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ハワイ1991 エホバの証人の年鑑
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サウンドカーが音信を広める
さて,話は1935年に戻りますが,オーストラリアの何人かの兄弟たちは,ハズレット夫妻がプリマスという自動車を購入する援助をしました。それは,完全装備のサウンドカーとして使用するものでした。車が通りを走っている間,車の上に取り付けた拡声器からは,英語,日本語,イロカノ語,タガログ語などの公開講演が流れます。その年に1万7,000人余りが,そのような装置によってエホバのみ名を聞きました。講演が終わると,近所で家から家の訪問を行ない,音信を記した印刷物を配布しました。
この伝道方法はちょうどよい時に始まりました。というのは,1935年にラザフォード兄弟がホノルルを訪れたのをきっかけに,反対者たちが活気づき,地元のラジオ局に圧力をかけてラザフォード兄弟の講演の放送をやめさせてしまったからです。しかし,ラジオによる以前の方法よりもサウンドカーを使った方法のほうが,より多くの人に音信を伝えることになったようです。
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ハワイ1991 エホバの証人の年鑑
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[85ページの図版]
サウンドカーが聖書の音信を広めた。この車は1937年に船でホノルルから他の島々に運ばれた
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