として盛んに活動しており,血の罪を負っています。それはサタンの地的な胤である,その地的な組織です。その中でも顕著なのは,偽りの宗教の世界帝国である大いなるバビロンです。a 同バビロンは,「聖なる者たちの血とイエスの証人たちの血に酔っている」女として描かれています。そうです,「彼女の中には,預言者と聖なる者たちの血,そして地上でほふられたすべての者の血が見いだされ」ました。(啓示 17:5,6; 18:24。エフェソス 4:11。コリント第一 12:28)何という重大な血の罪の重荷なのでしょう。大いなるバビロンが存在する限り,その犠牲者たちの血は公正な裁きを叫び求めることでしょう。―啓示 19:1,2。

      8 (イ)ヨハネの生涯中,殉教の死を招くどんな事件が起きましたか。(ロ)どんな迫害がローマの皇帝により引き起こされましたか。

      8 残忍な蛇とその地上の胤が,油そそがれたクリスチャンの増大する会衆と戦った際,ヨハネ自身も1世紀当時の殉教者の死を目撃しました。ヨハネは杭に付けられた,わたしたちの主を見ましたし,ステファノや自分自身の兄弟ヤコブ,それにペテロやパウロその他の親しい同僚が殺害された後まで生き残りました。(ヨハネ 19:26,27; 21:15,18,19。使徒 7:59,60; 8:2; 12:2。テモテ第二 1:1; 4:6,7)西暦64年にローマ皇帝ネロは,ローマ市を炎上させたとしてクリスチャンを非難し,その罪は同皇帝にあるという風評をもみ消すための身代わりにしました。歴史家タキツスはこう伝えています。「彼ら[クリスチャン]はなぶりものにされる仕打ちを受けて死んでいった。ある者は野獣の毛皮をかぶせられて犬に引き裂かれ,ある者は[杭につけ]られ,b ある者は夜,光を照らすたいまつ代わりに焼かれたりした」。ドミティアヌス皇帝(西暦81-96年)の治世中,さらに迫害の波が襲った結果,ヨハネはパトモス島に流刑に処せられました。「彼らがわたしを迫害したのであれば,あなた方をも迫害するでしょう」と,イエスが言われた通りです。―ヨハネ 15:20。マタイ 10:22。

      9 (イ)サタンは西暦4世紀までに,どんな欺まんの傑作を生み出しましたか。それは何の主要な部分ですか。(ロ)キリスト教世界の一部の支配者は第一次および第二次世界大戦中,エホバの証人をどのように扱いましたか。

      9 あの年を経た蛇,悪魔サタンは西暦4世紀までに,その欺まんの傑作である,キリスト教世界の背教した宗教,つまり“キリスト教”という皮をかぶったバビロン的な制度を生み出していました。それは蛇の胤の主要な部分で,相争うおびただしい数の宗派を出現させました。キリスト教世界は昔の不忠実なユダのように,第一次および第二次世界大戦で双方の側に深く関係して,重大な流血の罪を負っています。キリスト教世界の一部の政治支配者たちは,油そそがれた神の僕たちを殺害する口実として,これらの世界大戦をさえ利用しました。フリードリヒ・ジッフェル著,「ドイツの諸教会の戦い」に関する書評は,エホバの証人に対するヒトラーの迫害について報告し,こう述べています。「彼ら[証人たち]の三分の一は処刑,あるいは他の暴力行為,飢え,病気,もしくは奴隷労働などのために殺された。その苛酷な隷属状態は先例のないものであり,国民社会主義の理念と調和させることのできない断固とした信仰の結果であった」。僧職者を含め,キリスト教世界に関して,確かに,「あなたのすそには罪のない貧しい者たちの魂の血こんが見いだされた」と言うことができます。―エレミヤ 2:34。c

      10 大群衆の中の若い人たちは多くの国々で,どんな迫害に遭いましたか。

      10 1935年以来,大群衆の中の忠実な若い人たちは,多くの国々で迫害の矢面に立たされてきました。(啓示 7:9)第二次世界大戦が終わった後でさえ,ヨーロッパでは,ある一つの町だけで14人の若いエホバの証人が絞首刑に処せられました。彼らの犯罪行為ですか。『もはや戦いを学ぼうとは』しなかったためだったのです。(イザヤ 2:4)もっと最近では,東洋やアフリカの若い人たちが同じ問題で打ち殺されたり,銃殺執行隊により処刑されたりしました。イエスの油そそがれた兄弟たちの立派な支持者である,それら青年の殉教者たちは,約束された新しい地に確かに復活させられます。―ペテロ第二 3:13。詩編 110:3; マタイ 25:34-40; ルカ 20:37,38と比較してください。

