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甘いと同時に苦い音信啓示の書 ― その壮大な最高潮は近い!
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24章
甘いと同時に苦い音信
第6の幻 ― 啓示 10:1–11:19
主題: 小さな巻き物の幻。神殿での経験。第七のラッパを吹き鳴らす
成就する期間: 1914年にイエスが即位された時から大患難の時まで
1,2 (イ)第二の災いはどんな結果をもたらしましたか。この災いはいつ終わったと宣言されますか。(ロ)ヨハネは今やだれが天から下って来るのを見ますか。
第二の災いは破壊的な影響をもたらしました。それはキリスト教世界とその指導者たち,つまり「人々の三分の一」を悩ましてきました。こうして,彼らは霊的に死んだ者であることが暴露されています。(啓示 9:15)ヨハネはその後,第三の災いは一体何をもたらし得るのだろうかといぶかったに違いありません。しかし待ってください! 第二の災いは,啓示 11章14節に記されている時点になるまで,依然として終了してはいません。その前に,ヨハネは自らも積極的にあずかる新しい事態の展開を目撃しようとしています。それは畏怖の念を起こさせる光景で始まります。
2 「それから,わたしは別の強いみ使いが天から下って来るのを見た。雲で身を装い,頭の上には虹があり,顔は太陽のようで,足は火の柱のようで(あった)」― 啓示 10:1。
3 (イ)「強いみ使い」とはだれのことですか。(ロ)この方の頭の上の虹には,どんな重要な意味がありますか。
3 この「強いみ使い」とはだれのことですか。その方は,別の役割を持つ,栄光を受けられたイエス・キリストであると思われます。この方は目に見えないことを示す雲で身を装っておられますが,その雲はヨハネがイエスについて以前に述べた,「見よ,彼は雲と共に来る。そして,すべての目は彼を見るであろう。彼を刺し通した者たちも見る」という言葉を思い起こさせます。(啓示 1:7。マタイ 17:2-5と比較してください。)この方の頭の上の虹は,「見たところエメラルドのような虹」がかかっているエホバの王座に関するヨハネの以前の幻を思い起こさせます。(啓示 4:3。エゼキエル 1:28と比較してください。)その虹は神の王座の周りの静寂さと平安を暗示しています。同様に,そのみ使いの頭上のこの虹は,その方の実体が特別の平和の使者,つまり予告されたエホバの「平和の君」であることを明らかにしているようです。―イザヤ 9:6,7。
4 (イ)強いみ使いの顔が「太陽のようで」あること,(ロ)そのみ使いの足が「火の柱のようで」あることは,何を意味していますか。
4 その強いみ使いの顔は「太陽のよう」でした。ヨハネは以前,神聖な神殿におられるイエスに関する幻の中で,イエスの容ぼうは「力いっぱいに輝くときの太陽のようであった」と述べました。(啓示 1:16)「義の太陽」であられるイエスは,エホバのみ名を恐れる人たちを益するために,その翼にいやしを伴って輝き出てくださいます。(マラキ 4:2)このみ使いは顔だけでなく,その足も『火の柱のように』輝いています。そのどっしりとした物腰は,エホバから「天と地におけるすべての権威」を与えられた方の物腰のようです。―マタイ 28:18。啓示 1:14,15。
5 ヨハネは強いみ使いの手に何があるのを見ますか。
5 ヨハネはさらにこう述べます。「[その]手には開かれた小さな巻き物を持っていた。そして,右足を海の上に据え,左足は地の上に据えて(いた)」。(啓示 10:2)もう一つの巻き物ですか。そうです。しかし,今回のは封印されていません。それで,さらにその内容が明らかにされる胸の躍るような光景を間もなく見られることをヨハネと共に期待できます。しかし,まず,次に起ころうとしている事柄の背景が示されています。
6 (イ)イエスの足が地と海の上にあるのは,どうして適切なことですか。(ロ)詩編 8編5節から8節はいつ完全に成就しましたか。
6 イエスに関する描写に戻ってみましょう。その火のような足は地と海の上に置かれていますが,この方はその地と海に対して全権力を行使しておられます。それは預言的な詩編の中で次のように述べられている通りです。「あなた[エホバ]はまた,人[イエス]を神のような者たちより少し劣る者とし,次いで栄光と光輝を冠としてこれに添えられました。あなたはこれにご自分のみ手の業を支配させ,すべてのものをその足の下に置かれました。小家畜や牛,それらすべて,さらに,原野にいる獣,天の鳥,海の魚,海路を通って行くものを」。(詩編 8:5-8。ヘブライ 2:5-9もご覧ください。)この詩編は,イエスが神の王国の王として就任して,終わりの時が始まった1914年に,完全に成就しました。ですから,ヨハネがここで幻の中で見ている事柄は,その年から適用されます。―詩編 110:1-6。使徒 2:34-36。ダニエル 12:4。
七つの雷
7 強いみ使いはどのような仕方で叫びますか。その叫び声にはどんな重要な意味がありますか。
7 すると,ヨハネがこの強いみ使いについて考えるのをそのみ使い自身がさえぎります。「[み使いは]ライオンがほえるときのような大声で叫んだ。そして,彼が叫んだ時,七つの雷がその声を発した」。(啓示 10:3)それほど強力な叫び声でしたから,それはヨハネの注意を引き,イエスが確かに「ユダ族の者であるライオン」であることを確証するものとなりました。(啓示 5:5)ヨハネはまた,エホバが「ほえる」と何度か言われていることも知っていたようです。エホバが預言的な意味でほえられるのは,霊的なイスラエルを再び集めることや壊滅的な「エホバの日」を告げ知らせることを指しています。(ホセア 11:10。ヨエル 3:14,16。アモス 1:2; 3:7,8)ですから,この強いみ使いのライオンのような叫び声は,海と地に生ずる同様の重大な出来事の前兆です。その声は,七つの雷に話すよう求めます。
8 『七つの雷の声』とは何ですか。
8 ヨハネは以前,まさしくエホバの王座から出る雷鳴を聞いたことがあります。(啓示 4:5)昔のダビデの時代に,文字通りの雷鳴は「エホバの声」と言われたことがありました。(詩編 29:3)イエスが地上で宣教に従事しておられた当時,エホバがご自分のみ名に栄光をもたらすというご自身の目的を人々に聞こえるようにふれ告げられた時,それは多くの人々に雷鳴のように響きました。(ヨハネ 12:28,29)ですから,『七つの雷の声』はエホバご自身による,ご自分の目的の表明であると結論するのは,妥当なことです。「七つの」雷があったということは,ヨハネの聞いた事柄は完結していることを示唆しています。
9 天からの声は何を命じますか。
9 しかし,お聴きください! もう一つの声が鳴り響きます。それはヨハネにとって不思議に思えるに違いないことを命じます。「さて,七つの雷が話した時,わたしは今にも書き記すところであった。しかし,天から出る声が,『七つの雷が話したことをかたく封じ,それを書き留めてはならない』と言うのが聞こえた」。(啓示 10:4)今日,ヨハネ級の人たちが,エホバがご自分の目的を明らかにして出版物に載せることができるようにしてくださることを切望してきたのと同様,ヨハネも雷鳴のようなそれらの音信を聞いて,しきりに書き記したいと思ったに違いありません。そのような啓示は,エホバのご予定の時が来て初めて与えられるのです。―ルカ 12:42。ダニエル 12:8,9もご覧ください。
神聖な奥義の終わり
10 強いみ使いはだれを指して誓いますか。そして,どんな宣言に関してそうしますか。
10 一方,エホバはヨハネのためにもう一つの使命を持っておられます。七つの雷が鳴り響いた後,強いみ使いは再び話します。「そして,海と地の上に立っているのをわたしが見たみ使いは,右手を天に上げ,限りなく永久に生きておられ,天とその中にあるもの,地とその中にあるもの,また海とその中にあるものを創造した方を指してこう誓った。『もはや猶予はない』」。(啓示 10:5,6)強いみ使いはだれを指して誓いますか。栄光を受けられたイエスは,ご自身ではなく,万物の最高の権威者,つまり天と地の不滅の創造者であられるエホバを指して誓われます。(イザヤ 45:12,18)このみ使いはそのような誓いをもって,神はこれ以上猶予なさらないことをヨハネに請け合います。
11,12 (イ)「もはや猶予はない」ということは,何を意味していますか。(ロ)何が終わりに至りますか。
11 ここで「猶予」と訳されているギリシャ語の言葉は「クロノス」で,字義通りには「時」を意味しています。ですから,み使いのこの宣言は,わたしたちの知っている時間には終わりがあるかのように,「もはや時はない」と訳すべきだと考えた人々もいます。しかし,「クロノス」という言葉は,ここでは定冠詞なしで使われています。ですから,それは一般的な時ではなく,むしろ「ある時」,または「ある期間」を意味しています。言い換えれば,これ以上エホバの認められる期間(もしくは,猶予)はないということです。ヘブライ 10章37節でも,「クロノス」から派生したギリシャ語の動詞が使われており,この節でパウロはハバクク 2章3節と4節を引用し,「来たらんとする者は……遅れることはない」と書いています。
12 「もはや猶予はない」― これは今日の年取ったヨハネ級の人たちの心に何と訴える言葉でしょう。どんな点で猶予がないのでしょうか。ヨハネはわたしたちにこう教えています。「第七のみ使いが吹き鳴らす日,彼がラッパを吹こうとするその時に,神が預言者なるご自分の奴隷たちに宣明された良いたよりに基づく神の神聖な奥義は,確かに終わりに至る」。(啓示 10:7)今やエホバがご自分の神聖な奥義の喜ばしい最高潮を輝かしい仕方で成功裏にもたらされる時となりました!
