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スウェーデン1991 エホバの証人の年鑑
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新たな時代を迎えた支部の運営
エネロス兄弟は第一次世界大戦中,王立スウェーデン陸軍で中尉を務めていた時に真理を学びました。スウェーデン北部で任務に就いていたころ,彼の母親が「ハルマゲドンの戦い」と呼ばれる,「聖書研究」の第4巻を彼に送りました。エネロスは,「その本を読んで,世の諸国家が参加している戦争よりもはるかに重要な戦いに人類が直面していることを悟りました」と述べています。ある日彼は勇気を出して,ある聖書研究者の家を訪問しました。「その男性と彼の妻が見せた表情を想像なさってください。制服姿の陸軍士官が自分たちの家の玄関に立って,聖書研究を申し込んだのです」とエネロスは言いました。そして,「最初はあっけにとられていた二人も落ち着きを取り戻すと,私を心から歓迎してくれました」と付け加えています。
エネロスは陸軍をやめると,すぐに全時間奉仕に入りました。そして,1920年にエーレブルーの支部で奉仕するよう招かれました。その後同じ年に,ルンドボリによって解任され,1925年にエーレブルーの支部の責任をゆだねられるまでデンマークで奉仕しました。ですから,エホバは,救世軍の元隊長が長年支部を顧みた後に,今度は王立スウェーデン陸軍の中尉にその任務をゆだねられたのです。
エネロス兄弟がスウェーデン支部の監督になったのは,わずか32歳の時でした。そして,自分の割り当てに50年間忠節に付き従い,1982年2月7日に忠実を全うしてその地上での歩みを終えました。
兄弟たちを再び一致させる
エネロス兄弟は自分の任務を引き受けた後,デイ兄弟の助けを得て,兄弟たちが再び一致して宣べ伝える業を行なうよう援助し始めました。二人はおよそ1年をかけて国内にある約70の会衆を一緒に訪問しました。エネロス兄弟はデイ兄弟のために通訳を務めました。「私たちは多くの場所で,兄弟たちを文字どおり二つの列に並ばせる必要がありました。一方は協会に賛成する側で,他方は協会に反対する側でした」とエネロス兄弟は言っています。
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スウェーデン1991 エホバの証人の年鑑
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北欧諸国の監督たち。左から右に向かって: テイラー(ラトビア),エネロス(スウェーデン),ハルテバ(フィンランド),デイ(総監督),ルティッチャウ(デンマーク),エーマン(ノルウェー),ウェスト(エストニア)
[137ページの図版]
ヨハン・H・エネロスは1925年に支部の監督になった
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