      「白くて長い衣」

      11 殉教した油そそがれたクリスチャンは,どのような意味で,「白くて長い衣」を受けますか。

      11 使徒パウロは忠誠を保った古代の人たちの信仰を実例を挙げて証拠立てた後,こう述べました。「しかしなお,これらの人々は皆,その信仰によって証しされながらも,約束の成就にあずかりませんでした。神はわたしたちのためにさらに勝ったものを予見し,わたしたちを別にして彼らが完全にされることのないようにされたからです」。(ヘブライ 11:39,40)パウロや他の油そそがれたクリスチャンが期待している,その「さらに勝ったもの」とは何ですか。ヨハネはここでそれを幻の中で見ます。「すると,白くて長い衣がその一人一人に与えられた。そして彼らは,自分たちが殺されたと同じように殺されようとしている仲間の奴隷また兄弟たちの数も満ちるまで,あとしばらく休むように告げられた」。(啓示 6:11)彼らが「白くて長い衣」を受けることは,復活させられて,不滅の霊の被造物になることと関係があります。彼らはもはやほふられた魂として祭壇の下に横たわっているのではなく,よみがえらされて,神の天の王座の前で崇拝する24人の長老の一団の成員となります。彼らはそこで王座を与えられ,王としての特権を受けていることが示されています。そして,彼らは『白い外衣で身を装って』いるので,これはあの天の法廷のエホバの前の誉れある場所に座るのに値する,義にかなった者と宣告されていることを示しています。これもまた,サルデスの会衆の忠実な油そそがれたクリスチャンに対して,「征服する者はこのようにして白い外衣で身を装うのである」と言われたイエスの約束の成就です。―啓示 3:5; 4:4。ペテロ第一 1:4。

      12 復活させられた油そそがれた者たちは,どのように「あとしばらく休む」のでしょうか。いつまでそうしますか。

      12 すべての証拠は,イエスが1914年に即位し,サタンとその悪霊を放逐して天を清めて,ご自分の王としての征服を始めるために乗り進まれた後,1918年にそのような天的な復活が始まったことを示しています。しかし,復活させられた,それら油そそがれた者たちは,「仲間の奴隷……の数も満ちるまで,あとしばらく休(ま)」なければならないと告げられます。依然,地上にいるヨハネ級のそれらの人たちは,試練や迫害のもとで忠誠を実証しなければなりませんし,そのうちのある人々はこれから殺されるかもしれません。しかし,結局,大いなるバビロンとその政治上の情夫によって流された,義にかなった人たちの血すべてに対する復しゅうが行なわれます。その間,復活させられた人たちは,確かに天での務めに忙しく携わります。それらの人は無活動のこの上なく幸せな状態でくつろぐのではなく,エホバの復しゅうの日を辛抱強く待つことによって休みます。(イザヤ 34:8。ローマ 12:19)彼らが偽りの宗教の滅びを目撃し,また,「召され,選ばれた忠実な」者として,この地上にいる,サタンの邪悪な胤の他のすべてのものに対する裁きを執行する主イエス・キリストに同伴する時,その休みは終わります。―啓示 2:26,27; 17:14。ローマ 16:20。

      「死んでいる者たちが最初によみがえる」

      13,14 (イ)使徒パウロによれば,天的な復活はいつ始まりますか。だれが復活させられますか。(ロ)主の日まで生き残っている,油そそがれた者たちは,いつ天に復活させられますか。

      13 第五の封印が開かれて洞察できるようにされた事柄は,天的な復活を扱っている他の聖句と申し分なくよく合致します。例えば,使徒パウロはこう書きました。「主の臨在の時まで生き残るわたしたち生きている者は死んで眠っている者たちに決して先んじないということ,これが,エホバの言葉によってわたしたちがあなた方に伝えるところなのです。主ご自身が号令とみ使いの頭の声また神のラッパと共に天から下られると,キリストと結ばれて死んでいる者たちが最初によみがえるからです。その後,生き残っているわたしたち生きている者が,彼らと共に,雲のうちに取り去られて空中で主に会い,こうしてわたしたちは,常に主と共にいることになるのです」― テサロニケ第一 4:15-17。

      14 これらの節が述べているのは,何と感動的な話なのでしょう。すでに亡くなった人たちは,イエスの臨在の時まで生き残っている,つまりその臨在の期間にもなお地上で生きている,イエスの油そそがれた兄弟たちに先んじて天に入ります。キリストと結ばれて死んだ,そのような人たちは,最初によみがえるのです。イエスは下って,つまり彼らにご自分の注意を向けて,彼らを復活させて霊の命を得させ,「白くて長い衣」をお与えになります。その後,人間としてなお生きている人たちは地上での歩みを終え,その多くは反対者の手に掛かって非業の死を遂げます。しかし彼らは自分たちより以前の人たちのように死んで眠るのではありません。それどころか,これらの人たちは死ぬと,直ちに変えられ ―「またたくまに」― 天に取り去られて,イエスおよびキリストの体の仲間の成員と共になるのです。(コリント第一 15:50-52。啓示 14:13と比較してください。)ですから,油そそがれたクリスチャンの復活は,黙示録の四人の騎手が乗り進み始めた後,間もなく始まるのです。

      15 (イ)第五の封印が開かれると,どんな良い知らせがもたらされますか。(ロ)白い馬にまたがる征服者は,どのように最高潮に向かって乗り進んで行きますか。

      15 巻き物の第五の封印が開かれた結果,死に至るまで忠実を保って征服した,忠誠を保つ,油そそがれた人たちに関する良い知らせがもたらされました。しかし,サタンとその胤にとっては良い知らせは何ももたらされていません。白い馬にまたがる征服者は引き続き何ものにも妨げられることなく乗り進んで行き,「邪悪な者の配下にある」この世に対して清算が行なわれる時,最高潮を迎えます。(ヨハネ第一 5:19)このことは,子羊が第六の封印を開く時に明らかにされます。