13 神の神聖な奥義とは何ですか。
13 この神聖な奥義とは何ですか。それにはエデンで最初に約束された胤が関係しており,その胤はおもにイエス・キリストであることが分かりました。(創世記 3:15。テモテ第一 3:16)それはまた,その胤を生じさせる女の実体とも関係しています。(イザヤ 54:1。ガラテア 4:26-28)さらに,それには胤級の二次的な成員や胤の統治する王国も含まれます。(ルカ 8:10。エフェソス 3:3-9。コロサイ 1:26,27; 2:2。啓示 1:5,6)この特異な天の王国に関する良いたよりは,終わりの時の間に全地で宣べ伝えられなければなりません。―マタイ 24:14。
14 第三の災いはどうして神の王国と結びつけられているのでしょうか。
14 確かに,これはまさに最善の知らせです。ところが,啓示 11章14節と15節では第三の災いが,その王国と結びつけられています。なぜでしょうか。なぜなら,人類の中でサタンの事物の体制のほうを好む人々にとって,神聖な奥義が終わりに至る ― すなわち,神のメシアによる王国が来ているという良い知らせをラッパで伝えるのは,災いの知らせだからです。(コリント第二 2:16と比較してください。)それは,そのような人々が大変好ましく思っている世界の取り決めが,近い将来に滅ぼされようとしていることを意味しています。あらしに関する,そのような不吉な警告を含む,七つの雷の声は,エホバの大いなる復しゅうの日が近づくにつれて一層明確になり,一層音量を増しています。―ゼパニヤ 1:14-18。
開かれた巻き物
15 天から出る声と強いみ使いはヨハネに何を告げますか。ヨハネはどんな影響を受けますか。
15 ヨハネは,この第七のラッパが吹き鳴らされて,神の神聖な奥義が終わりに至るのを待っている間に,さらに別の割り当てを受けます。「また,天から出るのをわたしが聞いた声が,再びわたしと話してこう言う。『行って,海と地の上に立っているみ使いの手にある開かれた巻き物を受け取りなさい』。それでわたしはそのみ使いのところに行き,その小さな巻き物をわたしにくれるようにと言った。すると彼はわたしにこう言った。『これを取って食べてしまいなさい。それはあなたの腹を苦くしても,あなたの口には蜜のように甘いであろう』。それでわたしはみ使いの手からその小さな巻き物を受け取って,それを食べてしまった。すると,それはわたしの口には蜜のように甘かった。しかし,それを食べてしまった時,わたしの腹は苦くなった。そして彼らはわたしに言う,『あなたは,もろもろの民・国民・国語,また多くの王たちに関して再び預言しなければならない』」― 啓示 10:8-11。
16 (イ)預言者エゼキエルの経験はヨハネのそれとどのように似ていましたか。(ロ)小さな巻き物はヨハネにとってどうして甘い味がしましたか。しかし消化すると,どうして苦くなりますか。
16 ヨハネの経験は,バビロニアの地で流刑の身となっていた預言者エゼキエルのそれとかなり似ています。エゼキエルもまた,口の中で甘い味のする巻き物を食べるよう命じられました。しかし,彼はそれで腹を満たすと,反抗的なイスラエルの家に対する苦い事柄を予告する責任を負わされました。(エゼキエル 2:8–3:15)栄光を受けたイエス・キリストがヨハネにお与えになる,開かれた巻き物も,同様に神聖な音信です。ヨハネは「もろもろの民・国民・国語,また多くの王たち」に関して宣べ伝えなければなりません。ヨハネはこの巻き物を食べると,甘く感じます。なぜなら,それは神聖な源から来るからです。(詩編 119:103; エレミヤ 15:15,16と比較してください。)ところが,消化すると,それは苦くなります。なぜなら,それは以前のエゼキエルの場合のように,反抗的な人間に対する不快な事柄を予告するものだからです。―詩編 145:20。
17 (イ)「再び」預言するようヨハネに命じておられるのは,どなたですか。これは何を意味していますか。(ロ)ヨハネの見た劇的な描画は,いつ成就することになっていましたか。
17 再び預言するようヨハネに命じておられるのは,確かにエホバ神とイエス・キリストです。ヨハネはパトモス島で流刑の身となっていましたが,それまでに啓示の書に記された情報から,もろもろの民,国民,国語,ならびに王たちに関してすでに預言してきました。「再び」という言葉は,ヨハネが啓示の書に記される情報の残りを書き記して公表しなければならないことを意味しています。しかし,ヨハネはここで実際には預言的な幻に加わっていることを忘れないでください。彼が記録する事柄は,実際,強いみ使いが地と海をまたいで立つ1914年以後に成就する預言なのです。では,この劇的な描画は,今日のヨハネ級の人たちにとって何を意味していますか。
今日の小さな巻き物
18 主の日の初めごろ,ヨハネ級の人たちは啓示の書に対してどのような関心を抱いていましたか。
18 ヨハネの見る事柄は,主の日の初めごろのヨハネ級の人たちの経験を驚くべき仕方で予示しています。当時,七つの雷の意味を含め,エホバの目的に関する彼らの理解は不完全なものでした。それでも,彼らは啓示の書に深い関心を抱いており,チャールズ・テイズ・ラッセルは存命中,その書の多くの箇所に関する注釈を述べました。1916年にラッセルが亡くなった後,その多くの著作が収集され,「終了した秘義」と題する本として発行されました。しかし,やがて,その本は啓示の書の解説書としては不満足なものであることが分かりました。キリストの兄弟たちの残りの者は,霊感によるその記録の書の正確な理解を得るために,幻が成就し始めるまで,もうしばらく待たねばなりませんでした。
19 (イ)七つの雷の声が十分広く伝えられる前でさえ,ヨハネ級の人たちはエホバによりどのように用いられていましたか。(ロ)ヨハネ級の人たちは,開かれた小さな巻き物をいつ与えられましたか。それは彼らにとって何を意味しましたか。
19 しかし,彼らはヨハネのように,七つの雷の声が十分広く伝えられる前でさえ,エホバに用いられていました。彼らは1914年以前の40年間,熱心に宣べ伝え,また第一次世界大戦中は活発な状態を保とうとして苦心しました。主人が到着した時,彼らは召使いたちに時に応じて食物を与えているところを見られた者たちであることを示しました。(マタイ 24:45-47)ですから,1919年当時,彼らこそ,開かれた小さな巻き物,すなわち人類に宣べ伝えるべき率直な音信を与えられた人たちでした。エゼキエルのように,彼らには不忠実な組織,つまり神に仕えていると主張しながら,実際には仕えていないキリスト教世界に対する音信がありました。彼らはヨハネのように,「もろもろの民・国民・国語,また多くの王たち」に関して,ある事柄をもっと宣べ伝えなければなりませんでした。
20 ヨハネがその巻き物を食べ尽くしたことは,何を表わしていましたか。
20 ヨハネがその巻き物を食べ尽くしたことは,イエスの兄弟たちがこの割り当てを受け入れたことを表わしていました。今や彼らは霊感による神のみ言葉のこの部分と結びついており,そこから養分を取っていると言えるほどに,その巻き物は彼らの一部となりました。しかし,彼らが宣べ伝えなければならなかった事柄には,人類の中の多くの人々にとって口当たりの悪い,エホバの裁きの表明が含まれていました。実際,啓示 8章で予告されている災厄が含まれていました。しかし,そのような裁きについて知り,それを宣明するのに再びエホバに用いていただいていることを悟るのは,それら誠実なクリスチャンにとって甘い事柄でした。―詩編 19:9,10。
21 (イ)小さな巻き物の音信は,どのように大群衆にとっても甘いものとなりましたか。(ロ)反対する人々にとって,良いたよりがどうして悪い知らせなのでしょうか。
21 この巻き物の音信はやがて,キリスト教世界で行なわれている忌むべき事柄を見て嘆いている状態で見いだされた,「すべての国民と部族と民と国語の中から来た……大群衆」にとっても甘いものとなりました。(啓示 7:9。エゼキエル 9:4)それらの人たちもまた,羊のようなクリスチャンのためのエホバの驚くべき備えについて,慈しみのある甘い言葉で語って,良いたよりを精力的にふれ告げます。(詩編 37:11,29。コロサイ 4:6)しかし,これは反対する人々にとって悪い知らせです。なぜでしょうか。それは,そのような人々の信頼している体制 ― それらの人々に一時的な満足をさえもたらしてきたかもしれないその体制が取り除かれなければならないことを意味しているからです。彼らにとって,良いたよりは滅びを意味しています。―フィリピ 1:27,28。申命記 28:15; コリント第二 2:15,16と比較してください。
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二人の証人を生き返らせる啓示の書 ― その壮大な最高潮は近い!