      [脚注]

      a 大いなるバビロンの実体については,33章で詳しく論じられています。

      b 「参照資料付き 新世界訳聖書」の1769ページの付録 5ハ「苦しみの杭」と比較してください。

      c 宗教が流血の罪を負っていることを示す証拠は36章でさらに詳しく述べられています。

  • 主の日の地震
    啓示の書 ― その壮大な最高潮は近い!
    • 18章

      主の日の地震

      1,2 (イ)激しい地震を切り抜けるのはどんな経験だと言えるでしょうか。(ロ)第六の封印が開かれると,ヨハネはどんなことを描写しますか。

      激しい地震を切り抜けたことがありますか。それは気持ちの良い経験ではありません。大地震は不気味な横揺れと地鳴りで始まるかもしれません。身の安全を求めて ― 多分,机の下などに潜り込んだ途端,震動は一層ひどくなるかもしれません。あるいは,突然,激しくぐらっと揺れたかと思うと,瀬戸物や家具や建物さえもすさまじい音をたてて落ちたり倒れたりして,壊れるかもしれません。大変な被害が生じ,余震も頻繁に起きてさらに被害が生じ,状況は一層悲惨なものになるかもしれません。

      2 そのようなことを念頭に置いて,第六の封印が開かれる際,ヨハネが描写することを考慮してください。「また,彼が第六の封印を開いた時に見ると,大きな地震が起こった」。(啓示 6:12[前半])これは,ほかの封印が開かれるのと同じ時間の枠内で起きるに違いありません。一体,この地震は主の日のいつ起きるのでしょうか。それはどんな地震ですか。―啓示 1:10。

      3 (イ)イエスはご自分の臨在のしるしに関する預言の中で,何が起きることを予告されましたか。(ロ)文字通りの地震は,啓示 6章12節の大きな象徴的な地震とどのように関連していますか。

      3 聖書は文字通りの地震や比喩的な地震に何回か言及しています。イエスは王国の権力を行使するご自分の臨在のしるしに関する偉大な預言の中で,「そこからここへと……地震がある」ことを予測されました。それは,「苦しみの劇痛の始まり」を示す事柄の一つとなります。1914年以来,地上の人口は爆発的に増加して何十億人にも達すると共に,文字通りの大地震が現代の苦悩を大いに助長してきました。(マタイ 24:3,7,8)とはいえ,そのような地震は預言を成就するものであるにしても,物理的な自然の災害でした。それは啓示 6章12節の象徴的な大地震の前触れです。実際,その大地震は,サタンの支配する地上の人間の事物の体制を根底まで揺り動かす,一連の事前の震動の壊滅的な終幕として襲います。a

      人間社会の震動

      4 (イ)エホバの民は,破局的な出来事が1914年に始まることをいつから予期していましたか。(ロ)1914年はどんな期間の終わりを画する年となりましたか。

      4 エホバの民は1870年代の半ばごろから,破局的な出来事が1914年に起き始め,異邦人の時の終わりをしるし付けるようになることを予期していました。その異邦人の時とは,エルサレムのダビデの王国が西暦前607年に滅ぼされてから,イエスが西暦1914年に天のエルサレムで即位される時まで続く「七つの時」(2,520年)の期間のことです。―ダニエル 4:24,25。ルカ 21:24,ジェームズ王欽定訳。b

      5 (イ)1914年10月2日,C・T・ラッセルはどんな発表を行ないましたか。(ロ)1914年以来,政治上のどんな大変動が起きてきましたか。

      5 こういうわけで,C・T・ラッセルは,1914年10月2日の朝,ニューヨーク市ブルックリンのベテル家族と共に朝の崇拝を行なうため姿を見せた時,「異邦人の時は終わりました。その王たちの日は過ぎ去ったのです」という劇的な発表を行ないました。実際,1914年に始まった世界的な大変動は極めて広範囲に及んだため,長年存続した多くの君主政体は消滅しました。1917年のボルシェビキ革命でロシア皇帝の権力が覆された結果,マルクス主義と資本主義の長い対立が生じました。政治上の変化という震動は,全世界の人間の社会を動揺させています。今日,一,二年以上存続できない政府が少なくありません。政界が安定していないことを示す好例はイタリアの場合で,この国では第二次世界大戦後のほんの42年間に47の新政府が立てられました。しかし,こうした事前の震動は,政府に生じる大変動の最高潮の前触れにすぎません。その結果ですか。神の王国が地の支配権を一手に引き継ぐことになります。―イザヤ 9:6,7。

      6 (イ)H・G・ウェルズは重大な新時代をどのように描写しましたか。(ロ)哲学者や政治家は1914年以来の時代について何と書きましたか。

      6 歴史家,哲学者,および政治指導者は1914年を重大な新時代の始まりとして指摘してきました。その時代に入って17年後,歴史家H・G・ウェルズはこう述べました。「預言者は楽しい事柄なら喜んで預言もしよう。しかし自分の見ることを告げるのが,その務めなのである。預言者が見ているのは,依然として兵士,愛国主義者,高利貸し,金融投機師などにしっかり支配された世界で,疑いや憎しみに屈し,残された個人の自由を急速に失いながら,うっかりすると無情な階級闘争に陥る恐れのある,しかも新たな戦争の準備をしている世界である」。1953年に哲学者バートランド・ラッセルは一部次のように書きました。「1914年以来,世界の趨勢に気づいている人はみな,運命づけられているかに思える,より大きな災いに向かっての行進を深く憂慮している。……彼らは人類を,ギリシャの悲劇の主人公のように,怒れる神々に追いたてられ,もはや運命の支配者ではなくなった者と見ている」。1980年に政治家ハロルド・マクミランは20世紀が始まった平和な時期を回顧して,こう述べました。「すべての事が次第に良い方に向かっていた。わたしが生まれたのはそのような世界であった。……1914年のある朝,突如,全く不意に,すべてが終わった」。