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[168ページの囲み記事]
啓示 11章10節の歓び
1933年に発行された「捧げ銃をする説教師たち」という本の中で,著者レイ・H・アブラムズは,「終了した秘義」と題する,聖書研究者の書物に対する僧職者の苦々しい態度に言及し,僧職者たちが自ら聖書研究者とその「疫病のような信条」を一掃しようと努力したことを回顧しています。その結果,J・F・ラザフォードとその七人の仲間が訴えられ,何年もの長期間の懲役刑を宣告されるはめになりました。アブラムズ博士はさらにこう述べています。「この事件の全体を分析すると,ラッセル派を撲滅する運動の背後には当初から諸教会と聖職者がいたという結論に到達する。カナダでは1918年2月に牧師たちがラッセル派とその出版物,とりわけ『終了した秘義』という書籍に反対する組織的な運動を開始した。ウィニペグ・トリビューン紙によれば……彼らの書籍に対する出版禁止処置は,『聖職者の代表団』により直接もたらされたと考えられている」。
アブラムズ博士はさらにこう続けています。「20年の刑の宣告を伝えるニュースが宗教刊行物の編集者のもとに届くと,大小を問わず,それら刊行物のほとんどすべてがその出来事を歓んだ。伝統的な宗教雑誌の中に同情の言葉らしきものは一かけらも見られなかった。アプトン・シンクレアは,『その迫害は……一つには,彼らが“正統派の”宗教団体の憎しみを買ったために起きたことは疑問の余地がない』と結論した。諸教会が協力して努力しながら行なえなかった事柄を,今度は政府が教会のために首尾よく成し遂げたようであった」。この筆者は幾つかの宗教刊行物に載せられた軽蔑的な注解を引用した後,上訴裁判所における逆転判決に言及し,「諸教会はこの判決を沈黙をもって迎えた」と述べました。
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二人の証人を生き返らせる啓示の書 ― その壮大な最高潮は近い!
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25章
二人の証人を生き返らせる
1 強いみ使いは何をするようヨハネに要請しますか。
第二の災いが最後に過ぎ去る前に,強いみ使いはもう一つの預言的な情景を紹介し,それにあずかるようヨハネに要請します。その情景は神殿と関係があります。(啓示 9:12; 10:1)ヨハネはこのように伝えています。「それから,杖のような一本の葦がわたしに与えられ,その際に彼はこう言った。『立って,神の神殿の聖なる所と祭壇とそこで崇拝する者たちを測りなさい』」― 啓示 11:1。
神殿の聖なる所
2 (イ)どんな神殿の聖なる所は,現代に至るまで持ちこたえていますか。(ロ)その神殿の聖なる所の大祭司はどなたですか。その至聖所とは何ですか。
2 ここで言及されている神殿は,エルサレムのいずれかの文字通りの神殿ではあり得ません。というのは,そのような神殿の最後のものは西暦70年にローマ人により破壊されたからです。しかし,使徒パウロはその破壊が生じる前でさえ,現代に至るまで持ちこたえられる,別の神殿の聖なる所が出現していることを示しました。それは,幕屋やエルサレムに建てられた後代のそれぞれの神殿が示した預言的な予型を成就した,大いなる霊的な神殿でした。それは「人間ではなくエホバの立てた真の天幕」で,その大祭司はイエスです。パウロはこの方がすでに,「天におられる威光のみ座の右に座し」ておられると述べています。この神殿の至聖所は天そのものの中のエホバのおられる場所です。―ヘブライ 8:1,2; 9:11,24。
3 幕屋の(イ)至聖所を聖所から隔てている垂れ幕,(ロ)動物の犠牲,(ハ)犠牲の祭壇は,それぞれ何を表わしていましたか。
3 使徒パウロの説明によれば,至聖所を聖なる仕切り室から隔てている,幕屋の垂れ幕は,イエスの肉体を表わしています。イエスがご自分の命を犠牲にされた時,この垂れ幕が二つに裂けて,その肉体はもはやイエスが天のエホバのみ前に入るのを妨げる障害ではなくなったことが示されました。忠実を保って亡くなった,イエスの油そそがれた従属の祭司たちもまた,イエスの犠牲に基づいて,やがて天に入ります。(マタイ 27:50,51。ヘブライ 9:3; 10:19,20)パウロもまた,幕屋で絶えずささげられた動物の犠牲は,イエスご自身の完全な人間としての命のただ一つの犠牲を前もって指し示していたことを指摘しています。中庭の犠牲の祭壇は,エホバがご意志にしたがって「多くの人」のためのイエスの犠牲を受け入れる,ご自分の備えを表わしていました。その「多くの人」とは,「自分の救いを求めて切に彼[イエス]を待ち望む」油そそがれた者たちと後代のほかの羊のことです。―ヘブライ 9:28; 10:9,10。ヨハネ 10:16。
4 (イ)聖なる所,および,(ロ)奥の中庭は,それぞれ何を象徴していますか。
4 神からの霊感によるこの情報から考えて,幕屋の聖なる所は,最初にキリストが享受なさり,次いで14万4,000人の王なる祭司の油そそがれた成員が「垂れ幕」を通って入る前,なお地上にいる間に享受する聖なる状態を象徴していると結論できるでしょう。(ヘブライ 6:19,20。ペテロ第一 2:9)それは,神が西暦29年にヨルダン川でバプテスマを受けられたイエスをご自分の子として認められたのと同様,それらの成員が神の霊的な子らとして養子にされたことをよく表わしています。(ルカ 3:22。ローマ 8:15)また,祭司ではないイスラエル人が見ることのできた幕屋の唯一の部分で,犠牲がささげられた場所であった奥の中庭についてはどうですか。それは,イエスご自身にその命を人類のためにささげる資格を付与するものとなった,人間としてのご自分の完全な立場を表わしています。それはまた,イエスの犠牲に基づいて,油そそがれた追随者たちがこの地上にいるあいだ享受できるよう,聖なる者として有しているとみなされる義にかなった立場を表わしています。a ―ローマ 1:7; 5:1。
神殿の聖なる所を測る
5 ヘブライ語聖書の預言の中では,(イ)エルサレムを測ること,および,(ロ)エゼキエルの幻の神殿を測ることは,それぞれ何を意味しましたか。
5 ヨハネは「神の神殿の聖なる所と祭壇とそこで崇拝する者たちを測りなさい」と命じられます。これは何を意味していますか。ヘブライ語聖書の預言の中では,そのように測ることは,エホバの完全な規準に基づいて公正が行なわれることを保証するものでした。邪悪な王マナセの時代に告げられた,エルサレムを測ることに関する預言は,その都に対する変更し得ない滅びの裁きの証拠となりました。(列王第二 21:13。哀歌 2:8)しかし,後日,エレミヤはエルサレムが測られるのを見ましたが,それはその都が再建されることを確証するものとなりました。(エレミヤ 31:39。ゼカリヤ 2:2-8もご覧ください。)同様に,エゼキエルが幻の中で目撃した神殿が大規模な仕方で詳しく測られたことは,バビロンで流刑の身となっていたユダヤ人にとって,故国で真の崇拝が回復されることを保証するものとなりました。それはまた,イスラエルがそれ以後,自分たちの誤りゆえに,神の聖なる規準にかなわなければならないことを思い出させる助けとなりました。―エゼキエル 40:3,4; 43:10。
6 ヨハネが神殿の聖なる所とそこで崇拝を行なう祭司たちを測るよう命じられていることは何のしるしですか。説明してください。
6 ですから,ヨハネが神殿の聖なる所とそこで崇拝を行なう祭司たちを測るよう命じられていることは,何ものも神殿の取り決めやその取り決めと関係のある人たちに関するエホバの目的の成就を阻止できないこと,またその目的の最高潮が迫っていることを示すしるしです。今や,すべての物事がエホバの強いみ使いの足の下に置かれてきましたから,今は「エホバの家の山」が『もろもろの山の頂より上に堅く据えられる』ようになる時です。(イザヤ 2:2-4)キリスト教世界が何世紀にもわたって背教してきた後の今,エホバの清い崇拝は高められなければなりません。今はまた,イエスの忠実な兄弟たちの中の亡くなった人たちが復活させられて,「聖の聖なる所」に入る時です。(ダニエル 9:24。テサロニケ第一 4:14-16。啓示 6:11; 14:4)そして,「わたしたちの神の奴隷たち」の中で地上にいる,証印を押された最後の人たちは,霊によって生み出された神の子たちとして神殿の取り決めの中の恒久的な場所を得るため,神の規準に基づいて測られなければなりません。ヨハネ級の人たちは今日,その聖なる規準について十分知っており,それにかなうよう決意しています。―啓示 7:1-3。マタイ 13:41,42。エフェソス 1:13,14。ローマ 11:20と比較してください。
中庭を踏みにじること
7 (イ)ヨハネはどうして中庭を測らないように命じられますか。(ロ)聖なる都市はいつ42か月のあいだ踏みにじられましたか。(ハ)キリスト教世界の僧職者は42か月の間,エホバの義の規準をどのように擁護し損ないましたか。
7 ヨハネはどうして中庭を測ることを禁じられましたか。彼はそのことについてわたしたちにこう語ります。「しかし,神殿の聖なる所の外側にある中庭は,これをまったくほって置き,そこを測ってはならない。それは諸国民に与えられているからである。彼らは聖なる都市を四十二か月のあいだ踏みにじるであろう」。(啓示 11:2)奥の中庭が,霊によって生み出されたクリスチャンの地上における義にかなった立場を表わしていることには,すでに注目しました。これから見てゆきますが,ここでは,クリスチャンであると唱える人々すべてが厳しい試みを受けた,1914年12月から1918年6月にわたる,文字通り42か月の期間に言及されています。それらの人々は戦時中の何年かの間,エホバの義の規準を擁護したでしょうか。大半はそうしませんでした。キリスト教世界の僧職者はおしなべて,神の律法に対する従順よりも,国家主義を優先させました。おもにキリスト教世界で行なわれたその戦争の敵味方両方の側の僧職者たちは,ざんごうに入って戦うことを説教の中で若者に勧め,何百万もの人々が殺されました。1918年に裁きが神の家から始まった時までに,米国もその流血行為に加わっており,全キリスト教世界の僧職者は,今なお神の復しゅうを叫び求めている流血の罪を負うことになりました。(ペテロ第一 4:17)それら僧職者が捨てられたことは,永久に取り消すことのできない事実となりました。―イザヤ 59:1-3,7,8。エレミヤ 19:3,4。
8 第一次世界大戦中,聖書研究者の多くは何を悟っていましたか。しかし,何を十分に認識してはいませんでしたか。
8 しかし,聖書研究者の少数の集団についてはどうですか。神の規準を固守したことで,1914年に直ちに測られるべきでしたか。いいえ。彼らもキリスト教世界の自称クリスチャンと同様,試されなければなりませんでした。彼らは厳しく試され,迫害されるため,『まったくほって置かれ,諸国民に与えられ』ました。彼らの多くは出かけて行って仲間の人間を殺すべきではないことを悟っていましたが,クリスチャンの中立の立場を十分に認識してはいませんでした。(ミカ 4:3。ヨハネ 17:14,16。ヨハネ第一 3:15)中には諸国家から圧力を受けて,妥協した人々もいました。
9 諸国民によって踏みにじられた聖なる都市とは何ですか。だれが地上でこの都市を代表していますか。
9 しかし,どうして聖なる都市はそれら諸国民によって踏みにじられたのでしょうか。その都市が,啓示の書が書き記される25年余り前に滅ぼされたエルサレムを指しているのでないことは明らかです。それどころか,その聖なる都市は啓示の書のあとの箇所で述べられている新しいエルサレムのことで,それは神殿の奥の中庭にいる油そそがれたクリスチャンの残っている人たちによって,今,地上で代表されています。それらの人たちもやがて聖なる都市の一部となります。ですから,これらの人々を踏みにじるのは,その都市そのものを踏みにじるのも同然です。―啓示 21:2,9-21。
二人の証人
10 エホバの忠実な証人たちは踏みにじられていても,何をすべきですか。
10 それら忠節な人たちは,たとえ踏みにじられていても,エホバの忠実な証人であることをやめたりはしません。ですから,預言はさらにこう続きます。「『そしてわたしは,わたしの二人の証人に,粗布を着て千二百六十日のあいだ預言させる』。これらの者は,二本のオリーブの木,また二つの燭台によって象徴されており,地の主の前に立っている」― 啓示 11:3,4。
11 油そそがれた忠実なクリスチャンが「粗布を着て」預言することは,何を意味していましたか。
11 これら油そそがれた忠実なクリスチャンには,忍耐という特質が必要でした。というのは,「粗布を着て」預言しなければならなかったからです。これは何を意味しましたか。聖書時代の粗布は多くの場合,嘆き悲しむことを象徴していました。それを着るのは,当人が悲しみ,もしくは苦悩に陥っていることのしるしでした。(創世記 37:34。ヨブ 16:15,16。エゼキエル 27:31)粗布は,神の預言者たちがふれ告げなければならなかった滅び,もしくは不幸に関する痛ましい音信と結びつけられていました。(イザヤ 3:8,24-26。エレミヤ 48:37; 49:3)粗布を着ることは,神からの警告のゆえにへりくだったり,悔い改めたりすることを示唆する場合もありました。(ヨナ 3:5)二人の証人の着た粗布は,二人が謙遜に忍耐してエホバの裁きを告げ知らせたことを示唆しているようです。その二人は,諸国民をも嘆き悲しませる神の復しゅうの日をふれ告げた証人たちのことでした。―申命記 32:41-43。
12 聖なる都市が踏みにじられようとしていた期間は,どうして文字通りの期間だと考えられますか。
12 ヨハネ級の人たちはそのような音信を明示されていた期間,つまり1,260日,もしくは42か月,すなわち聖なる都市が踏みにじられようとしていたのと同じ長さの期間宣べ伝えなければなりませんでした。それは文字通りの期間と考えられます。というのは,それは二通りの異なった仕方で,つまりまず月数で,次に日数で表現されているからです。その上,主の日の初めごろ,神の民の遭遇した辛い経験と,ここで預言されている出来事とが合致する,3年半の顕著な時期がありました。その時期は1914年12月から始まって,1918年6月まで続きました。(啓示 1:10)彼らはキリスト教世界とこの世に関する「粗布」のような音信を宣べ伝えました。
13 (イ)油そそがれたクリスチャンが二人の証人で象徴されていたことは,何を示していますか。(ロ)ヨハネが二人の証人を「二本のオリーブの木,また二つの燭台」と呼んでいることから,ゼカリヤのどんな預言が思い起こされますか。
13 彼らが二人の証人で象徴されていたという事実は,その音信が正確で,根拠が確かなことを確証しています。(申命記 17:6; ヨハネ 8:17,18と比較してください。)ヨハネはそれらの証人を「二本のオリーブの木,また二つの燭台」と呼び,彼らは「地の主の前に立っている」と言っています。これは明らかに,七枝の燭台と二本のオリーブの木を見たゼカリヤの預言に言及した言葉です。そのオリーブの木は「二人の油そそがれた者たち」,つまり「全地の主の傍らに立つ」総督ゼルバベルと大祭司ヨシュアを表わしていると言われていました。―ゼカリヤ 4:1-3,14。
14 (イ)二本のオリーブの木,および燭台に関するゼカリヤの幻は,何を示唆していましたか。(ロ)第一次世界大戦中,油そそがれたクリスチャンは何を経験することになりましたか。
14 ゼカリヤは神殿を再建する時代に生きていたので,二本のオリーブの木に関するその幻は,ゼルバベルとヨシュアが再建の業を行なうよう民を強める点でエホバの霊によって祝福されることを意味していました。燭台に関するその幻は,エホバの目的は成し遂げられるゆえに,『小さな事の日を侮ったり』すべきでないことをゼカリヤに思い起こさせました。それは,「『軍勢によらず,力にもよらず,ただわたしの霊による』と,万軍のエホバは言った」とある通りです。(ゼカリヤ 4:6,10; 8:9)第一次世界大戦中,真理の光を人類に根気強く伝えたクリスチャンの少数の集団は,同様に再建の業にも用いられることになりました。彼らはまた,励ましの源ともなり,ごく少数でしたが,小さな始まりの日を侮ることなく,エホバの力に頼ることを学びました。
15 (イ)油そそがれたクリスチャンが二人の証人として描かれていることはまた,何を思い起こさせますか。説明してください。(ロ)二人の証人には,どのようなしるしを行なう権限が与えられますか。
15 これらの人々が二人の証人として描かれていることはまた,変貌を思い起こさせます。イエスの使徒たちの中の三人はその幻の中で,王国の栄光を受けて,モーセとエリヤを同伴しておられるイエスを見ました。これは,イエスがそれら二人の預言者により予示されていた業を成し遂げるため,1914年に輝かしい王座に座されたことを予表していました。(マタイ 17:1-3)適切にも,その二人の証人は今や,モーセとエリヤがしたことを思い起こさせるようなしるしを行なう様子が見られます。例えば,ヨハネはその二人についてこう述べます。「そして,彼らを損なおうと思う者がいれば,火が彼らの口から出て,その敵たちをむさぼり食う。彼らを損なおうと思うような者がいれば,その者はこのようにして殺されねばならないのである。彼らには,天を閉ざして,その預言するあいだ雨を降らせないようにする権威があ(る)」― 啓示 11:5,6(前半)。