      7-9 (イ)1914年以来,どんな大変動が生じて,人間の社会を揺り動かしてきましたか。(ロ)イエスの臨在期間中の人間社会の大変動に含まれるものとして,ついには人類の間にどんな状態が生じますか。

      7 第二次世界大戦はほかにも大変動の波をもたらしました。そして,小規模な戦争や国際テロが引き続き地を揺り動かしています。大量破壊兵器を使うテロリストや国家の恐るべき脅威から考えて,将来を疑問視する人は少なくありません。

      8 しかし,1914年以来,戦争以外にほかの事柄が人間の社会を根底から揺り動かしてきました。1929年10月29日に起きた米国の株式市場の崩壊は,極めて衝撃的な影響を及ぼした大変動の一つを誘発しました。それは,すべての資本主義国に影響を与えた,例の大恐慌でした。その大恐慌は1932年から1934年にかけて最悪の事態を招きましたが,わたしたちはいまだにその影響を感じています。1929年以来,経済的に病んだ世界は,急場しのぎの施策で取り繕われてきました。政府は赤字財政をほしいままにしています。1973年の石油危機や1987年の株式市場の株価大暴落で金融帝国は一層揺り動かされました。一方,大勢の人々はおもにクレジット方式で物を買います。いい加減な資金運用商法,ネズミ講式の金もうけ方法,および宝くじその他,とばくなどのごまかしの手段の犠牲者となる人々は無数にいますが,人々を保護すべき政府がそのような方策の多くを後援しているのです。キリスト教世界のテレビ福音説教師さえ,何千万ドルもの分け前を求めて手を差し出す始末です!―エレミヤ 5:26-31と比較してください。

      9 ずっと以前のことですが,経済上の問題のゆえにムッソリーニやヒトラーが政権を執る道が開かれました。大いなるバビロンは早速彼らの好意を得ようと努め,バチカン当局は1929年にイタリアと,また1933年にはドイツとそれぞれ政教条約を結びました。(啓示 17:5)その後に続いた暗い時代は確かに,ご自分の臨在に関するイエスの預言の成就の一部となりました。そして,やがて,「逃げ道を知らない諸国民の苦もんがあ(り)……人々は,人の住む地に臨もうとする事柄への恐れと予想から気を失(う)」という事態が生じます。(ルカ 21:7-9,25-31)c そうです,1914年に人間社会を揺り動かし始めた震動は,強力な余震を伴って続いているのです。

      エホバも揺り動かすことを多少行なわれる

      10 (イ)どうしてそれほど多くの震動が人間社会の営みの中で起きているのでしょうか。(ロ)エホバはどんなことをする準備として,何を行なっておられますか。

      10 人間は自分自身の歩みを導くことができないために,そのような震動が人間社会の営みの中で生じてきました。(エレミヤ 10:23)その上,「人の住む全地を惑わしている」,あの年を経た蛇であるサタンは,全人類をエホバの崇拝から引き離そうとする最後の必死の努力を続けて,災いを加えています。現代の科学技術は地上の人間関係を単一の隣人関係に縮めてしまい,その中では国家的,また人種的な憎しみが人間社会を根底から揺り動かしており,いわゆる国際連合も有効な救済策を見いだしかねています。かつてないほど,人が人を支配してこれに害を及ぼしています。(啓示 12:9,12。伝道の書 8:9)とはいえ,天地の造り主であられる主権者なる主エホバは,地上の諸問題をこれを限りに解決する準備として,ほぼ90年,ご自分の独特の仕方で揺り動かすことを行なってこられました。どのようにしてでしょうか。

      11 (イ)ハガイ 2章6節と7節には,何を激動させることが述べられていますか。(ロ)ハガイの預言はどのように成就していますか。

      11 ハガイ 2章6節と7節にはこう記されています。「万軍のエホバはこのように言われたのである。『あと一度 ― それはしばらくのことであるが ― わたしは天と地と海と乾いた地とを激動させる。またわたしはあらゆる国民を激動させる。あらゆる国民のうちの望ましいものが必ず入って来る。わたしはこの家を栄光で満たす』と,万軍のエホバは言われた」。特に1919年以来,万軍のエホバは,地上の人間社会のあらゆる構成分子の間で,ご自身の裁きをご自分の証人たちにふれ告げさせてこられました。サタンの世の体制は,この地球的な規模の警告を受けてきました。d この警告が激しさを増すにつれ,「望ましいもの」である,神を恐れる人々が,国々の民と別れるよう促されてきました。それらの人々は,サタンの組織が揺れ動くことによりほうり出されるのではありません。かえって,それらの人は事情をはっきり認識して,油そそがれた残りの者と共に,エホバの家を栄光で満たす業の一端にあずかることを自ら決意するのです。その業はどのようにして成し遂げられますか。樹立された神の王国の良いたよりを宣べ伝える熱心な業によって成し遂げられます。(マタイ 24:14)イエスとその油そそがれた追随者たちで構成されるその王国は,エホバに栄光をもたらす「揺り動かされることのない王国」として,いつまでも存続します。―ヘブライ 12:26-29。

      12 もしあなたが,マタイ 24章14節で予告されている宣べ伝える業にこたえ応じるようになられたなら,啓示 6章12節の大きな地震が起きる前に何を行なうべきでしょうか。

      12 あなたは,その宣べ伝える業にこたえ応じるようになられましたか。あなたは,もしかすると,近年,イエスの死を思い起こす記念式に出席してきた幾百万もの人々の一人ですか。もしそうでしたら,聖書の真理を学ぶ点で進歩し続けてください。(テモテ第二 2:15; 3:16,17)滅びに定められている,サタンの地上の社会の人々の腐敗した生活様式を完全に捨て去ってください! そうです,クリスチャンの新しい世の社会に入って,最後の破局的な「地震」でサタンの世が打ち砕かれる前に,新しい世の社会の活動に十分あずかってください。ところで,あの大きな地震とは何でしょうか。では,調べてみましょう。

      大きな地震!

      13 その大きな地震は,人間の経験としてはどんな点で全く新しいものですか。

      13 そうです,今日の危機的な終わりの日は,文字通りの地震や比喩的な地震の多い時代となりました。(テモテ第二 3:1)しかし,これまで起きた地震は,第六の封印が開かれる時にヨハネが見る最後の大地震ではありません。事前の震動の時期は終わり,今や人間の経験としては全く新しい大きな地震が起こります。それは余りにも大きな地震なので,引き起こされる大変動や激変の規模はリヒタースケールその他の人為的な測定方法では測れません。それは単なる局地的な衝撃ではなく,全「地」,つまり退廃的な人間社会全体を荒廃させる大激変をもたらす震動なのです。

      14 (イ)どんな預言が大きな地震とその結果を予告していますか。(ロ)ヨエルの預言と啓示 6章12節と13節は何に言及しているに違いありませんか。

      14 ほかのエホバの預言者たちもそのような地震とその壊滅的な結果を予告しました。例えば,西暦前820年ごろ,ヨエルは「畏怖の念を抱かせる,エホバの大いなる日の来る」ことについて語り,その時,「太陽は闇に変わり,月は血になるであろう」と述べ,また後に次のような言葉を付け加えています。「群がる民,群がる民が決定の低地平原にいる。エホバの日が近く,決定の低地平原に臨んでいるからである。太陽や月も必ず暗くなり,星さえその輝きをとどめる。そして,シオンからエホバはとどろき,エルサレムからその声を放つ。そして,天と地は必ず激動する。しかしエホバはその民のための避け所となり,イスラエルの子らのための要害となる」。(ヨエル 2:31; 3:14-16)このような激動は,大患難の際,エホバが裁きを執行される時にのみ適用できるでしょう。(マタイ 24:21)それで,啓示 6章12節と13節の並行記述は当然,同様の仕方で適用されることになります。―エレミヤ 10:10; ゼパニヤ 1:14,15もご覧ください。

      15 預言者ハバククはどのような大変な震動を予告しましたか。

      15 ヨエルの時からおよそ200年後,預言者ハバククは神に祈って,こう言いました。「エホバよ,わたしはあなたに関する報告を聞きました。エホバよ,わたしはあなたのみ業に恐れを抱くようになりました。その年月の間にどうかそれをよみがえらせてください。その年月の間にそれを知らせてくださいますように。激高の時にも,憐れみを示すことを思い起こしてくださいますように」。その激高とは何でしょうか。ハバククはさらに大患難を生々しく描写して,エホバについてこう述べています。「神は立ち止まった。地を揺るがすためであった。神は見た。そして諸国民を躍り上がらせた。……糾弾しつつあなたは地を行進してゆかれました。怒りを抱いて諸国民をからざおで打ってゆかれました。それでもわたしは,ただエホバにあって歓喜し,わたしの救いの神にあって喜びにあふれます」。(ハバクク 3:1,2,6,12,18)エホバは諸国民をからざおで打つ時,何という大変な震動を全地で引き起こされるのでしょう。

      16 (イ)預言者エゼキエルは,サタンが神の民に最後の攻撃を行なう時,何が起きることを予告していますか。(ロ)啓示 6章12節の大きな地震はどんな結果をもたらしますか。

      16 エゼキエルもまた,マゴグのゴグ(卑しめられたサタン)が神の民に最後の攻撃を行なう時,エホバが「イスラエルの土地に大きな震動」を起こされることを予告しました。(エゼキエル 38:18,19)文字通りの地震が関係しているかもしれませんが,啓示の書の内容はしるしを用いて示されていることを覚えておかなければなりません。この預言も,また引き合いに出された他の預言も,非常に象徴的な預言です。したがって,第六の封印が開かれると,この地上の事物の体制に臨むすべての震動の最高潮,つまりエホバ神の主権に反対する人間すべての滅ぼされる大きな地震のことが明らかにされるように思われます。

      闇の時代

      17 その大きな地震は,太陽や月や星にどのような影響を及ぼしますか。

      17 ヨハネがさらに示しているように,その大きな地震は,天をさえ含む,恐るべき出来事を伴います。ヨハネはこう述べます。「そして,太陽は毛の粗布のように黒くなり,月は全体が血のようになった。そして,いちじくの木が激しい風に揺り動かされてその熟していない実を投げ落とす時のように,天の星が地に落ちた」。(啓示 6:12[後半],13)何という異様な現象でしょう。もし,この預言が文字通り成就するとしたら,その結果生じる驚くべき闇を想像できるでしょうか。日中,人を元気づける暖かい日光はもはやないでしょう! 夜,銀のように輝く,優しい月光ももはやないでしょう! また,ビロードのような夜空を背景にした無数の星ももはやきらめかないでしょう。その代わり,あるものといえば,冷たい無情な暗黒だけでしょう。―マタイ 24:29と比較してください。