16 (イ)火と関連のあるしるしは,イスラエルでモーセの権威が挑戦を受けた時のことをどのように思い起こさせますか。(ロ)キリスト教世界の指導者は聖書研究者たちをどのように侮り,第一次世界大戦中,どのように彼らのために厄介な問題を引き起こしましたか。彼らはどのように抵抗しましたか。
16 これはイスラエルでモーセの権威が挑戦を受けた時のことを思い起こさせます。この預言者は火のような裁きの言葉を述べ,そしてエホバは反抗者たちを滅ぼし,そのうちの250人を天からの文字通りの火で焼き尽くさせました。(民数記 16:1-7,28-35)同様に,キリスト教世界の指導者は聖書研究者たちを侮り,神学校を卒業した者は一人もいないと非難しました。しかし,神の証人たちには奉仕者としての一層崇高な資格証明書があります。それはすなわち,聖書に基づく証人たちの音信に聞き従った柔和な人たちです。(コリント第二 3:2,3)聖書研究者たちは1917年に,啓示の書とエゼキエル書に関する力強い注解書である「終了した秘義」(英文)と題する本を発行しました。それに続いて,「バビロンの倒壊 ― なぜキリスト教世界は今苦しまねばならないか ― 最後の結果」と題する主要な記事を載せた4ページの冊子,「聖書研究者月刊」(英文)が1,000万部配布されました。米国では,憤慨した僧職者が戦争による恐慌状態を口実として利用し,その本を発禁処分に付させました。この本は他の国々でも検閲を受けました。にもかかわらず,神の僕たちは,火のような知らせを載せた「王国ニュース」という表題の4ページの冊子を使って抵抗し続けました。主の日が経過するにつれて,ほかの出版物もキリスト教世界の霊的に死んだも同然の状態を明らかにしました。―エレミヤ 5:14と比較してください。
17 (イ)エリヤの時代のどんな出来事が干ばつや火と関連していましたか。(ロ)二人の証人の口からどのように火が出ましたか。どんな干ばつが関係していましたか。
17 エリヤについてはどうですか。イスラエルの王たちの時代に,この預言者はバアル崇拝を行なっていたイスラエル人に対するエホバの憤りの表明となる干ばつが起こることをふれ告げると,それは3年半続きました。(列王第一 17:1; 18:41-45。ルカ 4:25。ヤコブ 5:17)後日,不忠実な王アハジヤが兵士たちを遣わしてエリヤを強制的に王室の自分の前に来させようとした時,この預言者は天から火を呼んで兵士たちを焼き尽くさせました。軍の一指揮官が預言者としてのエリヤの地位に対する正しい敬意を表して初めて,エリヤはその指揮官に同行して王のもとに行くことに同意しました。(列王第二 1:5-16)同様に,1914年から1918年までの間,油そそがれた残りの者はキリスト教世界の霊的な干ばつに大胆に注意を引き,「エホバの大いなる,畏怖の念を抱かせる日」が来る時に行なわれる火のような裁きについて警告しました。―マラキ 4:1,5。アモス 8:11。
18 (イ)二人の証人にはどんな権威が与えられますか。それはモーセに与えられた権威とどのように似ていますか。(ロ)二人の証人はキリスト教世界をどのように暴露しましたか。
18 ヨハネはその二人の証人についてさらにこう言っています。「[彼らには]また,水を制してそれを血に変え,あらゆる種類の災厄をもって何度でも望むだけ地を撃つ権威がある」。(啓示 11:6[後半])エホバはファラオを説得してイスラエルを解放させるため,モーセを用いて,水を血に変えることを含め,種々の災厄をもって圧制的なエジプトを打たせました。何世紀も後に,イスラエルの敵だったフィリスティア人はエジプトに対するエホバの処置をよく覚えていたため,次のように叫びました。「だれが我々をこの威光のある神の手から救えよう。この方こそ,荒野で,あらゆる殺りく[「災厄」,「改訂標準訳」(英文)]をもってエジプトを打つ者となった神だ」。(サムエル第一 4:8。詩編 105:29)モーセは,1世紀当時の宗教指導者に対する神の裁きを宣告する権威を持っておられたイエスを写し出した人でした。(マタイ 23:13; 28:18。使徒 3:22)そして,第一次世界大戦中,キリストの兄弟たち,つまり二人の証人はキリスト教世界が同世界の羊に供給していた「水」は死をもたらす性質のものであることを暴露しました。
二人の証人は殺される
19 啓示の書の記述によれば,二人の証人が証しを終える時,何が起きますか。
19 キリスト教世界に臨んだこの災厄はあまりにも厳しかったため,二人の証人が粗布を着て42か月間預言した後,キリスト教世界は同世界のこの世的な影響力を行使して,それらの証人を『殺させ』ました。ヨハネはこう書いています。「そして,彼らが自分たちの証しを終えた時,底知れぬ深みから上る野獣が彼らと戦い,彼らを征服して殺すであろう。そして,彼らの遺体は,霊的な意味でソドムまたエジプトと呼ばれる大いなる都市の大通りに置かれるであろう。彼らの主もそこで杭につけられたのである。そして,もろもろの民・部族・国語・国民から来た者たちは三日半の間その遺体を見るが,遺体を墓の中に横たえることを許さない。また,地に住む者たちは彼らのことで喜び,また楽しみ,互いに贈り物を交わすであろう。これら二人の預言者は地に住む者たちを責め苦に遭わせたからである」― 啓示 11:7-10。
20 「底知れぬ深みから上る野獣」とは何ですか。
20 啓示の書は野獣に37回言及していますが,この箇所はその最初の例です。この箇所と他の箇所の獣については,やがて詳しく調べますから,今は,「底知れぬ深みから上る野獣」とは,サタンの考え出した,現行の政治上の事物の体制であると述べるだけで十分でしょう。b ―啓示 13:1; ダニエル 7:2,3,17と比較してください。
21 (イ)二人の証人の宗教上の敵は戦争という情勢をどのように利用しましたか。(ロ)二人の証人の遺体が葬られずに放置されたことは何を示唆していましたか。(ハ)三日半という期間はどのように考えるべきでしょうか。(脚注をご覧ください。)
21 諸国家は1914年から1918年まで第一次世界大戦に没頭しました。国家主義的な感情は高まり,1918年の春,二人の証人の宗教上の敵は当時の情勢を利用しました。それらの敵は司法機関を動かし,聖書研究者の責任のある奉仕者たちを偽って扇動活動のかどで投獄させました。忠実な同労者たちはぼう然とさせられ,王国の活動はほとんど止まってしまいました。それはあたかも宣べ伝える業が死んだかのようでした。聖書時代には,記念の墓に葬られないことは,恐るべき侮辱でした。(詩編 79:1-3。列王第一 13:21,22)ですから,二人の証人が葬られずに放置されるのは大変な恥辱でした。パレスチナの暑い気候の時期に遺体が広々とした路上に文字通り三日半置かれたら,実際死臭を放つようになるでしょう。c (ヨハネ 11:39と比較してください。)そのようなわけで,預言のこの詳細な点は,二人の証人が忍ばなければならなかった辱めを示唆しています。投獄された上記の人たちは,上訴が行なわれたのに,保釈さえ認められませんでした。彼らは「大いなる都市」の住民にとって悪臭を放つものとなるのに十分なほど長い間,公衆の目にさらされました。それにしても,この「大いなる都市」とは何ですか。
22 (イ)大いなる都市とは何ですか。(ロ)公の報道機関はどのように僧職者と一緒になって,二人の証人を沈黙させたことを大いに歓びましたか。(囲み記事をご覧ください。)
22 ヨハネはある手がかりをわたしたちに示しています。彼はイエスがそこで杭につけられたと言っています。ですから,わたしたちはすぐエルサレムのことを考えます。しかしヨハネはまた,大いなる都市がソドム,ならびにエジプトと呼ばれているとも言っています。実際,文字通りのエルサレムはその汚れた習慣のために,かつてソドムと呼ばれました。(イザヤ 1:8-10。エゼキエル 16:49,53-58と比較してください。)それに,最初の世界強国だったエジプトは,この世の事物の体制を表わしていると考えられる場合があります。(イザヤ 19:1,19。ヨエル 3:19)したがって,この大いなる都市は,神を崇拝すると唱えながら,ソドムのように汚れて罪深い状態に陥り,またエジプトのようにこのサタンの世の事物の体制の一部となった,汚れた「エルサレム」を表わしています。それは,不忠実なエルサレムの現代版で,その組織の成員が不気味な宣べ伝える業を行なう二人の証人を沈黙させた時,大いに歓ぶべき実に多くの理由を持っていた,キリスト教世界を表わしています。
再び起こされる!