      18 西暦前607年,エルサレムにとって,どのように『天は暗くなり』ましたか。

      18 そのような闇が霊的な意味で古代イスラエルに対して預言されました。エレミヤはこう警告しました。「全土は荒れ果てた所となる。わたしは完全に滅ぼし絶やすことをしないだろうか。このために,その地は嘆き悲しみ,上なる天は必ず暗くなる」。(エレミヤ 4:27,28)その預言が成就した西暦前607年当時,物事はエホバの民にとってまさしく暗くなりました。彼らの首都エルサレムはバビロニア人の前に倒壊し,その神殿は破壊され,自分たちの土地は捨てられました。彼らにとって人を元気づける天からの光はありませんでした。かえって,エレミヤが嘆き悲しみながらエホバに向かって次のように語った通りになりました。「あなたは殺して,同情を示されませんでした。あなたはご自分に近づくものを雲塊をもって阻み,祈りが通って行けないようにされました」。(哀歌 3:43,44)その天界の闇はエルサレムにとって死と滅亡を意味しました。

      19 (イ)神の預言者イザヤは古代バビロンに関して天の闇をどのように描写していますか。(ロ)イザヤの預言はいつ,またどのように成就しましたか。

      19 後に,天の同様な闇が古代バビロンにとって災難を示唆しました。このことについて,神の預言者は霊感を受けて次のように書きました。「見よ,エホバの日が来ようとしている。それは憤怒と燃える怒りを伴う残酷なものであり,その地を驚きの的とし,その地の罪人たちをそこから滅ぼし尽くすためである。天の星もケシルの星座もその光を放たず,太陽はその出て行くときに実際に暗くなり,月もその光を輝かせない。そして,わたしは産出的な地にそれ自身の悪を,邪悪な者たちに彼ら自身のとがを必ず帰させる」。(イザヤ 13:9-11)この預言は,バビロンがメディア人とペルシャ人の前に倒壊した西暦前539年に成就しました。その預言は,世界第一の強国としての地位から永久に倒れたバビロンの暗闇,絶望状態,すなわち人を元気づける光が少しもないことをよく表わしています。

      20 その大きな地震が襲う時,どんな恐ろしい結末がこの事物の体制を待ち受けていますか。

      20 同様に,その大きな地震が襲う時,この世の全体制は完全な絶望の闇に包まれるでしょう。サタンの地上の体制の明るく輝く啓発者たちは,希望の光を少しも照らさなくなるでしょう。すでに今日,地上の,特にキリスト教世界の政治指導者たちは,汚職,うそをつくこと,および不道徳な生活の仕方で悪名を馳せています。(イザヤ 28:14-19)彼らはもはや信頼できません。エホバが裁きを執行なさる時,それら指導者たちの弱々しい光は完全に消滅してしまうでしょう。地上の物事に対する月明かりのような影響力は,死をもたらす,血で汚れたものであることが暴露されるでしょう。この世の彼らの超大スターたちは突進する流星のように消え去り,吹きすさぶ暴風の中の熟していないいちじくのように散らされてしまいます。この地球全体は,「世の初めから今に至るまで起きたことがなく,いいえ,二度と起きないような大患難」に遭遇して震動するでしょう。(マタイ 24:21)何という恐ろしい見通しでしょう。

      「天」は去ってゆく

      21 ヨハネはその幻の中で「天」や「すべての山と島」に関して何を見ますか。

      21 ヨハネの幻はさらにこう続きます。「また,巻き上げられてゆく巻き物のように天が去ってゆき,すべての山と島がその場所から取り除かれた」。(啓示 6:14)これらは明らかに文字通りの天,もしくは文字通りの山々や島々ではありません。では,それらは何を象徴していますか。

      22 エドムではどのような「天」が,『書の巻き物のように巻き上げられ』ましたか。

      22 諸国民すべてに対するエホバの憤りについて述べる次のような同様の預言を考えると,「天」について理解するよう助けられます。「また,天の軍勢の者たちはみな必ず朽ち果てる。そして,天は書の巻き物のように必ず巻き上げられる」。(イザヤ 34:4)特にエドムは苦しみに遭わなければなりませんでした。どのようにしてそうなりましたか。エルサレムが西暦前607年に滅ぼされた後,ほどなくしてバビロニア人はエドムを踏みにじりました。その時,文字通りの天で起きた著しい出来事として記録された事件は何もありませんでしたが,エドムの「天」では破局的な出来事が起きました。e エドムの人間の立てた政府の権力は,天のように高められた所から低くされました。(イザヤ 34:5)それは「巻き上げられ」,あたかももはやだれにも全然使われなくなった古い巻き物のように取りのけられました。

      23 『巻き物のように去ってゆく』「天」とは何ですか。ペテロの言葉は,このような理解の仕方が正しいことをどのように確証していますか。

      23 ですから,『巻き物のように去ってゆく』「天」は,この地を支配する,神に反対する政府を指しています。それらの政府は,すべてを征服する白い馬の乗り手によって最終的に取り除かれてしまいます。(啓示 19:11-16,19-21)このことは使徒ペテロの語った言葉により確証されています。第六の封印が開かれることにより示された出来事を予期していたペテロは,「今ある天と地は火のために蓄え置かれており,不敬虔な人々の裁きと滅びの日まで留め置かれているのです」と述べました。(ペテロ第二 3:7)それでは,「すべての山と島がその場所から取り除かれた」という表現についてはどうですか。

      24 (イ)聖書預言の中で,山々や島々はいつ激動する,あるいは動揺すると言われていますか。(ロ)ニネベが陥落した時,どのように『山々は激動し』ましたか。

      24 聖書預言の中で,山々や島々は重大な政治的激変の時期に激動する,あるいはそうでなければ,動揺すると言われています。例えば,預言者ナホムはニネベに対するエホバの裁きを予告して,「山々は神のゆえに激動し,もろもろの丘も溶けてゆくのであった。また,地はみ顔のゆえに隆起する」と記しました。(ナホム 1:5)西暦前632年にニネベが実際に陥落した時,文字通りの山々が倒壊したことは何も記されていません。しかし,それまで力の点で山のようなものと思われていた世界強国は,突然崩壊しました。―エレミヤ 4:24と比較してください。

      25 この事物の体制の来たるべき終わりの時に,「すべての山と島」はどのように所定の位置から除かれますか。

      25 ですから,第六の封印が開かれた時に言及された,「すべての山と島」は,論理的に言って,人類の多くにとって大変安定しているように思われてきた,この世の政治政府やそれに依存している諸組織であると言えるでしょう。それらのものは激しく揺り動かされて,まさしく所定の位置から除かれるので,これらのものにそれまで信頼してきた人々は仰天し,恐怖に襲われるでしょう。この預言がさらに述べているように,エホバとそのみ子の憤りの大いなる日,つまりサタンの組織すべてを除き去る最終的な震動の生じる時が来て,復しゅうが行なわれようとしていることには疑問の余地がありません!

      『わたしたちの上に倒れかかれ。そしてわたしたちを隠してくれ』

      26 神の主権に逆らう人間は,恐怖のあまり,どのように行動しますか。また,自分たちの抱く恐れの気持ちをどのように言い表わすようになりますか。

      26 ヨハネの言葉はこう続いています。「そして,地の王たち,高位の者たち,軍司令官たち,富んだ者,強い者,すべての奴隷また自由人は,ほら穴や山の岩塊の間に身を隠した。そして山と岩塊とにこう言いつづける。『わたしたちの上に倒れかかれ。そしてみ座に座っておられる方の顔から,また子羊の憤りからわたしたちを隠してくれ。彼らの憤りの大いなる日が来たからだ。だれが立ちえようか』」― 啓示 6:15-17。

      27 サマリアの不忠実なイスラエル人はどんな叫び声を出しましたか。それらの言葉はどのように成就しましたか。

      27 ホセアは北のイスラエル王国の首都サマリアに対するエホバの裁きを告げ知らせた時,こう述べました。「イスラエルの罪,ベト・アベンの高き所はまさに滅ぼし尽くされる。いばらとあざみが彼らの祭壇にはい上る。そして民は山に向かって,『我々を覆ってくれ!』と言い,丘に向かって,『我々の上に倒れかかれ!』とまさに言うであろう」。(ホセア 10:8)この言葉はどのように成就しましたか。西暦前740年にサマリアが残忍なアッシリア人の前に陥落した時,イスラエル人が助けを求めて走って行ける所はどこにもありませんでした。ホセアの言葉は,征服されたその民族が味わった絶望感,屈辱的な恐怖感,および自暴自棄に陥った気持ちを言い表わしています。文字通りの丘や,山のようなサマリアの諸制度は,かつては恒久的なものと思えたかもしれませんが,いずれも彼らを保護できませんでした。

      28 (イ)イエスはエルサレムの婦人たちにどんな警告をお与えになりましたか。(ロ)イエスの警告はどのように成就しましたか。

      28 同様に,イエスはローマの兵士たちに連行されて処刑されようとしていた時,エルサレムの婦人たちに語りかけて,こう言われました。「人々が,『うまずめは,そして子を産まなかった胎と乳を飲ませなかった乳房とは幸いだ!』と言う日が来(ま)す。そのとき彼らは,山に向かって,『我々の上に倒れかかれ!』と言い,丘に向かって,『我々を覆ってくれ!』と言い始めるでしょう」。(ルカ 23:29,30)エルサレムが西暦70年にローマ人により滅ぼされたことは証拠資料で十分証明されていますから,イエスの言葉には明らかにホセアのそれと同様の意味がありました。当時,ユダヤに残っていたユダヤ人にとって,隠れる場所は一つもありませんでした。彼らはエルサレムの中で,あるいは山頂のマサダの城塞に逃げることさえして,どこかに隠れようとしましたが,エホバの裁きの激しい表明を逃れることはできませんでした。

      29 (イ)エホバの憤りの日が来る時,専ら現在の事物の体制を支持している人々は,どんな窮状に陥りますか。(ロ)エホバが憤りを表明される時,イエスのどんな預言が成就しますか。

      29 さて,第六の封印が開かれることにより,来たるべきエホバの憤りの日にも同様の事柄の起きることが示されました。この地上の事物の体制が最終的に揺り動かされる時,専らその体制を支持している人々は,隠れる場所を必死に探し求めるようになりますが,一つも見いだせないでしょう。偽りの宗教である大いなるバビロンは惨めにも,すでに彼らの期待に背いてきました。文字通りの山々のほら穴や,山のような政治組織や商業組織はいずれも,経済的な安定はおろか,他のどんな助けも与えてはくれないでしょう。彼らをエホバの憤りからかばえるものは一つもありません。イエスの次のような言葉はそれらの人々の恐怖をよく表現しています。「その時,人の子のしるしが天に現われます。そしてその時,地のすべての部族は嘆きのあまり身を打ちたたき,彼らは,人の子が力と大いなる栄光を伴い,天の雲に乗って来るのを見るでしょう」― マタイ 24:30。