23 (イ)三日半の後,二人の証人はどうなりましたか。彼らの敵はどのような影響を受けましたか。(ロ)啓示 11章11節と12節と,エホバが乾いた骨のある渓谷に息を吹きかけられることに関するエゼキエル書の預言は,いつ現代の成就を見ましたか。
23 公の報道機関は僧職者と一緒になって神の民のことをあしざまに言い,ある新聞は,「『終了した秘義』はおしまいだ」と述べました。しかし,これほど真実からかけ離れたことはありませんでした! その二人の証人は死んだままにされてはいませんでした。こう記されています。「それから三日半の後,神からの命の霊が彼らに入り,彼らは自分の足で立ち上がった。そのため,大いなる恐れが彼らを見ている者たちに臨んだ。そして彼らは,天から出る大きな声が,『ここに上って来なさい』と自分たちに言うのを聞いた。それで彼らは,雲のうちにあって天へ上って行き,敵たちは彼らを見た」。(啓示 11:11,12)ですから,彼らは,エゼキエルが幻の中で訪れた渓谷の中の乾いた骨と同様の経験をしました。エホバがその乾いた骨に息を吹きかけられると,それらの骨は生き返りました。この出来事は,イスラエル国民がバビロンに70年間捕らえられた後に再生することを表わしていました。(エゼキエル 37:1-14)エゼキエル書と啓示の書のこれら二つの預言は,エホバがご自分の“死んだ”証人たちに命を得させ,活発に行動するよう回復させてくださった1919年に現代の著しい成就を見ました。
24 二人の証人が生き返った時,その宗教上の迫害者たちはどのような影響を受けましたか。
24 迫害者たちにとっては何と大きな衝撃だったのでしょう。二人の証人の遺体は突然生気を取り戻し,再び活動するようになったのです。それは当時の僧職者が飲まされた苦い薬でしたが,彼らのたくらみのために投獄されたクリスチャンの奉仕者たちが再び自由にされ,後に無実の罪を完全に晴らされて以来,それはいよいよ苦い薬となりました。聖書研究者たちが1919年9月に米国オハイオ州シーダー・ポイントで大会を開いた時,その衝撃はなお一層大きなものだったに違いありません。刑務所から釈放されてなお日の浅いJ・F・ラザフォードはその大会で,啓示 15章2節とイザヤ 52章7節に基づく,「王国を告げ知らせる」と題する講演をして,大会出席者を奮起させました。ヨハネ級の人たちはまたもや「預言する」,つまり公に宣べ伝える業を開始しました。彼らはしだいに力を増してゆき,キリスト教世界の偽善を恐れることなく暴露しました。
25 (イ)二人の証人はいつ,「ここに上って来なさい」と命じられましたか。そのことはどのように起きましたか。(ロ)二人の証人が回復されたため,大いなる都市はどんな衝撃的な影響を受けましたか。
25 キリスト教世界は1918年当時の勝利を繰り返そうと再三試みました。同世界は暴徒による襲撃行為,司法機関の操作,投獄,さらには処刑などの方法に訴えましたが,そのすべては無駄でした! 1919年以後,二人の証人の霊的な領域はキリスト教世界の手の届かないものとなりました。その年に,エホバはそれらの証人に,「ここに上って来なさい」と言われたので,彼らは高められた霊的な状態に上り,その敵は彼らを見ることはできても,彼らに触ることはできなくなりました。ヨハネは,彼らが回復されたために大いなる都市が受けた衝撃的な影響についてこう述べています。「そして,その時刻に大きな地震が起こり,その都市の十分の一が倒れた。また,七千人の人がその地震によって殺され,そのほかの者たちは恐れ驚いて天の神に栄光を帰した」。(啓示 11:13)宗教の領域には確かに重大な動揺が生じました。再び生気を与えられたクリスチャンのこの一団が仕事をし始めると,既成の諸教会の指導者たちの足下の地面は動かされたように見えました。彼らの都市の十分の一,つまり比喩的に言って7,000人の人々が大変な影響を受けたため,彼らは殺されたと言われています。
26 啓示 11章13節の「都市の十分の一」と「七千人」という言葉は何を表わしていますか。説明してください。
26 「都市の十分の一」という表現は,イザヤが古代エルサレムに関して,十分の一が聖なる胤としてその都市の滅びを生き残ると預言したことを思い起こさせます。(イザヤ 6:13)同様に,7,000人という数は,エリヤがイスラエルでただ一人自分だけが忠実な者として残っているのだと感じた時,エホバが彼に,実際には,バアルにかがまなかった者がなお7,000人もいると言われたことを思い起こさせます。(列王第一 19:14,18)1世紀に使徒パウロは,これら7,000人がキリストに関する良いたよりにこたえ応じたユダヤ人の残りの者を表わしていると述べました。(ローマ 11:1-5)これらの聖句は,啓示 11章13節の「都市の十分の一」と「七千人」が,回復された二人の証人にこたえ応じて,罪深い大いなる都市を捨てる人たちであることを理解するのに役立ちます。これらの人々はキリスト教世界に対しては,あたかも死にます。彼らの名は同世界の教会員名簿から取り除かれます。彼らは同世界に関する限りもはや存在しません。d
27,28 (イ)どのように『そのほかの者たちは天の神に栄光を帰し』ましたか。(ロ)キリスト教世界の僧職者は何を認めざるを得ませんでしたか。
27 しかし,「[キリスト教世界]のほかの者たち」は,どのように「天の神に栄光を帰し」ましたか。彼らの背教した宗教を捨てて,神の僕になってそうしたのでないことは確かです。むしろ,ビンセント編,「新約聖書の用語研究」の中で,「天の神に栄光を帰した」という表現について論じた箇所で説明されているような仕方で,そうしたのです。その箇所はこう述べています。「この句は改宗でも,悔い改めでも,感謝することでもなく,聖句の中のその普通の意味である,認めることを意味している。ヨシュア 7章19節(七十人訳)と比べよ。ヨハネ 9章24節; 使徒 12章23節; ローマ 4章20節」。キリスト教世界は無念にも,聖書研究者たちの神が彼らを回復させて,クリスチャンとしての活動をさせる偉大な働きをなさったことを認めざるを得ませんでした。
28 僧職者たちはただ頭の中だけで,あるいはただ自分自身に対してだけそのように認めたようです。確かに,二人の証人の神を公に認めるという態度を明らかにした僧職者は一人もいませんでした。しかし,ヨハネを通して与えられたエホバの預言は,彼らの心の状態と1919年に彼らが経験した屈辱的な衝撃を察知するのに役立ちます。その年以来,キリスト教世界がその羊をしっかり捕まえておこうと断固として努力したにもかかわらず,「七千人」が同世界を去ったので,僧職者は自分たちの神よりもヨハネ級の人たちの神のほうが強いことを認めざるを得ませんでした。それから何年も後に,僧職者たちはそのことを一層はっきり悟ったようです。それは,彼らの羊の中のさらに多くの者が離れて,エリヤがカルメル山上でバアルの宗教家たちに対して勝利を収めた時に人々が語った,「エホバこそまことの神です! エホバこそまことの神です!」という言葉を響き渡らせるようになったからです。―列王第一 18:39。
29 ヨハネは,何が速やかに来ると言っていますか。キリスト教世界はさらにどのように揺り動かされることになっていますか。
29 しかし,お聞きください! ヨハネはわたしたちに,「第二の災いが過ぎた。見よ,第三の災いが速やかに来る」と告げています。(啓示 11:14)もしキリスト教世界がこれまで起きた事柄で揺り動かされているなら,第三の災いが告げ知らされ,第七のみ使いがラッパを吹いて,神の神聖な奥義が最後に終了する時,同世界はどうなるでしょうか。―啓示 10:7。
[脚注]
a この偉大な霊的な神殿について詳細に論じた資料を調べたい方は,「ものみの塔」誌,1996年7月1日号の「エホバの偉大な霊的神殿」ならびに1973年3月1日号の「崇拝を行なうための唯一の真の神殿」と題する記事をご覧ください。
b 「底知れぬ深み」(ギリシャ語,アビュッソス; ヘブライ語,テホーム)は,無活動の場所を象徴的に指しています。(啓示 9:2をご覧ください。)しかし,文字通りの意味では,それは広大な海を指すこともできます。このヘブライ語はしばしば「水の深み」と訳出されています。(詩編 71:20; 106:9。ヨナ 2:5)ですから,「底知れぬ深みから上る野獣」を,『海から上る野獣』と同一視することができます。―啓示 11:7; 13:1。
c この時期の神の民の経験を調べると,42か月は文字通りの三年半を表わしているようですが,三日半は文字通りの84時間の期間を表わしていないことに注目してください。多分,三日半という特定の期間は,その前に述べられている実際の三年半の活動と比べて,ごく短い期間であることを強調するために,2回(9節と11節で)指摘されているようです。
d ローマ 6:2,10,11; 7:4,6,9; ガラテア 2:19; コロサイ 2:20; 3:3などの聖句の中の「死んだ」とか,「生きている」などの言葉の用法と比較してください。
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神の神聖な奥義 ― その輝かしい最高潮!啓示の書 ― その壮大な最高潮は近い!
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26章
神の神聖な奥義 ― その輝かしい最高潮!