      30 (イ)「だれが立ちえようか」という問いは何を示唆していますか。(ロ)エホバの裁きの時にだれか立ちえる人がいるでしょうか。

      30 そうです,勝ち誇る白い馬の乗り手の権威を認めようとしない人々は,自分たちの間違いを強制的に認めさせられるでしょう。サタンの世が過ぎ去る時,自ら進んでその蛇の胤の一部となってきた人間は,滅びに直面するでしょう。(創世記 3:15。ヨハネ第一 2:17)その時,世界情勢は,多くの人々が事実上,「だれが立ちえようか」と問うような状態となるでしょう。それらの人々は恐らく,その裁きの日にエホバのみ前に是認された者として立ちえるような人は一人もいないと考えることでしょう。しかし,啓示の書がさらに示すように,それは間違いであることが分かるでしょう。

      [脚注]

      a 文字通りの地震では,大抵,犬にほえさせたり,跳ね回らせたりし,他の動物や魚を興奮させたりする地震性変動が先行しますが,人間は地震が実際に起きるまで,それとは知らずにいるものです。―「目ざめよ!」誌,1982年10月8日号,14ページをご覧ください。

      b 詳しい説明は22および24ページをご覧ください。

      c 1895年から1931年までの35年余の間,荒れ狂うあらしの海の夜空を照らす灯台を背景に描いた「ものみの塔」誌の表紙には,ルカ 21章25節,28節および31節の言葉が引用されていました。

      d 一例として,エホバの証人は1931年の特別運動の際,「王国は世の希望」と題する小冊子を世界中で僧職者,政治家,および実業家に何千部も個人的に届けました。

      e 「天」という言葉の同様の用法としては,イザヤ 65章17節と18節の「新しい天」に関する預言がありますが,この預言はユダヤ人がバビロンへの流刑から戻った後,総督ゼルバベルと大祭司エシュアの関係した新しい政府の機構が約束の地で確立された時,最初の成就を見ました。―歴代第二 36:23。エズラ 5:1,2。イザヤ 44:28。

  • 主の日の地震
    啓示の書 ― その壮大な最高潮は近い!
    • [105ページの囲み記事/図版]

      予見された1914年

      「神の王国が終わり,王冠が取り除かれ,全地が異邦人に与えられたのは,紀元前606年であった。紀元前606年から2,520年の期間は,紀元1914年に終わる」f ―「三つの世界」(英文),1877年発行,83ページ。

      「『異邦人の時』が,紀元前606年から紀元1914年までの,そして同1914年を含む,2,520年の期間であることを示す聖書の証拠は明確,かつ強力である」―「聖書研究」(英文),第2巻,C・T・ラッセル著,1889年発行,79ページ。

      チャールズ・テイズ・ラッセルと同僚の聖書研究者たちは,1914年が異邦人の時,もしくは諸国民の定められた時の終わりをしるし付けることを何十年も前に認識していました。(ルカ 21:24)そのような初期の当時,これらの人たちはその意味するところを十分理解していませんでしたが,1914年が世界の歴史の転換点としての年代となることを確信していました。彼らは正しかったのです。次のような一新聞の引用文に注目してください。

      「ヨーロッパで勃発した恐ろしい戦争は,途方もない預言を成就した。過去四半世紀間,『千年期黎明派』として最もよく知られている『国際聖書研究者』は,聖書で預言されている,憤りの日が1914年に始まることを伝道者や新聞紙上により世界に宣明してきた。幾百人もの福音伝道者が,『1914年に注意せよ!』と叫んできた」― 1914年8月30日付,ニューヨークのワールド紙。

      [脚注]

      f これは神意によることでしたが,当時の聖書研究者たちは,「紀元前」と「紀元」の年代の間に0年という年がないことを理解していませんでした。後に,研究が行なわれて,紀元前606年を紀元前607年に訂正することが必要になった時,0年も除かれたので,予言は「紀元1914年」の年にも有効でした。―エホバの証人が1943年に発行した,「真理はあなたを自由にする」(英文)と題する本の239ページをご覧ください。

      [106ページの囲み記事]

      1914年 ― 転換点

      1987年にデンマークのコペンハーゲンで発行された,「ポリティケンの世界史 ― 歴史の力と意義」と題する本は40ページで,次のような所見を述べています。

      「社会の進歩に対する19世紀の信仰は,1914年に致命的な打撃を被った。戦争の勃発する前年に,デンマークの歴史家で政治家でもあるピーター・ムンクは楽観的な見方を次のように書いた。『すべての証拠は,ヨーロッパの列強間で戦争の起こる可能性がまずないことを示している。1871年以来,何度もそうであったように,「戦争の危機」も将来なくなるであろう』。

      「それとは対照的に,彼が後に著した回顧録にはこう記されている。『1914年における戦争の勃発は人類史の重大な転換点となった。我々は妥当な範囲で安全に様々な事柄を追求し得た,進歩を目指す,明るい時代から,どこへ行っても不安のつきまとう,災害と恐怖と憎悪の時代に突入した。あの時,我々を覆った闇が,幾千年もかけて人間が築いてきた文明全体を永久に滅ぼすものとなるかどうかについて語り得る人は一人もいなかったし,今日でさえ一人もいない』」。

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