1 (イ)ヨハネは神聖な奥義が確かに終わりに至ることをわたしたちにどのように知らせていますか。(ロ)み使いたちの軍勢はどうして大声で話すのでしょうか。
啓示 10章1節,6節および7節に記録されている,強いみ使いが誓って宣言した言葉を思い起こせますか。そのみ使いはこう述べました。「もはや猶予はない。第七のみ使いが吹き鳴らす日,彼がラッパを吹こうとするその時に,神が預言者なるご自分の奴隷たちに宣明された良いたよりに基づく神の神聖な奥義は,確かに終わりに至る」。その最後のラッパを吹き鳴らす,エホバのご予定の時は到来しました! では,どのようにして神聖な奥義は終わりに至るのでしょうか。ヨハネはそれについてわたしたちに知らせることを大変喜んでいます! それで,こう書いています。「また,第七のみ使いがラッパを吹いた。すると,大きな声が天で起きてこう言った。『世の王国はわたしたちの主とそのキリストの王国となった。彼は限りなく永久に王として支配するであろう』」。(啓示 11:15)それらみ使いたちの軍勢には大声で,雷鳴のような声をさえ上げて話すべき理由があります! この歴史的な発表は,宇宙的な重要性を持つものだからです。それは生ける創造物すべてにとって極めて重大な事柄なのです。
2 神聖な奥義はいつ,またどんな出来事と共に堂々たる終わりを迎えますか。
2 神聖な奥義は喜ばしい最高潮に達します! それは,主エホバがご自分のキリストを共同の王として即位させられる1914年に,輝かしい壮大な仕方で堂々たる終わりを迎えます。み父の代理を務めるイエス・キリストは,敵対する人類の世のただ中で,現に効力を持つ支配権を引き継がれます。約束の胤であるキリストは,蛇とそのやからを無に帰せしめ,楽園<パラダイス>の平和をこの地に回復させるために,王国の権力をお受けになります。(創世記 3:15。詩編 72:1,7)メシアなる王であるイエスはこうしてエホバのみ言葉を成就し,主権者なる主として「限りなく永久に」支配しなければならない「とこしえの王」であられる,み父の正しさを立証されます。―テモテ第一 1:17。
3 エホバ神は常に王であるにもかかわらず,どうして他の主権が地上に存在するのを許してこられましたか。
3 しかし,どのようにして,『世の王国はわたしたちの主[エホバ]の王国となった』のでしょうか。エホバ神は常に王であられませんでしたか。その通りです。というのは,レビ人アサフが,「神は昔からわたしの王」と歌っているからです。また,もう一人の詩編作者は,「エホバ自ら王となられた!……あなたの王座は昔から堅く立てられており,あなたは定めのない時からおられます」と言明しました。(詩編 74:12; 93:1,2)ところが,エホバはその知恵のゆえに,他の様々な主権が地上に存在するのを許してこられました。こうして,人間は神なしで自らを治めることができるかどうかに関してエデンで引き起こされた論争が十分試されてきました。人間による支配は惨めにも失敗しました。神の預言者の言葉はまさしく真実です。「エホバよ,地の人の道はその人に属していないことをわたしはよく知っています。自分の歩みを導くことさえ,歩んでいるその人に属しているのではありません」。(エレミヤ 10:23)わたしたちの最初の二親が背いて以来このかた,人の住む全地は,「初めからの蛇」であるサタンの支配下に置かれてきました。(啓示 12:9。ルカ 4:6)今や,劇的な変化の起きる時となりました! エホバはご自分の地位の正当性を立証するため,ご自身の選定したメシアによる王国を通して,新たな仕方でご自分の主権を行使し始められます。
4 1922年にラッパが吹き鳴らされ始めた時,何が前面に出されましたか。説明してください。
4 1922年に七つのラッパが吹き鳴らされ始めた時,米国オハイオ州シーダー・ポイントにおける聖書研究者の大会で,J・F・ラザフォードは,「天の王国は近づきたり」という聖句に基づいた特筆すべき講演を行ないました。(マタイ 4:17,「ジェームズ王欽定訳」)ラザフォードはその講演の結びとして次のように述べました。「では,至高の神の子の皆さん,野外に戻りなさい。自分の武具を身につけなさい。冷静にし,油断なく警戒し,活発に働き,勇敢でありなさい。主の忠実な真の証人でありなさい。バビロンが跡形もなく荒廃するまで戦いで前進しなさい。音信を遠く広く告げ知らせなさい。世界は,エホバが神であり,イエス・キリストが王の王,主の主であることを知らねばなりません。今はあらゆる時代のうちで最も重大な時代です。ご覧なさい,王は統治しておられます! あなた方は王のことを広く伝える代理者です。それゆえに,王とその王国を宣伝し,宣伝し,宣伝しなさい」。キリスト・イエスの治める神の王国のことが前面に出され,これが契機となって,み使いの七つのラッパすべてが吹き鳴らされて告知された裁きを含め,王国を宣べ伝える業が大波のように高まり始めました。
5 1928年には,第七のラッパの音を目立たせた,聖書研究者の大会で何が起きましたか。
5 第七のみ使いのラッパの音は,1928年7月30日から8月6日まで米国ミシガン州デトロイト市で開かれた聖書研究者の大会の目立った点の中に反映されていました。この時,107の放送局がつながれて,ニューヨーク・タイムズ紙の評した,『歴史上最も大規模で,最も費用のかかったラジオ放送網』が設けられました。その大会では,サタンとそのよこしまな組織がハルマゲドンで打ち倒され,義を愛する人々すべてが解放されることを指摘した,「サタンに反対し,エホバを支持する宣言」と題する強力な決議が熱意を込めて採択されました。大会では,「神がご自分の油そそがれた王を1914年にその王座に就けられた」ことを示す最も明確な証拠を掲げた,「政府」(英文)と題する368ページの書籍が発表され,神の王国の忠節な臣民はその本を入手して喜びました。
エホバが力を執られる
6 ヨハネは,キリストが神の王国で即位されたことに関する発表をどのように伝えていますか。
6 キリストは神の王国で即位されました ― この発表は何と大きな喜びをもたらすのでしょう。ヨハネはこう伝えています。「すると,神の前で自分の座に座っている二十四人の長老がひれ伏し,神を崇拝してこう言った。『今おられ,かつておられた方,全能者なるエホバ神,わたしたちはあなたに感謝します。あなたはご自分の大いなる力を執り,王として支配を始められたからです』」― 啓示 11:16,17。
7 (イ)象徴的な24人の長老の地上にいる残りの者,および,(ロ)象徴的な24人の長老のうち,天の自分たちの地位に就くよう,すでに復活させられた人たちは,それぞれどのようにエホバ神に感謝をささげましたか。
7 エホバ神にそのように感謝をささげるのは24人の長老たちです。これらの長老は天的な地位に就けられた,キリストの油そそがれた兄弟たちを象徴しています。1922年以来,それら14万4,000人の油そそがれた者たちの地上にいる残りの者は,ラッパの音によって開始させられた業に忙しく携わってきました。彼らはマタイ 24章3節から25章46節のしるしの持つ意味を十分悟るようになりました。しかし,主の日のもっと初めのころでさえ,すでに『忠実であることを死に至るまでも示した』,彼らの仲間の証人たちは,天の自分たちの地位に就くよう復活させられていたので,ひれ伏してエホバに敬意を表する14万4,000人のグループ全体を今や代表することができました。(啓示 1:10; 2:10)これらの人たちは皆,自分たちの主権者なる主がご自分の「神聖な奥義」を最高潮に持っていって終わらせるのを遅らせたりはなさらなかったので,どんなにか深く感謝していることでしょう。
8 (イ)第七のラッパが吹き鳴らされると,諸国民はどんな影響を受けますか。(ロ)諸国民はだれに対して憤りを表わしてきましたか。
8 一方,第七のラッパが吹き鳴らされても,諸国民には少しも喜びがもたらされません。諸国民にとっては,エホバの憤りを経験する時が来ました。ヨハネはこう述べます。「しかし,諸国民は憤り,あなたご自身の憤りも到来しました。また,死んだ者たちを裁き,預言者なるあなたの奴隷たちと聖なる者たちに,そして,あなたのみ名を恐れる者たち,小なる者にも大なる者にもその報いを与え,地を破滅させている者たちを破滅に至らせる定められた時が到来しました」。(啓示 11:18)1914年以来,世の諸国民は互いに対して,また神の王国に対して,とりわけエホバの二人の証人に対して憤りを激しく表わしてきました。―啓示 11:3。
9 諸国民はどのように地を破滅させてきましたか。神はそのことに関して何を行なうよう決意しておられますか。
9 諸国民は歴史を通じて絶えず戦争を行なってきましたし,また管理の仕方も悪かったので,地を破滅させてきました。しかし1914年以来,この破壊は増大し,驚くべき程度に達してきました。貪欲や腐敗のために砂漠は広がり,肥えた土地は恐るべき度合いで失われています。酸性雨や放射能のある雲のために広大な地域が損なわれ,食糧源も汚染されてきました。わたしたちが吸う空気や飲む水も汚濁しています。工業廃棄物は陸や海の生物を脅かしています。かつて超大国は核により全人類を絶滅させて完全な破滅をもたらす恐れがありました。幸い,エホバは「地を破滅させている者たちを破滅に至らせ」ます。地球の悲惨な状態に対して責任のある,高慢で不敬虔な人々に裁きを執行なさいます。(申命記 32:5,6。詩編 14:1-3)ですから,エホバはそのような悪行者たちを罰するために第三の災いをもたらされるのです。―啓示 11:14。
破滅をもたらす者たちは災いです!
10 (イ)第三の災いとは何ですか。(ロ)第三の災いはどのようにして責め苦以上のものをもたらしますか。
10 さあ,それでは,第三の災いです。それは速やかに来ます! それは,エホバがご自分の「足台」,つまりわたしたちの住んでいるこのすばらしい地球の神聖さを汚す者たちに破滅をもたらす手だてです。(イザヤ 66:1)その破滅はメシアによる王国,つまり神の神聖な奥義によって開始されます。神の敵たち,それも特にキリスト教世界の指導者たちは,おもにいなごの災厄と騎兵隊のもたらす最初の二つの災いで責め苦に遭わされてきましたが,エホバの王国そのものによって加えられる第三の災いは,責め苦以上のものをもたらします。(啓示 9:3-19)それは破滅をもたらす人間社会とその支配者たちを排除する死の一撃となります。これはハルマゲドンにおけるエホバの裁きの最高潮の際にもたらされるでしょう。それはダニエルが預言した通りです。「そして,それらの王たち[地を破滅させている支配者たち]の日に,天の神は決して滅びることのないひとつの王国を立てられます。そして,その王国はほかのどんな民にも渡されることはありません。それはこれらのすべての王国を打ち砕いて終わらせ,それ自体は定めのない時に至るまで続きます」。神の王国は堂々とした山のように,輝かしい所となった地を支配するようになり,エホバの主権の正しさを立証し,人類にとこしえの喜びをもたらすでしょう。―ダニエル 2:35,44。イザヤ 11:9; 60:13。
11 (イ)この預言は,進展中の一連の喜ばしいどんな出来事について述べていますか。(ロ)どんな過分のご親切が実現されますか。どのように,まただれによって実現されますか。
11 第三の災いは,主の日の間じゅう漸進的に展開してゆく,進展中の一連の喜ばしい出来事を伴っています。その日は,『死んだ者たちを裁き,預言者なるあなたの奴隷たちと聖なる者たちに,そして,あなたのみ名を恐れる者たちにもその報いを与える』時です。それは死人の中からの復活を意味します! すでに死の眠りに就いている,油そそがれた聖なる者たちにとって,それは主の日の初めごろに起きます。(テサロニケ第一 4:15-17)やがて,残っている聖なる者たちも瞬間的に復活させられ,それらの人たちに加わります。他の人々もまた,報いを与えられることになります。その中には,神の古代の預言者なる奴隷たちや,大患難を生き残る大群衆であれ,キリストの千年統治の期間に生き返らされて命を受ける『死んだ者たち,大なる者や小なる者』であれ,エホバのみ名を恐れるようになる人類のほかの人々すべてが含まれます。神のメシアなる王は死とハデスのかぎを持っておられるので,王国でのその支配により,この貴重な備えにあずかろうと努める人々すべてに永遠の命を与える道が開かれます。(啓示 1:18; 7:9,14; 20:12,13。ローマ 6:22。ヨハネ 5:28,29)それが天における不滅の命,あるいは地上でのとこしえの命のいずれであれ,この命の賜物はエホバからの過分のご親切によるものですから,それを受ける人々は各々まさしく永久に感謝することでしょう。―ヘブライ 2:9。
ご覧なさい,神の契約の箱です!
12 (イ)啓示 11章19節によれば,ヨハネは天で何を見ますか。(ロ)契約の箱は何の象徴でしたか。イスラエルがバビロンに捕らわれの身となった時,契約の箱はどうなりましたか。
12 エホバは支配しておられます! ご自分のメシアによる王国を通して,人類に対して驚くべき仕方で主権を行使しておられます。ヨハネが次に見る事柄はこのことを確証しています。「また,天にある神の神殿の聖なる所が開かれ,神の契約の箱がその神殿の聖なる所の中に見えた。そして,稲妻と声と雷と地震と大きな雹が生じた」。(啓示 11:19)啓示の書の中で神の契約の箱に言及されている箇所はここだけです。契約の箱は,エホバがその民イスラエルと共におられることを示す,目に見える象徴でした。それは幕屋の,また後にはソロモンの建立した神殿の至聖所に置かれました。しかし,イスラエルが西暦前607年にバビロンに捕らわれの身となった時,エルサレムは荒廃し,契約の箱は消失しました。ダビデの家の代表者が『エホバの王座に座す』時代が終わったのは,その時のことでした。―歴代第一 29:23。a
13 契約の箱が天の神の聖なる所の中に見えるという事実は,何を示していますか。
13 2,600年余りたった後の今,契約の箱がもう一度見えます。しかし,ヨハネの幻の中では,その箱は地上の神殿の中にあるのではなく,天の神の聖なる所の中に見えるのです。エホバはもう一度,ダビデの王統の王によって支配を行なわれます。しかし,この度は,王なるキリスト・イエスが天のエルサレムで ― そこからエホバの裁きを執行する,高められた有利な場所で ― 即位されます。(ヘブライ 12:22)啓示の書の後の章は,これらの点をわたしたちに明らかにしています。
14,15 (イ)古代のエルサレムでは,だれだけが契約の箱を見ることができましたか。それはどうしてですか。(ロ)天の神の神殿の聖なる所では,だれが契約の箱を見ることができますか。
14 古代の地上のエルサレムでは,契約の箱は一般のイスラエル人だけでなく,神殿で奉仕する祭司たちにさえ見えませんでした。というのは,その箱は聖所から垂れ幕で仕切られていた至聖所の中にあったからです。(民数記 4:20。ヘブライ 9:2,3)ただ,大祭司だけが年ごとの贖罪の日に至聖所に入る際,それを見ることができました。しかしながら,天の神殿の聖なる所が開かれると,象徴的な契約の箱はエホバの大祭司であられるイエス・キリストだけでなく,ヨハネを含め,その14万4,000人の従属の祭司たちにも見えます。
15 天に復活させられた最初の人たちは,この象徴的な契約の箱を近距離から見ます。というのは,それらの人たちは24人の長老の成員としてエホバの王座の周りに位置を占めているからです。また,地上にいるヨハネ級の人たちは,エホバがご自分の霊的な神殿におられることを理解するよう,その霊によって啓発されてきました。同時に,一般の人類にもこのすばらしい出来事に注意を喚起させるため,しるしが現われました。ヨハネの幻では,稲妻や声や雷や地震,および雹のことが述べられています。(啓示 8:5と比較してください。)これらのものは何を象徴していますか。
16 どのように稲妻や声や雷や地震,および雹が生じましたか。
16 1914年以来,宗教の領域では恐るべき激変が起きてきました。しかし,幸いにも,この「地震」は,樹立された神の王国に関する明確な音信を述べる,献身した人々の声を伴ってきました。聖書からの雷鳴のような“暴風雨警報”が鳴り響いてきました。神の預言的なみ言葉に関する洞察のひらめきは,稲妻のように現われており,一般に伝えられてきました。神の裁きという,打ち当たる硬い「雹」は,キリスト教世界と一般の偽りの宗教に対して放たれてきました。このすべては人々の注意を引いてきたはずです。しかし,悲しいことに,大多数の人々は,イエスの時代のエルサレムの人々のように,啓示の書のこれらのしるしの成就を認識できませんでした。―ルカ 19:41-44。
17,18 (イ)七人のみ使いたちのラッパが鳴り響いたため,献身したクリスチャンはどんな責任を負うようになりましたか。(ロ)クリスチャンは自分たちの使命をどのように果たしていますか。
17 七人のみ使いたちは引き続きラッパを鳴り響かせて,この地上の歴史的な出来事を知らせる合図を出しています。献身したクリスチャンにはそのような発表をこの世界に対して引き続き告げ知らせる大きな責任があります。それらの人々は何と大きな喜びを抱いてその使命を果たしているのでしょう。それは,1986年から2005年までの20年間に,宣教の業に毎年費やす時間が,6億8,083万7,042時間から12億7,823万5,504時間へと2倍近くに増加したことからも分かります。確かに,「良いたよりに基づく神の神聖な奥義」は,「人の住む地の果てにまで」知らされています。―啓示 10:7。ローマ 10:18。
18 神の王国に関する目的は引き続き明らかにされてゆくので,今やほかの幻がわたしたちを待ち受けています。
[脚注]
a ローマの歴史家タキツスは,エルサレムが西暦前63年に攻略され,クネイウス・ポンペイウスが神殿の聖所に入った時,中はからだったと伝えています。その中に契約の箱はありませんでした。―タキツス著,「同時代史」,5章9節。
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神の神聖な奥義 ― その輝かしい最高潮!啓示の書 ― その壮大な最高潮は近い!
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[175ページの囲み記事]
地を破滅させている
「熱帯原生雨林は3秒ごとにフットボール場ほどの広さの部分が失われている。……原生林が失われる結果,幾千種もの動植物が死滅している」―「挿絵入り世界地図」(ランド・マクナリー社,英文)。
「植民が行なわれた2世紀間に,[五大湖]もまた,世界最大の下水場と化した」― グローブ・アンド・メール紙(カナダ)。
1986年4月に起きたソ連のチェルノブイリ原子力発電所の爆発火災事故は,「広島および長崎の原爆投下以来……最も重大な核爆発事件で」,「これまでに行なわれたすべての核実験ならびに核爆発で生じた放射能に匹敵するほど長期間影響を及ぼす量の放射能」が放出されました。―JAMA,ニューヨーク・タイムズ紙。
日本では水俣市の化学工場からメチル水銀が湾内に流出し,その廃棄物質で汚染された魚介類を食べたために,人々は水俣病にかかりました。「それは慢性神経病で……今日[1985年]までに,日本中で2,578人が水俣病患者として正式に認定されている」―「国際流行病学ジャーナル」誌(英文)。
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